旧石器時代にもみられるD-Oサイクルのメカニズムは、北大西洋における熱塩循環(Thermo-haline Circulation)の盛衰によって引き起こされるようだ。 では、後氷期である完新世(Holocene / 縄文早期以降)にも観察されるのであろう寒暖サイクルについてはどうか・・・( ・ω・)

 

 

1. 完新世(縄文早期~)の変地球的な気候変動

  • G. H. Denton and W. Karle (1973) ; 北米と欧州の山岳氷河の成長が同期していることに着目し『後氷期である完新世(Holocene)の気候変動は、花粉や海底堆積物に記録されているよりも大きく変動している』と予見。
  • 前回調べたダンスガード・オシュガーサイクルやハインリッヒ・イベントは、しかし、LGP(最終氷期/更新世≒旧石器時代)期の短周期気候変動を示したものであり、直接完新世(縄文早期以降)の気候変動には触れていない。↓図のようにD-Oサイクル1とHL1が辛うじて草創期に掛かるのみ(LGMとベーリング期)。

 

 

 

 

2.ボンド・イベント(完新世≒縄文早期以降の汎地球的な気候変動)

  • Bond et.al, 1997, A Pervasive Millennial-Scale Cycle in North Atlantic Holocene and Glacial Climates, SCIENCE VOL. 278 で、ようやく完新世(Holocene ≒ 縄文時代)の気候変動を解析した ボンド・イベント を見つけた。
 
 
 
  • ↓図は、上図と同じものに解説用に通し番号と色をつけた。
  • 試料は、北大西洋(イギリス西方、アイスランド南方)のVM29-191およびVM23-81から得られた海底柱状コアサンプル。 

 

 

 

2-①. Lithic grain (expand scale)/g

  • lithic grains/g (expand. scale)とは、単位グラム重量あたりの岩石粒の数。D-Oサイクル、ハインリッヒ・イベントと同じ理屈(大陸氷床から分離した氷山によって陸源性砕屑物は遠方の大西洋の海底に運搬される)。
  • lithic grainの量と氷山の数は正相関。 
  • LGP(最終氷期)の寒冷期や最後の氷期(ヤンガー・ドリアス期)のlithic grainの量と比べると明らかにその増減は見劣りするものの、スケールを変えて完新世のlithic grainの変化にフォーカスすると周期的な増減がはっきりと見て取れる。
  • 氷山の流入・氷解により形成される北大西洋の淡水塊が、メキシコ湾流の北上を停滞させ熱塩循環にマイナスの影響を与える。それにより発生する汎世界的な寒冷化現象は、真鍋博士の『北大西洋水まき実験(Ocen Atmosphere Coupled Model)』で検証済み。
  • 寒冷期を示すボンド・イベント期には高値を示す。
 
 
 
2-②. Tracer-1;Hematite-stained grain (Ash free)
  • 氷山によって北大西洋に運搬、放散された陸源性砕屑物をさらに詳細に分析し、Hematite(赤鉄鉱/Fe2O3)の付着した砂粒の供給地をグリーンランド東岸とスバールバル諸島(↓右Mapの赤エリア)の2箇所と特定した。
  • これは、高緯度域の氷山が、現時点の氷解エリア(黒破線エリア)を通り抜け、さらに南方である本論文のデータ地点(VM29-191およびVM23-81)まで漂着、ここで氷解したことを意味している(現在よりも寒冷化している時期の存在)。
  • 寒冷期を示すボンド・イベント期には高値を示す。

 

 
 
 
2-③. Tracer-2;Icelandic glass %(アイスランド島火山起源のガラス質火山灰/ lithic grain)
  • アイスランド起源のガラス質火山灰は、氷山上に降下し、氷山によって運搬、氷解により海底に放散される。
  • ↓Mapの黒破線灰色エリアは、現生(海底コアトップ部)にアイスランド起源の火山灰が含まれるエリア。
  • このエリアよりも遥かに南方に位置するVM29-191地点で、現生よりも高いTracer-2の含有率を示す深度サンプルが複数枚確認できる。 これは、氷山の南方進出=寒冷化の時期が複数時期存在したことを意味する。
  • 寒冷期を示すボンド・イベント期には高値を示す。

bg; basaltic glass (玄武岩質火山グラス)、 rg;rhyolitic glass (流紋岩質火山グラス)
 
 
 
  • ↓右Mapの水色エリア内の海底コアトップサンプル(現生)を同エリア内水色ライン上にプロットした②(Tracer-1/赤鉄鉱付着砂粒)、③(Tracer-2/アイスランド起源の火山灰)のグラフを↓左グラフに示す。
  • 現生(現海底面)Tracer-1/2は、北緯55~60度以北で含有率が高くなっている(= 現生氷山の南限)。
  • 一方、北緯54度付近のVM29-191のコアサンプル中に含まれるTracer-1/2は現生のそれよりも高い含有率を示しており、氷山の南限が本地点を越えて南進していることを示唆している(=複数の寒冷化時期の存在)。
 
 
 

2-④. Non-sea salt K (非海塩性カルシウムイオン)

  • 非海塩性カルシウムイオンは、カルシ ウムイオンの総量から海塩起源のものを差し引いたもので、鉱物ダストの指標。すなはち、寒冷化による大気の乾燥状態が地表のダストを巻き上げて飛散させる状況を意味する。

 
 
 
 
3-1. 浮遊性有孔虫による寒暖の判別
 
 
  • Neogloboquadrina pachyderma(左巻)とN. incompta(右巻)は、それぞれ冷水、暖水の指標となる。 寒冷期にあたるボンド・イベントではN.pachydermaが増え、Incomptaが減少する。  ※↑グラフではN. pachyderma(d)と記されているが近年別種であることが判明しN. incomptaと命名されている。
 
 
  • Globigerina quinquelobaは冷水域に棲息。よって、ボンド・イベント期には増加する。
 
 
 
3-2. ボンド・イベント期の古海水温の推定(凡そ-2℃
  • VM29-191海底コアサンプルで確認されたボンド・イベント期の化石群集を現生北大西洋底の化石群集を比較すると、現海面水温8-9℃を示す北緯60~62度付近の化石群集と一致する。
  • VM29-191の現海面水温は11℃ほどなので、ボンド・イベント期の古海面水温は2℃程低かったと推定できる。
  • D-Oサイクルの寒暖差が5~7℃程であったことと比べると小さい。この規模の違いを正しく認識していないと『完新世は一定で温暖な気候でーす』とウソブクことに成り兼ねないので注意(≧ヘ≦)
 
 
 
 
 
『後氷期の気候変動は温暖で一定』だと考えられがちではある。しかし、精度を上げて北大西洋海底コアアンプルを分析したところ、小規模ながらも最終氷期で確認された北大西洋水まき実験と同様のメカニズムで寒暖のサイクルが発生していたことが認識された。
上記気候変動に対しての理解は、縄文ムラの誕生と消滅(廃棄)の要因とその時期について系統だった考察を行う際の重要なファクターと考える。