弁護士・弁護士事件・所得税法56条の適用要件と課税単位
所得税更正処分取消等請求事件
【事件番号】 最高裁判所第3小法廷判決/平成16年(行ツ)第23号
【判決日付】 平成16年11月2日
【判示事項】 1 親族が居住者と別に事業を営む場合における所得税法56条の適用の有無
2 親族が居住者と別に事業を営む場合に所得税法56条を適用してされた課税処分と憲法14条1項
【判決要旨】 1 所得税法56条は,居住者と生計を一にする配偶者その他の親族が居住者と別に事業を営む場合であっても,その居住者の営む事業に従事したことなどの同条所定の要件が満たされる限り,適用される。
2 配偶者その他の親族が居住者と別に事業を営む場合にその居住者の事業所得等の金額の計算に所得税法56条を適用してされた課税処分は,憲法14条1項に違反しない。
【参照条文】 所得税法56
憲法14-1
所得税法57
【掲載誌】 訟務月報51巻10号2615頁
最高裁判所裁判集民事215号517頁
裁判所時報1375号488頁
判例タイムズ1173号183頁
判例時報1883号43頁
税務訴訟資料254号順号9804
LLI/DB 判例秘書登載
【評釈論文】 ジュリスト1314号165頁
別冊ジュリスト178号54頁
別冊ジュリスト253号64頁
税務弘報53巻11号137頁
判例時報1903号188頁
民商法雑誌133巻2号354頁
税76巻5号181頁
事案の概要
1 いずれも弁護士であるXとその配偶者Aは,同居し生計を同じくしているが,別々に業務を行い,経理処理も別にしている。Xは,その営む弁護士業にAが従事したとし,その労務の対価として支払った報酬を自己の事業所得の金額の計算上必要経費に算入して所得税の申告をした。Yは,XとAとの間の報酬支払については所得税法56条が適用され,その金額はXの事業所得の計算上必要経費に算入されないとして各更正及び各過少申告加算税賦課決定(本件各処分)をした。本件は,その取消しが求められている事案である(右の点を除けば,Xの事業所得の金額には争いがない。)。原審及び第1審は本件各処分は適法であるとして,請求を棄却すべきものとした。
Xは,上告して,生計を一にする夫婦がそれぞれ独立して事業を営む場合にも所得税法56条の規定を適用し,必要経費としての控除を認めないとすると,同法57条の適用がされる場合,すなわち,青色申告の承認を受けた居住者と生計を一にする配偶者その他の親族で専らその居住者の営む事業に従事する者が給与の支払を受けた場合等との対比において不合理な差別となり,憲法14条1項に違反する旨の上告理由を主張した。
所得税法
第五目 親族が事業から受ける対価
(事業から対価を受ける親族がある場合の必要経費の特例)
第五十六条 居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入しないものとし、かつ、その親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する。この場合において、その親族が支払を受けた対価の額及びその親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、当該各種所得の金額の計算上ないものとみなす。
(事業に専従する親族がある場合の必要経費の特例等)
第五十七条 青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者と生計を一にする配偶者その他の親族(年齢十五歳未満である者を除く。)で専らその居住者の営む前条に規定する事業に従事するもの(以下この条において「青色事業専従者」という。)が当該事業から次項の書類に記載されている方法に従いその記載されている金額の範囲内において給与の支払を受けた場合には、前条の規定にかかわらず、その給与の金額でその労務に従事した期間、労務の性質及びその提供の程度、その事業の種類及び規模、その事業と同種の事業でその規模が類似するものが支給する給与の状況その他の政令で定める状況に照らしその労務の対価として相当であると認められるものは、その居住者のその給与の支給に係る年分の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上必要経費に算入し、かつ、当該青色事業専従者の当該年分の給与所得に係る収入金額とする。
2 その年分以後の各年分の所得税につき前項の規定の適用を受けようとする居住者は、その年三月十五日まで(その年一月十六日以後新たに同項の事業を開始した場合には、その事業を開始した日から二月以内)に、青色事業専従者の氏名、その職務の内容及び給与の金額並びにその給与の支給期その他財務省令で定める事項を記載した書類を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない。
3 居住者(第一項に規定する居住者を除く。)と生計を一にする配偶者その他の親族(年齢十五歳未満である者を除く。)で専らその居住者の営む前条に規定する事業に従事するもの(以下この条において「事業専従者」という。)がある場合には、その居住者のその年分の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、各事業専従者につき、次に掲げる金額のうちいずれか低い金額を必要経費とみなす。
一 次に掲げる事業専従者の区分に応じそれぞれ次に定める金額
イ その居住者の配偶者である事業専従者 八十六万円
ロ イに掲げる者以外の事業専従者 五十万円
