イトマン事件 業務上横領,商法違反被告事件 最高裁判所第3小法廷決定 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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イトマン事件

 

業務上横領,商法違反被告事件

【事件番号】      最高裁判所第3小法廷決定/平成14年(あ)第1431号

【判決日付】      平成17年10月7日

【判示事項】      商社の代表取締役社長が行った巨額の融資につき特別背任罪における加害目的が認められた事例

【判決要旨】      商社の代表取締役社長がその任務に違背して巨額の融資を行った場合において,融資実行の動機は同社の利益よりも自己らの利益を図ることにあり,同社に損害を加えることの認識,認容もあったなど判示の事実関係の下では,特別背任罪における図利目的はもとより加害目的をも認めることができる。

【参照条文】      商法(平成2年法律第64号による改正前のもの)486-1

             刑法247

【掲載誌】        最高裁判所刑事判例集59巻8号779頁

             判例タイムズ1195号121頁

             判例時報1914号151頁

 

刑法

(共同正犯)

第六十条 二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。

 

(身分犯の共犯)

第六十五条 犯人の身分によって構成すべき犯罪行為に加功したときは、身分のない者であっても、共犯とする。

2 身分によって特に刑の軽重があるときは、身分のない者には通常の刑を科する。

 

(背任)

第二百四十七条 他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

 

会社法

(取締役等の特別背任罪)

第九百六十条 次に掲げる者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は株式会社に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、当該株式会社に財産上の損害を加えたときは、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

一 発起人

二 設立時取締役又は設立時監査役

三 取締役、会計参与、監査役又は執行役

四 民事保全法第五十六条に規定する仮処分命令により選任された取締役、監査役又は執行役の職務を代行する者

五 第三百四十六条第二項、第三百五十一条第二項又は第四百一条第三項(第四百三条第三項及び第四百二十条第三項において準用する場合を含む。)の規定により選任された一時取締役(監査等委員会設置会社にあっては、監査等委員である取締役又はそれ以外の取締役)、会計参与、監査役、代表取締役、委員(指名委員会、監査委員会又は報酬委員会の委員をいう。)、執行役又は代表執行役の職務を行うべき者

六 支配人

七 事業に関するある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人

八 検査役

2 次に掲げる者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は清算株式会社に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、当該清算株式会社に財産上の損害を加えたときも、前項と同様とする。

一 清算株式会社の清算人

二 民事保全法第五十六条に規定する仮処分命令により選任された清算株式会社の清算人の職務を代行する者

三 第四百七十九条第四項において準用する第三百四十六条第二項又は第四百八十三条第六項において準用する第三百五十一条第二項の規定により選任された一時清算人又は代表清算人の職務を行うべき者

四 清算人代理

五 監督委員

六 調査委員

 

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 

       理   由

 

 弁護人竹之内明ほかの上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

 以下,所論にかんがみ,第1審判決判示第二の融資に係る特別背任罪(平成2年法律第64号による改正前の商法486条1項)における被告人のいわゆる図利加害目的につき,職権をもって検討する。

 1 本件融資は,中堅総合商社であった伊藤萬株式会社(平成3年1月1日に「イトマン株式会社」と商号変更。以下「イトマン」という。)が,平成2年4月2日,不動産業等を目的とする株式会社協和綜合開発研究所(以下「協和」という。)の子会社である株式会社瑞浪ウイングゴルフクラブに対して,230億円余を貸し付けたというものであるところ,原判決及び原判決が是認する第1審判決の認定によれば,本件に関する事実関係は,次のとおりである。

 (1) 被告人は,株式会社住友銀行取締役から転じて,昭和50年12月から平成3年1月25日まで,イトマン代表取締役社長の地位にあり,その業務全般を掌理していたものである。被告人は,経営危機にひんしていたイトマンの再建に取り組み,昭和53年には復配にこぎつけたが,その後は経営多角化による新規事業への進出の失敗等により経営状況が悪化したため,メインバンクの住友銀行から後任社長を送り込まれ,社長の地位を追われる事態となることを痛く危ぐし,同銀行の意向をはねのけて自己の地位を保持するためには,何としてでも自己の最大の実績である毎期連続の増収増益を維持しなければならないと思い定め,不動産融資案件関連での企画料等の名目で見せかけの利益を計上してでも公表予想経常利益を達成しようと,当面の決算対策用の利益計上の材料探しに躍起となっていた。

