「史実の共有 後退させるな」

 

 

今日(2022年9月15日)の『毎日新聞』政治面オピニオン「記者の目」で、砂川学習館の資料展示縮小の問題がとりあげられました。

 

記者の目:砂川闘争の展示縮小へ 史実の共有、後退させるな=木村健二(東京地方部) | 毎日新聞 (mainichi.jp)

 

それによると、執筆者の木村健二記者は、2005年、立川市にある多摩総局に勤めていた時に、砂川闘争開始から55年を期してゆかりの人々を訪ね、連載記事を書いたそうです。以来、教科書で習った机上の話だった砂川闘争が、「取材を通して立体的な史実として立ち上がり、現地の動きに関心を持ち続けた」といいます。

 

木村記者は、今回も砂川学習館の「砂川地域歴史と文化の資料コーナー」を実際に訪れて、その展示概要と写真を紹介し、学習館の建て替えに伴う展示スペースの縮小案に危機感を抱く地元民にも取材しました。

それだけでなく、1950年代初期、砂川に先がけて、米軍の砲弾試射場をめぐって闘争が展開された石川県の内灘町にも、足を運んだようです。

内灘町立の「歴史民俗資料館」で「内灘闘争」に関する実物資料やそのレプリカなど、約100点が常設展示されている、と伝えています。そして、米軍施設の要所要所を町の文化財に指定して職員がメンテナンスに励み、内灘町教育委員会が、展示の意義を「ありのままの史実を後世に伝えることが目的」だと述べて、来館者の自主的・主体的な利用を期待していることなど、「立川市とは対照的」な姿勢についてもふれています。

 

この記事の最後は、以下のように結ばれています。

「砂川闘争や内灘闘争で問われた憲法や日米安保を巡る論点は、今なお米軍基地が集中する沖縄はもちろん、米軍基地を抱える各地で問われ続けている。歴史的評価が分かれたとしても、誰もが史実を共有できる方策を各自治体で探り強化してほしい」

 

「砂川闘争」や「砂川事件」という歴史的事実は、その現地で、実物展示を伴う常設展示によって保存されることに意味があるといえるでしょう。しかしその価値は、現地だけのものではありません。国内はもとより、アメリカの研究者やドイツのジャーナリストなど、海外からも注目される世界史の一部です。その歴史展示の共有という意味でも、砂川における展示スペースの確保を求めます。

今や「歴史」とは、国家が正当化する「正史」だけでなく、それを相対化する、庶民や市民の多様な記憶と記録から成るもの、と認められているからです。そこには、「砂川闘争」を「流血」や「勝利」の物語として単純化した時代の産物だけでなく、当時の子ども達の作文集や、女性たちの座談会記録なども含まれることは、このブログでも紹介した通りです。これからも、より具体的に、丹念に、伝え続けたいと思います。

 

 

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今日の砂川学習館

 

写真はいずれも2022年9月15日に本ブログ筆者が撮影したもの

 

 

 

 

 

 

 

「砂川闘争」で見張り役の人が、測量隊や警官隊の接近を知らせるために叩いた鐘。これは火災の際に打ち鳴らされる「火の見やぐらの半鐘」であり、明治時代以来の砂川村の歴史を物語る史料でもある。