天然記録 -62ページ目

地球には設計者がいると思う

人類を救世主を待ち望む

迷える子羊設定に故意にしていたとしたら

宗教は支配に利用されてきたと思う

神に祈るより、身近な人や自然、動物

自分自身の努力に感謝しない宗教は嫌い

宗教は神の権威で人を操作できる

宇宙人も神もゲームを彩る設定なのかも

そもそも、どの国の神話も似ているのは

名前を変えた同じ登場人物らしい

 

悉達多太子(しつだつたたいし)
釈迦の出家前の名

阿修羅(あしゅら)

帝釈天(たいしゃくてん)に歯向かった悪鬼神と

一般的に認識されているが、阿修羅はもともと天界の神であった。

阿修羅が天界から追われて修羅界を形成した。

梵天(ぼんてん)
仏教の世界観において最高位の一つである梵天界の主

兜率天(とそつてん)
仏語。六欲天の第四天。
内院と外院があり
内院は将来仏となるべき
弥勒菩薩(みろくぼさつ)が住するとされ
外院は天衆の住む所とされる。

転輪王(てんりんおう)
古代インドの思想における理想的な王を指す概念。
地上をダルマ(法)によって統治し
王に求められる全ての条件を備えるという。


――――――

王家はどこから来たのだろう。
王家の人々はいったい何者なのだろう?

ある日、空より降り立ち

それだけでよかった。
そこからすべてがはじまったのだ。

ある日、空より降り立ち

すべてがうまくいっている間はそれでよい。
しかし、いったん平和な時が去り
人々の精神が、生活が不安におののくとき
不幸や悲劇の根源をさぐって
最後にはただ一つの問いに至る。
その問いはすでにむなしく答えは求め得ようもない。

お尋ねします。
梵天王(ぼんてんおう)よ。
この高貴な天上界に、なぜかかる破局が
こめられてあるのでしょうか。
ここに至る間に、僧たちに導かれるままに
様々な破滅と破壊のありさまをしさいに見てまいりました。
私は人間世界の様々な、おぞましい破壊の様相に
一貫する暗黒の原理を見極めたいものと念じて
実はここまでやってまいりました。
しかし、ここで私の見たものも
様々な破滅や死の相であったとは。
この天上界における兜率天(とそつてん)の深刻な
破局の原因はいったいいずこにあるのでしょうか。

それは太子、この天上界に対する阿修羅の侵略が
この兜率天空間の防衛すらすでに非常に困難にしているのだ。

知っていよう。
あの三面六臂(さんめんろっぴ)の異形の者たちだ。
どこからやってきたものか、全く分からない。
しかしその王は叡智に富み、勇猛、果断
彼の指揮する兵団の精強なること
全くわが天上界の天兵をもってしても
時に防戦も意のままにならぬほどだ。
この兜率天を守護する帝釈天王
(たいしゃくてんおう)との戦いもすでに
4億年におよばんとしていっこうに退く気配もない。

この阿修羅王こそ、宇宙の悪の本質と考えられよう。

しかしこの兜率天こそ
56億7千万年ののちに
理想の世界を開いて人類を救済す≪弥勒(みろく)≫の
今なおその時期を待ち続けている未来の栄光の都市であったのだが。

56億7千万年。
その長さの実際はどのようにしても
それを把握実感することは不可能だ。
ほとんど永劫に近い永きにわたって
この兜率天空間は
そしてその遥か彼方につらなる人類世界は
待ち続けなければならないのだった。
待ち続ける――
そのたとえようもない単調な作業だけが
やがて来る破滅に耐える唯一の方法であるとは。
≪弥勒≫の未来に対する待望に比べて
阿修羅の今に、明日は無かった。

――――――

なに故に梵天王の知ろしめす
この天上界に攻め入ったのか。
その望むところは何か。
そして阿修羅王よ。
王はどこからやってきたのだ。
王の棲む世界はいずこにあるのだ。

阿修羅王は両手を後にまわして腰をかがめ
あごをつき出した。
大きな双の目が皮肉の色をたたえて
生き生きと輝いた。

太子、56億7千万年ののちに
いったい何があるというのであろう?
どのような破滅がやってくるというのか。
太子には想像がつくか?

太子よ、こうは思わぬか。
弥勒はその破滅の実態を知っているからこそ
そうしてたとえようもない
永い永い時間を待ち続けているのであろう。
破滅の実態をよく予測し得るからこそ
人類を救済するのだ、などと言っているのであろうが。
それならなぜ破滅の様相を説明しないのだろうか?
説明したがいい。ついでに救いの方法も説いたらいい。
まことの救いの神なら実はその破滅の到来こそ
防ぐべきではないか。

阿修羅王は、氷のようは一べつを、太子の顔に当てた。

まだ破滅が来ないからであろう。

阿修羅王は声もなく笑った。

太子、私とてこの世界の従属物だ。
私の存在もこの世界の実相の一つにしか過ぎない。
この世界の荒廃(こうはい)は
この世界自体の内部に起因するものではない。
破滅や発展は単なる変化の部分的性質だ。
たとえ人間の死といえども、それは真の意味での消滅ではない。
生生流転(せいせいるてん)する一時の相に過ぎないのだ。
ところが今、この世界が直面している破滅の形態こそ
真の意味での破滅であり、もはやその後には
いかなる種類の変化も起り得ないのだ。
すべてのエネルギーが、最終的に熱エネルギーに変化し
それが徐々に宇宙空間に流出してついに
完全に平衡状態に達した熱的死がやってくるのだろう。

梵天王は私の警告に耳を貸そうともしない。
やがてこの世界の荒廃の原因が
私のひきいる阿修羅王の
そしてその所管するところの
凶悪に起因するなどと言いだすだろう。
それもよい。しかし梵天王は今こそ
転輪王(てんりんおう)の企図を知ることだ。

転輪王、というと

婆羅門(バラモン)にも説かれていよう。
王の王たる者。
すなわち化して因縁を転ずる自在な王のことだ。
この世の外にあって生成を看ることすでに一兆年の余という。

阿修羅王よ
あなたはその転輪王に会ったことがあるのか?

太子よ、転輪王の姿を見たものは誰もいない。
どこにいるのかも知らない。
しかし、その名を知る者たちはひとしく
いつか必ず、それもあまり遠くない時代に
転輪王はこの世界に姿を現すに違いないと思っている。
その時、彼は偉大なる唯一の神として
また造物主として、まさに因縁を転ずるものとして
この世界を支配するだろう。

阿修羅王よ
その時現れ出て人間を救うのが弥勒ではないのだろうか。
弥勒が人間の世に現れるのは
今より56億7千万年ののち
末法の世というが。

太子、弥勒がそもそも何者なのか、誰も知らない。
兜率天浄土にあって末法の世を待つというが、太子。
弥勒が待っているものはそもそも人類の救済なのか
それとも末法それ自体なのか。
いったいどちらなのだ。
また、弥勒なるものを、果たしてそこまで信じて
なおかつ救世主として待望してよいものなのだろうか。
私ははなはだしくそれを疑い、兵をあげて梵天王に迫った。
弥勒なるものの存在に
世界の命運がかけられていると思ったからだ。

わからぬ
これだけは言えると思う。
思考コントロールを受けている、と。

――――――

悉達多太子はこの時
ふと、いつ、いかなる時代にあっても
人間のあわれさには変わりがないのではあるまいか、と思った。
何も知らされぬまま、何がどうなっているのかも分からぬままに
その生を終ってゆくのだろう。

弥勒は56億7千万年ののちに
この世にくだり来たって人々を救うという。
その救いかたは
この世のしくみそのものを変えてこの世自体を
神の国と同質のものになしてしまうという
積極的特色のあるものだった。
故に弥勒の到来は人々に待望された。

そこにあるものは人々が求めてやむことのない
神の王国だった。
それ故にこそ、人々をはげしい弥勒信仰にかり立て
それを説く波羅門の教えに耳を傾けさせたその力こそ
永い永いほとんど半永久的ともいえる
56億7千万年ののちに
姿を現すという一人の神の姿だった。
しかし56億7千万年という
その永遠にも似た闇の思想こそ
実は人々の心の奥底にひそむ
やりきれない絶望の反映であったともいえる。

おそらくこの世界の統一者である梵天でさえ知るまい。
かつてこの世界を訪れ
この世界が己の領域にあることを
宣言して去った異世界の住人。
この世界を外から支配するもの。
56億7千万年ののちに再びこの世界に現れて
すべてこの世界に住むものの命運を決しようとするもの。
それが弥勒と呼ばれるものだ。

弥勒はあなた方の世界で
いったい何を行なおうとする気なのであろう。
波羅門の説く下生経
(げしょうきょう)に描かれる理想郷は
人々の心を奪うに充分だ。
その理想郷のためにあなた方は何を捧げるつもりだ。
知恵か、生命か、それとも心か。
まだ時間はある。
ゆっくりと考えたがいい、太子。

太子は阿修羅王に向かって合掌すると
静かに背を向けて歩き出した。
しばらく歩いて振り返ると、阿修羅王の姿も
はためくオーロラも、夜空を切り裂く青い閃光も
すべてあとかたもなく消えていた。

すべては幻だったのだろうか。

太子の胸に、あの修羅と呼ぶにはそぐわない
あるいは誠に修羅と呼ぶにふさわしい一人の少女の姿が
焼金をあてたように鮮烈に灼きついていた。

――――――――――――

ナザレのイエス
先ほど、お前が説いていた最後の審判、という言葉だが。
あんな世迷いごとをどこから聞いてきた。
ローマ人に宗教はない。
すくなくともお前たちの言うような宗教はな。

それはあなた方の精神が衰えてしまっているからだ。

ローマはギリシャの神を踏襲(とうしゅう)しただけだ。
真の神はただ一つしかない。
太陽の神だの、月の神だの、雷の神だの、海の神だの
神がそんなにいろいろあってたまるものか!

さすがのセイントもこれには言葉につまった。
ローマ人にとって、神は恐れであるとともに
完全な一つの遊びでもある。
ローマ人は貧困を知らないし
現世的な不幸はかなり上手に処理することができたし
真の意味での救世主は
この頃はまだ必要なかったと言える。
その限りにおいてはローマ神は
生活に陰翳(いんえい)を加えるものであり
日常、生起する悲しみや苦しみに深刻さを加える
調味料であったと言っても過言ではない。
だからこの議論はしょせん2人の間でかみ合うはずがなかった。

最後の審判、というのは面白い考え方だが
ただ、何も知らない者たちはその点だけを心に止めて
お前の教えを恐れ、お前に従うのではないかな?

