電話傍受事件・平成11年法律第138号による刑訴法222条の2の追加前において検証許可状により電話傍受を行うことの適否
覚せい剤取締法違反、詐欺、同未遂被告事件
【事件番号】 最高裁判所第3小法廷決定/平成9年(あ)第636号
【判決日付】 平成11年12月16日
【判示事項】 平成11年法律第138号による刑訴法222条の2の追加前において検証許可状により電話傍受を行うことの適否
【判決要旨】 平成11年法律第138号による刑訴法222条の2の追加前において、捜査機関が電話の通話内容を通話当事の同意を得ずに傍受することは、重大な犯罪に係る被疑事件について、罪を犯したと疑うに足りる充分な理由があり、かつ、当該電話により被疑事実に関連する通話の行われる蓋然性があるとともに、他の方法によってはその罪に関する重要かつ必要な証拠を得ることが著しく困難であるなどの事情が存し、犯罪の捜査上真にやむを得ないと認めらる場合に、対象の特定に資する適切な記載がある検証許可状によって実施することが許されていた。
(反対意見がある)
【参照条文】 憲法13
憲法21-2
憲法31
憲法35
刑事訴訟法128
刑事訴訟法129
刑事訴訟法179-1
刑事訴訟法218-1
刑事訴訟法218-3
刑事訴訟法218-5
刑事訴訟法219-1
刑事訴訟法222-1
刑事訴訟法222の2
【掲載誌】 最高裁判所刑事判例集53巻9号1327頁
憲法
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
② 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
第三十一条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
第三十五条 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
② 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。
刑事訴訟法
第十章 検証
第百二十八条 裁判所は、事実発見のため必要があるときは、検証することができる。
第百二十九条 検証については、身体の検査、死体の解剖、墳墓の発掘、物の破壊その他必要な処分をすることができる。
第十四章 証拠保全
第百七十九条 被告人、被疑者又は弁護人は、あらかじめ証拠を保全しておかなければその証拠を使用することが困難な事情があるときは、第一回の公判期日前に限り、裁判官に押収、捜索、検証、証人の尋問又は鑑定の処分を請求することができる。
② 前項の請求を受けた裁判官は、その処分に関し、裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。
第二百十八条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、記録命令付差押え、捜索又は検証をすることができる。この場合において、身体の検査は、身体検査令状によらなければならない。
② 差し押さえるべき物が電子計算機であるときは、当該電子計算機に電気通信回線で接続している記録媒体であつて、当該電子計算機で作成若しくは変更をした電磁的記録又は当該電子計算機で変更若しくは消去をすることができることとされている電磁的記録を保管するために使用されていると認めるに足りる状況にあるものから、その電磁的記録を当該電子計算機又は他の記録媒体に複写した上、当該電子計算機又は当該他の記録媒体を差し押さえることができる。
③ 身体の拘束を受けている被疑者の指紋若しくは足型を採取し、身長若しくは体重を測定し、又は写真を撮影するには、被疑者を裸にしない限り、第一項の令状によることを要しない。
④ 第一項の令状は、検察官、検察事務官又は司法警察員の請求により、これを発する。
⑤ 検察官、検察事務官又は司法警察員は、身体検査令状の請求をするには、身体の検査を必要とする理由及び身体の検査を受ける者の性別、健康状態その他裁判所の規則で定める事項を示さなければならない。
⑥ 裁判官は、身体の検査に関し、適当と認める条件を附することができる。
