医師法上医行為にあたる事例 最高裁判所第3小法廷判決 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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医師法上医行為にあたる事例

 

最高裁判所第3小法廷判決/昭和28年(あ)第3373号

昭和30年5月24日

医師法違反詐欺同未遂被告事件

【判示事項】    医師法上医行為にあたる事例

【判決要旨】    患者に対し聴診、触診、指圧等を行い、その方法がマツサージ按摩の類に似てこれと異なり、交感神経等を刺激してその興奮状態を調整するもので医学上の知識と技能を有しない者がみだりにこれを行うときは生理上危険ある程度に達しているときは、医行為と認めるのが相当である。

【参照条文】    医師法17

【掲載誌】     最高裁判所刑事判例集9巻7号1093頁

          最高裁判所裁判集刑事105号851頁

【評釈論文】    警察研究30巻11号92頁

          別冊ジュリスト50号140頁

 

医師法

第十七条 医師でなければ、医業をなしてはならない。

 

第八章 罰則

第三十一条 次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

一 第十七条の規定に違反した者

二 虚偽又は不正の事実に基づいて医師免許を受けた者

2 前項第一号の罪を犯した者が、医師又はこれに類似した名称を用いたものであるときは、三年以下の懲役若しくは二百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

 

       主   文

 本件上告を棄却する。

       理   由

 弁護人野村英夫の上告趣意について。

 所論は、原審が被告人の行為を医行為と判断した点を非難し、大審院判例に違反すると主張する。所論の引用する大審院の各判例に通ずる「医業」または「医行為」の観念は、原判決の控訴趣意第1点及び第2点の(1)に対する判断の前段に説示するところをもって相当するが、所論はこの点について被告人の施術方法は、単に患部につき指にて押えまたは押すのみで一切投薬注射等を行わず、聴診器も例外とし使用するに止まるのであるから、原判決の判断は、所論引用の判例に違反するというのである。しかし原審は破棄自判をしたのであるが、その「罪となるべき事実」の判示第1及びその(1)ないし(4)の事実と、前記控訴趣意に対する判断の中段以下にきわめて詳細に説示するところを合せ考えてみると、被告人の行為は、前示主張のような程度に止まらず、聴診、触診、指圧等の方法によるもので、医学上の知識と技能を有しない者がみだりにこれを行うときは生理上危険がある程度に達していることがうかがわれ、このような場合にはこれを医行為と認めるのを相当としなければならない。原審が被告人の行為をもって、外科手術の範囲に属する医行為であるとした説明の当否及び引用した大審院判例の適否は別として、その判断は結論において誤りはない。所論引用の各判例はいずれも本件被告人の行為とその態様または程度を異にする事案であるから本件に適切でない。

 その他記録を調べても刑訴411条を適用すべき事由は認められない。

 よって同408条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

  昭和30年5月24日

     最高裁判所第3小法廷

 

原審である大阪高等裁判所

【事件番号】    大阪高等裁判所判決

【判決日付】    昭和28年5月21日

【掲載誌】     最高裁判所刑事判例集9巻7号1098頁

 

       主   文

 

 原判決を破棄する。

 被告人を懲役一年に処する。

 押収にかかる聴診器一個(証第一号)はこれを没収する。

 原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

 

       理   由

 

