株式会社の代表取締役の違法行為に対する社外取締役の監視義務と常勤監査役の監査義務について違反がないとされた事例
損害賠償等請求事件
【事件番号】 東京地方裁判所判決/平成27年(ワ)第2829号
【判決日付】 平成28年7月14日
【判示事項】 株式会社の代表取締役の違法行為に対する社外取締役の監視義務と常勤監査役の監査義務について違反がないとされた事例
【参照条文】 会社法423
【掲載誌】 判例時報2351号69頁
【評釈論文】 ジュリスト1534号114頁
金融・商事判例1596号2頁
法学研究(慶応大)92巻6号69頁
会社法
(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
第四百二十三条 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この章において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2 取締役又は執行役が第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。以下この項において同じ。)の規定に違反して第三百五十六条第一項第一号の取引をしたときは、当該取引によって取締役、執行役又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。
3 第三百五十六条第一項第二号又は第三号(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。
一 第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取締役又は執行役
二 株式会社が当該取引をすることを決定した取締役又は執行役
三 当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役(指名委員会等設置会社においては、当該取引が指名委員会等設置会社と取締役との間の取引又は指名委員会等設置会社と取締役との利益が相反する取引である場合に限る。)
4 前項の規定は、第三百五十六条第一項第二号又は第三号に掲げる場合において、同項の取締役(監査等委員であるものを除く。)が当該取引につき監査等委員会の承認を受けたときは、適用しない。
主 文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告らは、原告に対し、連帯して、一億円及びこれに対する被告Y1は平成二七年二月一六日から、被告Y2は同月一五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、破産者A株式会社(以下「破産会社」という。)の破産管財人である原告が、破産会社が外国投資信託である「Cファンド」(以下「本件ファンド」という。)の受益証券を販売するに当たり、破産会社の代表取締役であったB(以下「B社長」という。)においてその一口当たりの純資産の額を偽るなどしたため、本件ファンドを購入した年金基金等に対して合計二三五億二二〇〇万七八〇九円の損害賠償義務を負担するという損害を被ったところ、破産会社の社外取締役であった被告Y1に代表取締役の職務執行に対する監視義務違反が、常勤監査役であった被告Y2(以下、被告Y1と併せて「被告ら」という。)には同職務執行に対する監査義務違反があるなどと主張して、会社法四二三条一項に基づき、被告らに対し、連帯して、上記損害の一部である一億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
一 前提事実(証拠等によって認定した事実は、末尾に証拠等を掲げた。その余は、当事者間に争いがない。)
〈編注・本誌では証拠の表示は省略ないし割愛します〉
(1) 当事者等
ア 破産会社は、有価証券の売買、投資信託の受益証券に係る収益金、償還金又は解約金の支払に係る業務の代理等を目的とする株式会社である。