 (2) 被告人は,平成元年8月3日ころ,東京都中央区銀座の400坪余りの土地(以下「銀座物件」という。)の地上げを遂げるとともに,岐阜県内において瑞浪ゴルフ場等2か所のゴルフ場開発を計画するなどしていた協和の代表取締役社長Aを紹介されたが,折から高金利時代を迎え,不動産業者への単なるファイナンス業務では利益が薄いのに対して,ゴルフ場等の開発プロジェクトであれば,当初は融資を行い,最終的にプロジェクトごと買い取ってイトマンで事業展開をすれば,融資時点で多額の企画料が取れる上,リスクはあるものの将来大きな利益が出る可能性もあるとの思惑を抱き,Aに対し,同人が有するプロジェクト(以下「協和プロジェクト」という。)をイトマンの資金提供の下に共同事業として遂行していくことを提案した。そして,被告人は,当時資金繰りに窮していたAから,銀座物件の状況や同物件関連の協和等の借入金額について説明を受けるや,イトマンが将来事業として取り組む場合の採算性等について全く調査,検討することなく,銀座物件関連での協和等の債務全額を肩代わりすることを決め,ノンバンク2社からの借入金436億円余は,同年11月中にイトマンから資金を貸し付けて肩代わりし,残る1社からの借入金230億円は,将来瑞浪ゴルフ場への融資名目で,金利分を含めて出金して返済に充て,同ゴルフ場の関係でも企画料を取ることなどを部下に指示した。そして,被告人は,同月6日,イトマン東京本社に副社長らを集め,協和プロジェクトにイトマンの事業として共同して取り組んでいく旨の方針を表明し,同月20日には,イトマンから子会社を介して協和に対し,前記436億円余に金利を上乗せした465億円の融資が実行された。

 (3) 平成2年1月下旬ころ,被告人は,既に130億円と公表していた同年3月期の予想経常利益について,財務経理担当副社長から,約100億円が不足する旨の報告を受けたため,同人に対し,Aと相談して,協和プロジェクトを利用した決算対策用の利益出しを行うよう指示する一方,Aにも,100億円を企画料などとしてイトマンに入金し,3月末の利益出しに協力するよう要請した。Aは,同年2月1日付けでイトマン理事を委嘱されて社長室直轄の企画監理本部長となっていたが,上記要請を受けて決算対策用の利益出しのためのプロジェクト選定作業を進める一方,被告人に対し,かねて約束の借入金230億円の肩代わり融資を実行するよう求めた。被告人は,既にその肩代わりを了承していたとはいえ,その実行の時期等については確定していなかったところ,当面の最優先課題である公表予想経常利益達成のための約100億円の利益出しにはAの協力が不可欠であると考え,瑞浪ゴルフ場への融資の関係でもイトマンに企画料を入れてもらおうと意図して,その要求に応ずることとした。

 (4) かくして,被告人は,イトマン代表取締役社長として有していた任務に背いて,協和が弁済すべき前記230億円の返済資金をねん出するため,債権保全のための適切な担保徴求等の措置を講ずることなく,瑞浪ゴルフ場の開発工事資金名目で,本件融資を実行した。被告人は,本件融資に際して,銀座物件のビル建築等による開発計画は採算の取れる見通しがなく,その資産価値や利用価値にも疑問があることを認識しており,さらに,瑞浪ゴルフ場の開発利益や,協和プロジェクトの一つとして挙げられていた関ゴルフ場の会員権独占販売権による取得利益などを含めても,これらが実質無担保で実行される本件融資を補うに足りるような性質のものではないことについて認識していた。なお,本件融資に関連したA側からの企画料の取得は,それに見合う役務の提供がないばかりでなく,イトマンからの融資金の流用を黙認するなどしてA側の資金の便宜を図った上で,期末に集中して企画料を入金させ,実質的にイトマンの資金を還流させたにすぎないという性格のものであった。

 2 【要旨】以上によれば,被告人が本件融資を実行した動機は,イトマンの利益よりも自己やAの利益を図ることにあったと認められ,また,イトマンに損害を加えることの認識,認容も認められるのであるから,被告人には特別背任罪における図利目的はもとより加害目的をも認めることができる。したがって,被告人につき図利加害目的を認めた原判断は,結論において正当である。

 よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。