↑より抜粋
2012年10月発行
ユダヤの正体を見破ったイエス・キリスト
繁栄を極めた多くの文明が
ユダヤ人の餌食(えじき)になって滅びてしまった時
人類にはどのような頼みの綱が残されていただろうか?
それは、昔も今もイエス・キリストである。
キリストの使命とは
すべての民族のまったき霊的再生をうながすことであった。
地上でただ一つの民族だけが
キリストのメッセージに頑(がん)として耳を傾けなかった。
その民族こそがユダヤ人である。
古代世界の預言者たちは
ユダヤ寄生集団が引き起こす破壊的な効果をよくわきまえていた。
ヨハネはパリサイ人を「マムシの子孫ども」と呼んで罵倒した。
(マタイ伝)
イエスはユダヤ人を「サタンのシナゴーグ」と呼び
「あなた方ユダヤ人が悪魔より生まれたことを私は知っている」
とユダヤ人に語った。
今日、ユダヤの暴力による世界の破滅に直面してみると
イエスの受難こそ、2千年前と同じく
今でも救いへと至る唯一の道なのだということがわかる。
では、その受難とは何だろう?
それは何よりもまず第一に
人が自分の心の中で進んで自分自身の悪を断つ事である。
第二に、他人の悪を容赦しないことである。
そして第三に、ユダヤ人扇動者たちが
おのれの目的を利するためにつけ加えた歪曲をとり払って
イエスがこの世にもたらした、ありのままの言葉で
イエス・キリストのメッセージを他の民族に伝えることである。
肉体を持って出現された時、イエス・キリストは
金髪碧眼(へきがん)のガラリヤ住民として
ヨセフとマリアからお生まれになった。
聖書学者のウィリアムソンによれば
ガラリヤ住民の中にユダヤ人はほんのわずかいただけで
地方では、ユダヤ人の姿はほとんど見られなかったという。
この地域は、全体としてヘレニズムに同情的だった、と言っている。
つまり、ガラリヤの住民たちは
イエスの家族や友人たちは、ギリシャ文化に好意を寄せ
ユダヤの野蛮さに反対した、という意味である。
さらに、イエスが人々に話したのはヘブライ語ではなく
ガラリヤなまりのアラム語だったのである。
こうしたすべての事実を
キリスト教の学者たちはよく知っているはずだ。
それなのに「キリストはユダヤ人だった」と主張して
彼らはユダヤ人の恐るべき虚偽と冒瀆で人々を惑わしている。
どうしてこの自称
「キリスト教徒」たちはこんなことをするのだろうか?
そういう人間は、実は何も信じてなどいないのだ。
連中はただ、宗教はボロい商売で
ユダヤ人のウソを言い触らすのが一番儲かると考えているだけなのだ。
彼らは、西洋文化全体を言いあらわすのに
新しい用語を発明することまでやっている。
「ユダヤ・キリスト教文明」というものだ。
「ユダヤ・キリスト教」
共存文化を讃(たた)える論文を書かなければ
今日ではどんな学者も大学で職に就けない。
「ユダヤ・キリスト教文明」とは
2つの相容れない対立勢力を結びつけたものだ。
たとえば、「黒人・白人」文化とか
「アジア・ヨーロッパ」文化というのと似ている。
その意味は「善・悪」文化とするのがもっとも当たっている。
ユダヤ教が悪を指し、キリスト教が後置されているものの善を意味する。
彼らがイエス・キリストの名を口にすることは滅多に無い。
あるとすれば「ボロを着た説教者」とか
「遍歴の革命家」などと冷笑する時だけである。
この自称キリスト教たちは、どうしてこれほどまでに
イエス・キリストを憎悪するのだろう。
その理由は、イエスが常に彼らを見抜き、告発したからである。
悪魔をしりぞけてから、イエスは今度は町へ入ってゆき
サタンのシナゴーグ(会堂)、パリサイ人
そして、シオンの長老団の構成員であり
悪に命を捧げる律法学者たちを責める説教をした。
イエスは「マタイ伝」第23章で次のように説いた。
「お前たちにわざわいあれ。
律法学者、パリサイ人よ、偽善者どもよ!
お前たちは天国を人々の前で閉ざす。
お前たちは自分たちが天国に入らないばかりか
天国に入ろうとする人々までも邪魔して入らせないのだ。
お前たちは白く塗った墓のようだ。
外側はたしかに綺麗に見えるが
内側には死人の骨やあらゆる汚物がいっぱいだ。
上辺は正しい人に見えるが
お前たちの内側は偽善と不正に満ちている」
「シオンの長老団たちは、イエスがこうした言葉を
大衆に説いていることを聞きつけると集会を開き
イエスを殺す謀議(ぼうぎ)をめぐらした」
「ヨハネ伝」第7章1節
「ユダヤ人がイエスを殺そうとしていた!」
聖書のこういう言葉を読んだ後で
キリストがユダヤ人だったと、どうして信じられようか?