二 その年分の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額(この項の規定を適用しないで計算した場合の金額とする。)を当該事業に係る事業専従者の数に一を加えた数で除して計算した金額
4 前項の規定の適用があつた場合には、各事業専従者につき同項の規定により必要経費とみなされた金額は、当該各事業専従者の当該年分の各種所得の金額の計算については、当該各事業専従者の給与所得に係る収入金額とみなす。
5 第三項の規定は、確定申告書に同項の規定の適用を受ける旨及び同項の規定により必要経費とみなされる金額に関する事項の記載がない場合には、適用しない。
6 税務署長は、確定申告書の提出がなかつた場合又は前項の記載がない確定申告書の提出があつた場合においても、その提出がなかつたこと又はその記載がなかつたことについてやむを得ない事情があると認めるときは、第三項の規定を適用することができる。
7 第一項又は第三項の場合において、これらの規定に規定する親族の年齢が十五歳未満であるかどうかの判定は、その年十二月三十一日(これらの規定に規定する居住者がその年の中途において死亡し又は出国をした場合には、その死亡又は出国の時)の現況による。ただし、当該親族がその当時既に死亡している場合は、当該死亡の時の現況による。
8 青色事業専従者又は事業専従者の要件の細目、第二項の書類に記載した事項を変更する場合の手続その他第一項又は第三項の規定の適用に関し必要な事項は、政令で定める。
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
1 上告人及び上告代理人森貴子,同服部訓子の上告理由第1について
所得税法56条は,事業を営む居住者と密接な関係にある者がその事業に関して対価の支払を受ける場合にこれを居住者の事業所得等の金額の計算上必要経費にそのまま算入することを認めると,納税者間における税負担の不均衡をもたらすおそれがあるなどのため,居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む事業所得等を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には,その対価に相当する金額は,その居住者の当該事業に係る事業所得等の金額の計算上,必要経費に算入しないものとした上で,これに伴い,その親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は,その居住者の当該事業に係る事業所得等の金額の計算上,必要経費に算入することとするなどの措置を定めている。
同法56条の上記の趣旨及びその文言に照らせば,居住者と生計を一にする配偶者その他の親族が居住者と別に事業を営む場合であっても,そのことを理由に同条の適用を否定することはできず,同条の要件を満たす限りその適用があるというべきである。
同法56条の上記の立法目的は正当であり,同条が上記のとおり要件を定めているのは,適用の対象を明確にし,簡便な税務処理を可能にするためであって,上記の立法目的との関連で不合理であるとはいえない。このことに,同条が前記の必要経費算入等の措置を定めていることを併せて考えれば,同条の合理性を否定することはできないものというべきである。他方,同法57条1項は,青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者と生計を一にする配偶者その他の親族で専らその居住者の営む前記の事業に従事するものが当該事業から給与の支払を受けた場合には,所定の要件を満たすときに限り,政令の定める状況に照らしその労務の対価として相当であると認められるものの限度で,その居住者のその給与の支給に係る年分の当該事業に係る事業所得等の金額の計算上,必要経費に算入するなどの措置を規定し,同条3項は,上記以外の居住者に関しても,同人と生計を一にする配偶者その他の親族で専らその事業に従事するものがいる場合について一定の金額の必要経費への算入を認めている。これは,同法56条が上記のとおり定めていることを前提に,個人で事業を営む者と法人組織で事業を営む者との間で税負担が不均衡とならないようにすることなどを考慮して設けられた規定である。同法57条の上記の趣旨及び内容に照らせば,同法が57条の定める場合に限って56条の例外を認めていることについては,それが著しく不合理であることが明らかであるとはいえない。
以上によれば,本件各処分は,同法56条の適用を誤ったものではなく,憲法14条1項に違反するものではない。このことは,当裁判所の判例(最高裁昭和55年(行ツ)第15号同60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁)の趣旨に徴して明らかである。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
2 同第2について
民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは,民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ,論旨は,理由の不備・食違いをいうが,その実質は単なる法令違反を主張するものであって,上記各項に規定する事由に該当しない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。