B社長は、平成一〇年六月五日の破産会社の設立時から同社の取締役であり、同日から平成二四年八月八日に辞任するまでの間、同社の代表取締役の地位にあった。東京地方裁判所は、平成二五年六月二八日、破産会社につき破産手続開始決定をし、破産管財人として原告を選任した。
イ AIJ投資顧問株式会社(以下「AIJ」という。)は、内外の有価証券等に係る投資顧問業務等を目的とする株式会社であったが、平成二五年五月二九日、商号及び目的を変更した。
D(以下「D社長」という。)は、平成一六年六月三〇日から平成二五年五月二九日までの間、AIJの代表取締役の地位にあった。
ウ 被告Y1は、平成一六年五月七日に破産会社の非常勤取締役に就任し、平成一九年六月二二日に社外取締役に就任した。また、被告Y1は、平成一六年六月三〇日から平成二四年五月七日までの間、AIJの監査役を務めていた。
エ 被告Y2は、平成一〇年六月五日の破産会社の設立時から同社の常勤監査役を務めていた。
(2) 破産会社による外国投資信託の販売
破産会社は、信託銀行を介して本件ファンド(その中には、大別して三つのシリーズがあり、各シリーズを構成する合計一四のサブファンドがある。)の受益証券を顧客である年金基金等に販売していたが、その概要は次のとおりである。
ア 顧客となる年金基金等は、一方で、信託銀行との間で年金特定金銭信託契約を締結して、同銀行に対し、自らが選任する投資顧問業者の指図に従って信託財産を運用することを委託し、他方で、AIJとの間で投資一任契約を締結して、AIJに対し、信託財産の運用を一任するとともに必要な権限の行使を委託し、AIJが同銀行に対して運用指図を行う。
イ 本件ファンドは、ケイマン諸島法に基づき、管理会社であるE社と、受託銀行であるF(信託の登録事務代行会社を兼ねている。以下「F銀行」という。)との間で締結された信託契約(信託約款)に基づいて設定された外国投資信託である。G社は、F銀行から委託を受け、受託銀行の代理人兼登録事務代行会社の代理人となった。
E社は、AIJとの間で投資一任契約を締結して、AIJに対し、信託財産の運用を一任するとともに必要な権限の行使を委託し、AIJは、これに基づいてF銀行又はG社に対し運用指図を行う。
本件ファンドは、H会計事務所を監査人、破産会社を受益証券の販売会社としていた。
(3) D社長及びB社長による違法行為
ア D社長は、本件ファンドにつき、デリバティブ取引等に投資するなどしてその大半を自ら運用し、しばしば運用損を出していたが、毎月末、G社等から報告される本件ファンドを構成する各サブファンドの一口当たりの純資産額(Net Asset Valueper unit。以下「NAV」という。)を公表しないばかりか(以下、G社等から報告されるNAVを「実態NAV」ということがある。)、実態NAVと異なり大半が水増しされた虚偽のNAV(以下「公表NAV」ということがある。)を作成し、AIJ社内に周知するとともに破産会社に伝達するようになった。
本件ファンドの価値は、NAVにより把握することができるところ、平成二一年三月末には、公表NAVに基づく純資産総額は約一七八六億円であるのに対し、実態NAVに基づく純資産総額は約七八〇億円であり、平成二二年三月以降は、公表NAVに基づく純資産総額が約二〇〇〇億円前後であるのに対し、実態NAVに基づく純資産総額は約二五〇億円であった。
イ また、AIJが作成し公表していた「ご購入時からの運用実績」と題する書面中の「基準価格推移表」には、①本件ファンドについて、平成一九年度から平成二三年度までの間の年次の期間収益率が五・六〇%から八・五七%であり、平成二一年度から平成二三年度までの間において、月次の期間収益率がマイナスになったのは平成二二年六月のみであって、平成一七年度から平成二三年度まで間の累積収益率は四六・〇二%から九五・四二%である、②TOPIXを用いた日本株の期間騰落率は、平成一九年度がマイナス二八・〇五%、平成二〇年度がマイナス三四・七八%、平成二一年度が二八・四七%、平成二二年度がマイナス九・二三%、平成二三年度がマイナス一五・一五%であり、平成一七年度から平成二三年度まで間の累積収益率はマイナス二四・五一%であるなどと記載されていた。
