中学受験とは全く関係ありません。半沢直樹ネタです。
中受関連記事と比べると反応は薄いですが、懲りずに続けます。
また、私は専門家ではないので、間違いがあればご指摘下さい。
3 買収防衛策②-パックマン・ディフェンス
前回買収防衛策についてはいろいろと種類があるといいましたが、米国人のセンスなんでしょうか、買収防衛策のネーミングはとても面白いです。ゴールデン・パラシュート、クラウン・ジュエル、ポイズン・ピル、ジューイッシュ・デンティストなどなど。対戦ゲームの技やRPGの魔法の名前みたいですね。これらについて解説していると際限がないので、半沢直樹に関係しそうなパックマン・ディフェンスについて、簡単に説明します。
パックマン・ディフェンスは日本語では逆買収、と訳されることが多いです。半沢直樹の次回予告編で「逆買収」という言葉が出てきたので、これについて次回の予備知識として触れておこうと思ったわけです(但し、後述しますが通常意図するところのパックマン・ディフェンスは半沢のケースでは使えないと思います)。
さて、このパックマン・ディフェンスですが、当然由来はかつて80年代に一世風靡したナムコのゲーム「パックマン」です。ご存知の通り、パックマンは通常モンスターに食べられないよう逃げ回っていますが、ひとたびパワーエサを食べると形勢逆転し、逆にモンスターを食べる方にまわります。敵対的買収防衛策としてのパックマン・ディフェンスも同様に、買収会社(=モンスター)に敵対的買収を仕掛けられている対象会社(=パックマン)が、逆に買収会社の買収を仕掛けようというものです。
買収を仕掛けられている対象会社が、逆に買収会社を傘下におさめてしまえば、当然買収会社による対象会社買収は意味をなさないことになります。さらに、日本の会社法を前提とすれば、子会社は親会社株式を保有することができませんので、買収会社株式を処分しなければならないことになります。これがパックマン・ディフェンスなわけです。
ちなみに、日本の会社法を前提とすると、買収会社の過半数の株式を取得して傘下に収める必要はありません。25%取得すれば敵対的買収を無効化できます。会社法の規定では、A社がB社の株式の25%以上を保有している場合、B社がA社の株式を保有していたとしても、その議決権を行使できないことになります。A社を対象会社、B社を買収会社とすると、対象会社は買収会社の株式の25%を取得すれば、買収会社は対象会社の議決権を行使できなくなるので、買収した意味を失うわけです。この「日本版パックマン・ディフェンス」は、その意味では多少ハードルは下がります。
では敵対的買収の状況における対象会社のパワーエサに当たるものは何でしょうか?そうです、資本主義社会におけるパワーエサは、「資金」しかありません。
対象会社は逆に買収会社の買収を仕掛けるわけですから、多額の資金が必要になります。その資金をどうやって調達するのか、そこがパックマン・ディフェンスの大きなハードルになります。
さらに、買収会社の株式を買い集める必要があるわけですから、相手が上場企業でないと難しいです。相手が非上場の場合は、大株主を切り崩すような工作ができれば別ですが、非現実的でしょう。
また、対象会社の現経営陣の責任の問題も出てきます。敵対的買収とは、対象会社の現経営陣の意思に反して買収を行うことですが、これに対抗する根拠として、「買収されると全株主の利益にならない」という大義が必要です。決して「自分たちが経営陣として居座りたいため」というのは理由になりません。株式会社は究極的には株主のものですから。
パックマン・ディフェンスはこの理由がつきにくいのです。買収会社が上になるか、対象会社が上になるかの違いはあるものの、同じ2つの会社が企業結合をする結果は変わらないのに、多額の資金を投じて買収防衛を行うのは、逆に対象会社の現経営陣の利益を優先して、その株主の利益を害しているのではないか、ということです。ちなみにこの点ホワイト・ナイトは理由がつけやすいです。買収会社の子会社になるよりも、ホワイト・ナイトの企業と資本提携する(あるいは傘下に入る)方が株主の利益になります、と言いやすいからです。
