刑事訴訟法の司法取引その4 第4章 改正の経緯 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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第4章 改正の経緯

政府によりますと、今回の刑事訴訟法の改正の最大の柱は取調べの録音・録画の導入による取調べの可視化にあると言われております。従来から日本の刑事手続は過酷な取調べによる自白偏重に問題があるとされてきました。それにより多くの冤罪事件が発生したことも事実です。可視化することによって違法な自白の強要行為の有無が一目瞭然になると言われております。適正・公正な刑事手続を確保する一方、これまで立件、立証が難しかった汚職、詐欺、横領や独禁法違反等の企業犯罪の捜査の効率化を図るためにいわゆる司法取引規定が新設され、組織的窃盗、詐欺や児童ポルノ事件の摘発を目的とした通信傍受の拡充がなされました。これにより「世界一安全な日本創造戦略」(閣議決定)における治安基盤の強化が図られます。

 

司法取引制度は、経済犯罪や組織犯罪の撲滅に向けて非常に有効であるとされていますが、同時に虚偽申告による冤罪の蔓延も懸念されています。

 

なぜ日本において、このような司法取引制度を導入することになったのかその背景をみていきましょう。

 

組織犯罪への対応

導入の背景にあるのは、暴力団などの組織犯罪は、犯罪に関わる上層部の指示や、犯行の関与を証明しようとしても、有力な供述が得られないという難しい実態があるからです。

 

クモの巣のように、張り巡らせた犯罪網は、末端にいる容疑者の関与を認定できても、上層部まで引きずり出すには困難を極めます。司法取引制度は、こうした組織犯罪網を壊滅させる狙いがあります。対象となる犯罪は、詐欺や薬物・銃器犯罪などです。

 

企業犯罪への対応

今回の司法取引制度では、組織犯罪のほかに経済犯罪や企業犯罪も対象にしています。贈収賄や横領罪、背任罪をはじめ、脱税に関する事案などその範囲は非常に広いです。

 

「ホワイトカラー犯罪」と呼ばれる、社会的地位の高い者が自らの権力を利用して行う企業犯罪・経済犯罪は、日本の法律では、一部罰金や、両罰規定はあるものの法律上の罪が問われにくいという性質があります。

 

このような背景から、組織ぐるみの企業犯罪、経済犯罪の解明に向けて、司法取引制度が導入されるというわけです。また日本の取調べ制度では、十分な自白が得られないことも司法取引制度の導入に関係しています。

 

見返りなしに公判協力を求めるのが難しい現状の打破

例えば企業犯罪において、実行犯である従業員から企業の役員、あるいは幹部職員の関与が明らかとなる証拠の獲得は大きな意味を持ちますが、何の見返りもなしに共犯者の捜査・公判への協力を求めるのは非常に難しいことです。そこで協力に対する見返りを与えたのが、本制度の大きな特徴と言えるでしょう。

 

刑事処分における検察官の裁量ジレンマもあった

刑事訴訟法では、検察官には起訴不起訴を決定する幅広い裁量権が認められています(起訴便宜主義)。今回の司法取引制度が導入される以前でも、供述の真意を確認した上で、犯罪の種類・性質によっては、自白や反省の意を示せば「起訴猶予処分」などの求刑が行われていました。

 

ただ、利益の対価を約束して供述を得ることは許されていないため、組織的な犯罪の全容解明に役立つ供述が得られる見込みのある被疑者から十分な供述が得られないというジレンマもあったようです。

 

起訴便宜主義とは

犯罪の証拠が存在していても、犯罪の軽重や情状酌量の余地を検討して不起訴処分とする裁量権を検察官に認める制度のこと。

 

犯人の性格、年齢および境遇、犯罪の軽重および情状ならびに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる(刑事訴訟法第248条)。

 

なぜこれまで司法取引制度は導入されなかったのか?

これまで司法取引が認められていなかった理由として、証拠への信憑性が損なわれるという懸念がありました。

 

捜査機関が被疑者に対して利益を与える約束をし、捜査・公判協力を求めることは、刑事事件における事実認定のための証拠に信憑性が乏しく、捜査官の意に沿う形での虚偽が含まれるなどの可能性が相当数あるとされたのも理由の1つです。

 

裁判においても「被疑者が、起訴不起訴の決定権をもつ検察官の、自白をすれば起訴猶予にする旨のことばを信じ、起訴猶予になることを期待してした自白は、任意性に疑いがあるものとして、証拠能力を欠くものと解するのが相当である」という解釈が定着しています。

裁判所名 最高裁第二小法廷昭和41年 7月 1日判決

事件番号 昭40(あ)1968号?

事件名 収賄被告事件

【掲載誌】     最高裁判所刑事判例集20巻6号537頁

          最高裁判所裁判集刑事160号1頁

          判例タイムズ196号149頁

          判例時報457号63頁

 

つまり、実際の供述内容が信用できるかを判断するまでもなく、約束に基づいているという事実があっただけで証拠として使用することができないと判断されてきたわけです。