天然記録 -16ページ目

 

 

1995年1月発行

 

↑より抜粋

 

18世紀のあいだに、ユダヤ人は
非ユダヤ人宿主に支配を及ぼす新しい技術を完成させた。
その方法とは、株式会社、銀行、証券取引所であった。

これらの装置を使ってユダヤ人は、非ユダヤ世界の富を
ほとんどユダヤ連絡網、つまり銀行に吸収することができた。

これらの投機事業の本部は
アムステルダム(オランダ)にあったが
それもクロムウェルのイギリス征服に
ユダヤ人が資金を提供するまでだった。

やがて彼らはロンドンに事業を移した。
なぜなら、イギリス艦隊が世界の貿易を支配したからである。

イギリスの人々の苦悩に満ちた叫びにもかかわらず
ユダヤ人はそれ以降、ずっとロンドンに居座っている。

1694年、イギリス国王のオレンジ公ウィリアムは
軍に支払う金を必要としていた。
王は、スチュアート家による王位回復のくわだてを恐れていた。

それで、大規模な常備軍を維持しなければならなかった。
彼の顧問たちは、ロンドンの商人たちに相談するよう進言した。
商人たちの多くは、ユダヤ人で
オレンジ公に金を貸す余裕があったからである。

商人たちは、喜んでウィリアム王に金を貸そうといった。
ただし、一つだけ条件があった。

その条件とは
その債務相当分の銀行券の発行を許可してもらいたいというものだった。
このとんでもない要望の意味をほとんど理解できずにウィリアム王は同意した。

このようにして最初の中央銀行が誕生した。
そしていまや、非ユダヤ人はユダヤ人が発行する利子付き銀行券によって
奴隷状態に置かれることになったのである。

ウィリアム王にはちっともわかっていなかったが
ユダヤ人は王の許しを得て
イギリス王国の権威を手中に収めたのであった。

主権とは常に貨幣を鋳造(ちゅうぞう)する権威を意味する。
しかしいまやユダヤ人は、彼らのイングランド銀行のために
この権利を獲得したのである。

1694年以降の世界の歴史は非ユダヤ人権力に対する
かつて無かったほど大規模な戦争と革命とに資金提供するため
ユダヤ人が彼らの中央銀行をいかに操作したかという記録である。

数百万の非ユダヤ人が無惨な死を遂げてきたのは
オレンジ公ウィリアムが自分のしていることを自覚せずに
イングランド銀行の勅許(ちょっきょ)状を
ユダヤ人に対して発布したからなのである。

ユダヤ人の富の隆盛のため人材を提供したのがドイツで
資金を提供したのがイギリスだとするなら
ユダヤ人が彼らの活動にとって
もっとも肥沃な土壌を見つけたのはフランスにおいてであった。

パリに革命を引き起こし、非ユダヤ人指導者を打倒し
自分たちの王の首をギロチン台の下の籠に転げ落とした
暴徒たちを買収したのは、ユダヤ人の金であった。

フランスでやってのけたほど
ユダヤ人が非ユダヤ人指導者たちをうまく排除した国は無い。

ユダヤ人はロシアの共産主義革命の時も同じ目標を達成した。
つまり「非ユダヤ人の最良の部分を殺せ!」
というのが常に変わらぬ「タルムード」の恐ろしいモットーなのである。

ナポレオンがヨーロッパの覇者(はしゃ)となった時
ナポレオンはユダヤ人が自分の支配を及ぼせない
唯一の勢力であると知って愕然とした。

ユダヤ人の国際的な活動を制限するためナポレオンは
ユダヤ人が「不名誉令」と呼んだ勅令(ちょくれい)を1808年に発行した。

なぜなら、ナポレオンはユダヤ人にも
フランスで一般の人々を治めている法に従わせようとしたからだ。

どの時代にあってもユダヤ人は
彼らがただの無知なケダモノと見なす
非ユダヤ人の法律に縛られるなどとは
まったく考えないことを我々は知っている。

支配者がユダヤ人を強制的に法に従わせようとすると
何世紀にも渡って暴君として罵られることになる。

もし支配者がユダヤ人の思い通りにさせると
人権を大切にする開明的で慈悲深い君主として記録される。

「人権」という言葉は、現代史の中で使われる時には
「ユダヤ人の権利」を意味する。
なぜなら、「タルムード」の律法によれば
非ユダヤ人は人間ではなく、いかなる権利も持たないからだ。

ほとんどの場合、ヨーロッパの君主たちは
ユダヤ人を好きにさせておくほうが自分たちにとって都合が良いとわかっていた。
いつでも、ユダヤ人に反旗をひるがえすのは
搾取された労働者たちなのである。

ワーテルロー(ナポレオン戦争最後の戦い)の戦い(1815)は
ヨーロッパにおけるユダヤ人からの非ユダヤ人の独立の終焉を意味した。

ユダヤ人も彼の帝国の法律に従うべきであるという
ナポレオンの決意は揺るがなかった。
ほかのヨーロッパ諸国は、ユダヤ人に負債がある貴族によって統治されていた。

ロスチャイルドはすぐに、ナポレオンと戦う軍隊を派遣しようという
ヨーロッパのすべての国に巨額な貸付を保証した。
この結果、ナポレオンはワーテルローで膨大な連合軍と対峙した。

この時が、ユダヤ人に代わってユダヤ人の敵と戦わせるために
「連合」国を編成するというユダヤの技巧の最初の実例となった。

ナポレオンに対抗して膨大な兵力が配置されたにもかかわらず
ナポレオンの将軍としての名声はなおヨーロッパに赫赫(かくかく)
たるものがあった。

ユダヤは情報交換を専門にしていたので
ロスチャイルドの家長ネイサン・マイヤー・ロスチャイルドは
ロンドンで戦果がわかるよう手筈(てはず)を整えておいた。
そして、その夜も更けてから光を点滅させて
「ナポレオン敗北せり」というメッセージを送った。

その後で、彼はロンドン証券取引所へ向けて
「ナポレオン勝利せり」というメッセージを付けて伝書鳩を放った。

翌朝、ネイサンが証券取引所へふんぞり返って入ってきた時
すべてが大混乱だった。
ナポレオンが勝ったという知らせで
誰もがこぞって捨値(すてね)で株を処分しようとしていた。
ロスチャイルドだけが真実を知っており
彼は売りに出た全株を買いまくった。

価格は数分のうちに900%下落した。
彼は思いのままの価格で買った。
取引所が午後になって閉まった時
彼は証券取引所に上場されている全株の62%を所有していた。
イギリスの名門の多くが、この日に破産した。