このような理由もあり、少なくとも日本では明確にパックマン・ディフェンスが用いられた事例はこれまでないと思います。
では海外ではどうか?もちろん発祥の地の米国では実例があります。
先駆けになったのは、1982年のベンディックス社によるマーティン・マリエッタ社(現在のロッキード・マーティン社)に対する敵対的買収の対抗策としてです。マーティン・マリエッタ社は、対抗してベンディックス社の支配権をうるべく同社株式の取得を開始したのです。
この事例が興味深いのは、このマーティン・マリエッタ社のパックマン・ディフェンスに対して、ベンディックス社はさらにアライド社という会社を「ホワイト・ナイト」として立てて対抗したのです。そして、最終的にベンディックス社はアライド社の傘下となってしまい、当初のマーティン・マリエッタ社買収の目論見が失敗するどころか、自らを身売りする結果となってしまいました。
そのほか、米国ではパックマン・ディフェンスの実例と言えそうなものはいくつかあり、さすが資本主義の本場は違うなと思わせるものがあります。ちなみに欧州でもいくつか実例はあります。
半沢直樹での展開の考察(ネタバレ無し)
私池井戸潤の原作は読んでいないので、完全な予想になります。的外れかも知れませんが、ご容赦下さい。
まず半沢が「逆買収」すると言うからには、電脳に対してスパイラル社がパックマン・ディフェンスを仕掛けるという展開が一番素直です。電脳が上場か非上場かはよくわかりませんが(ドラマ内で言及ありましたかね?)、上場企業であることを前提にします。
しかし、スパイラル社がパックマン・ディフェンスを電脳に対して行うとすると、当然多額の資金が必要になります。電脳は業績も良さそうですし、仮にも東京中央銀行から1500億円ものスパイラル社の買収資金の調達もできるわけですから、株式価値では数千億円規模はあるでしょう。スパイラル社としては、少なくともそのうちの25%の取得を目指さなければならないわけですし、逆買収を公表すればさらに株価は上がる訳ですから、生半可な資金では対抗できません。スパイラル社が自己資金でやるのはまず不可能です。そうするとどこかから資金調達しなければならないです。
セントラル証券は証券会社ですし、銀行子会社ということもあり、その規模の貸付を自分で行えるとは思えません(一般論ですが)。そうすると、どこか他のメガバンクを連れてくる、ということになりますが、外から見て、他のメガバンク傘下の証券会社がアドバイザーを務めている対象企業を救うためのパックマン・ディフェンスの資金調達に手を貸すでしょうか?そもそも東京中央銀行とセントラル証券の親子会社間で敵対関係にあること自体が他行からすれば意味不明なのに、そこでなお火中の栗を拾いに行く銀行はないと思います。そのシナリオはドラマとはいえ、あまりに非現実的です(まあそれを言い出すと半沢直樹の全てが非現実的だと言えなくもないですが)。
また、上記の対象会社の経営陣の責任という点も気になります。スパイラルは上場企業ですし、社長が電脳に身売りをしたくない、という理由だけで電脳に対しパックマンディフェンスを仕掛けるのは株主に説明できる正当な理由がない気がします。
そうすると、今分かっていることだけで判断すると、電脳に対してパックマン・ディフェンスを仕掛けるというのは難しいような気がします。まあどんな局面でも逆転してくる半沢のことですので、何か秘策があるのかも知れません。
他に候補がありうるとすれば、フォックス社の買収でしょうか。こちらは業績が悪化しているようで株価も下がっており、電脳を買収するより資金はかからなそうです。また、上記のとおり株主への説明もしやすいです(そんな株価が低迷しているような会社買ってどうする、というのは別論ですが)。ただフォックス社自身は(東京中央銀行の書いたスキームにおける建前上ですが)ホワイト・ナイトとして現れたので、「逆買収」というワードの語感からは少々外れるかと思います。
と、いろいろと考えてみましたが、次回8月2日の放送を楽しみに待ちたいと思います。