健康保険組合が被保険者に対して行うその親族等が被扶養者に該当しない旨の通知は、健康保険法(平成26年改正前)189条1項所定の被保険者の資格に関する処分に該当する
処分取消等請求事件
【事件番号】 最高裁判所第3小法廷判決/令和3年(行ヒ)第120号
【判決日付】 令和4年12月13日
【判示事項】 健康保険組合が被保険者に対して行うその親族等が被扶養者に該当しない旨の通知は、健康保険法(平成26年法律第69号による改正前のもの)189条1項所定の被保険者の資格に関する処分に該当する
【掲載誌】 LLI/DB 判例秘書登載
健康保険法
(審査請求及び再審査請求)
第百八十九条 被保険者の資格、標準報酬又は保険給付に関する処分に不服がある者は、社会保険審査官に対して審査請求をし、その決定に不服がある者は、社会保険審査会に対して再審査請求をすることができる。
2 審査請求をした日から二月以内に決定がないときは、審査請求人は、社会保険審査官が審査請求を棄却したものとみなすことができる。
3 第一項の審査請求及び再審査請求は、時効の完成猶予及び更新に関しては、裁判上の請求とみなす。
4 被保険者の資格又は標準報酬に関する処分が確定したときは、その処分についての不服を当該処分に基づく保険給付に関する処分についての不服の理由とすることができない。
行政事件訴訟法
(抗告訴訟)
第三条 この法律において「抗告訴訟」とは、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟をいう。
2 この法律において「処分の取消しの訴え」とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(次項に規定する裁決、決定その他の行為を除く。以下単に「処分」という。)の取消しを求める訴訟をいう。
3 この法律において「裁決の取消しの訴え」とは、審査請求その他の不服申立て(以下単に「審査請求」という。)に対する行政庁の裁決、決定その他の行為(以下単に「裁決」という。)の取消しを求める訴訟をいう。
4 この法律において「無効等確認の訴え」とは、処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無の確認を求める訴訟をいう。
5 この法律において「不作為の違法確認の訴え」とは、行政庁が法令に基づく申請に対し、相当の期間内に何らかの処分又は裁決をすべきであるにかかわらず、これをしないことについての違法の確認を求める訴訟をいう。
6 この法律において「義務付けの訴え」とは、次に掲げる場合において、行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求める訴訟をいう。
一 行政庁が一定の処分をすべきであるにかかわらずこれがされないとき(次号に掲げる場合を除く。)。
二 行政庁に対し一定の処分又は裁決を求める旨の法令に基づく申請又は審査請求がされた場合において、当該行政庁がその処分又は裁決をすべきであるにかかわらずこれがされないとき。
7 この法律において「差止めの訴え」とは、行政庁が一定の処分又は裁決をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている場合において、行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟をいう。
(処分の取消しの訴えと審査請求との関係)
第八条 処分の取消しの訴えは、当該処分につき法令の規定により審査請求をすることができる場合においても、直ちに提起することを妨げない。ただし、法律に当該処分についての審査請求に対する裁決を経た後でなければ処分の取消しの訴えを提起することができない旨の定めがあるときは、この限りでない。
2 前項ただし書の場合においても、次の各号の一に該当するときは、裁決を経ないで、処分の取消しの訴えを提起することができる。
一 審査請求があつた日から三箇月を経過しても裁決がないとき。
二 処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき。
三 その他裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき。
3 第一項本文の場合において、当該処分につき審査請求がされているときは、裁判所は、その審査請求に対する裁決があるまで(審査請求があつた日から三箇月を経過しても裁決がないときは、その期間を経過するまで)、訴訟手続を中止することができる。
