Another Side ある日の出来事―その表と裏 -2ページ目

Another Side ある日の出来事―その表と裏

職場、家庭、近所づきあい、趣味の集まり、酒の席
――様々な場面で交わされる言葉に隠れている
嫉妬、後悔、劣等感、敵意、あるいは善意…
こんな物語、あなたの周囲にもありませんか?

※本作品はフィクションです。登場する人物・団体・企業・名称等はすべて架空であり、実在のものとは関係ありません。

 

Side A:恩田沙也加

 

昼休みのカフェ。今日は、会社の裏手で朋美とランチをとっていた。枯れた街路樹の枝が風に揺れ、入り口のリースが小さく鳴っている。

 

「聞いた? 営業の田村さん、また合コンで知り合った子と付き合い始めたんだって」

 

朋美は、フォークをくるくる回しながら、いつものように軽快に話す。誰にも分け隔てなく接する彼女は、数少ない私の友達だ。職場の出来事や週末の予定を、まるでラジオのパーソナリティみたいに話してくれる。そのおかげで、話題に乗るのが苦手な私でも、なんとか同僚たちの輪に加わることができている。

 

明るくて、気がきいて、誰からも好かれる――そんな彼女が、私は少し羨ましい。けれど、いつも気にかかる言葉がある。

 

「ふつうだったらさ、もっとこうするよね?」

 

何気ないひとことなのに、私はいつも反射的に言い返してしまう。

 

「“ふつう”って、何?」

 

いつものように朋美は少し肩をすくめて笑い、話題を切り替える。そのとき、彼女がチラッと私のペンダントに目をやったのがわかった。

 

昨日、たまたま立ち寄った雑貨屋で、一目見た途端に気に入って買ったものだ。古びた真鍮の筒に細いチェーンを通した小さな万華鏡。覗くと、光の加減で変わる模様がとても美しくて、なんだか懐かしい気分になる。でも、ぱっと見た感じは薄汚れたガラクタだ。朋美は、きっと「また変なものを…」と呆れているんだろう。

 

子供のころから、私は「変わってる」と言われてきた。いつもランドセルには文庫本がぎっしり詰まっていて、放課後は公園でひとり、枯葉を踏む音をカセットに録ったりして遊んでいた。中学生のころ、友達はアイドルに夢中だったけど、私はエディット・ピアフを聴いていた。

 

「変わってるね」と笑われるたびに、周りの人たちが少しずつ離れていった。“ふつう”でいないといけないの?次第に私は、人と接することに対して臆病になっていた。

 

目の前で笑っている朋美も、やがては私から離れていってしまうのだろうか。

 

――“ふつう”って何?

 

冬の光が傾きはじめた窓の外を、私はぼんやりと眺めた。
 


 

Side B:布川朋美

 

「“ふつう”って何?」

 

沙也加が、いつものように、まっすぐな目で訊いた。私はその視線から逃げるように、マグカップの持ち手を指先でなぞった。

 

今日も、何気なく彼女の前で「ふつうは…」と言ってしまった。ほんの会話の潤滑油みたいなつもりなのだけれど、そのたびに彼女の表情がかすかに曇る。

 

たしかに、沙也加は“少し変わってる”。仕事帰りに古本屋へ寄って、古い映画パンフレットを買って帰るのが楽しみらしい。昼休みに読むのは、絶版になった海外の小説。ランチも、みんなが新しいカフェに行くときに、一人で昔ながらの定食屋へ向かう。

 

でも、その背中には、いつも揺るがない芯があるように見える。私は、そんな彼女の生き方が好きだ。流行に流されず、いつもどこか穏やかな場所で、自分だけの景色を見ているような…。たぶん彼女には、私たちが見落としている色や音が、ちゃんと見えているんだと思う。

 

ただ、そんな彼女の生き方や感性は、ときどき周囲を戸惑わせる。

 

「沙也加さんって、ちょっと変わってるよね」

 

同僚たちが冗談めかしてそう言うとき、私はうまく笑えない。その言葉が、沙也加を傷つけているのがわかるから。

 

多様性だの、個性を尊重だのと、最近はよく言われる。でも、それって裏を返せば、「違っている人」を特別扱いしてるってことじゃないのかな。ほんとうに“違い”が当たり前の社会なら、わざわざそんな言葉を使う必要などないはずだ。

 

初冬の風が、通りの銀杏を散らしていく。店を出ると、空は薄く霞んだ灰色で、息が白く揺れた。
隣を歩く沙也加が、小さく鼻歌を歌っている。聴いたことのないメロディ。

 

――“ふつう”って何?

 

いつか、彼女がそんな問いを抱く必要のない世界になればいいのに。ひとりひとりが違っていることを当たり前のこととして認め合えるような…。ふと、そんなことを考えてしまう。

 

沙也加の胸元で、小さな万華鏡のペンダントが、光を受けて微かに瞬いた。その中には、私の知らない色や形が、きっと無限に広がっているのだろう。
 

私は、そのきらめきに惹かれるように言った。

「ねえ、その万華鏡――覗かせて」

 

沙也加は少し驚いたように私を見て、それから、はにかむように笑った。

 

 

*毎週金曜21:00更新