次の朝、ロンドンは目覚めて真実を知った。
ナポレオンが粉砕(ふんさい)されたのだ。
取引所で破産したロンドンの貴族たちは
先を争って、ロスチャイルドの言いなりになった。

マールバラ伯爵は
ワーテルローで英国軍を勝利に導いた英雄だったが
いまや、ロスチャイルドの盟友となった。
ロスチャイルドが大金を、もちろん大衆から集めて
マールバラ伯爵にポンと贈ったからである。
マールバラはユダヤ人の忠実な手先となった。

100年後、それと同じように
マールバラ伯爵の子孫ウィンストン・チャーチル
つまりWC(便所の意味、部下の間でこう呼ばれていた)は
バーナード・バルーク(アメリカ合衆国の官僚、政治家、投資家)
とロスチャイルド家の主体性のない道具になった。

ヨーロッパの主人として、そして非ユダヤ人である敵
ナポレオンに勝った勝利者として血も涙もないロスチャイルドは
敗残の皇帝を船に乗せて大西洋の離れ小島に送り
ゆっくりとヒ素を盛って毒殺したのである。

ロスチャイルドは、すべてのヨーロッパ諸国に対し
強制的に多額の融資をロスチャイルドから受けさせた。
諸国が金を借りるや否や、ユダヤ人たちが公職に就きはじめた。

ユダヤ人の勝利の真の祝典は
1815年に開かれたウィーン会議であった。

ロスチャイルドは、ヨーロッパの支配者たちに
新たなナポレオンが登場して
権力を握るのを不可能にする計画をつくるよう命令した。
こうして、「力の均衡(きんこう)」計画がつくりあげられたのである。

この計画によって、ヨーロッパのどこかの国が
あまりにも強大化しはじめたら、それ以外の国々が
寄ってたかって攻撃することになった。

このことは以後、ユダヤ人に敵対するいかなる国も
諸外国の軍隊と衝突しなければならないことを意味した。
のちにヒトラーに対して起こったのがこのことであった。

ウィーン会議は、ユダヤ人に対して最後まで残っていた制約を一掃した。
おかげでユダヤ人はヨーロッパのどの国でも「平等の権利」を保証された。

そしてユダヤ人はゲットーから大挙して出て
政府の役職に就き、教育界に地位を得、銀行の役員をも輩出した。
ユダヤ寄生体は、非ユダヤ人宿主に対して挑戦の及びがたい支配者となった。

ウィーン会議後、100年と経たないうちに
ヨーロッパ全土は悲惨な世界大戦に巻き込まれた。
一億人以上の非ユダヤ人がユダヤ人の仕掛けたこの2つの戦争で命を失った。

ユダヤ人は、バルカン(ヨーロッパ東南部の地名)の
ゲットーからあふれ出て、年間60万人の割合でイギリスへ
また100万人の割合でアメリカへと流れ込みはじめた。

ユダヤ人は、多くの国で大蔵大臣や法務大臣になったので
こうした地位を利用して国を支配することができた。

戦闘にあえぐ非ユダヤ人軍隊への軍需品補給契約の
ほとんどすべてをユダヤ人が獲得したが
交戦国すべてが積み上げた負債から支払われる利子で
本当に儲けたのはロスチャイルド家だった。

ユダヤ人はまた戦争を利用してロシアで革命を成功させた。

ユダヤはドイツに巨額の賠償金を要求した。
このために、ドイツが苦しんで
再び戦争へと駆り立てられることは百も承知であった。

ユダヤは、問題の所在を不明にしながら混沌をもたらすという
ユダヤ人に当たり前の脳力を駆使して近年では
みずからが世界に流布(るふ)した共産主義思想を隠蔽するために
一連の煙幕(えんまく)をはりめぐらしてきた。

共産主義とはいったいなんであろうか?
ユダヤによって発行された数千冊もの書物には
この問題について数百万言を費やして述べられているが
そこには「共産主義はユダヤ集産主義国家の近代的形態である」
という説明を見い出すことはできないはずである。

共産主義の原理とはいったい何か?

何よりもまず第一に、共産主義は視野が国際的である。
つまり、民主主義の原理を否定する。

第二に、共産主義はイエス・キリストを否定し
個人に対するキリストの愛を否定する。
さらに、すべてのキリスト教信仰の基礎である
魂の救済原理を否定する。

そして第三に、共産主義は個人としての人間の権利をすべて否定する。
たとえば、私有財産権や政府に対して意見を述べる権利
あるいは集産主義国家当局に対して
疑義(ぎぎ)をさしはさむ権利を否定するのである。

これらがまさに共産主義の基本原理である。

奇妙にもこれらはユダヤの基本原理でもある。
国際主義、イエス・キリストに対する憎悪
個人に対する憎悪、人権の否定、集産主義国家の独裁。

これらの事は等しく、ユダヤの政治運動と
共産主義の政治運動の両方の基礎をなしている。

してみれば、ユダヤ人カール・マルクスが
共産主義の父であるとわかったからといって決して驚くにはあたらない。

すでに述べてきたように、シオンの長老は
ユダヤ人の生活のあらゆる面にわたって独裁権を行使しており
個々のユダヤ人の生活を鉄のような規律によって縛りつけている。

このユダヤの独裁権を非ユダヤ人に及ぼそうとするのが
共産主義と呼ばれるものである。

だが、人は次のように問うかもしれない。
すでにユダヤは西欧諸国の私有財産の80%を所有しているというのに
なぜ私有財産権まで攻撃しようとするのか、と。

まず何よりもユダヤにとって、私有財産という言葉は
非ユダヤ人に依然として所有されている財産を意味する。

「タルムード」の定めによれば
非ユダヤ人とはケダモノであり、いかなる物も家庭も土地も
そして個人的な資産も決して所有することを許されない。

それゆえにユダヤが非ユダヤ人から私有財産の強奪を行なうことは
単に自分たちの宗教の基本原理に従っているにすぎない。

共産主義者たちが一国を支配した時、まず最初に行なうことは
非ユダヤ人の指導者を全員殺害することである。

教授や博士、政治の役人、そのほかユダヤへの
敵対行動を指導する可能性のある非ユダヤ人を一掃するのである。

そしてこのことは、ユダヤの基本命令である
「非ユダヤ人の最良の部分を殺せ!」に従っているにすぎない。

それゆえにユダヤは、非ユダヤ人向けに制定・施行した
懲罰的なマルクス主義的税法にもかかわらず
ユダヤのカネに対しては課税をいっさい避けるために
シオニスト財団を創立したのである。