(原告適格)
第九条 処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。
2 裁判所は、処分又は裁決の相手方以外の者について前項に規定する法律上の利益の有無を判断するに当たつては、当該処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとする。この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たつては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとし、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たつては、当該処分又は裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案するものとする。
主 文
1 原判決中、被上告人組合に対する請求に関する部分を破棄し、同部分につき第1審判決を取り消し、同請求に係る訴えを却下する。
2 上告人の被上告人国に対する上告を棄却する。
3 第1項に関する訴訟の総費用及び前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
理 由
第1 事案の概要
1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 日本輸送機健康保険組合(以下「本件組合」という。)は、その組合員である上告人の健康保険を管掌していたところ、従前、上告人の妻を、健康保険法(平成26年法律第69号による改正前のもの。以下「法」という。)3条7項1号所定の被扶養者(以下、同項各号所定の被扶養者を併せて単に「被扶養者」という。)に該当するものとしていた。
本件組合は、上告人の妻の収入が本件組合の定める基準を満たさなくなったことを理由として、平成27年9月10日付けで、上告人に対し、上告人の妻は同26年1月1日時点で被扶養者に該当しない旨の通知(以下「本件通知」という。)をした。
(2)ア 法189条1項は、被保険者の資格、標準報酬又は保険給付に関する処分に不服がある者は社会保険審査官に対して審査請求をし、その決定に不服がある者は社会保険審査会に対して再審査請求をすることができる旨規定する。
イ 上告人は、平成28年7月28日付けで、法189条1項に基づくものとして、本件通知についての審査請求(以下「本件審査請求」という。)をしたが、近畿厚生局社会保険審査官は、本件通知は処分に該当しないことを理由に、同年8月5日付けで、本件審査請求を却下する決定(以下「本件決定」という。)をした。
上告人は、同年10月5日付けで、同項に基づくものとして、本件決定についての再審査請求(以下「本件再審査請求」という。)をしたが、社会保険審査会は、同29年3月31日付けで、本件決定と同様の理由により、本件再審査請求を却下する裁決(以下「本件裁決」という。)をした。
2 本件は、上告人が、本件組合の権利義務を承継した被上告人組合を相手に、上告人の妻は被扶養者に該当すると主張して、本件通知の取消しを求めるとともに、被上告人国を相手に、本件決定及び本件裁決は違法であるなどと主張して、本件裁決の取消し及び国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める事案である。
第2 上告代理人胡田敢、同島田和俊の上告受理申立て理由第3について
1 原審は、要旨次のとおり判断し、本件再審査請求を却下した本件裁決は適法であるなどとして、本件裁決の取消請求及び損害賠償請求をいずれも棄却すべきものとした。
法189条1項所定の被保険者の資格に関する処分は、被保険者の資格の得喪の確認について規定した法39条1項に対応するものであるところ、同項所定の確認の対象ではない被扶養者の認定は、上記被保険者の資格に関する処分に当たらない。したがって、本件通知については法189条1項に基づく不服申立てをすることができない。