ウ このようにして、B社長は、D社長らとともに、あたかも本件ファンドの運用実績が好調でありその価値も順調に増加しているかのような虚偽の運用実績を記載した資料を年金基金等の担当者などに提示するなどして本件ファンドへの投資を勧誘し、別紙《略》の「基金」欄記載の年金基金等をして、AIJとの投資一任契約を締結させ、又は既に締結していた投資一任契約に基づき、平成二二年三月頃から平成二四年一月頃までの間に、二六回にわたり本件ファンドの受益証券を買い付けさせ、別紙《略》「金額」欄の額の金員を支払わせた。
(4) 業界誌「年金情報」への記事の掲載
年金基金等の担当者及びその関係者を主たる購読層とする業界誌である「年金情報」は、平成二一年二月一六日号において、平成二〇年一二月に米国で発覚した、米ナスダック株式市場のバーナード・マドフ元会長が関与したとされる巨額詐欺事件について、「運用が好調であるかのように長年偽装し続けた事件で、被害総額は五〇〇億ドルにも上るとみられている。」などと紹介した上で、これに続けて、「国内でもマドフ氏案件に類似する事例が規模の差はあれ今後発生しないとは限らない。例えば、ある新興ヘッジファンドについては、急激な下落相場の中で不自然なほどに安定したリターンを出し続けているとして、金融庁や証券取引等監視委員会が強い関心を示している。」との記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。
(5) 平成二一年三月一七日の定例取締役会におけるB社長の発言
B社長は、平成二一年三月一七日に開催された破産会社の定例取締役会(以下「平成二一年三月一七日取締役会」という。)において、本件記事について取り上げ、年金情報誌において、マドフ氏の詐欺ファンド事件における日本の年金基金への影響に関する記事が紹介され、日本にも同様の詐欺ファンドが存在する旨の憶測記事が掲載されたこと、一部の信託銀行等が、上記の詐欺ファンドは破産会社が販売するファンドであると年金基金等に説明したため、解約の申入れが増えてきて、約一四〇億円・七基金の解約となったが、そのうち約三五億円・一基金については、基金の厳しい財務状況によりやむなく解約をせざるを得なかったものであること、同月は募集期間が過ぎてしまい、募集できるファンドはなかったが、解約分を買い取るファンドが数件現れてきたこと、今後は、詐欺ファンドの疑いを払拭するように、運用会社であるAIJから適切な情報開示を行うようにする、特に四半期報告書の見直しを行うことなどを報告して、取締役会の了承を受けた。
(6) 平成二一年七月の解約請求
平成二一年七月には、約一〇〇億円・四基金の本件ファンドにつき解約請求があり、B社長は、同月二一日開催された破産会社の取締役会において、その旨を報告した。
(7) 信託報酬の引下げ
ア E社は、本件ファンドの純資産総額の年率一・五%の割合による額を本件ファンドの管理報酬として受領しており、破産会社は、本件ファンドの信託報酬(破産会社が事業報告書中の収入項目において「受益証券信託・管理報酬」として計上しているものの全部又は一部。以下「本件信託報酬」という。)として、上記管理報酬の三分の一に当たる〇・五%を受領していた。
イ B社長は、平成二二年四月二〇日に開催された破産会社の定例取締役会において、E社から、同社の受領する管理報酬が年率〇・七五%となるので、破産会社の受領する本件信託報酬も、第一三期(平成二二年四月一日~平成二三年三月三一日)から、年率〇・二五%に引き下げたいとの申出があった旨を報告し、審議の結果、上記申出は承認された。
ウ さらに、B社長は、平成二三年四月一九日に開催された破産会社の定例取締役会において、AIJから、同月以降の本件信託報酬をゼロとする代わりに、破産会社がAIJに対して支払っている業務委託費もゼロとするとの申出があった旨を報告し、審議の結果、上記申出は承認された。
(8) 破産会社のE社に対する金銭の貸付け等
