テンプル騎士団は表向きは、ローマ教皇に命じられて、キリスト教の巡礼者の護衛を任務としていた。しかし、教皇や巡礼者から信頼を得ていたのは、以前からキリストの聖杯(キリストの子孫)を守っていたから?信頼のある人じゃないと、お金を託せない。現代でも、信頼のある銀行だから、お金を預ける。その後、テンプル騎士団は銀行業などで、膨大な富を得ていく。しかし、テンプル騎士団に多額の借金をしていたフランス王に、言われのない罪を着せられ、一度は、テンプル騎士団は滅ぼされてしまう。その後、テンプル騎士団の残党がポルトガル王の保護を受け、キリスト騎士団となる。キリスト騎士団は、莫大な資金を持っていて、大航海時代にアメリカや日本などまでに渡り、世界中でカトリックの布教活動をしたイエズス会のスポンサーとなる。また、テンプル騎士団の残党は、スコットランドのロスリンにも逃亡していた。ロスリン礼拝堂は、1446年に、テンプル騎士団に所属していたサー・ウィリアム・セント・クレアによって建立された礼拝堂。ロスリン礼拝堂には、フリーメイソンに関連のある彫刻が幾つもある。コロンブスの新大陸到達前の1446年にロスリン礼拝堂は建てられたにも関わらず、トウモロコシやサボテンなどのアメリカの植物や作物をモチーフにした彫刻がある。これは、コロンブスよりも先に、フリーメイソンがアメリカ大陸を発見していたから?コロンブスのアメリカ大陸発見は1492年。大航海時代は15世紀半ば~17世紀で、同時期にテンプル騎士団=キリスト騎士団がスポンサーになったイエズス会がアメリカや日本などに渡り、布教活動をした。スコットランドはフリーメイソンの発祥の地であり、フリーメイソンの組織の始まりは、石工職人のギルドである。ロスリン礼拝堂は石で精巧に建設されている。また、ロスリン礼拝堂の売店では、フリーメイソンのシンボルマークのキーホルダーが売られている。テンプル騎士団はフリーメイソンの原型か?ロスリン礼拝堂を建設したセントクレアの子孫は、自分はキリストの末裔と名乗っている。キリストの子孫と、それを守っていたテンプル騎士団の間に子供が生まれたのか?ロスリン礼拝堂は、キリストの子孫や、キリストの子孫を守っていた人達には縁のある場所なのかもしれない。あまりにも、ロスリン礼拝堂について、世界的に資料が少な過ぎるので、詮索されないように、何らかの大きなプレッシャーが、かかっている可能性がある。