かくて我々は、ユダヤ人の個人的な富とされているものも
基本的にはユダヤの活動に使われ
国際ユダヤ共産主義革命運動に融資するために使われることがわかる。

さらに、キリスト教国家の富のほとんどを
ユダヤが所有しコントロールしているという事実があるにもかかわらず
宿主である非ユダヤ人のすべての行動と生活の詳細を支配せずにはいられないのは
ユダヤ寄生体特有の性格なのである。

数10億の富を持つロスチャイルドも
下町の小さなユダヤ人洋服屋と同じ悪夢を抱いている。
それはある日、非ユダヤ人の宿主から追い立てられ
寄生体としての生存を否定されるかもしれないという恐怖である。
それゆえ彼らは、非ユダヤ人宿主に対し
生殺与奪(せいさつよだつ)の権を握らなければならないのである。

大部分の非ユダヤ人は
ユダヤはカネにのみ興味があると思い込む過ちをおかす。
これは危険な単純化のしすぎである。
もしユダヤがカネだけに興味をもつのであれば
ユダヤ問題は発生しないであろう。
なぜなら、ユダヤはすでに我々のカネを持っているからである。

ユダヤはもっぱら、非ユダヤ人の宿主に対して
権力をふるうための武器としてのカネに興味をもつ。
ユダヤは、罪のないキリスト教徒の子どもたちに対する
野蛮な儀式殺人を隠蔽するために、数10万ドルものカネを使う。

共産主義というのは
ユダヤ寄生体の非ユダヤ人宿主を征服・支配したいという
強烈な願望の次の段階にすぎない。

ほとんどのアメリカ人はユダヤ問題についてまったく知識を持っていないし
ユダヤ問題のわかっている一部の人々は
反ユダヤ・グループに寄付する資金を持っていないか
自分の職やビジネスを失うことになるので寄付しようにも怖くてできない。

合衆国に散在する反ユダヤ・グループのかなりの部分は
ユダヤ人からは毎年なんと5千万ドルも集めている。
これは悪い年収ではない。
こうすることによって、ユダヤ人社会に対して
また同様に反ユダヤ・グループに対しても厳しい統制を維持できる。

彼らはいつどのような時でも、アメリカにおける
反ユダヤ感情の正確な程度を知っているのである。

こうした常套(じょうとう)手段は
すべての政党や運動に対して資金を寄付する
伝統的なユダヤのやり方に合致しており
非ユダヤ人宿主の気分に合わせて彼らのありとあらゆる活動に
支配を及ぼすためのユダヤ寄生体の基本テクニックの一つである。

ユダヤのテクニックは、両建て主義である。
両建て主義は、非ユダヤに対して
権力を維持するためのテクニックで次のように行なう。

まず、非ユダヤ人社会に多数のグループを乱立させる。
そして、それぞれのグループにほぼ均等の力を持たせ
互いに抗争し合うようにし、非ユダヤ人指導者の
支持基盤を1ダースかそこらのグループに分割する。

このようにすると、秘密の固い絆(きずな)で結ばれた
結合力の強いユダヤ・グループは力を行使しやすくなる。

さらにユダヤは、こうしたグループのいずれにも
ユダヤの要望が周知され注意が払われるよう気を配る。
こうしておけば、わが国に対するユダヤの基本命令は
何者にも邪魔されずにすむ。

ユダヤ人の作家は絶えず
二大政党(両建て)制民主主義を賞揚(しょうよう)しているが
非ユダヤ人はこれが何を意味するかまったく考えもつかない。
ユダヤ人は、その意味するところが大変よくわかっている。

つまり、多数のグループが権力闘争に明け暮れている間に
その背後でユダヤが、自分たち自身の利権を伸長するために
必要なすべての権力を掌握するということである。

彼らは非ユダヤ人の無知を喰いものにして繁栄する。

総合大学にユダヤの影響力を増大させて、教育というものを嘲笑している。
単科大学はダンスやゲーム
少年少女のデート・クラブに成り変わりつつあり
知的な活動はいっさいそっちのけにされている。
「タルムード」に示されているように非ユダヤ人は
どうやっても教育できないバカなケダモノであるというのだ。

大学院は、ラビ資格審査論文に
熱心に取り組むユダヤ人でいっぱいになっている。
そして、ユダヤ人の教授と学生の比率は、年々歳々高まっていくばかりだ。
「哲学」クラスはもっぱら
ナチス非難の野蛮なお説教ばかりで構成されており
イスラエルへ植林に行く学生を徴募(ちょうぼ)するわけである。

ユダヤ人の財団はユダヤ国家にしか行かない。
ユダヤ人は自分たちの莫大な財産を
ユダヤ共産主義の目標へと吸収するために、数百もの財団を設立した。

ロックフェラーの財団は、多くの財団に分割された。
そのほとんどすべての財団が過激な
親共産主義的煽動を繰り広げることで名を馳せている。

ロックフェラーが、ロスチャイルド家のアメリカ代表部
ジェイコブ・シフークーン・ロエブ商会のために働く
非ユダヤ人のサクラでしかないことを知っている人はほとんどいない。

彼の財産がロエブ社のパートナーの監督下に常に置かれている。
百万長者ロックフェラー家が、百万長者でいられるのは
命令通り従う限りの話であることがわかる。

 

つづく

 

 

1995年1月発行

 

↑より抜粋

 

ユダヤ人の本当の起源と
この民族の性質をあらわすHabiruという呼称の定義とは
聖書学者には久しく周知のことであった。

古代世界のいたるところで
ユダヤは人殺し・盗賊として知られ恐れられていたという事実に
学者たちが一切触れることを入念に避けたのはなぜか?

そのわけは、なによりもまず学者たちが
「キリストはユダヤ人だった」というユダヤのウソを真に受けたからである。
ユダヤ人の起源について、もし発見したことを公刊すれば
キリストが血に飢えた無法者たちの子孫だと認めることになる。

学者と大学とが怠慢を極めてきた、いま一つの分野は
古代世界の言語に関してで、ヘブライ語が想像を絶するほど
賛美されていることである。

ヘブライ語は、すべての時代の偉大な言語のひとつであり
世界の偉大な文学の多くはヘブライ語で書かれ
きわめて高尚な感情を表現するために形づくられた言語であると
我々は聞かされてきた。

しかし、百科事典をひもとけばすぐにわかるが
ヘブライ語は基本語彙(ごい)がたった500語ほどの
非常に限定された言語で、第二次世界大戦中に流行った
ベーシック・イングリッシュのたぐいである。