この頃、あちらこちらで現れるお前のような男は
皆、そのようなことを言う。
いつか天の神の裁きがくだって
心悪しき者は神の火によって焼き亡ぼされる
と言うのだ。

神の国はやがて我々の目の前に
美しい理想の国の実現となって現れてくるのだ。
苦しいオキテや、修業や、我が身を顧みて
神にゆるしをこう必要などいったいどこにあろう。
神はすべてを許したもうのだ。
エホバは人間をあわれみ、いかなる罪も許してくださるのだ。
祈ることだ。


神のみ心にかなった者だけが神の国へ行けるだと?
神は絶対に公平だ。
神のみ心はこの世界を幾つもうちにふくめても
なおみつることがないほど大きく広いのだ。

実はナザレの大工である一人の男の
大きな誤算がそこにあった。

なあ、おらあ、その最後の審判とかいう時に
神様に拾い上げてもらうよりも、酒呑んでた方がいいや。

だいいち、その最後の審判というのはいつのことなんだ?

知らねえな。
俺たちが生きているうちのことじゃねえだろう。

それじゃ、なんにもならねえじゃねえか。

いや、今のうちに俺たちが行ないを正して
神に祈っていれば、俺たちの子どもや孫たちが
その審判の時に助けてもらえるというわけだろう。

じゃ、俺は子どもがいねえから関係ねえや。

人々はざわざわと汐がひくように
露地やアーケードの奥へ消えていった。
散っていった人々は引き立てられていった
一人の男のことはもう完全に忘れてしまっていた。

イエスよ
お前の言う、その≪この世の終り≫
というのはいったいいつ頃やってくるのかね?

いつだかはっきりしたことは分からないが
近いうちだ。

それで?
お前はどうしろと言うのだ?
その≪最後の審判≫を迎えるために。

だから、皆、むろん俺もだが
その神の裁きを受ける
心の用意をしなければならないのだ。

どんな用意をだ。

だから、心を綺麗にして神にすがるんだよ。
祈るんだよ。
その祈りのもとになるのは懺悔だな。

ただそれだけではわからんな。
そんな曖昧なことを言っているから
人に訴えられるんだ。

ナザレのイエスよ。
お前は自分が救世主だと言ったそうではないか。

ああ、俺は救い主だ。
人は俺を予言者だと言うが、それは違う。
俺は予言者ではない。
予言者というのは人の生死
まだ見ぬ明日に横たわる運命について話すわけだが
俺はそんなことはしない。
俺は人を救うだけだ。
様々な罪から救い上げるだけだ。

お前は、すべての世の人々に代って
天なる神にその罪をあがなうのだ
と言ったそうだが。

そのとおりだ。
俺は救い主、天なる神の子だ。
だから俺はやがて来る神の裁きに対するあがないをするのだ。
お前たちに代って、お前たちの罪を清算してやるのだ。

いや、別にわしの罪を
お前に肩代わりしてもらいたいとは思わぬが。
ナザレのイエスよ。
お前が、自分を救い主だという
その自信めいたものの裏づけは何だ。
聞くところによれば、お前は奇跡をあらわすそうだが。

救い主は、すべての人につかえる
しもべの姿をとってあらわれ
人類の罪を背負って十字架の苦難を受け
自らを神の怒りに対するあがないの供物となし
それによって、わが魂をして
人々の神の国へいたる道しるべとなすのだ。

誰に教えられた?それを。
まさか、天なる主に直接、告げられたわけではあるまい。

予言者ヨハネにだ。

あの男はたしか
ヘロデ・アンティパス王によって
バルカで処刑されたはずだが。

いや、死んではいねえ。
ヨハネは死ぬわけがねえよ。

なぜ?

大天使ミカエルの友だちだからよ。
俺も引き会わせてもらった。
でも、俺は少し離れたところから
あいさつしただけだけれどもな。

会ったって?大天使ミカエルにか?
どこで会ったのだ、ミカエルに。

ヨルダン河の谷間で
彼は天からくだってきた。

神の国は
神のゆるしを受けた者だけが入ることができるのだ。
神の門ははなはだ広いのだが
そこを入ることのできる者が果して何人あるのか。
裁きは厳しいのだ。

な、なんと!

その男をはりつけにかけよ!

ユダヤ教の大司祭たちは、ほおひげを震わせて叫んだ。

総督閣下。
ただ今、我々の前でこの男に死を命じたまえ。
もっとも醜い死を、この男に死を!

ミカエルに会った
などと言わなければ放免もしてやれようものを。
バカなやつだ。

この男の言うことを、お前はどう思う?

心の病いか、と思われます。
ただこの男の言葉を信じ
この男を救世主とあがめる一派が貧民街に
特に近ごろかなり勢力をのばしているようでございます。
この地方の特殊な宗教問題に
ローマ代官が無用な関り合いを持つことにならぬよう
我々としても警戒し
またこの事件の処理も考えたいと思います。

のう、セイント。
あの男の言った言葉をどう思う?

彼が天使ミカエルに会ったという、あれでございますか。
さあ、なんとも。
しかし町役人どもが申すには
あの男、死を待つばかりの病人
また立つことのできぬ足なえなどを
たちまちのうちに元の健やかな体に戻し
あるいは風のように走らせもしたと。
これは役人の実際それを見た者がある
ということでございました。

いかがわしい魔術、妖術のたぐいであろうか?

さ、それは。
大司祭たちはそう申しておりますな。
神に対する反逆であるとしてたいへん怒っております。

それ故にこそ
これ以上、イエスを野放しにしておくことは危険ですぞ。

神のみがそうした奇跡をあらわしうるのだろう。
その恐るべき能力こそ神以外のなにものでもあるまい。

だが、セイント。
神はそんなに簡単に
この世にあらわれるものなのであろうか?
パンのひとかけらをもって
多数の貧民の飢えをいやすことが
どうして神に結び付くのか、わしにはわからぬ。

神は人間の運命を支配し
この世界の天象とその変化によって
神は己の存在と意志を具現する。
神は人間とは遥かに隔絶したところにあって
もし神が直接その姿を人間の目に触れしめる必要のある時は
すなわち、おおいなる奇跡をおこなう、と。

奇跡はあらわれたではないか。
ナザレのイエスは救世主(メシア)というわけか。

総督、イエスを生かしてはなりません。
神とはこの男の言うような終わりの日の裁き
などというものの後にやってくるものではない。
終わりの日の裁き、すなわち、最後の審判
神の裁きとはそもそもなんだろうか?
神とは人を裁くものか?
神によって人間は生まれた。
人間は神意の発現だ。
しかしそののち、人間の考えることや行いが
いささか神の期待するものとは異なったものと
なってしまったのかもしれない。
だから神が人間を再評価して
造り直す時があるのかもしれない。

それが最後の審判ではないのか?

とんでもない、総督閣下。
神意は決して裁きなる形であらわれるものではない。
神は予言者をして、そのみこころのうちをのべたもう。
人々はその予言に従い、生活の計画をたてるのだ。

総督閣下、わしがどうも腑に落ちぬのは
この男の言う、その
≪神の裁きを待つために心を清く、行いを正せ≫
という言葉なのだが。
この言葉の中には実に恐ろしい脅迫がある。
最後の裁き、というような恐ろしい毒のある脅しを
この男は何も知らぬあわれな民衆につきつけるのだ。

恐怖のゆえに、この世に平和が訪れたとしても
それはもはや真の幸福とはほど遠いものでございましょう。
神とは決してそのような代しょう作用ではないはず。

総督閣下、もはやこの上、なんの調べが必要か。
罪状はかくも明白ではないか。
この男に速やかなる死をあたえよ!

――――――

ナザレのイエスよ。
一つ聞きたいことがある。
お前がこのエレサレムに入ってくれば
こうした事態が生ずるのは
お前にもじゅうぶんに分かっていたはずだ。
生きてこの城市を出られるとは思っていなかったろう。
それなのになぜやってきた?
生命の危険をおかしてまでここへやってきたのは
いったいなぜだ?
誰かにそそのかれたのか?
もしそうだとすれば、それは誰だ?

俺がこのエレサレムにやってきたのは
誰にそそのかされたのでも、命じられたのでもない。
俺はここへ来なければならなかったからだ。
俺が神の子であるということを皆に示すためには
俺は奇跡を示さなければならないだろう。

お前が神の子であるということを
人に納得させるために
いったいどんな奇跡を行なうというのかね?

そのことだよ、そのこと。
俺を死刑にしろ、と言ったやつがいた。
かまわん、俺はもっとも大きな奇跡をあらわすために
このエレサレムにやってきたのだ。
見せてやろう、お前たちに。
いや、このエレサレムのみんなに
まて、ローマ帝国のすみずみにまで
俺が真の神の子であることを見せてやろうじゃないか。

すると、お前は死刑になることを覚悟で
このエレサレムにやってきたというわけなのか?

総督、俺ははりつけになる。
俺は十字架の上で死ぬ。
その時、必ず大いなる奇跡があらわれ
人々は恐れおののき、地にひれ伏して
俺のこれまでの罪を神の前に懺悔して
ゆるしをこわねばならないだろう。

俺が神の子、救世主であることを疑う者のために
俺は自ら証明しなければならないのだ。
すでに時はきた。
さあ、俺を十字架にかけたがいい。
総督、それこそ望むところだ。

なあ、奇跡を見たくないか?
見たいだろう。俺がその奇跡を見せてやるから
俺が神の子だということを信じるんだぞ。
いいか。いや、俺がこんなことを言うことはねえ。
俺が黙っていたって
お前たちは嫌でも信じなければならないだろうよ。

人間は天の神エホバを恐れず
これを愛さなければならぬ、か。
そしてやがて地上に最後の審判の日がきて
神が人間を裁いてこの地上に天国をもたらすであろう、とな。
その日の来ることを信じてただ神にすがれ。とか。
救世主は来たれり、か!

