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Another Side ある日の出来事―その表と裏

職場、家庭、近所づきあい、趣味の集まり、酒の席
――様々な場面で交わされる言葉に隠れている
嫉妬、後悔、劣等感、敵意、あるいは善意…
こんな物語、あなたの周囲にもありませんか?

※本作品は実話からヒントを得て創作したフィクションです。登場する人物・団体・企業・名称等はすべて架空であり、実在のものとは関係ありません。

 

■Side A:唐沢綾香

 

この頃、断捨離をしている。きっかけは、クローゼットの奥から何年も着ていない服が出てきたことだった。もう袖を通す気にはなれないけれど、ずっとしまい込んだままだった。

 

袋にまとめていると、遊びに来ていた友人が言った。
「それ、もったいなくない?」

 

「でも、もう着ないから」

はっきりと口に出したら、すっきりした。

 

年を重ねると、モノへの執着は自然と薄れていく。若い頃は「まだ使うかもしれない」とか「高かったから」と思い、なかなか手放せなかったものも、今はもう迷わない。

 

思い出の品は愛おしいけれど、写真に撮れば、形として手元に置いておかなくても記憶に残せる。CDに収められていた曲は、今なら、いくらでもサブスクで聴ける。

 

引き出しの中の雑貨や、読み返すことのない手紙も、少しずつ整理している。携帯の連絡先も、疎遠になった人の名前は消すようにしている。無理に繋ぎ止めておかなくてもいい関係もある。

 

捨てる作業は、思いのほか心地いい。余計なものをひとつ手放すたび、心まで軽くなっていく。

 

無意識のうちに積もった雑多なものごとを“今の自分”というふるいにかけると、いつの間にか色褪せて見えていた景色さえ、徐々に鮮明になってくる気がする。

 

思い出は、心の中にしまっておけば、それでいい。触れられなくても、記憶の中からいつでも取り出せる――そう思えるようになったことが、年を重ねるということなのかもしれない。

 


 

■Side B:神崎春奈

 

先日、久しぶりに綾香からメールがきた。断捨離をしているのだと言う。

 

「思い出の品は、心の中にさえしまってあれば、それで十分」

 

その通りだと思う、と返信すると「CDはいらない?」と訊いてきた。私が「音楽なしの生活なんて考えられない」と、いつも言っていたからだろう。

 

綾香は、特に音楽にこだわりがあるわけではない。持っているのは、誰もが知っている有名なアルバムばかりだろう。それでも、捨てるぐらいなら…と思い、送ってもらうことにした。

 

段ボール箱を開けると、予想通り、見覚えのあるアーティストのアルバムが並んでいた。それでも、中には私が持っていないものもあり、コレクションが増えるのはありがたかった。

 

だが、それらとともに、以前、私が彼女に贈ったCDも入っていた。彼女の誕生日やいろいろなお祝いごとがあった時にプレゼントしたものだ。少々、ムッとしたが、まあ、昔の話だ。怒るのも大人げない。私は、ちょっとだけ皮肉めいたメールを送った。

 

「私がプレゼントしたCDが何枚も混ざってて、笑っちゃった」

 

しかし、彼女からの返事は軽やかだった。


“あら、そうだった?(笑)

 でも、いつだってサブスクで聴き返せるから大丈夫よ”

 

それを読んだ瞬間、気持ちがすっとしぼんだ。

 

――あら、そうだった?

 

彼女は、私がプレゼントしたのがどのCDなのか、まったく覚えていないのだ。

 

サブスクで聴き返せるから?

心の中にさえしまってあれば? 

 

どれだか覚えてなければ、聴き返すことも、しまいようもないだろう。

 

私は棚から一枚のCDを取り出した。以前、綾香が私にプレゼントしてくれたCDだ。

 

当時、大ヒットしたアルバムだったから、私はすでに持っていた。それでも、音楽に詳しくない彼女が、CDコレクションを趣味にしている私にと、彼女なりに選んでくれたことが嬉しかった。

 

同じアルバムを持ってはいても、これは“綾香がプレゼントしてくれたCD”という特別な品だ。入っている曲だけじゃなく、しばらく棚の上に飾っていたジャケットのデザインも、何度も読み直した歌詞カードも、私にとっては大切なものだ。

 

しかし、そんな気持ちを、綾香と共有することはできないみたいだ。

 

悔しさとも寂しさとももつかないモヤモヤを抱きながら、私は、かつて彼女からプレゼントされたCDを久しぶりに再生し、数年越しに思わぬ形で送り返されてきたCDを、そっと棚にしまった。

 

 

*毎週金曜21:00更新