破産会社は、平成二三年六月二四日、E社に対し、八億円を無担保で貸し付けた(以下「本件貸付け」という。)が、同年七月二六日、E社から、同貸付けに係る元利金の弁済を受けた。
B社長は、平成二三年八月九日に開催された破産会社の定例取締役会(以下「平成二三年八月九日取締役会」という。)において、破産会社がE社に対し、本件貸付けをしたが、その後、弁済を受けたことを報告した。
(9) D社長及びB社長に対する刑事判決
D社長及びB社長は、別紙《略》記載の全取引を含む本件ファンドの販売に関する詐欺罪並びに別紙《略》番号二、三、四、七、一〇、一五、一八、二〇及び二一の各取引に関する金融商品取引法違反(偽計を用いた投資一任契約の締結)の罪により、東京地方裁判所に起訴された。東京地方裁判所は、平成二五年一二月一八日、上記詐欺罪及び金融商品取引法違反の罪を認め、D社長を懲役一五年に、B社長を懲役七年にそれぞれ処するなどの判決を言い渡した。
二 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 被告らの善管注意義務違反の有無
(原告の主張)
ア 注意義務の水準等
(ア) 金融商品取引業者である会社の役員の注意義務
破産会社は、金融商品取引業者であるところ、その業務の運営を公益及び投資者保護(金融商品取引法一条)に欠けることがないよう行うことは証券業に携わる者の最低限の義務であり、破産会社の役員は、自らが取り扱っている商品に疑義がある場合は、直ちにそれを晴らすべく検証を行う義務がある上、本件ファンドの公益性・重要性に鑑みれば、本件ファンドを販売する破産会社の役員には極めて高い水準の注意義務が課されているというべきである。
(イ) 被告Y1の注意義務
被告Y1は、AIJの監査役を兼任していたばかりか投資法人の監督役員も兼務していた上、公認会計士として三〇年以上の経験を有し、国際税理士法人の代表役員も務めていたのであるから、被告Y1が社外取締役であることを考慮したとしても、被告Y1の注意義務の水準を他の取締役に比して低く考えるべきではない。
(ウ) 被告Y2の注意義務
被告Y2は、破産会社の常勤監査役であり、取締役会への出席に加えて週三回程度出勤していた上、長年にわたりI証券株式会社に勤務し、国際的な証券業務について深い知見を有していたのであるから、被告Y2の注意義務の水準を他の取締役に比して低く考えるべきではない。
イ 平成二一年三月一七日取締役会において、本件ファンドのNAVに関する客観的かつ合理的な調査を行うよう上程すべき義務
(ア) 被告らの善管注意義務の発生根拠
a 本件ファンドの運用成績
本件ファンドは、①平成一九年度から平成二三年度までの年次の期間収益率が五・六〇%から八・五七%となっており、月次ベースで見ても収益率がマイナスとなった月はわずかしかなく、②サブプライムローン問題を端緒とした世界金融危機が顕在化した平成一九年や、いわゆるリーマンショックが発生した平成二〇年には、マーケット指標が軒並み二桁のマイナスであったにもかかわらず、本件ファンドの運用実績は現状を維持したままであるなど、異例なほど安定した収益を計上していた。のみならず、破産会社の運用実績は、四捨五入したわけでないにもかかわらず、小数点以下二桁目が〇や五等の切りのよい数字が大半を占めており、先物やオプション取引の運用結果としては不自然であった。
b 本件記事
本件記事は、本件ファンドの具体的名称を名指ししてはいないものの、業界関係者が読めば、「ある新興ヘッジファンド」がAIJを、国内での「マドフ氏案件に類似する事例」とは本件ファンドを指していることはほぼ把握できた。そのため、破産会社は、年金基金等から本件記事に関する多数の問い合わせを受け、本件ファンドにつき、平成二一年三月末基準価格で約一〇〇億円(六基金)に上る解約請求を受けた。
(イ) 被告らの善管注意義務の内容及び同義務の違反行為
このような事情の下では、破産会社の役員である被告らには、B社長ら業務執行取締役に対し、本件ファンドが公表されている価値と同一の価値を有するか、すなわち本件ファンドのNAVが真実であるかどうかについて速やかに調査をするよう要請する義務があった。