2人は声を合わせて笑った。

彼は神による最後の裁きなどと称して
無知な良い民をまどわし
ゆえもない恐怖におとしいれ
その生活をはなはだしく破壊するにいたったこと。
さらに、ユダヤ教の古来の神とその教えを冒瀆し
かつ、無根の事実をもって教団を誹謗するなど
ユダヤ教大司祭に向けられた心理的攻撃の数々。

以上、2つの罪科によって、ローマ代官
エレサレム総督ポンティウ・ピラトゥスは
ナザレの大工、イエスを死刑に処する。

大司祭たちはいっせいに歓声を上げた。

ローマ万歳!ローマ皇帝万歳!パクス、ロマーナ!

――――――

総督閣下、彼の行なった奇跡と称する
数々の行ないのうちのあるものは
確かに物事の道理にそぐわない
どのように考えても
その必然的ななりゆきを持たない
極めて不思議なものでございました。
それを彼は神の奇跡だという。
いつかはその奇跡がこの世のすべてを支配するのだ
と彼は言う。
彼は、2年前にすでに処刑されていなければならなかった。
どうやらもはや遅きに失した感がありますな。

それはこの予言者イスカリオテのユダが
すでに何度もピラトゥスに提言してきたことだった。
確かにユダの言う通りだったのかもしれない。

しかし、あの頃は彼が今のように
市民間に熱烈な信者を獲得できるように
なるだろうとはとても思えなかった。

彼の弟子たちは今どうしているのでしょうか?

彼が逮捕されたと聞くや
たちまちのうちに離散し
皆その行方をくらましたという。
やはり深遠な神の導きも
死の恐れにはかなわなかったとみえる。
この世の楽園が訪れる前に
自分が死んでしまったのでは
たまらないからだろうからな。

彼の弟子たちにとって、イエスという一人の男が
はたしてどれだけ分かっていたでしょうか。
彼の説く愛も神も、実は一つの暗号に過ぎないのです。
彼の説くすべての言葉は、人間の考え方
また願望とは全く別な発生点を持っているのです。

するとナザレのイエスの説く神はいったい誰のものなのだ。
誰のためのものなのだ?

さあ、私は実は彼に期待する所がはなはだ多かった。
ガリラヤのある小さな村で
説法中の彼をはじめてこの目で見た時
私は彼だけは、数多い靴をぬいで放れば予言者に当る
といわれるほど数多い無能ないつわりだけの予言者とは
明らかに違っていると思った。
なぜなら
彼の説くのは予言ではなかったからだ。
なぜなら、それは人間を不幸にすることはあっても
決して幸福にすることのない性質のものだったからです。

なぜ?

もし神が誠に最後の裁きを必要とするものなら
この世は滅びの道にこそ定めがあるものなのでしょうか。

ユダが右手を上げて遥かな夜空の輝きを指さした。

あの遠い夜の光りの雲。はっきりと申し上げて
私はあのようなものを見たのははじめてです。
北の果の海。また南の果の土地は永遠の雪や氷で閉され
そこではときおり不思議な光りの雲が美しく輝くのが見られると
あるフェニキアの舟乗りのおさに聞いたことがあります。
しかし、あれはどうやらそれとも違うようだ。

やはりあの光りはイエスの処刑に関係がある
というのか。

いや、あの光りがあの男の処刑につながりがあるとは
決して思えません。
イエスの処刑の前夜、あのような光りがあらわれたことは
これは全くの偶然でしょう。
あれは単なる、しかし極めて珍しい自然現象に過ぎないと思います。
あの光りに関するかぎり安心してよろしいでしょう。
市民には、ただちにそう伝えてみな寝につかせることです。

ユダ、のちの世の人々はイエスの処刑の前夜に
恐るべき奇跡があった、というであろうな。

のちの世の人々は、ナザレの男の処刑と
なにごとか恐ろしい出来事を結びつけて
さらにのちの世に伝えるでしょう。

――――――――――――

シッタータは暗い眼差しで
目の前のつらなっているロッカーの壁を見つめた。

この世界の破局の前兆が確かなものとなった時
我々は都市を見棄てた。
我々の偉大な神は我々を見守り、か。

シッタータはホイストの心理攻撃にはいつでも
対抗できるように心をかまえてホイストを見上げた。

訪ねたい事がある。
都市を見棄てなければならなかった
その理由はなんだ?
次に、ここへ
ナザレのイエスと称する男がやってこなかっただろうか。

答えはなかったが、シッタータは続けた。

今、私は天にそびえる巨大な都市をこの目で見た。
それは、おそらく、この無数のロッカーを個室とし
内部の受け皿に入っている記録カードを市民とする
仮想の都市の姿なのだろう。
外界に対して完全にシールドされ
いかなる自然の激変にも耐えられる。
しかも神はつねに彼らを見守っている。

頭上から声がふってきた。

その通りだ。
今、お前が見たという都市は
実はお前が一部の回路を破戒したために生じた虚像だ。
これはこのエリアへの来訪者に対して用いられるものだ。
来訪者は現実的に完全に同化しうるものだ。

それは完全な催眠効果で
来訪者は壮大な都市の中を歩きまわり生活し
たくさんの人々に会うのだ。
しかし、それが全くの幻想であり
自分は坐したまま、あるいは床にうち伏したまま
ただの数分を送っただけだとは
そののちも決して気がつかないだろう。

――――――

生理的なパターンだけが記号化されて保存され
それが人工肉体に封入されてあらわれたからといって
それが人間だ、いや生物だと言えるか!

シッタータは鉄さび色の嘔吐感をこらえながら言った。

お前自体がそうでないと言えるのか?
お前の故郷の星も、お前の生活も、また今
お前の目の前に繰り広げられている様々な出来事も
すべて幻想の所産でないと、お前は言いきれるか?

そのすべてのものが集団幻想による
仮構の世界に在るとしたら?

そんな…

現象は決して実態の投影ではない。
観測の技術も方法も、それを確認する手段はあるまい。

それでは不可知論に終始してしまうではないか。

不可知とは何か。
不可知というからにはすでに
認識を前提としているのか。

まて。
キー・パンチ・カードの中にある自分を
どのようにとらえているのか。

お前は眠っている間の
己の存在をどのようにとらえているのか。

眠っている時、か。死も、また。

シッタータは頭をふった。

――――――

シッタータよ。
このようなことを考えたことがあるか。

阿修羅王は暗い外の闇からシッタータの顔に視線を向けた。

私たちが何者かの命を受けて働いているのだ、と。

何者かの命を受けて?

そうだ。おりおなえは?

3人は互いに、暗い淵のような目の奥を見つめた。
これまで己では気づかなかった心の中の薄膜が一枚
音もなくはがれて、そこから思いもかけない
外界の姿がうっすらとのぞいていた。
遠い遠い昔から己の心を支え
世界を滅亡へと駆り立てるものに対して
果てしない戦いをいどんできたその背後に
戦いを命じ世界を破滅から
救うべく意図した超越者があろうとは

考えたことがあったか?これまで

時に思うことはあった。
いったい何者が我々をこのようなサイボーグに改造し
あの荒涼(こうりょう)とした
生物の影もない波さわぐ磯に放置したのか。
もちろんそこには何事か重大な意図が隠されているに違いない。
あるいは居たに違いない。
それがいったい何なのか、考えようとしても
私の記憶巣はそこだけが完全に空白になっているのだ。
いや、回路が断たれている、と言ったらよいかもしれない。
もし、あの帝釈天(たいしゃくてん)の言葉が
それを追求するものだとしたら
我々の記憶からそれを封じたものの意図は
完全に果されたものと言えるだろう。

阿修羅王はそれが何者なのか
少しでも心当たりはあるか?

阿修羅王はかすかに首をふった。

知っているような気もするのだが

おりおなえは?

おりおなえはしきりに首をかしげていたが
ためらいがちに口を開いた。

昔、善の神に対するに
悪の神のあることを信ずる民族のことを
聞いた事がある。

また、日の神に対して
夜の神を祀る習慣を持つ部族の村に
立ち寄った事がある。
善の神はすなわち日の神、太陽であり
これがやがて、天なる神、天の父という
思想に発展してゆくことを考えれば
悪の神、夜の神という設定は
単なる寓意以上の意味を持っていたと思うが

すると、悪の神、また夜の神を信じた人々は
太陽や天やその他、古代的信仰の中で
神と思われたもの以外のそれらと
全く正反対の意味を持つものの存在を知っていた
というのだな。

あるいは

我々の神は残念ながら
ことごとくあの破滅への陥穽(かんせい)でしかなかった。
その本質を知り、その破滅への過程から
人々を救い出そうとした誰かがいた、と考えられる。

阿修羅王、それがはたして
その超越者自身の姿なのか
あるいは、超越者の思想の投影なのか
それはわからない。

人の死や、罪や病い、貧困をつかさどるという神は
多くの民族の民間信仰の中に長い間、残っていた。
その多くの土俗の神たちの意味するところはいったいなんだろう?
そして、それらの神たちが、なに故、土俗の神として否定され
人間たちに忘れられていったのだろう。

たとえば、阿修羅王、あなた自身がそうだ。

私自身について言えば
おそらく私の存在にはそれら
世界の破滅を意図するある超越者に対する否定が
こめられていたからだろう。
それではそもそも
私をこの世界に送りこんだものは
いったい誰なのだ。
それも、破壊をはかるものの手が
この世界におよぶのと
ほとんど時期を同じくしてだ。

阿修羅王の存在は
シッタータのおこした新しい宗教の中に
組み込まれる事で人々の目から隠された。
破滅に対抗する、もう一方の超越者は
≪色即是空≫や≪彼岸≫なる言葉で
超越者の存在、そしてこの世界の置かれている
状況を人々の中に伝え残そうとしたのだと思う。

シッタータよ。
あなたはそれを、死や貧困からの脱出の意味でとらえた。
そこに人々の解脱の道を発見した。
それは実は誤りだった。
存在はなぜ空(くう)なのだ。
空は認識の拒否だ。
残された言葉は、ここで一転して
破滅を意図するものに対する
スクリーンに使われる事になった。
シッタータ、阿修羅王
おそらく超越者は最後の手段として
あなた方二人を遠い未来に送る事にしたのだろう。
すなわち、今、こうして二人は
この世界に破滅をもたらした者たちの
領域の入り口に立っているのだ。