本件控訴の理由は、弁護人野村英夫名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

第一点及び第二点の(一)について。

医師法(昭和二三年法律第二〇一号)第一七条は、「医師でなければ、医業をなしてはならない」。と規定しているのであつて、右にいわゆる医業をなすとは、反覆継続の意思を以つて医行為に従事することをいうものと解すべきであるから、被告人の診察治療行為がたとえ数回に過ぎない場合であつても、いやしくも反覆継続の意思の下になされたものと認められる限り、医業をなしたものというべきであるところ、挙示の証拠により認めた原判決の事実によると、被告人の判示所為は反覆継続の意思の下になされたものであることが明らかであるし、なお右にいわゆる医行為とは人の疾病の治療を目的とし医学の専門知識を基礎とする経験と技能とを用いて、診断、薬剤の処方又は外科的手術を行うことを内容とするものを指称し、等しく人の疾病の治療を目的とするものであつて、たとえば按摩、鍼、灸等の如き療術は医業類似行為の範疇に属し、あん摩、はり、きゆう、柔道製復等営業法(昭和二二年法律第二一七号)による取締の対象となるが前示医行為とはならないものと解するを相当とする。しかして有罪判決の罪となるべき事実は、刑罰法令に規定せられた犯罪構成要件に該当する事実をなるべく具体的に判示することを要するのであるから原判決のように被告人は医学博士A又はA医院副院長の名前を僣称し、不法に診察治療したものであると摘示しただけでは、診察治療の方法が具体的に説明せらていないので、果して被告人の所為が医師法第一七条の医業をなしたものに該当するのか、或いはあん摩、はり、きゆう、柔道整複等営業法第一二条の医業類似行為を業としたものに該当するのか、判文上からは明確を欠く憾あるを免れない。(なお僣称というのは、今日すでに廃止せられている昭和八年法律第四五号による改正後の明治三九年法律第四七号医師法第一一条第一項や昭和一七年法律第七〇号国民医療法第七四条第二項の規定の用語であつて、原判決がこの廃語を特に使用した所以を了解し難い。)しかし、本件記録を査閲するのに、Bの検事に対する供述調書には同人は被告人から心臓が宿替しているといわれて鳩尾を激しく押されたため、乳の下がどきどきして、心臓が元の位置に戻つたかと思つた旨の供述記載があり、Cの司法巡査及び検事に対する各一回供述調書には、同人の娘Dは被告人の指圧治療を受けた際死んでもよいからやめてくれと苦痛を愬えた旨の供述記載があり、又Eの司法警察員に対する第二回供述調書と同人名義の昭和二七年二月七日附被害届書添付の診断書とによると、同人は被告人から眼球を指圧せられて異様な疾痛を覚え、又被告人の治療を受けた後身体が却つて悪くなつたように思われたので、最寄の医師の診断を受けると、左眼球結膜出血、左前胸部皮下出血、右背部筋肉圧傷等の傷害を受けていたことが認められ、更に原審第三回公判調書には証人Aの供述として、被告人の考案した方法はマツサージ按摩の類に似て非なる独特な方法で、交感神経を刺激してその興奮状態を調整するものであり、同証人は被告人と共同研究の形式で医学会においてその学理を発表したことがある旨の記載があり、且つ被告人も心臓弁膜症や貧血症の患者はこの療法に堪えない旨を自供しているのであつて、これらの事実を綜合すれば、被告人の治療方法は医師国家試験に合格し、厚生大臣の免許を受けた医師でない、医学上の知識と技能とを有しない者がみだりにこれを行うときは生理上の危険があり、所論掌薫療法(昭和六年一一月三〇日大審院第一刑事部判決、判例集第一〇巻六六六頁以下参照)や紅療法(昭和八年七月八日大審院第三刑事部判決、判例集一二巻一一九〇頁以下参照)の如きものとはその趣を異にするものであつて、むしろ蛭療法(昭和九年四月五日大審院第一刑事部判決、判例集一三巻三七七頁以下参照)同様外科手術の範囲に属する医行為であると認めるのが相当である。従つて原判決には所論のような事実の誤認も擬律の錯誤も存しないものといわなければならない。

しかしながら、原判決は医師法違反の点は同法第一七条第一八条第三一条第三三条に該当すると判示しているけれども、原判示第一乃至第四及び第六の事実は、医師でない被告人が医師又はこれに類似した名称を用いて医業をなしたことを認定した趣旨であると解せられ、この場合被告人の所為は同法第三一条第二項に該当するものと認むべきであつて、同条第一項第一号及び第三三条の二罪に触れるものではないのである。それ故にこの点において原判決は法令の適用を誤つたものであり、この誤は刑の量定従つて判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

第二点の(二)について。

しかし原判決挙示の証拠のうち、Fの検事に対する第一回供述調書によると、同人は被告人に対し原判示第一の三万円を交付するに際し、被告人が(以下略)のA医院の副院長格の医師であると誤信していたことを首肯するに足り、原判決は所論援用にかかるFの原審公判廷における証言を措信し難いとして排斥したものと認められるのみならず、記録を精査してもこの点に関する原判決の事実認定に誤があること疑うべき証跡を発見しないので、論旨は理由がない。