2 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1)ア 法において、被扶養者とは、被保険者と一定の親族等の関係がある者であって、主としてその被保険者により生計を維持するなどの要件を満たすものをいう(3条7項)。そして、被扶養者が保険医療機関等から療養を受けたときなどには、被保険者に対し、家族療養費の支給その他の保険給付(法52条6~8号。以下、同各号所定の保険給付を「被扶養者に係る保険給付」という。)が行われる(法第4章第4節)。
これに対し、被保険者の親族等であっても被扶養者に該当しないものについては、原則として、国民健康保険の被保険者に該当し(平成27年法律第31号による改正前の国民健康保険法5条、6条5号)、その資格の取得につき届出を要することとなる(同法9条1項)。そして、当該親族等については、国民健康保険の保険料等が徴収される(同法76条1項)とともに、同法第4章の規定に基づく保険給付が行われることとなる。
イ 健康保険組合が管掌する健康保険について、健康保険法施行規則(平成27年厚生労働省令第150号による改正前のもの。以下「規則」という。)は、被保険者が被扶養者を有するとき、又は被扶養者を有するに至ったときは、健康保険組合に被扶養者届が提出されるべき旨を定めた(24条2項、38条1項)上で、法39条1項の規定により被保険者の資格の取得の確認が行われた場合には被保険者に様式第9号による被保険者証が交付されるべき旨規定する(47条2項)ところ、様式第9号(2)は、被扶養者に係る被保険者証の様式を定めている。また、規則50条1項は、健康保険組合は定期的に被扶養者に係る確認をすることができる旨を規定している。
そして、被扶養者が保険医療機関等からいわゆる保険診療(家族療養費の支給を受けるべき療養)を受けようとする場合には、被保険者が保険医療機関等から保険診療(療養の給付)を受けようとする場合と同様に、やむを得ない理由がない限り、被保険者証を当該保険医療機関等に提出しなければならないとされている(法63条3項、110条7項、規則53条、90条)。いわゆる国民皆保険制度が採用されている我が国においては、健康保険等を利用しないで医療機関を受診する者はほとんどないため、健康保険組合から、被保険者の親族等が被扶養者には該当しないと判断され、被扶養者に係る被保険者証が交付されない場合には、当該親族等については、国民健康保険の被保険者の資格の取得につき届出をしない限り、適時に適切な診療を受けられないおそれがあることとなる。
ウ 被扶養者に係る保険給付に関する法律関係は、事柄の性質上、多数の者について生じ得るところ、上記のとおり、健康保険制度を含む医療保険制度全体の仕組みの下においては、被保険者の親族等が被扶養者に該当することは被扶養者に係る保険給付が行われるための資格としての性質を有し、その該当性の有無によって当該親族等に適用される医療保険の種類が決せられるものということができる。また、被扶養者に係る被保険者証が交付されない場合には、被保険者の親族等に生活上の相当の不利益が生ずることとなる。こうした点に照らすと、上記該当性についての健康保険組合の判断は、被保険者及びその判断の対象となった親族等の法律上の地位を規律するものであり、被保険者の資格の得喪について健康保険組合による確認という処分をもって早期に確定させるものとされている(法39条1項)のと同様に、上記判断を早期に確定させ、適正公平な保険給付の実現や実効的な権利救済等を図る必要性が高いものということができる。法は、以上のような点に鑑み、健康保険組合が管掌する健康保険の被保険者が被扶養者を有するかどうかについては、健康保険組合においてその認定判断をし、その結果を被保険者に通知することを当然に予定しているものと解される。規則が、被扶養者届や被扶養者に係る被保険者証の交付のほか、被扶養者に係る定期的な確認について規定しているのも、法の上記の趣旨を受けたものということができる。そうすると、上記の通知は処分に該当すると解するのが相当である。
(2) 法189条1項が被保険者の資格等に関する処分について、社会保険審査官に対する審査請求及び社会保険審査会に対する再審査請求という特別の不服申立ての制度を設けた趣旨は、これらの処分が多数の被保険者等の生活に影響するところが大きいこと等に鑑み、専門の不服審査機関による簡易迅速な手続によって被保険者等の権利利益の救済を図ることにあるものと解される。そして、上記(1)に説示したところによれば、その趣旨は、上記の健康保険組合による被扶養者に係る認定判断の結果の通知にも妥当するというべきである。
(3) したがって、健康保険組合が被保険者に対して行うその親族等が被扶養者に該当しない旨の通知は、法189条1項所定の被保険者の資格に関する処分に該当すると解するのが相当である。