阿修羅王が仏に帰依したという経典以外に
事実をカバーする方法がなかったのだろう。
そしてそれは見事に成功した。

遠い過去にはじまった滅びへの道は
ここで遥かな夜空の奥へと続いていた。
その道をたどって
かつて幾たびか滅びへの案内者が銀河系へ
太陽系へ、そして地球へとやってきたのだった。
遥かな超越者は、なにゆえか人類の発展を好まなかったようだ。
彼らは己の知らぬまに
将来の滅亡を約束する胚子を植え付けられ
その呪縛からついに脱しきれずに
廃墟の砂塵と化しさったのだった。
もはやすでに遅いのだ。
彼らは完全にその仕事をなし終え
残された3人のサイボーグに明日はないのだった。

――――――――――――

阿修羅王

とつぜん、今度はその声は阿修羅王の傍らで聞こえた。

阿修羅王は思わず数歩の距離をとびのいた。

何者だ

瞳をこらしても周囲には何ものの影もなく
ただ青い光がみちみちているばかりだった。

阿修羅王
シッタータは「彼岸」の意味が理解できたのだろうか?
彼が「波羅門」の教えに満たされぬものを感じ
さらにその幾つかの言葉に強い疑念を抱いた時は
私は嬉しかった。
その疑惑の糸をたぐれば、道はここまで続いているのだ。
私たちはお前たち3人を選んで永い眠りにつけ
私がお前たちを必要とする時までそっとしておくことにした。
お前たちの心の中に、頼むべき幾つかの言葉を封じこめて。

阿修羅王、「色(しき)」はすなわち存在。
「空(くう)」はすなわちディラックの海。
「空即是色」すなわち、マイナス・エネルギーの海が
すべての存在の母胎であることに気がついてくれたことであろう。

阿修羅王、「彼岸」とは
誠におよび難い超越者そのもの
あるいは超越者の世界のことだ。
「彼岸」という言葉の意味にひそむ
絶望的ともいえる隔絶のひびきをなんと聞いた?

阿修羅王
シッタータはその道をさし示す一つの道標だった。
おりおなえはその道標に記される文字をそらんじていた。
そして、阿修羅王、お前は

わたしは?

阿修羅王
今、私はこの世界の、流れてやむことない変化の
ついに傍観者にしか過ぎなかったことを
しみじみと想いかえしているのだ。
遥かな遠い昔に、人々の心にささやいた幾つかの言葉が
やがて来る破滅を予感していることに
どれだけの人が注意をはらっただろうか。
そのようなかたちでしか
破滅を予告することができなかったのが残念だ。

阿修羅王は、青い平原に向かって叫んだ。

なぜはっきりとそう言わなかった。

破滅の意図をもって世界を動かしているある存在に
さとられたくなかったからだ。

しかし、彼らは間もなくそれに気づいた。

それ故に彼らは、私の予告をことごとく消してしまった。
もともと、不幸や悲劇の迫ってくることなど信じたくもないし
覚えていたくもないのが人類だからな。
消極的な対策など、なんの延命策にもならなかった。
日照りには次の豊作を願って祭壇をかざり
嵐や洪水には
いたずらに堤を高くして田畑を守ることのみを思い
また、病いの流行には医師を養成し
多量の薬物を作ることだけしか考えなかった。

やがて大陸はしだいに干上がり
砂漠は内陸を覆うにしたがって
人々はその都市を地下に移した。
もはや陸地も海も、彼らの食料を提供する場所ではなかったから
それらが次第に荒れ果て、喪われてゆこうとも
少しも憂うにはあたらないと判断したからだ。

火星にも金星にも
やがて太陽系一円に人類は進出したが
それとて彼らの生産力を増大することには
ついにならなかった。
人々はようやく破局に近づきつつあることを知った。

彼らはロボットを作り
自分たちの体を精巧なサイボーグと化して
荒涼たる太陽系の辺境へと脱出路を求めて行った。
しかしどうだ。その結果は、阿修羅王
この世界の破滅を意図するものたちはついに勝ったのだ。
いや、勝つのが当然だったかもしれない。

阿修羅王は小さく首をふった。

お前は何者だ。何者なのだ?

その時、声は阿修羅王の胸をつらぬいた。

私は転輪王だ。

その言葉が阿修羅王の心に定着するまでに
何秒か、かかった。

転輪王?

かつて、「波羅門」の僧たちはそう呼んだ。

転輪王―
世界を動かす王の王たる者。

その王について、かつて阿修羅王は
シッタータに説明したことがあった。

転輪王、というと波羅門にも説かれていよう。
王の王たる者
すなわち化して因縁を転ずる自在な王のことだ。
この世の外にあって生成を看ることすでに一兆年の余という

今、そのシッタータの姿はなく、転輪王は目の前に在った。

転輪王よ。
あなたが実はアンドロメダ星雲の中の一つの
惑星の上に在り、ここから世界を支配し
幾多、惑星の興亡、盛衰を管理し掌握していたのだな。

その組織も、機関も
今はすべて崩壊、離散してしまった。
私はこの世界が私の力のおよばないものに変貌してゆくのを
この生きるものの影とてない丘の傾斜からじっと見つめてきた。
弥勒なるものがこの世界に現れ
56億7千万年ののちに世を救うと。
人々はそれを信じ、あの喜見城
(きけんじょう)の奥に像を飾ったのを見た。
また弥勒がアトランティス王国に
実際の支配者として乗り込んでゆくのも見た。
ナザレのイエスなる男をして、天上の神と信じさせ
様々な奇跡を行なうのもここから見た。

阿修羅王、優れた私の部下たちの中にも
彼らの言葉を信じて
世界の荒廃を阿修羅王の乱入のせいだと
考えるものがでてきた。
帝釈天も、梵天王もみな
弥勒のもたらす浄土を願って荒廃と戦いぬいた。
ただしその荒廃がなにゆえ生起したものかを
知ろうとはせずに、だ。

阿修羅王は、ここまでに至る長い道程と時間とを想った。
それははじめも終わりもない
永い永い旅の一部であるかのように
阿修羅王には思えた。

転輪王よ。一つだけ訪ねたい。

なんだ?

この世界の破滅をはかるものたちとは
いったい何者なのだ?
そしてどこからやってきたのだ?

説明する前に
お前はこの世界の果を考えたことがあるか?

考えたことはある。
果てと言うか、宇宙の膨張速度が
光速に達したところが限界であり
宇宙全体の質量のために空間は閉ざされ
一個の球の内部を構成する、と

しかし、それでは完全な説明にはならない。
閉ざされた内側ということは
無限の外の広がりの一部を構成している
に過ぎないからだ。

大宇宙は一千億の渦状星雲を容(い)れる。
もとより膨張か、収縮か
あるいはその反覆かは問うところではない。
なんの説明にもなりはしない。
阿修羅王は心の中でつぶやいた。

時もまた同じだ。
閉ざされた内側の世界を構成する時間は
すなわち無限の外の広がりを構成する
時間の一部に過ぎないからだ。
2千億年の昔、原初の時点から時は流れはじめ
2千億光年のかなたでその流れはやむ。
しかしそれはまことの無限を構成するいわば
超時間のほんのささいな切片の一つに過ぎないのだ。

その声はおしなべて
流離興亡を見極めたものの痛恨に満ちていた。

されば転輪王よ。今一つ答えてほしい。
あの「シ」とは何者か?
超時間を支配する絶対者のことか?

阿修羅王、私はある時、幻を見た。
しかしそれが本当に幻だったのか
それとも疲れた心に描いた翳(かげ)だったのか
あるいは全くそんなものを見はしなかったのか
すでに定かではない。
だがその内容だけは今でもはっきりと覚えている。

阿修羅王、それを今お前の心に映してみよう。
この幻の語る意味は
お前と私ではおそらく
はなはだ異なるに違いない。
それならそれでよい。
ここまでやってきたお前が
もときた道を戻ってゆこうとも
また、これよりさらにはるかな
これまでとは比べようもない困難な道を
さらに進もうと志そうとも
それはお前が自分で選ぶがよかろう。

暗黒と光とが交錯し、時おり
すさまじい閃光が走った。
再び暗黒と光が模様を描いていた。
やがて本当の暗黒がやってきた。
いっさいの光は絶え果て
動いているのか、止まっているのかさえわからなかった。

永い永い時間が経っていた。
それがいつかエネルギーを消耗しつくして
消滅しさるまでにひとしい時間であろうと思われた。
阿修羅王は一個の渦状星雲となって浮いていた。
すでに星間物質も喪われ
恒星の多くはエネルギーを放ちつくして
冷たく固い形骸と化していた。

突然、再び自分が恐ろしい速さで
空間を突進していることに気がついた。
それは実際に自分が光よりも早く移動しているのか
それとも己を容れた世界全体が運動しているのか
はっきりしなかった。
その世界のどこかに、シッタータやおりおなえが
明らかに存在していることを感じていた。

やはり彼らもここへ来ていたのだな。

阿修羅王は彼らが、自分を見守っていることを知った。
存在はすべてここから始まるのだ。
2人の声が聞こえた。

阿修羅王が気づいた時
すべては黄昏(たそがれ)のように
不思議な薄明(はくめい)につつまれ
心にしみる静けさが凝結(ぎょうけつ)していた。
すでに生死も、時の流れすらも阿修羅王の内部に在った。
阿修羅王は、すでに己が変転の内部に在りながら
すでに、その変転をはるかに越えていることを知った。
今、阿修羅王は己が転輪王であることを知った。

この世界の変転は実は
さらに大いなる変転の一部に過ぎないのであり
それすらさらに広大なるものの変転を形成する
微細な転回の一つにしか過ぎないというのか。
しからば「シ」はどこにいるのか。
真の超越にいたる道はいったいどこにあるのか。
しかしこの時阿修羅王には
どこにあっても変転の相は
常に一つしかないような気がした。

突然激しい喪失感が阿修羅王を襲った。
進むも退くもこれから先は一人だった。
すでに還る道もなく
あらたな百億、千億の日月が
阿修羅王の前にあるだけだった。

かえしては寄せる海。
輝く千億の星々は波間にのぼり
夜明けの薄明とともに広漠(こうばく)たる
波頭(なみがしら)の果に沈む。

寄せてはかえし
寄せてはかえし

かえしては寄せる波また波の上を
急ぐことを知らない時の流れだけが
夜を迎え、昼を迎え、また夜を迎え。
その幾千億の昼と夜
阿修羅王はそこへ還りたいと思った。
そこにある安らぎと静けさが
切なく懐かしかった。
だが、すでに還る道もなく
新たな百億の、千億の日つきが
阿修羅王の前にあるだけだった。