第三点について。

所論は科刑不当を主張するものであるが、前段説示の如く、原判決には法令の適用の誤があつてこれを破棄し、更に当裁判所において自判することになるので、その際に刑の量定についても判断することとし、ここにはこれを省略する。

よつて刑事訴訟法第三九七条第三八〇条に則り原判決を破棄しなお同法第四〇〇条但書を適用し、直ちに当裁判所において次のように判決する。

一、罪となるべき事実

被告人は、

第一 医師でないのに、大阪市東区(以下略)において医院を開業している医学博士A又はA医院副院長という医師又はこれに類似した名称を用いて、聴診器(証第一号)による患部の診断並びに自己の指頭を患部に融れ交感神経等を刺激してその興奮状態を調整する方法による治療を行い、患者が名医であると誤信せるに乗じ治療費名義又は借金名義の下に金銭を騙取しようと企て、

(一) 昭和二六年四月一二日頃奈良市(以下略)F方で前記A医院副院長なるが如く申詐り、右Fの四男Gに対し前記方法による診断治療を行つた上、治療費として不当に高価な金額の要求を為し、右FをしてA医院の副院長たる医師が治療をしてくれたものであると誤信せしめ、よつてその治療費名義の下に金三〇、〇〇〇円を交付させてこれを騙取し、

(ニ) 同年一二月初旬頃大阪市北区(以下略)H方で同人の妻Bに対し、右A博士であると申詐つて前記方法による診断治療を行つた上、これが料金として金一六、〇〇〇円を要求し、右Bをして真実A博士が診断治療をしてくれたものであると誤信せしめ、治療費名義の下に金一六、〇〇〇円を交付させてこれを騙取し、

(三) 同年一一月中旬頃大阪府豊能郡(以下略)I方で同人に対しA博士であると申詐つて前記方法による診断治療を行い、右(二)同様誤信せしめて、治療費名義の下に金一二、〇〇〇円を向付させてこれを騙取し、

(四) 昭和二五年一一月末頃から、同年一二月末頃までの間数回に亘り大阪市阿倍野区(以下略)J方で前記A医院副院長であると申詐つて同人の長女Dに対し前記方法による診断治療を行つた上、右Jの妻Cに対し治療費を要求し、同人をして真実A医院の副院長である医師が治療してくれるものと誤信せしめ、治療費名義の下に接続して同年一一月末頃金二〇、〇〇〇円、同年一二月初旬頃から同月中旬頃までの間一回三、〇〇〇円乃至四、〇〇〇円宛数回に合計二〇、〇〇〇円(総計金四〇、〇〇〇円)を交付させてこれを騙取し、

(五) 昭和二七年一月二一日頃から同月二三日頃まで三日間に亘り同市北区(以下略)K方でA博士であると申詐つて同人に対し前記方法により治療を行つた上、同月二三日頃返済の意思も能力もないのに土地購入資金として金一二〇、〇〇〇円を貸与して欲しいと申入れたが、右Kにおいて被告人がA博士でないことを看破したため、金員騙取の目的を遂げず、

第二 昭和二六年五月一〇日頃前記F方で、同人が被告人を信頼せるに乗じ、返済の意思も能力もないのに、同人に対し医療器具購入費を貸与せられたいと申詐り同人をしてその旨誤信せしめた上額面金一二〇、〇〇〇円の小切手一通を交付させてこれを騙取し、

たものである。

二、証拠の標目(省略)

三、法令の適用

医師法第三一条第二項(第一事実)刑法第二四六条第一項(第一の(一)乃至(四)第二事実)同法第二五〇条第二四六条第一項(第一の(五)の事実)同法第四五条前段第四七条本文第一〇条第一九条第一項第二号第二項刑事訴訟法第一八一条第一項

なお刑の量定に際し所論第三点摘記の情状について考慮したのであるが、記録に現われた諸般の犯情に照らすときは、原判決が被告人を懲役一年に処したのを目して重過ぎるとは認められないので、当裁判所も最も重いと認める判示第二の詐欺罪の刑に併合罪の加重をなした刑期範囲内で被告人を懲役一年に処する。

よつて主文のとおり判決する。(昭和二八年五月二一日大阪高等裁判所第六刑事部)