さらに、ヘブライ語は実際のところ
一個の独立した言語ではまったくなく
他の近東諸言語の混成語なのである。

偉大な文学がこの言語で書かれたというのも
さらに別のおとぎ話で実際にはなんの根拠もない。
大部分の聖書学者が新しい契約の福音(ふくいん)と教えている
「福音書」は、ヘブライ語ではなくギリシャ語で書かれた。

大部分の「ヘブライ語」文書は
バビロニア語やエジプト語の資料から自由に借用したものにすぎないと
ユダヤ人作家も認めている。

モーセの十戒は、エジプトの
「死者の書」からそっくり借用したものである。

「偉大なユダヤ人の著作」リスト全体にわたって、こんな具合である。

我が国(アメリカ)の大学の学生たちは
こうした事実について、いっさい知らされていない。
教授たち(たいていはユダヤ人)の言う事
すなわち偉大なヘブライ語という神話
および偉大なヘブライ文学という神話を
なんの疑いもなく受け入れる。

旧約聖書の中でユダヤ人は、神が彼らを不快に思い
その天性である邪悪さのゆえに地球上をさ迷い歩く運命として
送り出したと指摘し、定住地のない状態を正当化しようとする。

「私は彼らを異教徒たちの間に散らし、彼らを国々に追い散らし
彼らのやり方と行ないとに応じて彼らをさばいた。
そして彼らは、その行く先の異教徒たちの間に入った時
私の聖なる名を汚した。人々は彼らについて
『この人々とはエホバの民であるのに、エホバの国から出されたのだ』
と言ったのだ」

このように、ユダヤ人が「神の民」であると主張することは
冒瀆であると神は述べている。
ユダヤの記録に照らしてみても、それはとんでもない主張である。

神はまた、血の罪、汚れた偶像の前で流された血
つまり「儀式殺人」として知られる何世代も続いた習わしのために
彼らが追放されたとも述べている。

神の怒りは、ここで、ユダヤ人の離散の理由としてあげられているが
彼らが追放されるさいにいつも糾弾(きゅうだん)される
血の罪という理由がまた
神自身によっても使われていることに注目すべきである。

この点について我々は
文明世界に蔓延(はびこ)ろうとする衝動の奥にひそむ
ユダヤ人の強迫観念と嗜好(しこう)を無視すべきではない。

ユダヤ人は文明の病気であると考えるともっともよくわかる。
彼らは人体組織にガンが蔓延するように例えることができる。
ちょうどユダヤ人が交易路に沿って文明社会に蔓延していくように
ガン細胞も動脈や静脈の中を通って
人体組織のあらゆる部分に広がって、身体中に蔓延していく。

ユダヤ人が世界の中枢(ちゅうすう)的な地域に集結して
増殖を開始し、その地域社会ひいては国家の全体を抑圧し毒するように
ガン細胞は集結して増殖し、身体器官を破壊し
そしてついには、身体そのものをも破壊してしまうのである。

もし、ユダヤ人がいなければ、300年はやく
ヨーロッパに民主主義が起こっていただろう。

貴族たちはあまりに近親交配が続きすぎて
遺伝的な精神状態に冒されていたために
民衆を代わりに監督してくれる
悪徳ユダヤ人無しには支配することができなかった。

1914年には、イギリス国王とロシア皇帝、ドイツ皇帝は
すべて3人とも従兄弟同士であった。

貴族とユダヤ人は常に目的を同じくしてきた。
すなわち、働く民衆を残忍に抑圧し搾取することである。
実際、ユダヤ人のさらなる搾取を逃れたいという一心から
ヨーロッパの労働者たちは、アメリカ大陸に入植したのである。

ユダヤ人と貴族の同盟が、ヨーロッパを縛りつけていた数世紀が
歴史家の言うところの「暗黒時代」である。
ユダヤの陰謀のために、諸国民は定期的に愚かな戦乱に巻き込まれ
その結果、多くの人命が失われ、ユダヤ人に莫大な利益をもたらした。

精神障害の貴族と、精神分裂病的なユダヤ人によって支配され
全世界は狂っていたのだ。

これは人種混交のためであったのかもしれない。
なぜなら、貴族はローマ帝国の没落にはじまる自己零落の過程で
ユダヤ人や黒人と婚姻関係を結んだからである。

とくにスペイン、イタリア、フランスの貴族は
その顔つきがユダヤ的であった。

このところ50年間は
イギリスの君主にもユダヤ人の傾向が顕著にあらわれてきた。
だからエリザベス女王は、イディッシュ系の銀幕の女王
エリザベス・テーラーにそっくりなのである。
(イディッシュ文化:アシュケナージ系ユダヤ人の文化)

 





300年間、ユダヤ人はイギリスから締め出されていた。
そしてこの間にイギリスは世界でもっとも強大な国となった。

オリバー・クロムウェルという名の
狂信者の革命に資金を提供することによって
ユダヤ人はとうとうイギリスへの帰還に成功した。
意のままになる資金を使って
クロムウェルは軍隊を雇い、国を強奪した。

彼は国王チャールズ一世(1625~49)を斬首(ざんしゅ)に処し
イギリス国民に対して苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)の
一大犯罪活動をはじめた。
(税金や借金などを容赦なく厳しく取り立てることを意味する四字熟語)

表面的には、クロムウェルの党派は
キリスト教であり、清教徒と呼ばれる。
だが実のところ、この党派は当初からユダヤ的であり
ユダヤ人がイギリスに足場を奪還する目的で
提供した資金によって、まかなわれていた。

クロムウェルと彼に味方するユダヤ人グループによる
キリスト教徒弾圧があまりにも残忍であったため
イギリス国民は反乱を起こし、チャールズ二世
(チャールズ一世の子 在位1660~85)を復活させた。

彼らが最初に要求したのは
クロムウェルがこの国に連れ戻していた
ユダヤ人を追放することであった。

だが、チャールズ二世は
売春婦たちと一緒にいたいだけの自堕落な放蕩(ほうとう)者であった。
彼は、自分が催す乱交パーティのために金が必要だった。
そして、金を手に入れるためにはユダヤ人の手助けが必要だった。
彼はユダヤ人を追放することを拒否した。

そのためにユダヤ人は、すべての善良なイギリス人から憎まれ
恐れられていたにもかかわらず、イギリスにとどまり
勢力を強化したのであった。

しかしヨーロッパでは
ユダヤ問題は宗教的な立場からのみ考えられ
生物学的に検証されることはなかった。
ユダヤ人はキリストの肉体を処刑し血の罪を負っていたために
これがユダヤ人に対する主な抗議となった。
その結果として、ユダヤ人は国から国へと追放されたのであるが
実際に何が起きているのかまったく理解されなかったのである。

