登記権利者及び登記義務者双方から登記手続の委託を受けた司法書士が登記義務者から登記手続に必要な書 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

役に立つ裁判例の紹介、法律の本の書評です。弁護士経験32年。第二東京弁護士会所属21770

登記権利者及び登記義務者双方から登記手続の委託を受けた司法書士が登記義務者から登記手続に必要な書類の返還を求められた場合における登記権利者に対する委任契約上の義務

 

最高裁判所第1小法廷判決/昭和51年(オ)第102号

昭和53年7月10日

『昭和53年重要判例解説』民法事件

損害賠償請求事件

【判示事項】    登記権利者及び登記義務者双方から登記手続の委託を受けた司法書士が登記義務者から登記手続に必要な書類の返還を求められた場合における登記権利者に対する委任契約上の義務

【判決要旨】    登記権利者及び登記義務者双方から登記手続の委託を受け、右手続に必要な書類の交付を受けた司法書士は、手続の完了前に登記義務者から右書類の返還を求められても、登記権利者に対する関係では、同人への同意があるなど特段の事情のない限り、その返還を拒むべき委任契約上の義務がある。

【参照条文】    民法644

          民法651

          司法書士法

【掲載誌】     最高裁判所民事判例集32巻5号868頁

 

民法

(受任者の注意義務)

第六百四十四条 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。

 

(委任の解除)

第六百五十一条 委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。

2 前項の規定により委任の解除をした者は、次に掲げる場合には、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。

一 相手方に不利な時期に委任を解除したとき。

二 委任者が受任者の利益(専ら報酬を得ることによるものを除く。)をも目的とする委任を解除したとき。

 

司法書士法

(司法書士の使命)

第一条 司法書士は、この法律の定めるところによりその業務とする登記、供託、訴訟その他の法律事務の専門家として、国民の権利を擁護し、もつて自由かつ公正な社会の形成に寄与することを使命とする。

 

       主   文

 原判決を破棄する。

 本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

       理   由

 上告代理人松尾利雄の上告理由について

 1 原判決によれば、上告人らが本件請求の原因として主張するところは、次のとおりである。

 (1) 上告人A、同B及び訴外Cは、昭和42年6月12日から昭和43年1月18日までの間に株式会社入江工務店から第1審判決添付の目録に記載の3筆の土地(以下「本件土地」という。)をそれぞれ買い受け、手付を支払い、Cは、上告人Dに対し、買主の地位を譲渡した。

 (2) 上告人らは、昭和43年2月8日、売主とともに司法書士である被上告人に対し、本件土地について所有権移転の仮登記手続を委託し、売主及び買王の委任状、印鑑証明書、資格証明書等登記手続に必要な書類を交付したところ、被上告人は、その数日後、売主からその交付にかかる登記手続に必要な書類の返還を求められ、買主である上告人らの同意を得ることなく、直ちにこれを売主に返還した。

 (3) 売主は、それから程なく同年3月初めに倒産し、本件土地は、他に売却され所有権移転登記がされたため、上告人らは、本件土地について登記を経由することができず、結局、本件土地の所有権を取得することができなくなり、損害を被った。右損害の額は、少なくとも、上告人らが売主に交付した手付のうちその後、売主から一部返還を受けた額を控除した残額に相当する額である。

 (4) 登記権利者、登記義務者の双方から登記手続の委託を受けた被上告人としては、登記義務者からその交付にかかる登記手続に必要な書類の返還を求められても、登記権利者の同意がなければ、返還すべきではなく、これを返還したことは、上告人らとの委任契約上の債務不履行となるものであり、被上告人は、上告人らの被った前記損害を賠償すべきである。

 2 上告人らの右主張についての原審の判断は、次のとおりである。

 (1) 不動産の売買契約の履行として、売主と買主の双方が司法書士に登記手続を委託する場合に、右3者間に特段の約定がされない限り、各委任契約は、単純に併存するのにすぎず、一方が他方の制約を受けたり、運命を共にしなければならない関係にはなく、一方の委任者は、他方の委任者の同意を要することなく委任契約を解除することができる。

 (2) このように、一方の委任者である入江工務店は、受任者である被上告人との間の登記手続の委任契約をいつでも解除することができるのであるから、受任者としては、登記手続に必要な書類の返還を求められれば、それを拒むことはできない。それ故、被上告人が入江工務店の求めに応じて右書類を返還したため、登記手続が不能になったとしても、上告人らと被上告人との間の委任契約の債務不履行又は善管注意義務違反になるものではなく、被上告人に対して損害賠償を求める上告人らの請求は、理由がない。

 3 思うに、不動産の売買契約においては、当事者は、代金の授受、目的物の引渡し、所有権移転等の登記の経由等が障害なく行われ、最終的に目的物の所有権が完全に移転することを期待して契約を締結するものであり、法律も当事者の右期待にそい、その権利を保叢すべく機能しているというべきである。そして、不動産の買主は、登記を経由しない限り、第3者に対抗しうる完全な所有権を取得することができないのであるから、登記手続の履行は、売買契約の当事者が行うべき最も重要な行為の1つであるということができるが、登記所に対して登記申請をするには、ある程度の専門的知識を必要とするから、現今の社会では、右のような登記手続は、司法書士に委託して行われるのが一般であるといってよく、この場合に、売買契約の当事者双方がいつたん右手続を同一の司法書士に委託した以上、特段の事情のない限り、右当事者は、登記手続が支障なく行われることによって右契約が履行され、所有権が完全に移転することを期待しているものであり、登記手続の委託を受けることを業とする司法書士としても、そのことを十分に認識しているものということができる。このことは、所有権移転登記手続に限らず、その前段階ともいえる所有権移転の仮登記手続の場合も同様である。そうすると、売主である登記義務者と司法書士との間の登記手続の委託に関する委任契約と買主である登記権利者と司法書士との間の登記手続の委託に関する委任契約とは、売買契約に起因し、相互に関連づけられ、前者は、登記権利者の利益をも目的としているというべきであり、司法書士が受任に際し、登記義務者から交付を受けた登記手続に必要な書類は、同時に登記権利者のためにも保管すべきものというべきである。したがって、このような場合には、登記義務者と司法書士との間の委任契約は、契約の性質上、民法651条1項の規定にもかかわらず、登記権利者の同意等特段の事情のない限り、解除することができないものと解するのが相当である。このように、登記義務者は、登記権利者の同意等かない限り、司法書士との間の登記手続に関する委任契約を解除することができないのであるから、受任者である司法書士としては、登記義務者から登記手続に必要な書類の返還を求められても、それを拒むことができるのである。また、それと同時に、前記のように、司法書士としては、登記権利者との関係では、登記義務者から交付を受けた登記手続に必要な書類は、登記権利者のためにも保管すべき義務を負担しているのであるから、登記義務者からその書類の返還を求められても、それを拒むべき義務があるものというべきである。したがって、それを拒まずに右書類を返還した結果、登記権利者への登記手続が不能となれば、登記権利者との委任契約は、履行不能となり、その履行不能は、受任者である司法書士の責めに帰すべき事由によるものというべきであるから、同人は、債務不履行の責めを負わなければならない。

 そうすると、前記のとおり、被上告人に委任契約の債務不履行又は善管注意義務違反はないとして上告人らの損害賠償請求を排斥した原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものであり、その誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点に関する論旨は、理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、更に、審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

 よって、民訴法407条1項に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

    最高裁判所第1小法廷