※本作品はフィクションです。登場する人物・団体・企業・名称等はすべて架空であり、実在のものとは関係ありません。
「私、人間関係を断捨離してるの」
テーブルに置かれた白いスープカップから、淡い湯気が立ちのぼる。その向こうにいる真由が、控えめに「へぇ~」と頷いた。昼下がりのカフェは、平日のせいか半分ほどの客入りで、窓の外では色褪せ始めた街路樹が風にそよいでいる。
私は最近、付き合う人をきちんと選ぶようにしている。人生の折り返し地点を過ぎた今、無限にあるわけではない時間をどう使うか、真剣に考えるようになった。これからは、自分を磨き合える人とだけ関わっていきたい。お互いを高め合える人間関係――それこそが、これからの人生にはふさわしい。無理して付き合うことなど、もう、したくはない。
「ふるいにかける……っていう感じかしらね」
私がそう言うと、真由はスープカップを手に取り、ひと口すすった。香草のやわらかな香りがふわりと広がり、彼女の小さな笑みが、立ちのぼる湯気に紛れて消えていった。「そうなんだ」とだけ返すその声は無機質で平板だ。
私は、この頃、彼女の曖昧な返事に少しだけ物足りなさを覚えるようになった。悪い人だとは思わないけれど、人の意見に流されるばかりで、自分を持っているのかどうかわからない。
――こういう人と時間を重ねても、きっと何も残らないのだろう。
スープカップの縁を指先でなぞりながら、私は心の中で呟いていた。これからは、私が選んだ人とだけ歩いていく。自分の人生を、自分の手でデザインするために。それが、私らしく生きる最善の方法だと思う。
外の風が強くなり、カフェのガラス窓をかすかに震わせた。私はその音に耳を傾けながら、自分の決意をさらに固くする。
■SideB:柴咲真由
「私、人間関係を断捨離してるの」
綾香がそう言ったとき、私は心の奥で「やれやれ」と苦笑いした。ふるいにかける――彼女はいつも少し顎を上げ、どこか勝ち誇ったように微笑む。光を受けて艶やかなネイルが、スープカップの縁をなぞる指先に映えている。
私は曖昧にうなずき、白いスープカップに視線を落とした。この数年、綾香の周りから友人がひとり、またひとりと消えていった。しかし、それは彼女が言う「ふるい」にかけられたからではない。綾香の傲慢さに嫌気がさし、去っていったのだ。かつては、そんな人間じゃなかったのに。何が彼女を変えたのだろう。
もしかすると、深く信じた誰かに裏切られた経験から、人を切り捨てることが彼女なりの防御になったのかもしれない。――だとしても、彼女に何も危害を加えていない人々を憤慨させる理由にはならない。
今の彼女の言葉にいちいち腹を立てるのはエネルギーの無駄遣いだ。そう気づいてからは、感情を抑えて聞き流すようになった。周囲の人々も皆そうして、少しずつ離れていった。
それでも綾香は、寂しさなど感じていないように見える。むしろ「無駄な人間関係が減ってすっきりした」と心から信じているのだろう。私も、近いうちにその「ふるい」から落とされるに違いない。そんな予感がしているし、正直なところ、早くそうなってほしいとも思っている。それが一番、穏やかに彼女と縁を切る方法だから。
窓の外で夕暮れが近づき、街路樹の影が長く伸びている。その情景を眺めながら私は思う。やがて、綾香が本当に独りになったとき、彼女は気づくだろう。ふるいにかけられて落ちていったのは、他の誰でもなく、自分自身だったことに。
スープを口に運ぶ。表面の湯気が頬をかすめ、香草の香りに混じって強い塩気が舌に突き刺さった。今日のスープは、やけにしょっぱい。
*毎週金曜21:00更新