3 以上によれば、本件通知について法189条1項に基づく不服申立てをすることができないとした原審の前記判断には、同項の解釈適用を誤った違法がある。
しかしながら、前記事実関係等によれば、本件審査請求は、社会保険審査官及び社会保険審査会法(平成26年法律第69号による改正前のもの)4条1項所定の審査請求期間を徒過してされた不適法なものといわざるを得ないから、本件再審査請求を却下した本件裁決の取消請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。
そして、以上に説示したところによれば、本件決定及び本件裁決の違法を理由とする損害賠償請求は理由がない。
論旨は、結局、採用することができない。
第3 職権による検討
原審は、前記事実関係等の下において、本件通知の取消請求を棄却すべきものとした。しかしながら、前記第2のとおり、本件審査請求が不適法である以上、上記取消請求に係る訴えは、不服申立ての前置を規定する法192条の要件を満たさない不適法な訴えであることが明らかであり、これを却下すべきである。
第4 結論
以上のとおり、被上告人組合に対する本件通知の取消請求に係る訴えは不適法であり、同請求につき本案の判断をした原判決は失当であるから、原判決中同請求に関する部分を破棄し、同部分につき第1審判決を取り消し、上記訴えを却下すべきである。また、上告人の被上告人国に対する上告は棄却すべきである。
よって、裁判官宇賀克也の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官宇賀克也の反対意見は、次のとおりである。
私は被扶養者非該当通知が健康保険法(平成26年法律第69号による改正前のもの。以下同じ。)189条1項の被保険者の資格に関する処分に該当するという多数意見に賛成するものであるが、審査請求期間の徒過等の点について、意見を異にするので、これらの点について意見を述べておきたい。
1 本件裁決の取消請求について
社会保険審査官及び社会保険審査会法(平成26年法律第69号による改正前のもの。以下同じ。)4条1項本文は、処分があったことを知った日の翌日から起算して60日以内に審査請求をしなければならないと定めており、同項ただし書は、「正当な事由によりこの期間内に審査請求をすることができなかったことを疎明したときは、この限りでない」と規定している。本件審査請求は、同項本文が定める主観的審査請求期間を経過してからなされているので、同項ただし書の「正当な事由」の有無が問題になる。
この点について、行政不服審査法(平成26年法律第68号による全部改正前のもの。以下「旧行政不服審査法」という。)14条1項本文は、主観的審査請求期間を原則として、処分があったことを知った日の翌日から起算して60日以内としており、同項ただし書は、天災その他審査請求をしなかったことについて「やむをえない理由」があるときは、この限りでないとしていた。そして、同条2項は、同条1項ただし書の場合における審査請求は、その理由がやんだ日の翌日から起算して1週間以内にしなければならないと定め、同条1項本文の期間を不変期間として位置付けていた。他方、同条3項本文は、客観的審査請求期間を処分があった日の翌日から起算して1年間として、同項ただし書で、「正当な理由」があるときは、この限りでないとしていた。このように、旧行政不服審査法14条は、「やむをえない理由」と「正当な理由」を明確に区別していたが、これは、前者を後者よりも厳格に制限する趣旨であった。そのため、旧行政不服審査法57条1項が定める教示の懈怠は、「やむをえない理由」に当たらないとするのが裁判例の大勢であった(もっとも、大阪地裁昭和45年(行ウ)第23号同49年7月30日判決・行政事件裁判例集25巻7号1023頁のように、税務署係官の教示が適切を欠いていた等の理由から、国税通則法(昭和45年法律第8号による改正前のもの)76条3項にいう「やむを得ない理由」ないしこれに準ずる理由があると判示したものもあった。また、最高裁昭和46年(行ツ)第86号同48年6月21日第一小法廷判決・裁判集民事109号403頁は、傍論においてであるが、本件異議決定書に審査請求期間についての教示がなされていなかったことから、本件裁定書に教示されていた異議申立期間が審査請求期間にも妥当するものと誤信したために、法定の期間内に審査請求をしなかったことが、旧行政不服審査法14条1項ただし書所定の「やむをえない理由」に該当する余地があるとも述べており、同項ただし書所定の「やむをえない理由」に教示の懈怠は含まれないという判例法が確立していたとはいえない。)。