1973年4月に刊行された新装版より

あとがき 映画監督 押井守 2010年3月10日

対象を持たぬ情熱、というものがあるように思います。
そしてそれは、情熱を寄せるべき対象が存在しない
あらかじめ喪われているからこそ
よりいっそう激しい想いとなるのではないか。
そう思えてなりません。

喪失という感覚こそが
実はもっとも激しい情熱を人にもたらすのではないか。

この壮大な物語の終局に読者に提示される「喪失」こそは
ただその想いを共有する者にとってのみ情熱の宣言たりうる。
そう思えてならないのです。

 

 

 

 

昔から彼らの手口は
自分たちの原因をそらすため
ピンポイントで悪と騒ぎ出す
プラが地球環境に悪いと言って
地球環境のためにとレジ袋有料化
不織布マスクはプラ製品
それは1日使い捨て推奨で
567禍で政府はそれを推奨していた矛盾
ゴミが世界中で蔓延するので
プラの環境問題なんて詭弁な事が分かる
逆に、567禍ですべてがお金儲けと思い知らされた
そもそも商品はほとんどプラ、薬も石油でできている
米も長持ちさせるようにプラでコーティング
それは非表示で消費者には知らせない
一番環境破壊しているのは悪徳な企業群
 
 
↑より抜粋
 
汚染といえば放射能を考えるが
化学薬品は、放射能にまさるとも劣らぬ禍いをもたらし
万象そのもの、生命の核そのものを変えようとしている。
20世紀というわずかの間に
人間という一族が、おそるべき力を手に入れて
自然を変えようとしている。
禍いのもとは、すでに生物の細胞組織そのものにひそんでいく。
もはや元へ戻せない。

今この地上に息吹いている生命がつくり出されるまで
何億年という長い時がすぎ去っている。
発展、進化、分化の長い段階を通って
生命はやっと環境に適合し
バランスを保てるようになった。

環境あってこそ生命は維持されるが
環境はまた恐ろしいものであった。
時こそ、欠くことのできない構成要素なのだ。
それなのに、私たちの生きる現代からは
時そのものが消えうせてしまった。

撒布剤、粉末剤、エアゾールというふうに
農園でも庭園でも森林でも
そして家庭でも、これらの薬品はやたらと使われている。
だが、益虫も害虫も、みな殺しだ。

地表の毒の集中砲火をあびせれば
結局、生命あるものすべての環境が破壊される
この明白な事実を無視するとは、正気の沙汰とは思えない。
殺虫剤と人は言うが、殺生剤と言ったほうがふさわしい。

殺虫剤をまくと、昆虫は逆にぶりかえして
前よりもおびただしく大発生してくるのだ。

化学薬品は、核兵器とならぶ現代の重大な問題
と言わなければならない。
植物、動物の組織の中に、有害な物質が蓄積されていき
やがては生殖細胞をつきやぶって
まさに遺伝をつかさどる部分を破壊し、変化させる。
未来の世界の姿はひとえにこの部分にかかっているというのに。

人間の生殖細胞を
人工的に変化させることの可能な時代がやってくると
未来の世界の建設者を自称する人たちは夢見ている。
このようなことは可能なばかりか
今すでに起こっているのだ。
なぜならば、放射線と同じように
化学薬品もまた突然変異をひき起こすことが多い。

虫退治にどんな殺虫剤を使うかというような
一見つまらないことで
自ら未来の運命を決めるとは
考えてみれば皮肉なことだ。

いったいなんのためにこんな危険を冒しているのか。
この時代の人はみんな気が狂ってしまったのではないかと
未来の歴史家は、現代をふりかえって
いぶかるかもしれない。

放射線といっても、岩石から出る放射線でもなければ
この地上に生命が芽生える前に存在していた
太陽の紫外線、宇宙線の砲撃でもなく
人間が原子をいじってつくり出す放射線なのだ。

今や人間は実験室の中で数々の合成物をつくり出す。
自然とは縁もゆかりもない、人工的な合成物に
生命は適合しなければならない。

時間をかければ、また適合できるようになるかもしれない。
だが、時の流れは、人の力で左右できない
自然の歩みそのものなのだ。
ひとりの人間の生涯の間にかたがつくものではない。
何世代も何世代もかかる。
何か奇跡が起こってうまくいっても
新しい化学物質があとをたつことなく
実験室から流れ出てくるとすればすべては虚しい。

害虫などたいしたことはない
昆虫防除も必要などないと言うつもりはない。
私がむしろ言いたいのは
コントロールは現実から遊離してはならないということ。
そして、昆虫と一緒に私たちも滅んでしまうような
そんな愚かなことはやめよ。
こう私は言いたいのだ。

わずか2,3種類の虫を退治するために
あたり一面をよごし
ほかならぬ自分自身の破滅をまねくとは
知性あるもののふるまいだろうか。
農作物の生産高を維持するためには
大量の殺虫剤をひろく使用しなければならない
と言われている。

だが、本当は農作物の生産過剰に困っている。
農地削減に対する補償などをして
生産を押さえようとしているが
作物はやたらとつくられ、1962年度には
余剰食糧貯蔵費総額10億ドル以上を
アメリカ人は税金として納めている。

一つの問題を片付けようとしては
次から次へと禍いをまねいてきた。
人類がまだ地球の歴史に登場する前
そのころ昆虫は地球に棲息していた。
いろんな種類がいて、豊かな適応力をそなえていた。
やがて人間があらわれると、昆虫は人間と衝突しだす。

昆虫が人間の安全をおびやかすのは
大きく2つにしぼられる。
1つは、食糧補給の面で昆虫が人間の敵となったこと
いま1つは、昆虫が疾病を媒介する点である。

だが、化学薬品を大量に使ってもその成果はごく限られ
逆に事態をいっそう悪化させるばかりである。
農業も原始的な段階では害虫などほとんど問題にならない。
だが、広大な農地に一種類だけの作物を植えるという
農業形態がとられるにつれて、面倒な事態が生じてきた。
まずこの農作方法は、ある種の昆虫が大発生する下地となった。

たとえば小麦ばかりがつくられるようになると
前にはいろんな作物があったために
十分発生できなかった小麦の害虫は、思い切り増えてくる。
合衆国の多くの街で、街路に立派なニレの木を植えた。
だが、片端から病気にかかって
夢みた美しい景観も、今では絶望的な状態にある。
病気は、コガネムシが運んできた。
ニレの木ばかりが植えられていなければ
コガネムシも、むやみと繁殖できなかったのに。

何千もの種類の生物が、元々棲息していた地域を離れて
新しいテリトリーへと侵入していくことが多い。
それは世界的な規模で行われる。
新しい国へきてみれば、今までの天敵もいず
植物であれ動物であれ侵入者は傍若無人に増えだす。
私たちが手を焼いている昆虫が大抵輸入品なのは
わけのないことではない。

今では分かっていることは少なくない。
それなのに、私たちはその知識を十分利用しようとしない。
大学では生態学者を養成し、政府関係にも生態学者はいる。
それなのに、滅多に彼らの言葉に耳を貸そうとしない。

化学薬品の死の雨が降る。
他にどうしようもないではないかと知らん顔をしている。
だが、他にもいろいろと方法はある。
何でも発明する私たちなのだから。機会さえあたえられれば
もっといろんな方法を発見できるのに。

みんな、催眠術にかけられているのか。
よくないものも、有害なものも、仕方ないと受け入れてしまう。
環境の破滅という海に溺れてしまうのに
やっと何とか頭だけ水の上に出して
その場をしのぐ生活がいいのだ。
今にも破滅しそうで滅びない世界に
住みたいなどと思う人がいるだろうか。

だが、まさにそのような世界が
私たちの頭上にのしかかっている。
化学薬品で消毒した、虫のいない世界をうち立てるのだ。
十字軍を起しかねまじき狂気の勢いである。

その薬品にどういう副作用や潜在的毒性があるのか
考えてもみなければ知りもしないまま化学薬品を使う。
土壌、水、野生生物、そしてさらには人間そのものに
こうした化学薬品がどういう影響を与えるのか
ほとんど調べもしないで化学薬品を使わせたいのだ。

どんな恐ろしいことになるのか
危険に目覚めている人の数は本当に少ない。
そして今は専門分化の時代だ。
みんな自分の狭い専門の枠ばかりに首をつっこんで
全体がどうなるのか気がつかない。

また今は産業の時代だ。
とにかく金をもうけることが
神聖な不文律になっている。
殺虫剤の被害が目に見えてあらわれて住民が騒ぎだしても
まやかしの鎮静剤を飲まされるのがオチである。
このような虚偽、口に合わない事実に
砂糖のオブラートをかけることなど
もうやめにしたらいい。

昆虫防除の専門家が引き起こす禍いを押しつけられるのは
結局私たちみんななのだ。
私たち自信のことだという意識に目覚めて
みんなが主導権を握らなければならない。
今のままでいいのか、このまま先へ進んで行っていいのか。
だが、正確な判断を下すには、事実を十分知らなければならない。

負担は耐えねばならぬとすれば、私たちには知る権利がある。

DDTは、1874年に
ドイツの化学者がはじめて合成したものだが
殺虫効果があるとわかったのは1937年のことである。
発見者パウル・ミュラー(スイス)はノーベル賞をもらった。

DDTが無害だという伝説が生まれたのは
はじめて使われたのが戦時中のシラミ退治で
大勢の人間がDDTに直接触れたのに何も害が無かったので
無害だということになってしまったのである。

事実、粉末状のDDTならば
普通の塩化炭化水素と違って皮膚から中へ入りにくい。
だが、油にとかしたDDTは、危険なことおびただしい。
そしてDDTは油にとかして普通に使われる。
DDTを飲み込めば、消化器官にゆっくりと浸透し
また肺に吸収されることもある。

一度体内に入ると、DDTは脂肪に溶解するため
脂肪の多い器官
たとえば副腎、睾丸、甲状腺にもっぱら蓄積する。
また、肝臓、腎臓、さらに腸をつつんで保護している
大きな腸間膜の脂肪にも、かなりの量が蓄積される。