第二百二十二条 第九十九条第一項、第百条、第百二条から第百五条まで、第百十条から第百十二条まで、第百十四条、第百十五条及び第百十八条から第百二十四条までの規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第二百十八条、第二百二十条及び前条の規定によつてする押収又は捜索について、第百十条、第百十一条の二、第百十二条、第百十四条、第百十八条、第百二十九条、第百三十一条及び第百三十七条から第百四十条までの規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第二百十八条又は第二百二十条の規定によつてする検証についてこれを準用する。ただし、司法巡査は、第百二十二条から第百二十四条までに規定する処分をすることができない。
② 第二百二十条の規定により被疑者を捜索する場合において急速を要するときは、第百十四条第二項の規定によることを要しない。
③ 第百十六条及び第百十七条の規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第二百十八条の規定によつてする差押え、記録命令付差押え又は捜索について、これを準用する。
④ 日出前、日没後には、令状に夜間でも検証をすることができる旨の記載がなければ、検察官、検察事務官又は司法警察職員は、第二百十八条の規定によつてする検証のため、人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入ることができない。但し、第百十七条に規定する場所については、この限りでない。
⑤ 日没前検証に着手したときは、日没後でもその処分を継続することができる。
⑥ 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、第二百十八条の規定により差押、捜索又は検証をするについて必要があるときは、被疑者をこれに立ち会わせることができる。
⑦ 第一項の規定により、身体の検査を拒んだ者を過料に処し、又はこれに賠償を命ずべきときは、裁判所にその処分を請求しなければならない。
第二百二十二条の二 通信の当事者のいずれの同意も得ないで電気通信の傍受を行う強制の処分については、別に法律で定めるところによる。
平成十一年法律第百三十七号
犯罪捜査のための通信傍受に関する法律
第二章 通信傍受の要件及び実施の手続
(傍受令状)
第三条 検察官又は司法警察員は、次の各号のいずれかに該当する場合において、当該各号に規定する犯罪(第二号及び第三号にあっては、その一連の犯罪をいう。)の実行、準備又は証拠隠滅等の事後措置に関する謀議、指示その他の相互連絡その他当該犯罪の実行に関連する事項を内容とする通信(以下この項において「犯罪関連通信」という。)が行われると疑うに足りる状況があり、かつ、他の方法によっては、犯人を特定し、又は犯行の状況若しくは内容を明らかにすることが著しく困難であるときは、裁判官の発する傍受令状により、電話番号その他発信元又は発信先を識別するための番号又は符号(以下「電話番号等」という。)によって特定された通信の手段(以下「通信手段」という。)であって、被疑者が通信事業者等との間の契約に基づいて使用しているもの(犯人による犯罪関連通信に用いられる疑いがないと認められるものを除く。)又は犯人による犯罪関連通信に用いられると疑うに足りるものについて、これを用いて行われた犯罪関連通信の傍受をすることができる。
一 別表第一又は別表第二に掲げる罪が犯されたと疑うに足りる十分な理由がある場合において、当該犯罪が数人の共謀によるもの(別表第二に掲げる罪にあっては、当該罪に当たる行為が、あらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体により行われるものに限る。次号及び第三号において同じ。)であると疑うに足りる状況があるとき。
二 別表第一又は別表第二に掲げる罪が犯され、かつ、引き続き次に掲げる罪が犯されると疑うに足りる十分な理由がある場合において、これらの犯罪が数人の共謀によるものであると疑うに足りる状況があるとき。
イ 当該犯罪と同様の態様で犯されるこれと同一又は同種の別表第一又は別表第二に掲げる罪
ロ 当該犯罪の実行を含む一連の犯行の計画に基づいて犯される別表第一又は別表第二に掲げる罪
三 死刑又は無期若しくは長期二年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪が別表第一又は別表第二に掲げる罪と一体のものとしてその実行に必要な準備のために犯され、かつ、引き続き当該別表第一又は別表第二に掲げる罪が犯されると疑うに足りる十分な理由がある場合において、当該犯罪が数人の共謀によるものであると疑うに足りる状況があるとき。