ユダヤ人のパターンは常に同じだった。
彼らは一つの国に100年間ほど住み
怒った非ユダヤ人によって追い出され
賄賂をばらまいて帰還するのであった。

1066年、ユダヤ人は少年を殺してその血を飲み
心臓を食べたという嫌疑をかけられて、スペインを追われた。

1254年、フランス国民はユダヤ人を追放した。

1290年には、ユダヤ人はイギリス人によって追放された。

ドイツ国民は、ユダヤ人を1283年と、1298年に追放した。

1306年、フィリップ四世はフランスからユダヤ人を追放した。

1394年、フランス国王は再びすべてのユダヤ人を「永久に」
フランスから追放するという命令を出した。
だが、数世紀後、ユダヤ人は完全にフランスの支配権を手に入れた。

スペイン人はユダヤ人を1492年に追放した。

ポルトガルは1496年に追放した。

記録に残るすべての歴史の中で
ユダヤ人追放のこの連続発生にわずかでも
匹敵するものはほかにない。
他のどの民族、政治集団もここまでの憎しみを
惹起(じゃっき)することはなかった。

ユダヤ人は一つの国を追い出されると
他の国のユダヤ居住区に合流する。
そうでなければ、ユダヤの破壊的な習慣をまだ知らない国へ入る。

中世のアムステルダム(オランダ)は
他国から逃げてきたユダヤ人のために
常に変わらない天国となった。
そしてまたアムステルダムはユダヤ人の富の銀行となった。

クロムウェルの軍隊のための金の大半は
アムステルダムから来た。
その資金はアムステルダムのユダヤ人によって供給された。

ユダヤ人の掟(おきて)はもっぱら
悪事を働く者を処罰から守り
犯罪行為を続けさせることに意を注ぐものである。

こういう計画を実現するためには
個人の諸権利も自由もない。
命令された通り実行するだけで
もし裏切りをチラリとでも考えていると
上の者に判断されたら即座に殺される。
それはすなわち、寄生共同体が破滅を回避する唯一の方法だからである。

彼らは特にギリシャ人を嫌悪した。
ギリシャ人こそ、人間の権利の法典を完成したからである。

ギリシャ人は、世界がかつて知らなかったような
偉大な人類文明を完成した。
それは、中央政府の権力より
個人の権利を重要視することによって
はじめて可能となったのだ。

一方、ユダヤ人は個人の権利を踏みにじることによって
悪の栄える犯罪国家を永続させることができた。
ユダヤ人はいつも集産主義国家の無名の一員として暮らしてきた。
そして、個人の権利についてはなにも同情を感じない。

もし個人が国家に反抗すれば、必ず処刑される。
これはユダヤが共産主義革命を起こした
すべての国で行なわれている手法である。
彼らは、そのような政府を
世界中のあらゆる国でつくり上げようと目論んでいるのである。

ユダヤ文化は
人間としての個人の権利の否定を基盤としたばかりでなく
生活においても、自然よりも人工に重きを置いた。
ユダヤ人は自然を憎み、清潔で健康な生活環境より
どんなに汚くても人工的な環境ならなんでも好んだ。

彼らユダヤ人は
一つの国民としての存亡に関わる問題が起きる時は
いつでも、唯一の神を知っていたし、唯一の思想
すなわち神権政治だけを認めるのであった。

ここにいうユダヤの神権政治とは、いったいなんだったのだろうか。

それは、シオンの長老団による支配であり
最高法院、つまりサタンのシナゴーグ(ユダヤ教の会堂のこと)
イエス・キリストの磔刑(たっけい)を要求するために
会合を開いたのと同じ、長老たちによって執行された鉄の独裁だった。

長老たちはユダヤ共同体の全成員に対して力を行使(こうし)する。
「共同体」という言葉自体、その縁語である「団結」という言葉と同じく
あらゆるユダヤ人の活動の中に見られる新しい言葉である。

今日、あらゆるところで
「共同体関係」という語句を人は耳にするが
その由来はなんだったのか。

それは非ユダヤ人の社会制度に対するユダヤ人の影響であり
今や社会制度はユダヤ方式で運営されている。

共産主義による動乱の時には
「団結」という言葉が合言葉として使われる。
それは暴動に加わっていないユダヤ人たちを守るための
ユダヤの合言葉なのである。

タルムード文化のような神権政治志向の文化が
その割には神に関して語ることがあまりにも少ないと
しばしば驚きをもって指摘されてきた。

つまり実際は
ユダヤは神に深く関心を抱いたことなど一度も無いということである。

旧約聖書では
神はユダヤ人を人間性に反する罪を犯したとして頻繁に𠮟責している。

その後の数世紀に、新しいユダヤ共同体が
南ヨーロッパと西ヨーロッパ中に出現した。
その成長は、一般に暗黒のベールに包まれているが
それらはすべて「タルムード」の定める様式に従って
形成された共同体構造を前提にして成熟の域に達する。
どこでも「タルムード」の律法がユダヤ起源の憲法となった。

キリストは彼を告発するユダヤ人に
「今はお前たちの時間、闇の力である」と言われなかっただろうか。

たしかにユダヤ共同体は、できるかぎり隠れていようとした。
それは、鉄の掟(おきて)を構成員に課し続けた。
なぜなら、死の沈黙というマフィアの原則オメルタ(血の掟)を
遵守(じゅんしゅ)する時にのみ、ユダヤ共同体は存続できたからである。

ユダヤ人の詩人ハイネが
「ユダヤ教は宗教ではない。それは不幸である」
と指摘したのも、もっともである。

自由を愛する非ユダヤ人には
ユダヤ人の個人というものに対する憎しみなど
ほとんど考えおよばない。

キリストは個人の魂の、個人による救済を説いた。
しかしユダヤ人は、個人というものは
この世で生き残ることすら許されていないし
ましてや天国では決して生き残れないと宣言する。

ユダヤ人も生き残りを信じる。
しかしそれは寄生共同体の現世の生き残りでしかない。

ユダヤ人は、キリストの個々の人間に対する
愛と救済の約束とのうえに打ち樹てられた
キリスト教の基本教義のすべてを否定する。

しかし、キリスト教の聖職者と呼ばれている者たちは
図々しくも教区の会衆に対して、キリスト教は「ユダヤ人」の宗教であり
ユダヤ人が我々にキリスト教を与えてくれたと告げている。

これはまったくバカげたことで、マフィアが国の法典を書いた
あるいはアル・カポネが合衆国憲法を起草した、というようなものだ。
(アル・カポネ:アメリカ合衆国のギャング)