口に入れた食物では、1ないし10分の1ppmだが
体内では10ないし15ppmにまで増大する。
100倍以上の増え方である。
DDTや、それに近い化学物質の恐ろしさは
食物やエサの連鎖によって
有機体から有機体へと移動していく事実にうかがわれる。

塩化炭化水素には、この他クロールデンがある。
DTTの好ましくない性質すべてを備えている上に
その残留物はいつまでも土壌に残る。
また食糧でも何でも一度その表面につくとなかなかとれない。
 
庭の芝生に平気でグロールデンをまいて
誰も病気にならないからといって安心するわけにはいかない。
なぜなら、毒素は長い間体の内部に潜伏し
何か月、何年も経ってから、表面にあらわれてくるのだ。
それもどうしてこんなに体の調子が悪いのか
原因がはっきりつきとめることのできないような症状だ。

今からかなり前1930年の中頃
塩化炭化水素類の中でも特殊なもの
塩化ナフタリンを吸っている人たちの間に
肝炎や、もっと恐ろしい
ほとんど生命が助からぬ肝臓の奇病が見られた。

それは電気工場のことで
工員たちがこの病気にかかって死亡したことがあり
またその後最近では
田舎で牛がわけのわからない疾病におそわれ死んだのも
これが原因ではないかと思われる。

エンドリン
塩化炭素水素系の殺虫剤の中でも一番の劇薬である。
エンドリンに比べれば、この系統の親であるDDTなど
ほとんど害がないといってもいいくらいだ。

ここ10年間実際に使ったあげく
おびただしい魚が死に、エンドリンを撒布した
果樹園に入った牛はひどい中毒を起こし
井戸水や湧水が汚染した。

エンドリン中毒の悲劇はいろいろある。
アメリカの夫婦が1歳になる子どもがいる家には
ゴキブリがいたので、エンドリンの入った殺虫剤をまいた。
劇薬ということを承知で、十分用心したつもりだった。

午前9時頃まきはじめたが
その前に赤ちゃんと小犬を家の外に出した。
スプレーが終ってから、床をよく洗った。
そして、昼頃、赤ちゃんと犬を家の中へ入れた。
それから1時間後、あるいはもう少し後だったかもしれない
犬が吐き出し、ひきつけ、死んでしまった。

その日の夜の10時頃、今度は赤ちゃんが吐き出し
ひきつけ、意識を失った。
死にこそしなかったが、それまで健康だった赤ちゃんは
耳も聞こえなければ、目も見えず、筋肉の痙攣に襲われ
外界から遮断された日を送ることになった。
何か月も治療を続けてみたが駄目だった。

悲しむべきことに土壌の生態学とも言うべき
きわめて大切な分野に目を向ける者は
化学者といえども数少なく
いわんや防除業者にいたっては言わずもがな
土などいくら毒をぶちこんでも
どうでもないなどと言っては化学薬品をばらまいている。

水、土、それを覆う植物の緑のマント
こうしたものがなければ、地上から動物の姿は消えてしまうだろう。
現代に生きる私たちはほとんど考えてみないが
植物がなければ人間も死滅してしまうのだ。
植物は太陽エネルギーを使って、私たちの食糧をつくっている。
そのくせ、人間は植物について勝手きわまる考えしかもっていない。

いたるところ、除草剤、殺草剤のブームだ。
除草化学薬品の生産高、使用量は、大きくのびるばかりである。

除草剤をいくらまいても
道ばたのやぶは根こぞぎなくなるわけではなく
スプレーは毎年繰り替えさなければならない。
さらに皮肉なのは、本当はこんなことをするまでもなく
他に選択性スプレーという完全な健全は方法があることが
わかっているくせに、今までのやり方にしがみついている。
選択性スプレーに切り替えれば、恒久的な植物防除もできるし
たいていの植物には繰り返し撒布することもなくなるというのに。

選択性スプレーとは
フランク・エグラ―博士がアメリカ自然博物館で
鉄道用地やぶ対策勧告委員会委員長をしていたころ
数年をかけて考え出したものだ。
自然そのものにそなわる力を利用する。

つまり
草地はすぐに木の実生(みしょう)に押されてしまうのに
低木の群落なら
たいてい樹木の侵入をくいとめる事実を巧みに応用するのだ。

道ばたや鉄道用地のやぶをコントロールする目的は何か。
やぶがしげりすぎて車を運転する人たちの視界の邪魔になったり
鉄道用地の電線の邪魔になってはいけない。
ということなのである。

言葉を変えれば、問題になるのは木で
やぶは、どんなにしげっても、それほど大きくなるはずはなく
まして、シダ類や野生の花は問題にならない。

この選択性スプレーは
道ばたや鉄道用地を草だけにするのではなく
ただ背の高い木だけをはらって
他の植物は保護しようとするものである。
一度スプレーすれば、特に抵抗力の強い木は別として
ほとんどの木は駆除されてしまう。
後は低木を植えておけばよい。
そうすれば木は自然にコントロールされて生えてこない。

最上でしかも一番安上がりの防除方法は
化学薬品ではなくて、他の種類の植物なのである。

この方法は、実際に合衆国東部の州各地で実験された。
その結果、一度きちんと処置をしさえすれば
少なくとも20年間はスプレーしなくてもいいという。

市民に多額の費用を払わせたあげく
自然の営みを破壊する。
こんなことをするのも事実を知らないからなのだ。
本当は薬品スプレーの費用を毎年払うことなどなく
20年に1度でいいということを皆が知ったら
そんなバカらしいことはもうやめて
他の方法に切り替えようとの声が上がるに違いない。

私たちが普段かまわずまったく無知のまま
引っこ抜いている雑草の中にも土壌を健康に保つのに
なくてはならないものがいろいろある。

またそれは、野生の生物たちのすみかでもある。
それがあればこそ、昆虫、その他の生物は
もとのままの正しい個体数を保って住んでいられるのだ。

昆虫は殺虫剤に耐性をみせるようになり
昆虫ばかりか、おそらく他の生物の遺伝因子が変わりつつある。
除草剤を果てしなく使っていたらどうなるだろう。

雑草に悩まされたら、植物を食べる昆虫の働きを
もっとよく注意してみるのだ。
牧草地を管理していく科学は
こうした可能性を今まであまりにも無視してきた。
草を食べる昆虫こそ、特に優れて選択的であって
ある決まりきったものしか食べないという事実をうまく利用すれば
私たち人間は労少なくしてどんなに得をするかわからない。

私たち現代の世界観では
スプレー・ガンを手にした人間は絶対なのだ。
邪魔することは許されない。
昆虫駆除大運動の巻き添えをくうものは
野生動物、ペット、家畜でも差別なく
雨あられと殺虫剤の毒は降り注ぐ。

一方、薬剤を撒布する側は
そんな損失などないと頭から否定し
たとえ少しぐらい自然が傷ついても大したことはないと言う。

一番手におえないのは
中央政府や州政府関係の防除専門家で
生物学者の報告する事実を頭から否定し
野生生物が傷めつけられている証拠などないと言い張る。
化学薬品製造会社にいたっては、言うまでもない。

聖書に出てくる司祭とレビ人と同じで
わざと反対側ばかり通って、何も見ようとしない。
そうだからと言って、彼らの言うことを正しいとして
そのまま鵜呑みにしていいはずはない。

ヒアリ
刺されると焼けつくように痛いため
英語ではfire ant(火蟻:ひあり)という名前がついている。
南アメリカから合衆国に入ってきたアリだ。
上陸したのは、第一次世界大戦直後のことだった。
どんどん侵入し続け
今では合衆国南部のほとんどの州に分布している。

合衆国に入ってからすでに40年あまりになるが
ほとんど騒がれるようなこともなかったと思う。
ただヒアリは、高さが1フィート以上もある
土まんじゅうのような巣をつくるので
たくさんいる州では邪魔者扱いされていたにすぎない。

広い範囲に死をもたらす力のある化学薬品がいろいろあらわれると
政府も農夫も、このアリが穀物や家畜をおびやかすとは
夢にも思ってなかったらしい。
政府関係者のヒアリに対する態度が急に変わった。

そして、1957年
合衆国農務省は、史上まれなPRに乗り出した。
パンフレットを出したり、映画をつくったりしては
集中攻撃を加えて、このアリは南部の農業の略奪者
鳥や家畜や人間の殺害者ということになった。
そして、大規模なヒアリ駆除計画が発表された。
南部の9つの州2千万エーカーに
徹底的に薬品を撒布しようというのである。

こうしてヒアリ駆除計画がはじまったのは
1958年のことである。
ある商業雑誌は、諸手をあげて歓迎した。
農務省の大規模な害虫駆除計画がふくらめばふくらむほど
合衆国の殺虫剤製造会社は大当たりする。

大当たりした連中を除けば、この防除計画ほど
みんなの非難をうけたものはない。
計画もずさんで、現場の実施も不手際で
昆虫大量防除としては最悪例以外の何ものでもない。
莫大な費用がかかったばかりではない。
多くの動物の生命を奪い
また農務省の信用を落とすという高価な犠牲を払った。
防除のために今後資金を集めようと思っても
理解する人などいないだろう。

ヒアリは合衆国南部の農業に深刻な脅威を与える。
作物を傷め、地表に巣をつくる鳥のヒナを襲うから
自然をも破壊する、人間でも刺されれば害になる。
こんな言葉を並べ立てて、議会の承認を得たが
誤りであることが後で分かった。

アラバマ州の専門家によれば
植物に及ぼす害は概してまれであるという。
また、アメリカ昆虫学会会長の博士は
わたくしの所では、過去5年間
植物がヒアリの害を受けたという報告は一度もない。
家畜の被害も別に見うけられない。
ヒアリは、いろんな昆虫、それも
人間に害を与えると思われる昆虫を主に食べる。

これが実際に野外や実験室で観察している人たちの意見なのである。
このアリが綿の木にいる
ワタミハナゾウムシをつまんでいるのも見られたし
土まんじゅうの巣は
土壌の通風、灌水(かんすい)にずいぶん役立つ。
ミシシッピ州立大学の調査を見れば
このアラバマの研究が間違っていないことがわかる。

農務省はおそらく
農民の口から聞いたことをただ寄せ集め
農民たちが他のアリと間違えたのは大いにありうる。
ヒアリが人体に害を及ぼすというのも
かなり尾ひれのついたものといえよう。