社会保険審査官及び社会保険審査会法4条1項ただし書の「正当な事由」については、実務上、天災事変や交通通信機関の途絶など請求人においてはどうすることもできない客観的な事情による場合、あるいは請求人が審査請求のためにできる限り合目的な努力を払ったにもかかわらず審査請求の意思を権限ある機関に表明できなかった等期間の経過の責を請求人に帰すべきでないと判断される場合をいうと解されてきたようである。多数意見は、このような解釈等を参考にして、同項ただし書の「正当な事由」は、旧行政不服審査法14条1項ただし書の「やむをえない理由」と同義と解し、かつ、「やむをえない理由」には、教示の懈怠は含まれないという解釈を前提としているものと思われる。そこで、以下、この点について検討を行うこととする。
社会保険審査官及び社会保険審査会法が制定された昭和28年には、なお訴願法(明治23年法律第105号)が行政上の不服申立ての一般法であり、同法8条3項は、訴願期間経過後においても、行政庁において「宥恕スヘキ事由」があると認めたときには、なお訴願を受理することができる旨を定めており、「宥恕スヘキ事由」があるか否かは行政庁の裁量に委ねられていると解されていたところ(最高裁昭和27年(オ)第144号同29年8月20日第二小法廷判決・民集8巻8号1524頁参照)、不服申立前置主義の下で、行政庁の裁量で訴願の可否を決することは、国民の裁判を受ける権利を侵害することになり得るので、裁量であることを否定する趣旨で、社会保険審査官及び社会保険審査会法4条1項ただし書で「正当な事由」という文言が用いられた。したがって、同法制定時には、「正当な事由」の有無が行政庁の裁量に委ねられたものでないことは明確にされたものの、いかなる場合に「正当な事由」が認められるかについては、詳細な検討はなされず、判例学説の展開に委ねられたものと思われる。
その後、昭和37年法律第160号として、訴願法に代わり、旧行政不服審査法が行政上の不服申立ての一般法となった際、行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律(昭和37年法律第161号)により、社会保険審査官及び社会保険審査会法4条も改正された。行政上の不服申立ての一般法となった旧行政不服審査法14条1項の特別法として位置付けられる社会保険審査官及び社会保険審査会法4条1項が、主観的審査請求期間を一般法と同じくしつつ、あえてただし書で、「やむをえない理由」とは異なり、旧行政不服審査法14条3項ただし書の「正当な理由」という文言に近い「正当な事由」という文言を使用していること、社会保険審査官及び社会保険審査会法4条には、主観的審査請求期間の例外を限定する旧行政不服審査法14条2項の「前項ただし書の場合における審査請求は、その理由がやんだ日の翌日から起算して1週間以内にしなければならない。」という規定が設けられていないことに照らすと、旧行政不服審査法制定時において、社会保険審査官及び社会保険審査会法4条1項ただし書の期間は不変期間としては位置付けられなかったと考えられる。したがって、旧行政不服審査法14条1項ただし書の「やむをえない理由」と社会保険審査官及び社会保険審査会法4条1項ただし書の「正当な事由」を同義と解することには疑問がある。同条が、旧行政不服審査法14条の特例を定めようとするものであることは、客観的審査請求期間についての規定からもうかがえる。すなわち、旧行政不服審査法14条3項の客観的審査請求期間が1年であるのに対して、社会保険審査官及び社会保険審査会法4条2項の客観的審査請求期間は2年であり、他方において、旧行政不服審査法14条3項ただし書の「正当な理由」による例外は、社会保険審査官及び社会保険審査会法4条2項には設けられていない。
以上のように、旧行政不服審査法14条1項ただし書の「やむをえない理由」と社会保険審査官及び社会保険審査会法4条1項ただし書の「正当な事由」は異なる意味であるという前提に立つ場合、それでは、同項ただし書の「正当な事由」の意味が何かが問題になる。
