登山で遭難や滑落のニュースを見る度に、最近は冒険家の植村直己さんのことを思い出す。植村さんほどの登山の才能がある人でさえ、いつも死の危険を感じてたから、他人を巻き込まないようにしていたのかな…。それなら、植村さんがいつも、単独行動していた理由も、理解出来る…。自己責任の意味をちゃんと理解して、行動していたんだろうね…。何よりも、植村さんを通じて、私達は、冒険をすることが出来た…。冒険が出来ない私達の代わりに、植村さんが冒険してくれた気もするんだよね…。本来、冒険家というのは、そうあるべき!自己責任の意味をちゃんと理解して、決して自分の満足のためだけに冒険していた訳ではなかったはず…。だから、私達は植村さんを通じて、植村さんと一緒に、本来なら自分では体験出来ない、いろいろな冒険が出来たんだよね。登山を否定している訳ではない。登山の才能のある人は登山をする資格があると思うし、私達に、冒険という体験を擬似的にさせてくれる人は、冒険家になる資格があると思う。「冒険とは、生きて帰ること。」←植村さんが遺したこの言葉は、本当に感慨深い…。彼は自分が死んだりしたら、周りの人間が悲しむし、沢山の人達に迷惑をかけてしまうことを、ちゃんと理解していたんだと思う…。だからこそ、一流の冒険家になれたんだよ。登山をする人達は、登山漫画ばっかり読んでないで、植村直己さんの生きざまから、いろいろ学ぶべきだと思う。あくまでも、登山漫画はフィクションでしょ?でも、植村さんの生きざまは、ノンフィクションなんだから、学ぶべきことが沢山、あると思うよ。植村さんの場合は、沢山の冒険の擬似体験を私達にさせてくれたから、最後の最後くらい、遭難して人に迷惑をかけたとしても、許せるわけよ。でも、登山の才能のない無名の一般人が、自分の自己満足のために、山で遭難して、沢山の人達に迷惑をかけるのは、如何なものか?と思うわけよ。