それなのに会衆たちは、一言の非難も言わずに
この大胆不敵なユダヤ人のウソに耳を傾けるのである。

ユダヤは非ユダヤに対して、「タルムード」の内容を
秘密にしなければならず、「タルムード」を読むところを
見つかった非ユダヤ人は誰でも必ず殺されなければならなかった。

「タルムード」を手に入れ、翻訳(ほんやく)しはじめる者もあらわれたが
これらの学者たちはたいてい翻訳を完成させる前に殺された。
学者に「タルムード」を売った人物はたいてい
背教者のユダヤ人であったが、彼もまた殺された。

「出エジプト記」に書かれている
残酷なモーセの律法という復讐法が
常にユダヤ人の生活の基本をなしてきた。

それは、爪の法であった。
その爪はユダヤ人にあえて反対する者
すべてを襲っては不具にし殺すのである。

クロムウェル清教徒によるイギリス支配期のように
勝利の後では、可能とあればいつでもユダヤ人は
無力な非ユダヤ人に対し彼らの爪の法を執行したのである。

ユダヤ人のこうした悪徳のもっともひどい例の一つが
スペインの異端審問(いたんしんもん)であった。

ふつうは「カトリック」の現象として非難されているが
異端審問は、そもそもはじめからユダヤ人の行ったことだった。
そして犠牲者のほとんどは善良なキリスト教徒だった。

当初の目的は
ユダヤ共同体の成員を「マラーノ」(中世スペイン、ポルトガルで
迫害を逃れるためにキリスト教に転向したユダヤ人)
つまり偽装キリスト教転向者にならないようにすることだった。

多くのユダヤ人は
非ユダヤ人と仕事をするチャンスを殖やすために
名目だけのキリスト教徒になっていた。

スペイン、ポルトガルではマラーノ運動が広がり
シオンの長老たちは、これを阻止しなければならないと決定した。

例によって、シオンの長老たちは
汚い仕事を代わりにやってくれる非ユダヤ人を利用したのである。

長老たちにとって、彼らの邪悪な目的のために
教会を利用することにより自然なことが他にあっただろうか。

多くのユダヤ人がカトリックの高位に就いた事実が証明しているように
当時の教会は反ユダヤではなかった。

異端審問にかけられたすべての人の財産を没収することで
大勢のスパイの資金をまかなった。
数世紀にわたって教会は異端審問の罪を非難されてきた。

しかし、このような残虐非道な行為をさせないようにしようとした
司祭たち自身が火あぶりの刑に処せられた。
ユダヤ人は、いつものように
彼らの犯罪の責任を他の人間に押しかぶせたのだった。

これは、イエス・キリストの教えとなんら関係が無いばかりでなく
ほとんどのカトリックの指導者たちはそれを忌み嫌っていた。
にもかかわらず、指導者たちには事態を変えるだけの力がなかったのである。

ユダヤ人司祭たちが、贅沢三昧に暮らし
重装備の軍隊を使って民衆に多額の金品を強要していた時に
一人の男がついに命をかけて抗議に立ち上がった。

彼こそは、マルチン・ルターだった。
彼は教会を内部から改革し、ユダヤ人を追放し
彼らの非キリスト教的慣行を終わらせたいと願っていただけだった。

もし、ルターがユダヤ人に打ち勝つことができ
教会を内部から改革することができたとしたら
プロテスタント教会は存在しなかっただろう。

(プロテスタントは、16世紀の宗教改革で
カトリック教会から分離したキリスト教の諸宗派の総称。 
「抗議する人」を意味し、日本では「新教」とも呼ばれる。)

しかしユダヤ人はあまりにも強力で
彼はユダヤ人を追い出すことができなかった。

ルターは「タルムード」を翻訳していた。
なぜなら、ルターは古今を通じてもっとも偉大な学者の一人であり
ユダヤ人の正体と目的とを正確に知っていたからである。

もしもルターが教会を内部から改革できていたならば
人々は数世紀に渡ってヨーロッパを荒廃(こうはい)させた
恐ろしい宗教戦争をまぬがれたかもしれないのです。

ユダヤ人は、ルターの信奉(しんぽう)者たちを
すべて虐殺することで彼を滅ぼそうとしました。
ユダヤ人の煽動による、このいわゆる宗教戦争なるものは
人間性に対するユダヤ人のもっとも邪悪な犯罪の一つです。

 

つづく

 

 

1995年1月発行

 

↑より抜粋

 

キリストが十字架に磔刑(たっけい)になってから
イエスの救いのメッセージが何千という人々を引きつけはじめると
ユダヤは彼らに典型的な動きを開始した。
イエスに反対するのではなく、イエスを乗っ取ろうとした。
彼らは世界に向って「イエスはユダヤ人」であると主張した。
そうなると、キリスト教徒となるには
ユダヤ人が命ずるままになんでも従うほかなくなる。

幾百万という人々がユダヤのこの策略に引っかかった。
あらゆる文書記録が、イエス・キリストの身体的特徴は
ガリラヤ(パレスチナの地名)生まれの
青い目で亜麻色の髪の非ユダヤであったと
明らかにしているにもかかわらず、何千というキリスト教聖職者が
「ユダヤ人キリストを礼拝しよう」と会衆(えしゅ)に語りかけるのだ。

記録は改ざんや隠滅することができ
人々にニセの神を信じさせることもできる。
しかし真理が決して曲げられない個所が一ヵ所だけある。
それは魂の中である。

それゆえに
心奥の声なき声に耳を傾け、みずからに正直であれ
という教えに従う者は、正しい選択をすることができるのだ。

ユダヤ人の虚偽どおりに生き、救われることなく死するか
イエス・キリストの真理を抱いて
イエスの御腕(みうで)の中で栄光に包まれるかのどちらかである。

天国は彼らを拒む。これがユダヤの本当の悲劇である。

実に興味深いことなのだが
ユダヤ人が反セム主義を主張する書物は、どれも同じ結論に達する。
(反セム主義とは、ユダヤ人に対する敵意、憎悪、偏見、迫害を意味する言葉)
「非ユダヤ人たちは、わが宗教のせいで我々を憎むのだ」という結論である。

「タルムード」には、イエス・キリストをののしる言葉や悪口
いかがわしい性の儀式についての記述、非ユダヤ人を呪詛(じゅそ)する
定型句などがあふれ返っているからである。

そのためにユダヤ人は
「もし非ユダヤにして「タルムード」の内容を探知し
「タルムード」を入手する者があれば、ただちに殺害すべし」
という掟(おきて)を幾世紀にも渡り守ってきたのである。