2 別表第一に掲げる罪であって、譲渡し、譲受け、貸付け、借受け又は交付の行為を罰するものについては、前項の規定にかかわらず、数人の共謀によるものであると疑うに足りる状況があることを要しない。
3 前二項の規定による傍受は、通信事業者等の看守する場所で行う場合を除き、人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内においては、これをすることができない。ただし、住居主若しくは看守者又はこれらの者に代わるべき者の承諾がある場合は、この限りでない。
事案の概要
一 平成十一年八月に犯罪捜査のための通信傍受に関する法律、いわゆる通信傍受法が成立したが、それまで、捜査機関は、裁判所から検証許可状の発付を得て電話傍受(電話の通話内容を通話当事者双方の同意を得ずに傍受すること)を実施することがあった。本決定は、検証許可状による電話傍受について、最高裁が初めてその適法性を肯定する判断を示したものである。
本件は、営利目的による覚せい剤の譲渡しの事案である。被告人らの検挙に至る経緯は、次のようなものであった。北海道旭川市の警察は、地元暴力団による組織的、継続的な覚せい剤密売事犯の内偵を進めた結果、組事務所の電話で客から注文を受け、外にいる組員に電話連絡して客との待ち合わせ場所に赴かせ、客に覚せい剤を交付させるという密売方法がとられていることを探知した。そこで、警察は、裁判官に対し、氏名不詳の組関係者の営利目的による覚せい剤譲渡し事件について、組事務所に設置された二台の電話の傍受を検証として行うことを許可する旨の検証許可状を請求した。そして、裁判官は、NTT旭川支店において右二台の電話に発着信される通話内容について検証を行うことを許可する旨の検証許可状を発付した。その検証許可状には、通話内容は覚せい剤取引に関するものに限定すること、また、検証の期間も特定の二日間の一定の時間帯に限ること、さらに、検証の方法として「地方公務員二名を立ち会わせ、対象外と思料される通話内容については、スピーカーの音声遮断及び録音中止のため、立会人をして直ちに分配器の電源スイッチを切断させる」旨がそれぞれ記載されていた。警察は、検証許可状に基づき電話傍受を実施したところ、本件の客と被告人との間の覚せい剤売買に関する通話等を傍受し、その結果、客と被告人及び共犯者を検挙するに至った。
二 弁護人は、一審及び控訴審で、電話傍受は違憲・違法な強制処分であって許されず、本件検証許可状による電話傍受も違憲・違法なものであるから、右電話傍受の関連証拠は違法収集証拠として排除されるべきであると主張した。
これに対し、一審判決(旭川地判平7・6・12判時一五六四号一四七頁)及び控訴審判決(札幌高判平9・5・15本誌九六二号二七五頁)は、いずれも、弁護人の違憲・違法の主張を排斥して、被告人を有罪と認めた。
弁護人は、上告趣意書においても違憲・違法の主張をしたが、その中で、本件当時電話傍受を捜査の手段として許容する法律上の根拠はなかったとして、刑訴法一九七条一項ただし書の強制処分法定主義違反を強調し、その関連で憲法三一条(適正手続の保障)、三五条(令状主義)違反、さらには、憲法一三条(プライバシーの保護)、二一条二項(通信の秘密)違反が存する旨を訴えた。
本決定が、違憲主張の前提となる強制処分法定主義違反の有無を中心にした判断を示しているのは、弁護人の右のような主張に対応しているものと思われる。本決定は、元原裁判官の反対意見があるものの、三名の裁判官の多数意見により、本件当時電話傍受を法律に定められた強制処分の令状(検証許可状)により行うことが許されていた旨の判断を示して、弁護人の強制処分法定主義違反の主張を退けている。
一 もっとも、電話傍受と強制処分法定主義の問題は、その出発点において憲法上の議論を避けられない。電話傍受が通信の秘密を害し、個人のプライバシーを侵害する強制処分であることは疑いがなく、それが憲法上許容されるためには、一定の厳格な要件を満たすことが必要と考えられるからである。その要件として、本決定の多数意見は、重大な犯罪に係る被疑事件について、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる十分な理由があること、当該電話により被疑事実に関連する通話の行われる蓋然性があること、他の方法によってはその罪に関する重要かつ必要な証拠を得るのが著しく困難であることなどの事情が存する場合で、電話傍受を行うことが犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められなければならない旨を判示した。