昨年の福井県年縞博物館訪問で知ったダンスガード・オシェガーサイクルハインリッヒイベント

古気候変動を知る手がかり。

 

 

第四紀は人類の時代。その汎地球的な気候変動を読み解くことが彼らの生活や文化を理解するうえで重要。縄文時代についても然り。

 

 

 

1. 五大氷期のメカニズム(ミランコビッチ・サイクル)

  • ほぼ10数万年周期で発生している第四紀の五大氷河期(ドナウ/ギュンツ/ミンデル/リス/ウルム)は、ミランコビッチ・サイクル(公転の離心率、歳差、地軸傾度)との一致からそのメカニズムが説明可能。

 

 

 

2. 最終氷期の間に観察される千年単位の細かい気候変動

  • 神津島産黒曜石をもとめたシャトル航海の時期、縄文ムラの発生と消滅などを理解するためには、しかし10数万年間隔のミランコビッチサイクルでは長周期過ぎて不十分。
  • それよりも短期間(数十~千年単位)の気候変動・寒暖の変化との関係性、因果関係を理解する必要あり(↓図左側のスパイク状の寒暖変動)。

 

 

 

2-1. ダンスガード・オシュガーサイクル(大陸氷床から得られた周期的な古気温変動)

  • NGRIP(North Greenland Ice Core Project);デンマーク、ドイツ、日本、フランス、アイスランド、スイス、スェーデン、ベルギー、アメリカが参加したグリーンランド氷床からのコア採取プロジェクト。 1999年に掘削開始、2003年に氷床を貫き基底岩盤に到達。3001mの氷コアを回収、最深部の年代は12.3万年。氷に記録された層状構造を丹念に調べ、各年代の酸素18同位体分析から古気温の変動をもとめた。

 

  • 最終氷期(Last Glacial Period ≒ ウルム氷期)内に20のスパイク状の気温上昇期間を確認。
  • 最終氷期に起きた数十年間で最大10℃の急激な温暖化と急激な寒冷化を繰り返す短周期の気候変動をダンスガード・オシュガーサイクル(D-Oサイクル)という。

  • 静岡県愛鷹山麓の後期旧石器時代遺跡群(井出丸山・追平B・冨士石・土手上 / 3.8 ~ 3.7万年前)から出土した神津島産黒曜石は、D-Oイベント8(温暖期)に相当。
  • 静岡県愛鷹山麓の縄文草創期休場層(1.4万年前)から出土した神津島産黒曜石は、D-Oイベント1(ベーリング期)に相当。
  • 神奈川県相模原市の田名向原遺跡(2万年前)からは神津島産黒曜石はゼロ(!)。2万年前とはドンピシャでLGM(Last Glacial Maximum /最終氷期の最極寒期)。 田名向原人は「大洋の凍てつく荒波の中をシャトル航海することが遭難のリスク大、自殺行為!」と思ってのかもしれない。

 

 

  • 発見者である気候学者 ウィリ・ダンスガード(オランダ)とハンス・オシュガー(スイス)から命名。
 

 

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酸素18同位体比より古気温を求める; 

  • 酸素は16O、17O、18Oの安定同位体よりなる。質量数から明らかなように重さは 18O > 17O > 16O の順。 気温が低いと水(H2O)の分子運動が不活発になる。そんな寒冷な時期に、海水が大気中に蒸発すると、軽い16Oを含む海水(H2O)が選択的に蒸発し、一番重い18Oを含む水(H2O)が海水に取り残されることになる。 
  • 大気中の雨雲(H2O)は、降雪し氷床として大陸に固定されるため、氷床コア中の18Oは低い値を示す。 (一方、18Oが取り残された海水から作られた有孔虫殻は、高い18O値を示す。)

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2-2. ハインリッヒ・イベント(大洋底から得られた周期的な古気温変動

  • 1988年、Hartmut Heinrich(ドイツ人海洋地質および気候学者)により、北大西洋の19か所で採取された海底コアから、本来のシルト質層中に陸源性砕屑物を多量に含む粗粒層(IRD / Ice Rafted Debris)が5層挟在していることが報告された。

 

  • それらの粗粒物は、① 7万年 ~ 1.4万年前の堆積物で、② 石灰岩やドロマイト(火山灰などの噴火起源ではない)で ③ ハドソン湾周辺及びカナダ東部を起源としていること、④ 北部北大西洋を東に進むにつれて減少することや、⑤ グリーンランド南方及び北大西洋東部には分布しないことなどが明らかになった。

 

 

  • 石灰岩やドロマイトはに分布しているハドソン湾周辺及びカナダ東部には、氷河期にローレンタイド氷床が厚く発達していたことが地質学的調査で明らかになっている。
  • IRD (Ice Rafted Debris)は、ローレンタイド氷床が底にある石灰岩やドロマイトなどを取り込みつつ海方へ移動し氷山となり大西洋に流出、氷解する過程で取り込んだ粗粒砕屑物を海底に放出したもの。 

 

 

  • IRD (Ice Rafted Debris)の出現時期とダンスガード・オシェガーサイクルには、よい一致がみられる。 すなわち、IRDが発達する時期は、各D-Oサイクルが示す最寒冷時期に一致している。
 
  • 最終氷期に北大西洋へ大量の氷山が流れ出したことで生じた、急激で大規模な寒冷イベントをハインリッヒ・イベント という。

 

 

 

2-3. D-Oサイクルのメカニズム(大量氷山の流出・氷解によるメキシコ暖流の北進阻害)

  • 大西洋の海洋循環と関係する説が有力;
  1. 現在の気候システムでは、暖流であるメキシコ湾流がグリーンランド沖まで到達することによって北米や北欧が比較的温暖な気候を維持している。この暖流が停止すると、これらの地域は急速に寒冷化すると推測される。
  2. ハインリッヒ・イベントにみられるローレンタイド大陸氷床の拡張、そして北大西洋への大量の氷山の流出・氷解に起因した巨大な淡水塊がメキシコ暖流の北進を阻んだ。
  3. グリーンランド、欧州などの北大西洋周辺エリアが寒冷化し、その影響が偏西風などにより北半球を中心に汎世界的に広がった。
 
 
※1  Manabe et al 2000, Study of abrupt climate change by a coupled ocean-atmosphere model, Quaternary Science Reviews 19 (2000);上記現象をシミュレーション実験で再現している。
 
 

※2 氷床が成長すると、氷が厚くなるため底部が高圧になり、融解する。これにより底部には液体(すなわち水)が生じ、氷床は、氷河として滑動し、流氷を大量に大西洋に吐き出すことになる。その後、氷床の氷の厚さは薄くなり、それによって底部の液体層はなくなり、氷河の滑動は停止する。このようなサイクルはウェットベース、ドライベース仮説として提唱されており、このようなサイクルがD-Oサイクルの原動力であるとする考え方がある。

 
 
 
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熱塩循環 (現行熱循環システム)
  1. 表層海流であるメキシコ湾流が、赤道大西洋から極域に向かうにつれて冷却と蒸発で高密度・高塩分濃度水塊に変わる(大西洋では淡水流入に比べて蒸発が卓越)。
  2. ついには高緯度で沈み込む(北大西洋深層水の形成)。
  3. この高密度の海水は深海底に沈み、海底地形の凹地を伝って南下、インド洋深海底、太平洋深海底を移動
  4. 1200年後に北東太平洋に達して再び表層に戻る。

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