Another Side ある日の出来事―その表と裏

Another Side ある日の出来事―その表と裏

職場、家庭、近所づきあい、趣味の集まり、酒の席
――様々な場面で交わされる言葉に隠れている
嫉妬、後悔、劣等感、敵意、あるいは善意…
こんな物語、あなたの周囲にもありませんか?

※登場する人物・団体・企業・名称等はすべて架空であり、実在のものとは関係ありません。

 

■SideA:ブログ「MORNING GLORY」Rain

 

【A New Horizon】

 

今日はちょっと特別な日。
いつもより少し早く起きて、朝の光を浴びながらコーヒーを淹れた。
外の空気はひんやりしていて、どこか心地よい緊張感がある。

今日は、ずっと行きたかったあの街へ。

どんな景色に出会えるだろう。

どんな風が吹いているだろう。
考えるだけで胸が高鳴り、少しそわそわしてしまう。

道中の小さな発見や、思いがけない出来事。
それを楽しみに、心のままに歩いてみたい。
今はただ、ワクワクしている。

旅に出ます。

 

— Rain 🌼

 


 

■SideB:YUYU

 

「Rain」と知り合ったのは2年前。あるSNSで、日々の小さな出来事や、新作映画、小説、季節のファッションのことなどを綴っている記事を見かけ、気楽にやり取りするうちに親しくなった。

 

——「YUYUは私と同い年なのね」

 

そんなコメントをきっかけにRainとの交流は始まった。彼女も私も三十代、独身で、話題が合いやすく、共感することも多かった。特に、私が普段口ぐせのように言っている「音楽なしの生活なんて考えられない」という言葉に共感してくれたことが嬉しくて、好きな曲をYOU TUBEで教えあったりした。

 

ただ、彼女はオフ会に一度も顔を出さなかった。実際に会えていれば、好きなCDをプレゼントすることもできるのに…と残念に感じていたが、SNSで知り合った人の多くは、趣味や仕事、ちょっとしたプライベートの悩みを話すことはあっても、どんな人なのかリアルに知ることはほとんどない。

 

Rainとの会話は他愛ないものばかりだった。女子会で聞いた噂、彼氏とのちょっとしたケンカ、心に残った映画、仕事場の同僚とのやり取り…。どれも「あるあるネタ」で、私も「そうそう!」と応え、様々な話題で盛り上がった。

 

けれど、ある日——

 

彼女のブログは、普段よりも高揚した様子で「旅に出ます」と書いた記事が投稿された後、更新がぱったり途絶えてしまった。

 

何度かコメントを送ってみたけれど、返信はない。ハンドルネームしか知らない彼女の、その後の様子を探る術は、どこにもなかった。ネットで繋がった細い糸は行方を失い、虚空をさまよっていくように思えた。
 

しばらく経った頃、私は彼女の過去のブログを読み返してみた。すると、気にかかることがあった。

 

港町に住んでいたという青春時代の思い出話が、以前読んだ「港のカミュ」という小説の内容とよく似ている。ブログを見返してみたら、ちょうどその小説がベストセラーになった頃に書かれていた。

音楽の話題にしても「70年代アメリカの“ウェストコースト・サウンド”が好き」というRainは、当時の曲にとても詳しくて驚いたことがある。しかし最近、ネットで大御所音楽評論家の命日にちなんだ特集記事を見つけ、昔のコラムを読んだら、Rainのブログに書かれていた内容とそっくりだった。

 

しかも、いくつもの記事に添えられている写真は、よく見ると既視感があるようなものが多い。生活感がなく、綺麗すぎる。もしかして全部、フリー素材? もっと調べれば、同様のことがいくつも見つかりそうな気がした。

 

彼女が書いたことは、どこまでが真実だったのだろう?

 

女子会も、彼氏とのケンカも、仕事場での出来事も、どこにでもよくあるようなことばかりだった。それらは、本当にあったことなのだろうか?
 ふり返ってみると、友人、彼氏、同僚たち…いずれも一度きりしか登場していない。その後のことが書かれた記事は一つもない。

 

—— “彼ら”は本当に存在していたのだろうか。

 

すべて作り話? でも、何故、そんなことを?

 

もしかしたら…

 

彼女は、架空の出来事を綴ることで、心の奥底に抱えている孤独を必死で追い払おうとしていたのかも知れない。そう思うと、精一杯明るく装った言葉の数々が痛々しくも感じられる。いや…それは、さすがに思い過ごしだろうか。

 

Rainのブログが更新されなくなってから、一年が経つ。

 

「MORNING GLORY」は、あの日以来、時間が止まったまま、今もネット上に残っている。最後の記事は明るい口調だったけれど、今、私は、この一言を目にするたびに考えてしまう。

 

——旅に出ます

 

あの日、彼女は、どんな“旅”に出たのだろうか。