確かに刺されれば痛いしみんな注意しなければならない。
だが、それは、普通のハチに刺されないように用心するのと同じだ。
体質的に敏感な人によって、ひどく反応することもある。
このアリがアラバマ州に住みついてから
40年にもなり、またそこに一番密集しているのに
アラバマ州立保健所の言うところでは
ヒアリに刺されて命をおとした記録は一度もない。
そして、ヒアリに刺されて治療をうけた場合も
付随的に起きた症状だという。

土まんじゅうを見つけたら
めいめいが始末をすれば何も問題が起きるはずはない。
狩猟用の鳥も被害をうけるというが、証拠は別にない。
ベーカー博士の意見は、農務省の言うこととは正反対なのだ。
狩猟用の鳥の個体数は、着実に増えていた。
もしも外国から渡ってきたこのアリが
野生生物をおびやかすとすれば
こんなことにはならなかったろうと博士は言う。

アリを防除しようとして使った殺虫剤のために
野生生物がどんな目にあったか、これはまた別の問題である。

場所によっては、スプレーをあびて
野生生物が全滅してしまったことが明らかになり
家禽(かきん)も家畜も、犬や猫もみな死んだ。
ところが、農務省は、これらの損害はみんなが大げさで
人を惑わすものだと言ってもみ消したのである。

合衆国南部のハンターにショックだったのは
コリンウズラというウズラの一種が姿を消してしまったことだ。
地面の上に巣をつくり、餌を集めるこの鳥は
スプレーのあった地方ではほとんど絶滅したも同然だった。

ヒアリ駆除の対象となったのは、主に野原と農作地だが
野原の草を食べる牛は、いったいどうなるのか。
スプレーをうけた野原の草には
どうしても何らかの形で毒が残留する。
その残留物が牛の体に入れば、毒は乳にあらわれるだろう。
これは、ミルクの汚染という重大問題なのだ。

その上、スプレーが何の効果もなかったことが
誰の目にも明らかだったのだ。
殺虫スプレーのために、サトウキビの害虫が
大発生することがわかったからだ。

自分たちの満足のいくように勝手気ままに
自然を変えようといろいろ危ない橋を渡りながら
しかも身の破滅を招くとすれば
これほど皮肉なことはない。
人間が勝手に考えるほどたやすくは改造できない。
昆虫は昆虫で人間の化学薬品による攻撃を
出し抜く方法をあみ出しているのだ。

それまでにたいしたこともなかった昆虫が
数を増し猛威をふるいだしたのだ。
化学薬品による防除は、もともと自滅
天に向ってつばするたぐいだ。

昆虫防除に化学薬品を使い出してから
私たちは2つの極めて重大なことを見落としていた。

まず、人間ではなくて
自然そのものの行なうコントロールこそ
害虫防除に本当の効果があるということ。

害虫の個体群は
生態学者のいう環境抵抗によってチェックされているが
これこそ生命がこの地上に誕生してから
変わることなく行われてきた営みといえよう。
どのくらい食糧があるのか
気象条件はどうか、競争相手、また捕食者など
こうしたことがとても大事なのだ。

ある種の昆虫がのさばりだし
自然に氾濫するのを防いでいる最も効果的な
唯一の原因は、昆虫同士殺しあって
戦争をしていることなのである。

無視されてきた第2の点は
ひとたび環境抵抗が弱まるとある種の昆虫は
爆発的な増殖力を示すということ。
さまざまな姿をとって行われる生命の誕生は
人間には想像もつかない勢いで行われている。

愚かなことに
私たちは天敵を殺してみて
はじめてそのありがたさに気づく。
自然の中を歩いても、その美しさに気づく人が
ほとんどいないように、自然の不思議
私たちの周りで営まれている不思議な
時には恐ろしいばかりの力に溢れた自然を見る人はいない。

また世界のいくつかの地域では
殺虫剤スプレーは疫病といままでにない関係を持つようになる。
どういう理由からか、水棲(すいせい)カタツムリ(巻貝)
のような軟体動物には、殺虫剤がほとんどきかない。

息たえてころがっている魚や
まさに死にかけているカニの上を
うようよと這いまわっているのは水棲カタツムリ。
毒の死の雨の倒れた死者をむさぼり食っていたのだ。

水棲カタツムリといえば
たいてい危険な寄生虫を宿す宿主であって
危険な寄生虫は軟体動物の中ばかりか
時には人間の胎内で生活環の一部を過ごす虫なのだ。

そして、人間だけでなく
牛、羊、ヤギ、鹿、オオツノジカ
ウサギなどいろんな温血動物が肝臓病にかかる。
寄生虫のついた肝臓は
食用にならず捨てるより他はない。

そのために合衆国の牛飼いがうける損害は
年額350万ドルあまりになる。
水棲カタツムリの数が増えるようなことをすれば
事態が悪化するのは明瞭である。

どうしてまた、こんなことになっているのか。
化学工業の大会社が大学に金をつぎこむ。
殺虫剤研究の資金を出すからなのだ。
ドクターコースの学生たちにはたっぷり奨学金が与えられ
魅力のある就職口が彼らを待ち受けている。

だが、生物学的コントロールの研究に
そんなにお金が出ることは決してない。
それに援助すれば、化学工業は自ら
自分の首をしめることになるという簡単な理由からだ。

生物学的コントロールの研究は
州や中央政府所属の機関にまかせられている。
しかもそこに勤めている人たちに
払われている給料ははるかに低い。

またどうして著名な昆虫学者が
化学薬品を熱心に擁護するのだろう。
この不思議な事実も
こうしたことを考えてみれば
むしろ当たり前なのだ。

みんな化学工業関係の会社から援助を受けている。
餌をくれる飼い主の手をかむバカな犬などどこにいようか。
だから、殺虫剤はまったく無害です
と言い張れる彼らをどれほど信用できようか。

私たちが危険な道を進んでいることは
疑うまでもなく明らかだ。
私たちは他の防除方法を目指して
研究に励まなければならない。

化学的コントロールではなく
生物学的コントロールこそとるべき道であろう。
暴力を振るうのではなく、細心の注意を持って
自然の営みを望ましい方向に導くことこそ
私たちの目的になければならない。

私たちは心をもっと高い所に向けるとともに
深い洞察力を持たなければならない。
残念ながら、これをあわせ持つ研究者は数少ない。

生命とは、私たちの理解をこえる奇跡であり
それと格闘する羽目になっても
尊敬の念だけは失ってはならない。

生命をコントロールしようと
殺虫剤のような武器に訴えるのは
まだ自然をよく知らないためだと言いたい。
自然の力をうまく利用すれば、暴力などふるうまでもない。
必要なのは謙虚な心であり
科学者のうぬぼれの入る余地などはここにはないと言ってよい。

私たちの住んでいる地球は
自分たち人間だけのものではない。
この考えから出発する新しい、夢豊かな
創造的な努力には、自分たちの扱っている相手は
生命あるものなのだという認識が終始光り輝いている。

生きている集団
押したり押し戻されたりする力関係
波のうねりのような高まりと引き
このような世界を私たちは相手にしている。

昆虫と私たち人間の世界が納得しあい
和解するのを望むならば
さまざまな生命力を無視することなくうまく導いて
私たち人間に逆らわないようにする他ない。

人に遅れをとるものかと
やたらに、毒薬を振りまいたあげく
現代人は根源的なものに
思いをいたすことができなくなってしまった。

こん棒をやたらと振り回した
洞窟時代の人間に比べて少しも進歩せず
近代人は化学薬品を雨あられと生命あるものに浴びせかけた。

精密でもろい生命も
また奇跡的に少しのことではへこたれず
もりかえしてきて、思いもよらぬ逆襲を試みる。
生命にひそむ、この不思議な力など
化学薬品を振りまく人間は考えてもみない。

高きに心を向けることなく自己満足に陥り
巨大な自然の力にへりくだることなく
ただ自然をもてあそんでいる。

自然の征服
これは、人間が得意になって考え出した
勝手な文句にすぎない。
生物学、哲学のいわゆる
ネアンデルタール時代にできた言葉だ。
自然は、人間の生活に役立つために存在する
などと思い上がっていたのだ。

応用昆虫学者の
ものの考え方ややり方を見ると
まるで科学の石器時代を思わせる。
およそ学問とも呼べないような単純な科学の手中に
最新の武器があるとは、何とそら恐ろしい災難であろうか。

おそろしい武器を考え出しては
その鉾先を昆虫に向けていたが
それは、他ならぬ私たち人間の住む地球
そのものに向けられていたのだ。

この作品は
1964年「生と死の妙薬」として刊行され
1985年5月新装版「沈黙の春」として刊行された。
 

リチウム電池は猛毒で危険
自動運転なんて遠隔操作できるなら信用できない
それをいいと思う人は目の前の便利さだけに騙されている
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

エビ、ホタテ、キノコのトマトクリームスープ
 

 
メニューが豊富で通いたい
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
移転7月オープンでおしゃれな綺麗なお店だった

2025年02月03日 メモ・独り言のblogより


ドナルド・トランプの問題点

 

私は選挙までずっと、次のようなことを言い続けていました。

 

「ドナルド・トランプがグローバリストの次の段階を

歪んだ種子のように展開するのを待ちきれないバカはいくらでもいる。

トランプがデジタルIDを展開していることは周知の事実であり

もちろん、典型的なヘーゲル弁証法のやり方で

移民危機を正当化するために利用するつもりであることは

すでに公言しています。

アメリカ人は本当に本当に本当に愚かだ!」

 

イーロン・マスクは

ドナルド・トランプ大統領が新たに設立した

タスクフォースである「政府効率化省(DOGE)」の

トップに任命されました。

YGL 2008 公式リスト [世界経済フォーラム] 

2008年のメンバーにイーロン・マスクが選出されました。

イーロン・マスク氏は

ヤング・グローバル・リーダーに正式に追加されました。

 

2016年3月16日 

過去のYGLには、デビッド・キャメロン、マーク・ザッカーバーグ

レオナルド・ディカプリオ、アンダーソン・クーパー

イーロン・マスクなどが含まれています。

 

トゥルシ・ギャバード氏はドナルド・トランプ大統領により

国家情報長官に指名されました。

彼女は所属を否定していますが

2015年3月の自身のTwitterを振り返ると

彼女が嘘つきであることがわかります。

トゥルシ・ギャバード氏はWEFのメンバーです。

 

※ちなみに左側の男はトランプに暗殺を示唆する銃弾の写真を

Xに投稿していたジョージ・ソロスの息子ですね....