そして、本件ファンドに詐欺の疑いがあるとすれば、それは本件ファンドを運用するAIJによる違法行為の可能性が高いのであるから、当該調査は、AIJ以外の客観的かつ正確な情報を有する第三者から取得した情報に基づくものである必要があり、被告らには、B社長らの業務執行取締役に対し、違法行為への関与が疑われる当事者からの情報に依存しない、客観的かつ合理的な方法による調査をするよう要請する義務があった。
それにもかかわらず、被告らは上記善管注意義務の履行を怠り、平成二一年三月一七日取締役会において、今後はAIJから適切な情報開示を行うようにするなどとするB社長の説明を了承するにとどまり、これに基づいてどのような作業が実施され、どのように情報開示の在り方が変わったかを検証していないばかりか、何らの報告をも求めておらず、本件記事による疑念や反響を認識しながら、現状を放置した。
ウ 平成二一年七月頃、本件ファンドのNAVに関して外部の第三者に対し調査を行うべき義務
(ア) 被告らの善管注意義務の発生根拠
a 平成二一年七月の解約請求
本件記事の影響は平成二一年三月以降も継続し、破産会社は、本件ファンドにつき、同年七月末の基準価格で再び、約一〇〇億円(四基金)の解約請求を受けた。
b 相対取引の常態化
顧客がファンドの解約を希望する場合には、希望する口数のファンドを解約し、その時点の基準価格をもって、当該ファンド資産から解約口数に該当する金額を顧客に対して払い戻す方法がとられるのが通常である。しかし、破産会社においては、顧客である年金基金等が解約を希望したファンドを解約することなく、これを別の年金基金等に販売するか又はE社が一旦買い受けた上で他の年金基金等に売却する方法(相対取引)を採用していた。そして、破産会社は、平成二一年二月二〇日以降の年金基金等からの解約申入れに対しては、全て相対取引による払戻しをもって対応した。
本件ファンドは、いわゆるオープンエンド型のファンドであるところ、オープンエンド型のファンド取引において、解約請求に対して全て相対取引による払戻しをもって対応することは極めて特殊であった。破産会社がこのような相対取引による払戻しの方法を採用したのは、正規の解約手続を行うと、年金基金等に対しては公表NAVによって計算される金額を払い戻す必要が生じるものの、本件ファンドのNAV算出者であるG社からは実態NAVに基づく払戻ししか受けることができないこととなる上、実態NAVを含む解約に関する情報が記載された取引報告書が信託銀行や年金基金等に対して送付されるので、そうした事態を避ける必要があったためである。
c E社の在庫金額が巨大になっていたこと
本件記事により、本件ファンドの解約請求が増加したため、E社が保有する本件ファンドの在庫金額は急激に増加し、平成二一年七月頃には合計二〇〇億円近くに達していた。そして、被告らも、取締役会における報告により、このことを認識していた。
(イ) 被告らの善管注意義務の内容及び同義務の違反行為
このような事情の下では、被告らには、破産会社が相対取引に固執することの不自然さを疑い、相次ぐ解約請求によりE社の有する本件ファンドの在庫が合計二〇〇億円近くに達した平成二一年七月頃、G社等の外部の第三者に対し、本件ファンドのNAVについて調査を行うべき義務があった。
それにもかかわらず、被告らは、G社等の外部者に対し、具体的な調査や確認を一切行わなかった。
エ 平成二三年八月九日取締役会において、相対取引の継続に関する客観的かつ合理的な調査を行うよう上程すべき義務
(ア) 被告らの善管注意義務の発生根拠
a 信託報酬の引下げ
破産会社が受領する本件信託報酬は、平成二二年四月に〇・五%から〇・二五%に引き下げられ、平成二三年四月以降はゼロとされた。
