『苦悩する男』 刑事ヴァランダーシリーズ完結!  ヘニング・マンケル | ミステリ好き村昌の本好き通信

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『苦悩する男』(刑事ヴァランダーシリーズ完結)

 

 北欧ミステリの帝王マンケルの【刑事ヴァランダーシリーズ】最終巻である。

 作者も他界しており、ヴァランダーの活躍もこの作品以降書かれることはない‥‥。

 今までとは、少し気持ちを改めるように丁寧にページをめくり、読み始めた。

 ヴァランダーは59歳になり、私自身の実人生と重なるような年代になり、今まで以上に親近感がわいてきた。

 

 娘のリンダとパートナーの間に子供もでき、ヴァランダーは孫を持つ身となった。結局、刑事としての後半生を過ごしたイースター署で、警部として定年を迎えることになるのだが、シリーズのラストを飾る作品なので、そこかしこに今までの各作品に関係した場所、人、店などの描写が何気なく散りばめられ、ヴァランダーという男の人生と、その生き、考えた証(あかし)を作者自身が、愛おしく回顧しているようにも読める。

 そのようなシーンを読む度に、全作を読んできた自分も、その時々の作品を思い出し、感慨を持ち、少しの間懐かしさに心惹かれ、ぼんやりと考えてしまうので、読むスピードは鈍りがちである。

 

 自分の人生に思いを馳せるヴァランダーの姿と、同時進行のように事件は起きる。

 リンダのパートナーの父(1960年代スウェーデン海軍潜水艦部隊の司令官であり、軍の上層部に属していた)が失踪し、ヴァランダーが娘のためにその行方を捜すことになる。

 さらに、リンダの義父の失踪後二か月ほどして、パートナーの母親も失踪し、やがて、辺鄙な、島で死体となって発見される。(自殺と断定されるが‥‥)

 

 事件解決のために動きまわるヴァランダーは、いつもの通り精力的である。

 が、それと同時に彼の人生そのものを形成してきた諸要素(家族、彼の生き方に影響を与えてきた人たちとのかかわり、時代背景、スウェーデンという国の社会及び政治と自分のかかわり、老いの恐怖等々)に対する思いを語るヴァランダーの描写(それはとりもなおさず、作者マンケルの心にあった思いでもある)が目立つようになる。

 リンダのパートナーの両親の事件は、最終的にヴァランダーの活躍でほぼ解決を見るが、(背景に1960年代のスウェーデンという国の政治状況がある)これまで読んできたほどのカタルシスはない。

 

それというのも、エピローグで、この事件以降のヴァランダーが、どのような人生を送ることになったかが描かれているからである。

 作者マンケルはヴァランダーシリーズに、自身の人生に対する思いと自分の「生き様」を主人公に投影して描いた。

 それは読者となった私の生きた時代、年齢とほぼリンクしている。

 マンケルが描いたヴァランダーの生き様を「その時の自分ってどう生きて、どんな事を思っていたんだろう?」と、常に自分の実人生と比較しながら読んできた。

 

 『刑事ヴァランダーシリーズ』はこの10年ほどの間に読んだ本の中で、自分に一番読書の喜びと楽しさを与えてくれた作品であった。生涯忘れられないシリーズ本になるだろう。