 

「ジョージ・ソロスとトランプは、実はビジネスパートナーです」

と言う記事を検索すれば出て来るはずです。

敵対は見せかけであり、皆お仲間のようですな...

副大統領に選ばれたヴァンスは

ピーター・ザイル(パラントール)の右腕です。

 

トランプ大統領は、AIインフラとワクチンに

5000億ドルを投資する「『スターゲイト』計画」を発表しました。

 

ビル・ゲイツとデモシダル・ドニーは3時間の夕食を共にし

ビルはそこで「グローバルヘルス」について議論したと言っています。

 

彼も8年前に彼と会っています。

ビル・ゲイツ氏、ドナルド・トランプ大統領と会談し

健康とイノベーションの可能性について議論

 

トランプ政権はワクチン同盟(Gavi)に対して

多大な貢献を約束しました。

2020年2月、アメリカ合衆国国際開発庁(USAID)は

2020年度から2023年度のワクチン同盟(Gavi)への資金として

11億6000万ドルを拠出することを発表しました。

 

ビル・ゲイツは、非公開の原子力新興企業である

テラパワーに10億ドル以上を投資しています。

 ビッグテック企業は、AIデータセンターの

電力供給を支援するために、原子力エネルギー取引を行っています。 

ニュースケール・パワーは、小型モジュール炉のリーダーです。

テラパワー社やその子会社、スピンオフ企業が

歪んだシード2.0、いや、スターゲイトの新しい巨大AIデータセンターに

エネルギーを供給する契約を獲得すると思いますか? 

私たちは本当に、本当にダメになってしまいました!

ゲイツはトランプ大統領と会談し

「イノベーション」と「ヘルスケア」について話し合ったと語りました。

私は数日前

ゲイツ氏と8年前にも会談したことを示す投稿をシェアしたばかりです。

ビル・ゲイツは原子力発電に数十億ドルを注ぎ込んでいます。

今、買うべき最高の原子力関連株はこれでしょうか?

 

つまり、トランプ大統領は

ヘンリー・キッシンジャー氏と大の仲良しでした。

キッシンジャー氏は

ノーベル「平和賞」を何とかして手に入れながらも

ベトナム戦争中のホーチミン・トレイル爆撃により

15万人から100万人のカンボジア人の死に

個人的に責任を負っていた人物です。

 

トランプ大統領は製薬会社や病院に数十億ドルをばらまきましたが

ほとんど条件はつけませんでした。

「ワシントン発 — トランプ政権は

COVID-19の危機の中で、医療業界に数十億ドルを投入し

何百万人ものアメリカ人が高額な医療費に苦しむ中

国内で最も利益率の高い企業の利益を底上げしました。
また、製薬会社や病院システム

医療流通業者には納税者の資金が投入されたにもかかわらず

行政当局の役人は公的支援を受けた企業に対してほとんど条件を課していません。
製薬会社は公的資金で開発されたワクチンや

治療薬の価格を吊り上げることも可能です。」

農民を再び貧しくしよう!

それでも、羊たちはこのクソみたいなピエロを支持している!

 

トランプ大統領は製薬会社レジェネロンとつながりがあり

同社の株価は急騰しています。


「トランプ大統領は、COVID-19の治療の一環として

レジェロンの実験的抗体カクテルを大量投与しました。

 その結果、製薬会社の株価が急上昇しましたが

大統領とレジェロンの億万長者CEOとの関係について

さまざまな疑問が巻き起こっています。

トランプ大統領のチームは金曜日

大統領が症状の緩和とウイルス量の減少に用いられている

REGN-COV2と呼ばれる薬剤を投与されたことを明らかにしました。

月曜日にレジェネロンの株価は7%急騰し

年初来の株価上昇率は60%を超えました。

トランプ大統領が月曜日の夜に退院するとツイートした後

株価は最高値を更新しました。

レジェネロンのCEOであるレナード・シュレイファー博士と

トランプ大統領は面識があり

同CEOはニューヨーク州ウェストチェスターにある

トランプ大統領のゴルフクラブの会員であり

また、同社のワクチンやその他のCOVID-19治療薬を

迅速に開発する大統領の

「オペレーション・ワープ・スピード」計画の一環として

7月に4億5000万ドルの政府資金援助を受けています。

一方、トランプ大統領は最近

レジェロン(REGN)の株式を所有しており

また、大統領も服用している抗ウイルス薬

レムデシビルの製造元である

ギリアド・サイエンシズ(GILD)の株式も所有しています。

 両方の株式は、トランプ大統領が2017年に

米国政府倫理局に提出した書類に資産として記載されていましたが

2020年の大統領の最新の提出書類には記載されていませんでした。

このクソ計画を信じろ!

トランプ大統領、製薬業界の大富豪たちを

新型コロナウイルス対策の利益獲得に導く

ドナルド・トランプ大統領の治療に使用された

レジェロン社の連邦政府資金によるCOVID-19治療薬は

おそらくほとんどの患者には提供されないでしょう。
 

米国政府、モデルナ社と10億回分の

COVID-19ワクチンに関する15億2500万ドルの契約を締結

米国保健福祉省のニュースリリースによると

トランプ政権はモデルナ社と

同社のCOVID-19ワクチンが承認された場合

1億回分を製造・納入する契約を締結したとのことです。

 

トランプ政権

新型コロナウイルスワクチン候補5社を最終選考に残す

5社とは、マサチューセッツ州を拠点とする

バイオテクノロジー企業モデルナ、ファウチ博士が

来月にも臨床試験の最終段階に入るだろうと述べた企業

オックスフォード大学とアストラゼネカの共同事業体

そして大手製薬会社3社

ジョンソン・エンド・ジョンソン、メルク、ファイザーです。

各社はそれぞれやや異なるアプローチを取っています。

 

トランプ大統領は製薬業界に立ち向かい

処方薬の価格を引き下げることを長らく公約にしてきましたが

政権の要職に業界関係者を登用する一方で

価格引き下げに向けた真剣な行動は避けてきました。

この政権の腐敗体質は

製薬業界に迎合する政治を数十年にわたって続けてきたもので

現実のコストを伴っています。

2018年にはアメリカ人が処方薬に費やした金額は

5350億ドルに達し、2010年以降50%増加しています。

これらの価格上昇は、インフレをはるかに上回り

大手製薬会社は2011年から2015年の間に

最も処方されている医薬品の価格を

40パーセントから71パーセント引き上げました。

大手製薬会社への投資家は

トランプ大統領の税制改革で利益を得ています。

 

「大手製薬会社は長年にわたり

アメリカの政治において強力なロビー活動を行ってきました。

そして、トランプ大統領は政権に業界の追従者たちを登用しました。

業界の存在と影響力は軽視できません。

トランプ大統領と共和党が推し進める税制改革案は

大手企業が政権に影響を及ぼしていることを示す指標です。

実際、強力な製薬業界のロビー活動は

オピオイド危機においても重要な役割を果たしてきました。

トランプ大統領は以前、この危機に対して積極的に取り組み

最終的には根絶すると公約しました。

大手製薬会社が議会議員や現職の大統領に支援され続ける限り

それは不可能です。」

トランプ大統領は、バイアルや注射器のガラスにいたるまで

すべてにまで費用を負担させました。

さらに、一部の人々に仕事を与え

自国民だけでなく世界中で大量虐殺的な雇用を創出することで

アメリカを再び偉大な国にしました。

2017年7月25日

トランプ大統領、製薬業界への5億ドル投資を発表

ドナルド・トランプ米大統領は

次世代のガラス製医薬品容器の製造に向けた

5億ドルの政府投資を発表しました。

ガラス会社コーニングは

製薬大手のメルクとファイザーと共同で

注射用薬瓶用の新しい種類のガラスを製造しています。

トランプ大統領は、このプロジェクトにより

ニューヨーク州とニュージャージー州の施設で

まず約1,000人の雇用が創出され、40億ドルの投資により

4,000人まで増加する可能性があると述べました。

コーニング社は、製薬会社との共同開発により

この新しいタイプのガラスを開発したと発表しました。

「メルク、ファイザー、そしてコーニング、この3社が

医薬品用ガラス包装を今後はアメリカ国内で製造すると発表しました。

これは大きな一歩であり、大きな声明です。

私はそれを非常に誇らしく思います」

とトランプ大統領は述べました。

「これらの企業は、注射薬やバイアル

カートリッジの保存と投与に使用される医薬用ガラス技術において

画期的な成果を達成しました。

この技術は、米国の雇用と製造にとって素晴らしいだけでなく

より安全な医薬品やワクチンを入手できるようになる

患者にとっても素晴らしいものです」

と彼は付け加えました。


トランプ政権は新型コロナウイルスワクチンに

積極的な姿勢で臨んでおり、ファイザー社と

1億回分のワクチン接種契約を締結しました。

これは、この種の投資としては最新のものです。

水曜日、ファイザー社とアレックス・アザー保健福祉長官は

政府が最大6億回分のワクチン候補を購入する契約を締結したと発表しました。

アザー長官によると、ファイザー社との契約は

ノババックス、ジョンソン・エンド・ジョンソン

モデルナ、アストラゼネカとの「大規模投資」と同様の

「歴史的な」前払い契約です。

この契約により、米国政府はファイザー社とバイオンテック社に

1億回分のワクチン製造に対して19億5000万ドルを支払い

さらに5億回分まで購入することができます。

 両社は少なくとも4種類のワクチン候補を評価しており

そのうちの1つである

BNT162b1の初期データでは

COVID-19から回復した人々で観察されたレベルと同等の

中和抗体を生成できることが示されています。

トランプ大統領が米国製薬会社との契約を発表したことを受け

コダック社の株価は300%上昇しました

ミネソタ州、ニューヨーク州、セントポール

ロチェスターにある既存の施設は

コダック製薬部門の新部門として拡大される予定です。

トランプ大統領の支持者たちが話題にしたくないこと。
彼らは(ただただトランプが正義だと信じ込んでいる為)

その話題を避け、見ようともしません。

私たちは、どうしても必要としている生体認証による

出入国ビザ追跡システムをようやく完成させることができます。