ユダヤ人は、寄生民族である。
すなわち彼らは、文明世界を放浪しては
既成の社会の中に自分たちの落ち着けるところ
他民族を犠牲にして定住繁栄できるところを探す。

ユダヤ人は平和なアラブの国を侵略し
世界各国のユダヤ人銀行家から与えられた何百万ドルもの武器援助によって
働き者のアラブ国家から、町を農地を商業を横取りしたのではなかったか。

世界史上唯一樹立されたユダヤ国家は、まさにその起源からして
この民族が強盗部族であることを暴露している。

宿主の国家は、どうして彼らを受け入れようとするのか。
ユダヤ人は、その狡知(こうち)を駆使して
宿主の国が求めるものを提供するフリをする。
外国との交易上のコネ、敵国の情報または仮想敵国の情報である。

また、ユダヤ人は道化者・奇術師となってあらわれ娯楽を提供する。
オカルト的存在となってあらわれ、天国への新たな道を教え
楽園への入場券を約束する。
宿主の民族がお金を必要とすれば、お金を提供し
あるいは提供することを約束する。

このようにして、ユダヤ人はたとえ短期間でも居留が許されれば
その触手(しょくしゅ)を宿主の民族の中に深く喰い込ませるので
追い出せなくなるのは時間の問題となる。

やがて宿主の民族が正気に目覚めて、危険な寄生体に取り憑かれ
健康と繁栄を冒されるまま放っておいたのだと悟った時
問題を冷静に分析する余裕があるだろうか?
もちろん、無い。

人間でも、寄生体に取り憑かれると
動物たちと同じようにやけになって無分別な行ないをする。
ユダヤ人に対する非ユダヤ社会の最初の反応はパニックである。
それから怒りが後に続き、ついには暴力沙汰となる。
宿を貸した相手は危険な未知なものであり
明らかになんの善意も持っていないと
社会が発見した時にはパニックは終息する。

怒りが後に続く、というのは
その社会が寄生体を攻撃し追い出すということである。
次いで暴力が発生するが
これはつまり、ユダヤ人に対する伝統的な迫害のことである。

ユダヤ人は、自分たちの存在そのものが
やがて暴力を引き起こすことを熟知しているので
暴力に対する備えは万全である。
非ユダヤ社会がユダヤ人を攻撃しても実害を与える事はほとんど無い。

ユダヤ人の一部がリンチを受け
建物のいくつかが燃やされてもユダヤ人は気にしない。
やがて非ユダヤ人が、その償(つぐな)いを
せざるを得なくなるということを知っているのだ。

反ユダヤ暴動によってユダヤ人が動揺することは、まったく無い。
今や彼らは、その社会を横取りすることができるようになった。

寄生体は、非ユダヤ社会の迫害を指揮した
国民的指導者をひそかに浸蝕 (しんしょく)し破壊しはじめる。

指導者たちは、ある日突然、自分の財産が消えつつあることを発見する。
自分の資産が別人のものになっていることを証明した証拠書類が突然あらわれたりする。

自分の娘たちが誘惑の罠におちいり、他の町にフラフラとさ迷いはじめる。
そして、指導者の名声は傷つけられ、社会が一転して冷たい目を向けるようになる。

そこに、新しい指導者が、非ユダヤ人の中に登場する。
かくして、宿主の民族は高潔な天性の指導者を失い
新たにユダヤ人に仕えることになった者たちの
鉄の支配下に置かれることになる。

ユダヤ禍(か)は、何世紀にも渡って次々と各国で発生し続けてきた。
ロシアではユダヤ禍には、新しい名前がつけられた。
すなわち、共産主義である。

宿主の民族は5千年の間、ユダヤ人という寄生体を
パニックや怒りや暴力といった
通常の生物学的な反応によっては追い出すことができなかった。

だが、我々は、ユダヤ人の歴史を知っている。

バビロニア、エジプト、ローマ、イギリスは偉大な文明(帝国)であったが
大規模なユダヤ共同体の宿主となり破壊されたことを。

合衆国にも大規模なユダヤ共同体があることを
我々は銘記しておかなければならないだろう。

ユダヤ人の第一の関心は、自分自身の安全なのである。
あくまでユダヤ人は宿主に取り付くだけ。
そしてすべては
宿主の未来をも含めて、彼らのために犠牲にされるのだ。

ユダヤ人が非ユダヤ人を憎悪するのは、宿主たる非ユダヤ人が
寄生体としてのユダヤ人が、決してなり得ないもののすべてだからである。

つまり、自立できること
外敵に対して奸計(かんけい)によってではなく
体力によって自己防衛ができること
魂の救済が得られること、が非ユダヤ人には可能なのである。

ユダヤ人には、こうしたことが何一つできない。
そこでユダヤ人は、寄り集まって口々に、非ユダヤ人という
家畜すなわちゴイムへの軽蔑を表明することになる。

そのあげくユダヤ人は、非ユダヤ民族を繁栄させて
ト殺すべき放牧家畜と見なすのである。

バビロンでユダヤ人は、繁栄した裕福な社会を築き
数百年に渡って定住していた。
それにもかかわらず
ペルシャ人と取引をする機会を得たいために、バビロンを破壊した。

そればかりか、不安に駆られるあまり
自らの裏切りの記録を隠蔽しようと
バビロンのすべての書庫を徹底的に破壊したのである。

以後ユダヤ人は、能限(あたうかぎ)りの憎悪をこめて
バビロニア人たちをごうごうと非難してきた。

「大淫婦(だいいんぷ)、バビロンよ!」
という言葉を耳にしたことがない者があるだろうか?

だが、古代史学者たちの説によれば、バビロニア人は穏健で
寛大な民族であって、芸術や優雅な暮らしに熱心であったという。

それなのに、ユダヤ人は
バビロニア人が悪行のみに生きていた国民だとする歪んだ見方を
まんまと世界に押しつけてきたのである。

ユダヤ人が、このような文明の記録を
根絶したいと思うのは、なんら驚くに当たらない。

ユダヤ問題の解決は簡単だ。
銀行・教育・政府から彼らを締め出せばよい
いとも簡単ではないか、ユダヤ人を殺す必要はまったくない。

事実、歴史上のあらゆる迫害は
ユダヤ人を利するように演じられてきたのであって
多くの場合ユダヤ人によって巧妙に煽動(せんどう)されたのである。

銀行からユダヤ人を追い出せば、社会の経済活動を彼らは支配できない。
教育からユダヤ人を追い出せば、青少年を惑わせて
ユダヤ人の破壊的教義へ導くことはできない。
政府からユダヤ人を追い出せば、国を裏切ることはできない。

