
訪問してくださって
ありがとうございます。
このBlogでは
◎自分自身の脳(心)とからだと
うまく付き合い
◎ 地球や人や自分自身と調和しながら
自由に人生をデザインし、
◎【真・善・美】が
豊かに創造される世界を
広げていく生き方がしたい人へ向けて
わたし自身の経験をもとにしたヒントや
日々の気付きをお届けしています。
ー分かり合えなくて悲しい時ー
大切な人だけど
うまくコミュニケーションが
取れなくなる時があります。
なんだかよくわからないけれど
自分が受け入れられていないなと感じて
なんとも言えない悲しい気持ちに
なるときがあります。
場合によっては
悲しい気持ちに科学変化が起きて
なんで分かってくれないの?
と、『怒り』がわいてくることも
あるでしょう。
一体どうして
そんなことが起きてしまうのでしょうか。
本当は分かり合いたいのに。
実はとても簡単で
本当にシンプルなところに答えがあります。
コミュニケーションが
うまく取れないと感じる
=自分が受け入れられていない
と感じるところから生まれる感覚
=『自分の感覚を認めてほしい』という想いが
『相手の感覚を尊重する気持ち』を
上回っている状態
簡単に言えばこのようになります。
え、、、
結局は自分が悪いってこと??
と思われましたか。
いえ、そうではありません。
いい、悪いの話ではありませんので
感情的にならずに
しくみを解明していきましょう。
では、簡単な例を挙げてみます。
Aさんはいつも部屋をきれいにしておきたい派。
Bさんは わりとちらかし気味の性質。
それぞれに理由があります。
Aさんは きれいにしておくことで
頭も心もスッキリするし、
無駄がなくシンプルな暮らしができることに
居心地の良さを感じています。
Bさんは ちらかしていても
特に気になりません。
全体を眺めるタイプではないので
目の前にある物に集中していて
『ちらかっている』
という感覚があまりないのです。
さて、ここで運命の分かれ道です。
①AさんとBさんが
お互いの感覚を尊重していると
A『Bさんは気にならないタイプだから
仕方ないね』
B『Aさんは気になるタイプだから
少しはきちんとしようかな』
となり、火花が散ることはないでしょう。
しかし
②AさんとBさんがそれぞれに
自分の感覚が正しい、と思っていると
A『きれいにしていれば
頭も心もスッキリ整うのに、
なんでいつもぐちゃぐちゃなの?
意味わかんない。理解できない』
B『ちらかってるって言われても
自分的には特にモンダイないのに
Aさんは細かすぎなんだよ。
疲れるなあ』
となり、バチバチと火花が、、、!
これは
どちらかが正しくて
どちらかが間違っている、
という話ではありません。
ただ、二人の住んでいる世界、
観(み)ている世界に
少し大きめの『違い』がある
というだけの話なのですが
人間は本能的に
『自分を守らなければ』という
脳の回路を常に働かせているので
自分と違うものに対しては
『敵が現れた!』と解釈し
①逃げる(我慢する、心の中で批判する)
②攻撃する(相手を責める、ケンカする)
という選択をしようとします。
この、相手を『敵とみなす』
ところがミソです。
つまり
相手が敵なら
自分のことは味方であると解釈している
ということ。
さらに噛み砕くと、
敵と定義するためには
相手を
あるいは相手の考え方や態度を
『悪、あるいは間違っている』
という発想で観(み)る必要があります。
ということは必然的に
自分の感覚が『正しい』と思っている
ということになります。
ここには
相手の感覚(観ている世界)を
尊重しようという姿勢がなく
お互いに否定し合ってしまうため
点火されたガソリンはひたすら燃え上がり
収拾がつかなくなってしまいます。
そして
初めは なぜ分かってもらえないんだろう
という悲しい気持ちだったはずなのに
いつしか怒りに変わり
相手を攻撃し始めてしまったり
何も言えずに鬱屈した気持ちを
中に溜め込んでしまったり
ということにつながって
しまうのです。
そしてその原因は、実は
『自分の感覚』を認めてほしい
という想いが
『相手の感覚を尊重する気持ちを』
を大きく上回っていることからきている
ということなのです。
もっともっと簡単に言えば
『相手の立場に立って考える』
ことができなくなっている、
とも言えます。
ここで注意したいのが、
尊重する、というのは
相手の感覚を肯定して
自分の感覚を否定する、
ということではない、ということです。
そうではなく、
自分の感覚も十分尊重したうえで、
なるほどそういう感覚もあるのだね
と、『受け入れる』ということです。
相手の立場に立とうとするがあまり
自分の感覚を否定してしまうというのは
結局
どちらかが正しくて
どちらかが間違っている
という感覚に根付いた発想から
きているものなので、
いずれその歪(ひず)みから
わたしはこんなに我慢しているのに
といったように
何かしらの形で出てきてしまいます。
ですから、
相手も自分も尊重する
というスタンスがとても大切です。
さて、まとめに入ります。
分かり合えなくて
悲しい思いを抱えているとき、
状況はちがっても
上の例を当てはめて
自分の考え方や感覚が正しいと
思い込んでしまっていないか
立ち止まって考えてみてください。
相手の立場に立ってものを観る、
という感覚が失われていないかどうか
よーく自分を観察してみてください。
これは案外と難しく
練習や訓練が必要なことでもあります。
というのは
人間の脳は どうしても
自分基準で世界を観てしまうので
相手の立場に立とうとしても
余程『観察力』と『推理力』を鍛えていないと
相手の立場に立っているつもりでも
ズレている場合があるからです。
そのことを念頭に置いて
自分が世界をどう解釈しているのか
分析してみてください。
すると、
不思議なことに
どうして分かってくれないんだろう
どうして分かり合えないんだろう
悲しい
辛いetc
という感覚が
次第に
なるほど そうなるには訳があるよね
わたしがあなたの立場だったら
同じように言うかもしれないな
といったように変化していき
結果、
なにより だれより
自分自身が
悲しい気持ちや
怒りなどの感情から解放されて
楽になる上、
あなたの態度が
そのように変わると
相手も自分が受け入れられていると察知し
あなたに対する言動が変化することが
十分考えられます。
日々生きていると、
様々なことがあります。
自分の状態も
毎日変化していきます。
今日は大丈夫だったけど
今日は余裕がなくて うまくいかなかったな、
そんなふうに思って
後悔することもあるでしょう。
けれど
そんな自分、
あるいは そんな相手をまるごと受け入れ、
意味をつけずに観察し
(これは瞑想状態とも言えますね)
生きて様々なことを経験していること
そのものが尊いのだと意味付けをし、
さらに思い描く理想が
あるのならば
そこへ向けて
一歩ずつ歩みを進めていくことをお勧めします。
わたしも
ゆらりゆらりと揺れながら
そんな日々そのものを満喫しながら、
丁寧に振り返りながら
思い描く理想の道を一歩一歩進んでいます。
大切なのは
そうしたいからそうしている、
ということを自覚しておくことです。
正しい正しくないではなく。
さて、今日もまた
感想や質問、
なんとなくのつぶやきなど
よろしければ お待ちしています。
コミュニケーションをとりながら
よりよい形で
経験のシェアをすることで
皆で一緒に、さらなる
自由と創造の世界へはばたいていきたい!
そしてこの世界が
もっともっと笑顔でいっぱいになるように、
と心から願っています。
それではまた。