この点については、平成26年法律第68号による全部改正後の行政不服審査法(以下「新行政不服審査法」という。)18条1項ただし書が、旧行政不服審査法14条1項ただし書の「やむをえない理由」に代えて、「正当な理由」としたことが注目される。この改正は、平成16年法律第84号による行政事件訴訟法の改正と平仄を合わせたものである。すなわち、同改正前の行政事件訴訟法14条1項は主観的出訴期間の例外を定めず、同条2項で主観的出訴期間は不変期間とするとされていた。しかし、出訴期間の制約が厳格すぎるという批判を受けて、主観的出訴期間を延長し、かつ、主観的出訴期間の例外を「正当な理由」がある場合に認めることとされたのである。新行政不服審査法18条1項ただし書は、この改正を踏まえて行われたものである。そして、主観的審査請求期間の例外については、「正当な理由」がある場合には審査請求を認めることとすべきという統一的方針の下に、旧行政不服審査法の全部改正に伴い、行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整備に関する法律(平成26年法律第69号)により、他の法律における主観的審査請求期間の例外についても、「正当な理由」に改正されている(例えば、同改正前の国税通則法77条3項の「やむを得ない理由」が同改正後の同条1項ただし書・2項ただし書の「正当な理由」に改正され、鉱業等に係る土地利用の調整手続等に関する法律25条1項ただし書の「やむを得ない理由」が「正当な理由」に改正されている。)。したがって、もし、社会保険審査官及び社会保険審査会法4条1項ただし書の「正当な事由」が「やむをえない理由」と同義であったのであれば、主観的審査請求期間の例外を拡大し、新行政不服審査法18条1項ただし書と平仄を合わせるために、「正当な事由」を「正当な理由」に改正して、その趣旨を明確にしたと思われる。しかし、行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整備に関する法律は、社会保険審査官及び社会保険審査会法4条1項本文の主観的審査請求期間を新行政不服審査法18条1項本文と平仄を合わせて延長しながら、社会保険審査官及び社会保険審査会法4条1項ただし書は改正していない。このことは、同項ただし書の「正当な事由」は、新行政不服審査法18条1項ただし書の「正当な理由」と同義であるので、改正する必要がないと整理されたと理解するのが素直な解釈と思われる。
そうすると、次に問題になるのは、新行政不服審査法18条1項ただし書の「正当な理由」に、教示の懈怠が含まれるかであるが、これについては、平成16年法律第84号により改正された行政事件訴訟法14条1項ただし書の「正当な理由」と平仄を合わせた解釈が必要になると考えられるところ、いずれについても、教示の懈怠があった場合、正しい審査請求期間又は出訴期間を具体的に知り得る特別の事情があった場合を除き、「正当な理由」に当たると解すべきと思われる。したがって、教示の懈怠があったと思われる本件においても、社会保険審査官及び社会保険審査会法4条1項ただし書の「正当な事由」があるので、審査請求期間を徒過した不適法な審査請求とはいえないと考えられる。したがって、本件再審査請求を却下した本件裁決は違法であり、これを取り消すべきである。
2 本件通知の取消請求について
以上のとおり、本件審査請求が適法であるとすれば、健康保険法192条が定める不服申立前置の要件を満たしていないともいえないので、本件通知の取消訴訟をその観点から不適法とすることもできない(最高裁昭和34年(オ)第973号同36年7月21日第二小法廷判決・民集15巻7号1966頁参照)。そして、上告人は、本件却下裁決があったことを知った日から6か月以内に本件訴訟を提起しているので、出訴期間を遵守しており、不適法な訴訟とはいえず、原審が本件通知の取消請求について本案判断をしたことは相当である。
本案判断について、原判決は、健康保険法は、被扶養者に該当するか否かの判断における年間収入の算定方法については、各保険者の合理的な裁量判断に委ねたものと解さざるを得ないとし、自営業者の年間収入について、売上原価を差し引く前の売上高により算定することが、健康保険組合に与えられた裁量を逸脱し、違法であるとは直ちにいえないと判示している。しかしながら、各保険者に、被扶養者に該当するか否かについての要件裁量が認められているとは解されないことからすると、原審の上記判断は是認できない。
3 結論
よって、原判決を破棄し、第1審判決中、本件裁決の取消請求に関する部分を取り消して本件裁決を取り消し、その余の部分につき本件を原審に差し戻すべきである。