ユダヤ人は、その起源が神秘のままで
曖昧模糊(あいまいもこ)としているのにちっとも気にしない。
ただ、自分たちは神に選ばれた民と言うばかり。
確かに非常に特殊な民族ではある。
地上のどの民族よりも長い歴史を誇ってもいる。

「すべての歴史はユダヤ人の歴史である」
というような十把(じっぱ)ひとからげの説をなす歴史家もいる。

そうした現代の歴史家たちは、中国・エジプト・インド
ギリシャ・ローマの偉大な文明を無視するよう求めている。
そうした歴史家たちは、ただユダヤ文明のみが唯一偉大な文明であるという。

ユダヤ人は5千年に渡って他の国の歴史に繰り返しあらわれてくるが
自分たち自身の国を築くことはできなかったし、その意思もなかった。

神に愛(め)でられた民族であることを考えると
信じがたいことである。

ユダヤ人の記録は、事実と虚構がひどく入り混じっているので
真実を突き止める作業は、犯罪捜査のようなものになる。

「捕囚された最初のユダヤ人大集団である十支族は
なんの痕跡も残さず消え去った」

歴史家はふつう、なんの痕跡も残さず消滅した民族について書くのに
こんな風に当然至極であるようには書かないものだ。

ユダヤ人の数ある国碑伝承の一つを、ポンといきなり投げつけるのである。
それは、なんの証拠もなしに
ただ受け入れるしかないというたぐいの伝承なのだ。

ユダヤ人の起源は、彼らの民族名の語源によって明らかになる。
古代のユダヤ人は、ヘブライ人という名称で知られていた。
ヘブライ人とは「河を越えてやってきた者」という意味なのである。

河川は多くの場合、古代国家の国境線であった。
そして河を越えてやってきた者とは、異邦人という意味にほかならない。

古代世界のどの国でも、ヘブライ人たちは異邦人と見なされていたのだ。

この単語は一般的な用法では
「正体を明かすまでは信用してはならない者」という意味であった。

聖書の中では、ヘブライ人を意味するHabiruとう語が登場する時は
すべて強盗もしくは人殺しを指して使われている。

すべてのエジプト文書でHabiruという単語が出てくる時は
常に「人殺し」が脇に書き添えてある。

つまり、エジプト人たちはユダヤ人のことをいつも
「河を越えてやってきた人殺しの賊(ぞく)」と記したのである。

「ダビデはユダヤ族を2つに分裂させ
その衰亡(すいぼう)への道を開いた王位簒奪(さんだつ)者であった。」

「シェロモ、すなわち平和の人ソロモンは
治政をはじめるのにあたって、3つの殺人を犯した。
これによってソロモンは自分の行く手の邪魔者を片付け
ただ一人の兄弟を取り除いたのであった。
しかも、その事で一片の良心の後ろめたさも感じなかった。」

ソロモンもダビデも血に飢えた盗賊であって
典型的なユダヤの指導者であったということだ。

文明の夜明け以来
ユダヤ人はずっと歴史の一部を形成してきたが
それはただ文明の夜明け以来
犯罪がずっと歴史の一部を形成してきたからにすぎない。

ユダヤ人がはじめて登場するのが
パレスチナであったのは偶然ではない。
パレスチナは古代世界の陸海両面のすべての交易路の交差点だったからである。

物資を満載した隊商が、海賊や盗賊に悩まされるのは避けられなかった。

賊どもは、海辺のたくさんの入江や踏み分けがたい山々へと
自由に出入りしては、自然がつくった隠れがを利用したのである。

ヘブライ人に関する記録は
「偉大な文化」を誇るユダヤ人の主張とおおいに矛盾する。
ユダヤ人の文化の主張はすべてまったく根拠が無い。

ユダヤ人は壮大な歴史的建造物を後世に残していない。
黄金の首飾りや宝玉象嵌(ほうぎょくぞうがん)の
二輪戦車を培葬(ばいそう)した
ヘブライ王の墳墓(ふんぼ)など存在していない。

パレスチナ考古学がこれまでに発掘してきたのは
ダビデ王やソロモン王の像ではなく
レベッカがアブラハムの召使(めしつかい)たちのラクダに
水を飲ませた時に用いたような水がめばかりであった。

ユダヤ人は、古代世界では、ただ破壊者としてのみ
知られていたというのが事実である。

エジプトでは民族差別は行われなかったが
ユダヤ人のみは別個の民族として振る舞った。
そしてほどなくユダヤ人は、ファラオの地で高い位に昇った。

すると時を同じくして、他の多くの国々でも
やがて起こることになるのだが、エジプト帝国が崩壊しはじめた。
帝国は内部から腐敗しはじめ、指導者たちの気持ちは無気力になり
民衆のモラルは蝕(むしば)まれた。

エジプト文献(ぶんけん)のかなりの部分が
この時期の社会苦難を取り扱っているが
まさにそれは、当時まで知られたもっとも偉大な文明を
ユダヤ人たちが蝕んでいた時期であった。

「町は破壊された。何年も騒ぎが続き、終わらない。
湖や河の魚は死に、虫、昆虫、爬虫類がどっと子孫を殖(ふ)やした」

なんとわけのわからない出来事であろう。
戦いがあったとは一言も書かれていない。
王国は外側から攻撃を受けたのではなかった。

正確なところ、なにが起こったかはわからないが
エジプト帝国が滅びたことは確かである。

先の記述は、フランス革命とロシア共産主義革命に妙に似ている。

一世紀以上に渡る期間ずっと
ユダヤ人はエジプトで王侯(おうこう)の待遇を受けた。
ユダヤ人は奴隷にされたエジプト人から
望みのものを手当たり次第に奪っては、裏切られたエジプト民衆に対する
悪辣(あくらつ)な傲慢さによって民衆の敵意を招いた。

そして、ついにエジプト民衆の中から立ち上がった指導者が
反乱に成功して、エジプト人は背信(はいしん)行為の懲罰として
ユダヤ人を重労働に従事させる終身奴隷にした。

こうしてモーセの時代となる。

奴隷身分に耐えるかわりに、ユダヤ人はパレスチナに帰り
放浪の盗賊生活を再開することを許してほしいとファラオに懇願した。

しかし、怒り狂った民衆は
ユダヤ人への懲罰は途中でやめるべきではないと要求し
ファラオもこれに同意せざるを得なかった。

するとユダヤ人はあらゆる奸計(かんけい)を用いて自由を得ようとした。
毒薬を使って水を汚染し、悪疫をエジプト人の間に引き起こしたのだ。
そして、ついにはエジプトから出発することを許されたのである。

こうした事実が英語で語られるのは、本書がはじめてである。
これらの資料は、何世紀も前から知られていたというのに。

 

つづく