消費貸借成立のいきさつに不法の点があつた場合における貸金返還請求と民法第90条および第708条の | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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消費貸借成立のいきさつに不法の点があつた場合における貸金返還請求と民法第90条および第708条の適用の有無

 

 

              貸金請求事件

【事件番号】      最高裁判所第3小法廷判決/昭和27年(オ)第13号

【判決日付】      昭和29年8月31日

【判示事項】      消費貸借成立のいきさつに不法の点があつた場合における貸金返還請求と民法第90条および第708条の適用の有無

【判決要旨】      消費貸借成立のいきさつにおいて、貸主の側に多少の不法の点があつたとしても、借主の側にも不法の点があり、前者の不法性が後者のそれに比し極めて微弱なものにすぎない場合には、民法第90条および第708条は適用がなく、貸主は貸金の返還を請求することができるものと解するのを相当とする。

【参照条文】      民法90

             民法587

             民法708

【掲載誌】        最高裁判所民事判例集8巻8号1557頁

 

 

民法

(公序良俗)

第九十条 公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

 

(消費貸借)

第五百八十七条 消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる。

 

(不法原因給付)

第七百八条 不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。

 

 

 

       主   文

 

 原判決を破棄し本件を東京高等裁判所に差戻す。

 

       理   由

 

 上告人の上告理由は末尾添附刷紙記載のとおりである。

 よつて案ずるに民法第七〇八条は社会的妥当性を欠く行為を為し、その実現を望む者に助力を拒まんとする私法の理想の要請を達せんとする民法第九〇条と並び社会的妥当性を欠く行為の結果の復旧を望む者に助力を拒まんとする私法の理想の要請を達せんとする規定であるといわれて居る。社会的妥当性を欠く行為の実現を防止せんとする場合はその適用の結果も大体右妥当性に合致するであろうけれども、既に給付された物の返還請求を拒否する場合はその適用の結果は却つて妥当性に反する場合が非常に多いから、その適用については十分の考慮を要するものである。本件は給付の原因たる行為の無効を主張して不当利得の返還請求をするものではなく、消費貸借の有効を主張してその弁済を求あるものである。それ故第一次においては民法九〇条の問題であるけれども、要物契約である関係上不法な動機の為めの金銭の交付は既に完了してしまつて居り、残るはその返還請求権だけであつてこの請求は何等不法目的を実現せんとするものではない。それ故実質的には前記民法九〇条に関する私法理想の要請の問題ではなく、同七〇八条に関する該要請の問題であり、その適用の結果は妥当性を欠く場合が多いのであつて、この事を考慮に入れて考えなければならない。

 本件においで原審の認定した処によると、上告人は一旦被上告人の密輸出計画に賛同したけれども、後にこれを思い止まり被上告人に対して出資を拒絶した処、被上告人から「既に密輸出の準備を進めたことでもあるから、せめて一航海の経費として金十五万円を貸与して貰いたい」と要請され、(一審判決では強制といつて居る)止むを得ず金十五万円を貸与するに至つたのであつて、密輸出に対する出資ではなく通常の貸借である。即ち利益の分配を受けるのでもなく、損失の分担もしないのであり、又貸した金につき被上告人がこれを密輸出に使用する義務を負担したとか、密輸出に使用することを貸借の要件としたとかいうものでもない(原審認定)。即ち密輸出に使用することは契約の内容とされたわけではなく、上告人は只密輸出の資金として使用されるものと告げられながら貸与したというだけのことである。されば上告人は被上告人の要請により已むを得ず普通の貸金をしたに過ぎないもので、本訴請求が是認されてももともと貸した金が返つて来るだけで何等経済上利益を得るわけではない。しかるに若し七〇八条が適用されて請求が棄却きれると丸々十五万円の損矢をしてしまうわけである。これに対して被上告人は上告人を欺罔して十五万円を詐取し、これを遊蕩に費消して居ながら(原審認定)民法九〇条、七〇八条の適用を受けると右十五万円の返還義務もなくなり、甚しい不法不当の利得をすることになるであろう。此の場合上告人の貸金の経路において多少の不法的分子があつたとしても右法条を適用せず本訴請求を是認して弁済を得させることと、右法条を適用して前記の如く上告人の損失において被上告人に不法な利得をさせることと、何れがより甚しく社会的妥当性に反するかは問う迄もあるまい。考えなければならない処である。前記の如き事実であつて見れば、上告人が本件貸金を為すに至つた経路において多少の不法的分子があつたとしても、その不法的分子は甚だ微弱なもので、これを被上告人の不法に比すれば問題にならぬ程度のものである。殆ど不法は被上告人の一方にあるといつてもよい程のものであつて、かかる場合は既に交付された物の返還請求に関する限り民法第九〇条も第七〇八条もその適用なきものと解するを相当とする。しかるに原審が第七〇八条の法理により上告人の請求を棄却したのは法律の解釈適用を誤つた違法あり、此違法は判決主文に影響を及ぼす可能性あること勿論であるから、此点において原判決は破棄を免れない。

 そして原審はなお、弁済期が既に到来したりや否、年一割の利息の約が現実に成立したりやについて判断して居ないから(原審は借用証書にその記載のあることは判示して居るけれども、これは真実右利息の契約が成立したうや否やの判断として書いたものではないであろう)本件は原審に差戻すべきものとし民事訴訟法第四〇七条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

     最高裁判所第三小法廷