Another Side ある日の出来事―その表と裏

Another Side ある日の出来事―その表と裏

職場、家庭、近所づきあい、趣味の集まり、酒の席
――様々な場面で交わされる言葉に隠れている
嫉妬、後悔、劣等感、敵意、あるいは善意…
こんな物語、あなたの周囲にもありませんか?

※登場する人物・団体・企業・名称等はすべて架空であり、実在のものとは関係ありません。

 

■SideA:小野寺

 

目を開けると、暗闇の中に横たわっていた。鼻をつく木の匂い、湿った土のような冷気。手足を伸ばそうとすると、すぐに固い板にぶつかる。

 

木箱? まるで小さな棺桶に押し込まれているようだ。胸が圧迫され、呼吸は浅くしかできない。喉が張りつき、声も出ない。

 

俺は必死に昨夜を思い返した。SNSで知り合った人たちとアウトドアを楽しもうという話になり、提案者の富越さんの別荘に集まった。

 

急用で来られなくなった人がいて、三人だけになったが、バーベキューをして酒を飲み、談笑し、二階の寝室で眠った。人数が少なかったので、一人だけの部屋で広々と寝ることができて快適だった。

 

真夜中に目覚め、トイレに行こうと階段を降りた。酒が残っていて足元がふらつき、壁づたいに歩いた。用を足したのは確かだが、その先の記憶がはっきりしない。どこかで倒れたのか、肩や膝が痛い。

 

しかし、何故、今、こんなところに閉じ込められているのか…?

 

自分の置かれた状況が理解できないまま、しばらくもがいていると、板の隙間から声が聞こえてきた。途切れ途切れで不明瞭だが、富越さんと、もう一人の参加者、佐野さんの声らしい。

 

「殺さなきゃとは思ったんですけど…」
「殺さなかったんですか?」
「暴れる様子はなかったから、もう少し様子を見て…」

 

殺す? 

思わず耳を疑った。

 

同時に、数日前のニュースが脳裏をよぎった。SNSで知り合った仲間に山奥で殺され、金品を奪われた事件。

 

富越さんも佐野さんも、昨日が初対面だ。素性などほとんど知らない。

 

急用で一人が来られなくなったというのは本当だろうか?

最初から、あの二人が俺一人を呼んだのだとしたら…

 

昨晩飲んだ酒は、本当にただの酒だったのだろうか?
何か、妙なものを混ぜられていたのではないか。

もしかしたら、酩酊してカードのパスワードを口にしてしまったのではないか。

 

次々と不吉な連想が湧き起こり、背筋が凍る。

 

震える指で周囲を探ると、冷たい金属に触れた。丸い缶のような感触――スプレー缶?

 

指先に触れた拍子に、カチ、と小さな手応えがあった。その直後、異臭が漂ってきた。息を吸うたびに、胸の奥がざらつき、頭の奥がじんわりと痺れるような気がする。

 

そのとき、富越さんの声が聞こえてきた。その声には異様な高揚感がこもっていた。

 

「お楽しみは、これからなんですから…」

 


 

■SideB:富越光三郎

 

昨夜のバーベキューは上出来だった。入念に準備をしたかいがあった。だが、メインイベントは今日だ。しかも、今回は佐野さんがいるので心強い。


「…しかし、富越さん、別荘を持ってるなんて贅沢ですね」
「いや、親から譲り受けただけです。私は平凡なタクシー運転手ですから」

「そうですか。タクシー運転手って、いろんな客がいるだろうから、何かと大変でしょうね」

 

話の流れで、私は体験談を少し披露した。乗り込んできた後、なかなか行き先を言わず、延々と独り言を呟き続けていた客の話だ。ずっと背後から、お経のような呟きが聞こえ続け、次第に恐ろしくなったことは忘れられない。

 

「どこかで降ろさなきゃとは思ったんですけど」
降ろさなかったんですか?

暴れる様子はなかったから、もう少し様子を見て…

 

他人には面白い話かも知れない。しかし、当事者としては、危ない人間を乗せてしまったのではないかと冷や汗をかいていたので、その後、どう対処したか、今となっては記憶が曖昧だ。

 

「結局、なんとか目的地を聞き出したんですけど、もう詳しいことは忘れちゃいました。特に最近は物忘れがひどくてね。

今朝も夜明け前、一階で何か音がした気がして目が覚めたんです。登山グッズを収納してある箱の蓋を閉め忘れたかと思って、見に行ったんですが、ちゃんと閉まってました。毎日、そんなことばかりです。年ですかね」

 

私は仕事がらみの話を切り上げ、今日のメインイベントに話題を移した。

「佐野さんの装備は立派ですね。しかも、かなり重そうだ」


「今日は軽い登りですけど、山頂でランチを作ろうと思いましてね。調理道具や食材を詰めてきました」

佐野は、そう言いながら虫よけスプレーを腕に吹きかけている。

 

「…それ、かなり臭いがキツイですね」
「でも、よく効くんですよ」
「山登りのベテランが来てくださって心強いです」

 

私は弾んだ気持ちで窓の外に目をやった。

「そろそろ小野寺さんを起こしてきましょうか」

 

空は青く晴れ渡り、雲ひとつない。

 

「昨日、かなり飲んでいたから、二日酔いにでもなっていなければいいですけどね。お楽しみは、これからなんですから…

 

今日は暑くなりそうだ。

「そうだ、この前、強力な冷却スプレーを買ったから、持っていきましょう」

 

私は佐野さんの背後を指差して言った。

「それをどかして、取り出してもらえますか?」

佐野さんのずっしりとしたリュックが、大きな木箱の上に置かれている。

 

「その木箱に登山グッズをまとめて収納しているんです。頑丈そうに見えますけど、蓋は簡単に開きますから…」

 

 

*毎週金曜21:00更新