登記の欠缺を主張するにつきいわゆる背信的悪意者とはいえないとされた事例
不動産取得登記抹消等請求事件
【事件番号】 最高裁判所第3小法廷判決/昭和37年(オ)第904号
【判決日付】 昭和40年12月21日
【判示事項】 1、登記の欠缺を主張するにつきいわゆる背信的悪意者とはいえないとされた事例
2、不動産の賃借人が賃貸人から該不動産を譲り受けた後に第三者がこれを二重に譲り受けて先に所有権移転登記をした場合と民法第520条の規定の適用関係
3、民法第705条の適用がないとされた事例
【判決要旨】 1、甲が地主丙から賃借中の土地上に所有する家屋を乙に贈与し、右事実を前提として、甲もみずから責任を持つ旨口添をして乙丙間に該土地の賃貸借契約が締結され、爾来その関係が9年余にわたつて継続してきた等判示のような事実があつたとしても、丙が右家屋を甲から買い受けてその旨の移転登記を経由するまでの経緯について判示の事情があるときは、丙は右家屋について乙の所有権取得登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者にあたらないような背信的悪意者とはいえない。
2、不動産の賃借人が賃貸人から該不動産を譲り受けてその旨の所有権移転登記をしないうちに、第三者が右不動産を二重に譲り受けてその旨の所有権移転登記をしたため、前の譲受人である賃借人において右不動産の取得を後の譲受人である第三者に対抗できなくなつたような場合には、いつたん混同によつて消滅した右賃借権は、右第三者の所有権取得によつて、同人に対する関係では消滅しなかつたことになると解するのが相当である。
3、居住家屋の賃料の支払義務のない者が、該家屋の所有者から賃料支払の催告を受けたため、これを支払うべき筋合はないが賃料不払等とこじつけて家屋明渡訴訟を提起された場合の防禦方法として支払う旨とくに留保の表示をしたうえ、請求額を支払つた等判示事実関係のように、債務の不存在を知つて弁済をしたことも無理からぬような客観的事情がある場合には、民法第705条の適用はないものと解すべきである。
【参照条文】 民法177
民法520
民法601
民法705
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集19巻9号2221頁
民法
(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
第百七十七条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
第五款 混同
第五百二十条 債権及び債務が同一人に帰属したときは、その債権は、消滅する。ただし、その債権が第三者の権利の目的であるときは、この限りでない。
(賃貸借)
第六百一条 賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。
(債務の不存在を知ってした弁済)
第七百五条 債務の弁済として給付をした者は、その時において債務の存在しないことを知っていたときは、その給付したものの返還を請求することができない。
要旨一について。
要旨中にいう移転登記を経由するまでの経緯というのは、判示に詳細述べられているが、これを要約すると、「その間に、右家屋の贈与契約に付随して乙から甲に支払うべく約してあつた右家屋の移転登記費用を乙が提供しないため右登記がなされず、乙の地代の一部滞納によって甲が責を負って代払したようなこともあって、甲は乙にはもはや約束の費用提供の意思がないと判断し、また移転登記未了の間は所有権も移転しないと思っていたので、右家屋の所有を継続して乙のために迷惑を受けるよりむしろ他に売却するにしかずと考えた結果、それらのことを丙に告げてその買取方を求め、甲の言を信じた丙は甲に同情して右家屋を買い受けてその移転登記を経由した」等というものである。
民法177条の第三者は、一般には善意・悪意を問わないとするのが判例通説であるが、いわゆる背信的悪意者(害意者)は例外的に右第三者から除かれるべきものとするのが近時の多数説の見解である。
大審院時代にもそのような見解から、第三者にあたらないとされた判例があるが(大判昭9・3・6民集13巻230頁、同昭10・3・30法学4巻1448頁、同昭11・1・14民集15巻89頁)、本判決が引用する最判昭31・4・24第3小法廷(民集10巻417頁)は、前提としてこの見解を採ることを極めて明瞭に判示し、不登法4条、5条その他これに類するような登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事由のあるときは、第三者にあたらないとしながら、ただ同事件の事案はそのような場合でないから、第三者にあたるとする(小林裁判官は反対意見において第三者にあたらないとする。)。本判決も、この判例と同じく、多数説の見解を是認しながら、当該具体的事案は背信的悪意者とまではいえないとしているのである。
最高裁には、背信的悪意者にあたることを認めた事例もある(最判昭32・6・11第3小法廷、最高裁裁判集民事26号859頁)。
下級審には、多数説の見解に従う裁判例がかなり多く現われていることは周知のことで、そのうちには、前記背信的悪意者にあたるとして昭和32年の最判で支持された原審にあたる福岡高判昭29・8・6下民集5巻8号1264頁もある。
本件の事案からは、贈与の事実は知っていたが所有権移転の事実は知らなかったことになるから、厳密な意未では悪意者といえないとも考えられるが、とにかく微妙なケースであり、この種の問題につき重要な参考事例となるであろう。
要旨二について。
本件は、甲から乙への贈与があってから9年余も経て甲から丙への二重譲渡(売買)が行われたので、一見要旨のような結論が奇異に感ぜられるかも知れないが、2箇の譲渡の間が極めて短期間である場合と法理的には区別はないわけである。
ただ、本件事案で丙に対する関係では乙の家屋賃借権が消滅しなかつたことになるとしても、乙丙間の敷地の賃貸借関係はどうなるのか問題がないわけではないが、判示はこのことに触れていない。
同旨の判例は見当らないが、学説として、於保「債権総論」390頁は同旨を説く。
要旨三について。
学説・判例の大体一致した見解を踏襲するものである(大判大6・12・11民録23輯2075頁、最判昭35・5・6第2小法廷、民集14巻1127頁事など)。