このような引下げの目的は、E社に対する財務支援にあったが、E社が資金繰りに困難を来した理由は相対取引により本件ファンドを買い取っていたことに尽きる。被告らは、本件信託報酬をゼロとして破産会社の利益を失うことを容認するという経営判断をするに当たっては、なぜこのような判断をしてまでE社の資金繰りを支えなければならないのかといった点や相対取引の目的について、検証すべきであった。
b 本件貸付け
破産会社は、取締役会において上程することなく、平成二三年六月二四日E社に対し、本件貸付けを行ったが、これは、E社が解約請求を受けた本件ファンドの買付資金に窮していたため、E社が相対取引を継続することを可能にするための資金援助であることが明らかであった。
被告らは、平成二三年八月九日取締役会において、本件貸付け及びその弁済についての報告を受け、本件貸付けの存在を認識した。
(イ) 被告らの善管注意義務の内容及び同義務の違反行為
このような事情の下では、平成二三年八月九日取締役会において本件貸付けを認識した被告らには、相対取引の継続が破産会社の利益を害する何らの合理性のない取引であることにかんがみ、B社長ら業務執行役員に対し、相対取引の必要性につき客観的かつ合理的な説明を求める義務があった。
それにもかかわらず、被告らは、漫然と相対取引による本件ファンドの売却を容認し続け、具体的な調査や確認を全く行わなかった。
(被告Y1の主張)
ア 注意義務の水準等
(ア) 金融商品取引業者である会社の役員の注意義務について
争う。
(イ) 被告Y1の注意義務について
被告Y1は、破産会社の社外取締役であり、業務執行自体に携わっていなかった。また、破産会社においては、金融庁等の検査によっても何ら問題を指摘されていない内部統制システムが構築・運用されていたから、被告Y1は、取締役の役割分担を前提として、社外取締役としての監視義務を果たせば、それをもって善管注意義務を履行したといえる。
イ 平成二一年三月一七日取締役会において、本件ファンドのNAVに関する客観的かつ合理的な調査を行うよう上程すべき義務について
(ア)a 本件ファンドの運用成績について
本件ファンドは、株式市場や債券市場といった市場相場の下落等の動きとは関係を持たず、ローリスクで毎月コツコツと利益を積み重ねていくという運用哲学及び運用方針であり、株式や債券市場の相場が上がっている場合にはそれらの商品で構成されるファンドに比べて相対的に利益を得られないが、他方で、相場が下がっている場合にも相対的に利益を得られる性質を有していた。また、本件ファンドと同様の運用方針である他の絶対収益追求型のファンドの中には、平成二〇年から平成二一年までの収益率が一一・六%であり、本件ファンドと同じような運用実績を残しているものがあったばかりか、他にも本件ファンドより運用実績が優れているファンドが存在した。
また、本件ファンドは、平成一八年六月に運用損失を出したが、AIJ及び破産会社はそれを年金基金等に開示していた。
b 本件記事について
B社長は、平成二一年三月一七日取締役会において、本件記事について、当該記事は憶測記事である上、当該記事自体が問題となるファンドを特定しておらず、競業者の一部が、年金基金等に対し、当該ファンドは本件ファンドであると伝えたようであること、風評被害で売却請求が増加したが、本件ファンドの買付けの申込みもあるので、これ以上問題にならないこと、金融庁の委託を受けた関東財務局が破産会社に対する検査をしたが、その結果、軽微な事項(クローズド期間のファンド売却)について指摘を受けただけで、全体的には、前回の指摘事項は改善され、管理もしっかりしているとの評価であったことを説明したので、被告Y1は、本件記事が本件ファンドについてのものとは考えなかった。
平成二一年二月に年金基金等から約一四五億円の売却請求がされたが、当該解約額は、当時の本件ファンドの規模(平成二一年三月末の公表純資産額は約一七八六億円であった。)からすると、その八%程度にすぎないものであった。
(イ) したがって、被告Y1においては、本件ファンドに疑念を生じさせるような事情は何ら存在せず、NAVに関する客観的かつ合理的な調査を上程すべき義務を生じさせる事情もなかったから、被告Y1がそのような義務を負っていたということはできない。