イエスはユダヤ人の神殿に行き会計台をひっくり返した。
神殿はユダヤ人の証券取引所にほかならず
ユダヤ人の宗教は、黄金だったからである。
彼らは、バール神の像である黄金の仔牛の前で取り引きをした。
イエスは、その神殿の中に入っていって
律法学者とパリサイ人に説教した。
そのためにシオンの長老団は、もはやこれに耐えられず
ひそかに計略をめぐらして、ローマ人支配者に訴え出て
イエスを処刑してもらおうと決意したのである。
イエスはシオンの長老団の前に連れてこられると
次のように言った。
「私が毎日神殿でお前たちといた時
お前たちは私に手をかけなかった。
だが、今はお前たちの時間、闇の力である」
「ルカ伝」第22章53節
この言葉とともに
人間の魂のもっとも偉大な瞬間、イエスの受難がはじまる。
そして、ユダヤが力を持つこの危機の恐ろしい時代に
我々は誰でも次のように言うことができる。
「今はお前たちの時間、闇の力である」と。
だが、キリストの光は再び輝き渡り、闇は過ぎ去るであろう。
イエスは裁判に3度もかけられた。
パレスチナには3つの臨時権力があったからである。
ローマ人の支配は
カシュタインが「ユダヤ人の歴史」の114ページに
「野蛮かつ悲劇的な混血ユダヤ人」と描いた
ヘロデ王とローマ総督ピラトによって行われたが
パレスチナの実際の権力は、ユダヤ人律法学者たちの敵対する
2つの集団によって行使されていた。
一つは、大司祭アナ二ヤに率いられ、ローマ人が後押しした。
第二は、大司祭カヤパに率いられ、ユダヤ人が後押しした。
イエスは3つの勢力の前で、それぞれ裁判にかけられたので
ローマ人もユダヤ人も満足したであろう。
「大司祭たちと法院全体が、イエスを死刑にするため
イエスに不利な証言を求めたが、一つも見つけられなかった。
大勢の証人がイエスに不利な偽証をしたが
彼らの証言は一致しなかったからである」
「マルコ伝」第14章55節
「再び、大司祭はイエスを尋問して言った。
『お前は誉(ほ)むべきお方の子、キリストなのか?』
『そうだ、お前たちは人の子が力ある方の右に座って
天の雲に包まれて来るのを見るだろう』
すると大司祭は、自分の衣を引き裂いて言った。
『もはやこれ以上どんな証人が必要であろうか?
諸君は冒瀆の言葉をお聞きになった。諸君はどう思われるか?』
すると全員がイエスは死罪にあたると宣言した。
数名の者がイエスに唾を吐きかけ、目隠しをして殴りイエスに言った。
『予言してみろ』
それから下役(したやく)らがイエスを平手打ちにした」
イエスはピトラの前で裁判にかけられた。
ユダヤの法院での審理は何の法的有効性もなかったので
これが正式裁判だった。
ピトラは、民を惑わした件と貢物を皇帝に納めるのを民に禁じた件
という最初の2つの罪状を無視した。
キリストが王であると主張したという
第三の罪状について、ピトラは罪がないと判断した。
キリストは、王という言葉のローマ的な意味での忠誠を
人々に要求したわけではなかったからである。
したがって、ピトラはキリストが無罪だと判断したのだ。
だが、ユダヤ指導者たちの怒りを招かないために
ピトラは囚人をヘロデのもとへ送った。
ヘロデはイエスを送り返してきた。
そこで、ピトラは3度目に
イエスが無罪であると宣告し、この問題から手を洗った。
だがユダヤ人は「キリストを十字架につけよ」と要求した。
ピトラは、彼らの要求に譲歩せざるをえなかった。
シオンの長老団に煽動され大声で叫ぶユダヤ人群衆は
たとえイエスに罪が無くとも死ぬべきであると決めていた。
そしてユダヤ人は、キリストを磔刑(たっけい)にする
「血の罪」を喜んで引き受けたのである。
ユダヤは今日でも、何百万ドルもの金を使って
キリスト教の指導者たちに賄賂(わいろ)を送り
「聖書はウソだ」と言わせ
裏切りの使徒ユダのように、銀貨30枚で身売りさせている。
キリスト教会の多くが、今日こうした
「現代のユダ」たちの手に落ちてしまったのは
悲しいが事実なのである。
つづく