ウ 平成二一年七月頃、本件ファンドのNAVに関して外部の第三者に対し調査を行うべき義務について
(ア)a 平成二一年七月の解約請求について
平成二一年七月末の解約請求は、兵庫県及び奈良県に所在する複数の年金基金等によるものが大半を占めているところ、これらの年金基金等は横のつながりが強く、本件ファンドの導入を決めた有力な運用担当常務理事が退職するため、各年金基金等の理事が自己の責任を明確にするために運用の結果を明らかにしておきたいと考えて解約請求に至ったことが原因であり、本件記事とは関係がない。
b 相対取引の常態化について
本件ファンドの解約に代えて相対取引の方法によると、ファンドの発行口数自体は減少せず、かつ、ファンドの規模に比例して計算される本件信託報酬もそのまま受領できるが、本件ファンドの解約の方法によると、これらのメリットがなくなってしまうため、破産会社が相対取引の方法を選択することには合理的な理由がある。
そして、相対取引は、破産会社において平成一六年度から行われており、破産会社にとって通常の取引であった。平成二一年二月以降、全ての取引が相対取引になったのは、単純に、本件ファンドが同月時点で募集終了となり、AIJが新規のファンドを募集することがなくなったためである。
c E社の在庫金額が巨大になっていたことについて
E社がどの程度在庫を抱えるかはE社自身が決定することであり、破産会社の役員にすぎない被告Y1はこれを把握していない。また、年金基金等の本件ファンドの購入額は、年金基金等ごとに五億円分ないし一〇億円分であるのが通常であり、二〇〇億円の在庫が過大であるとはいえない。
(イ) したがって、被告Y1においては、本件ファンドに疑念を生じさせるような事情は何ら存をせず、本件ファンドのNAVに関して外部の第三者に対し調査を行うべき義務を生じさせる事情もなかったのであるから、被告Y1がそのような義務を負っていたということはできない。
エ 平成二三年八月九日取締役会において、相対取引の継続に関する客観的かつ合理的な調査を行うよう上程すべき義務について
(ア)a 信託報酬の引下げについて
破産会社は、平成二二年四月以降、本件信託報酬をそれまでの半分である〇・二五%に引き下げられたとしても、十分に経費を賄うことができた。
また、平成二三年四月の信託報酬のゼロへの引下げについて、被告Y1は、B社長から、破産会社は上場を目指しているところ、特定顧客からの収益が偏りすぎると上場基準に抵触するおそれがあると聞いており、破産会社の取締役会においても、E社以外にも収益源泉の拡大を図るとの説明を受けていたため、被告Y1としては疑念を挟む余地はなかった。
b 本件貸付けについて
被告Y1は、平成二三年七月二一日に開催された取締役会において、本件貸付けについての報告を受けた。被告Y1は、E社の借入れの目的は、同年六月にJ年金基金等がE社に対して本件ファンドを売却し、翌七月に買い戻す間の短期的な資金の逼迫への対応であり、本件貸付けが短期間の融資であると理解しており、実際、平成二三年八月九日取締役会においては、本件貸付けにつき弁済があったことが報告された。
また、被告Y1は、①本件貸付けが超優良企業であるE社に対するものであること、②金融庁が定める自己資本比率規制上も問題となる点がなかったこと、③破産会社の平成二三年七月末時点の預金残高は約七億円であり、破産会社の経費(販売管理費及び一般管理費)は平成二三年三月期で年間約四億円程度であって、破産会社には経費を十分に賄っていける程度の資産があったことなどから、何ら問題のない貸付けであると判断していた。
(イ) 以上の事情に加え、平成二三年八月九日取締役会の時点で本件記事が掲載されてから二年以上が経過しており、その間、本件ファンドに何らの問題も生じていなかったことからすると、被告Y1においては、相対取引に疑念を生じさせるような事情は何ら存在せず、同取締役会において、相対取引の必要性について客観的かつ合理的な説明を行うように要請すべき事情もなかったのであるから、被告Y1がそのような義務を負っていたということはできない。