ヤクルト株主代表訴訟控訴審判決・会社の資金運用の一環としてデリバティブ取引が行われて533億円余の損失が発生したとして,同社の当時の取締役ないし監査役に対して会社に対する損害賠償を求めて提起された株主代表訴訟において,当該取引の担当取締役については,善管注意義務に違反した責任を肯定したが,当該取締役以外の取締役ないし監査役については,担当取締役に対する監視義務に違反した責任を否定して,当該担当取締役に対して会社に対する67億円余の損害賠償を命ずる限度で請求を一部認容した第1審判決を相当として同社の株式を保有している関連会社を含む株主の第1審判決に対する控訴を棄却した事例
各損害賠償請求,共同訴訟参加控訴事件
【事件番号】 東京高等裁判所判決/平成17年(ネ)第1348号
【判決日付】 平成20年5月21日
【判示事項】 会社の資金運用の一環としてデリバティブ取引が行われて533億円余の損失が発生したとして,同社の当時の取締役ないし監査役に対して会社に対する損害賠償を求めて提起された株主代表訴訟において,当該取引の担当取締役については,善管注意義務に違反した責任を肯定したが,当該取締役以外の取締役ないし監査役については,担当取締役に対する監視義務に違反した責任を否定して,当該担当取締役に対して会社に対する67億円余の損害賠償を命ずる限度で請求を一部認容した第1審判決を相当として同社の株式を保有している関連会社を含む株主の第1審判決に対する控訴を棄却した事例
【判決要旨】 1 余裕資金の効率的運用を目的とする本件デリバティブ取引は、事業会社における資金運用の方法の一つとして社会的に認知されているから、当該株式会社の定款の目的の範囲内の行為というべきである。
2 本件デリバティブ取引は、そのリスクの額と同社の総資産額との比較、当該株式会社の決裁規程の内容、適時の判断をする必要があるという同取引の性質等からみて、個々の取引を行うについて、取締役会の承認を得なくても、平成17年法律第87号による改正前の商法260条2項に違反するものであったということはできない。
3(1)事業会社が投機を目的とするデリバティブ取引を行うに当たり、各取締役は、リスク管理体制を構築する注意義務を負うが、その内容は、会社の規模その他の事情によって左右されるのであって一義的に決まるものではなく、その内容を決定するに当たっては、その当時の知見を前提として、各取締役には幅広い裁量が認められている。
(2)デリバティブ取引を担当する取締役は、当該リスク管理体制に従って個別の取引をする注意義務を負うとともに、法令等を遵守し、情報を収集、分析、検討して、市場の動向等につき適切な判断をするよう務め、かつ、取引が会社の財務内容に悪影響を及ぼすおそれが生じたような場合には、取引を中止するなどの義務を負う。
(3)会社の業務執行を全般的に統括する責務を負う代表取締役や個別のデリバティブ取引の事後チェックの任務を有する経理担当の取締役については、その取引がリスク管理体制に適合するかどうかを監視する責務を負うが、下部組織等が適正に職務を遂行していることを前提として、そこからの報告に明らかな不備、不足があり、これに依拠することに躊躇を覚えるなどの特段の事情のない限り、その報告等を基に調査、確認すれば、その注意義務を尽くしたものといえる。
(4)その他の取締役については、相応のリスク管理体制に基づいて職務執行に対する監視が行われている以上、特に担当取締役の職務執行が違法であることを疑わせる特段の事情が存在しない限り、担当取締役の職務執行が適法であると信頼することには正当性が認められる。
(5)一定規模以上の株式会社の監査役は、リスク管理体制の構築及びこれに基づく監視の状況について監査すべき義務を負うが、下部組織等が適正に職務を遂行していることを前提として、その報告等を前提に調査、確認すれば、その注意義務を尽くしたことになるというべきである。
4 本件デリバティブ取引を担当していた取締役は、当該リスク管理体制において定められていた想定元本の限度額規制に実質的に反したデリバティブ取引を行っており、当該株式会社に対する善管注意義務違反が認められる。
【参照条文】 商法(平17法87号改正前)254の3
商法(平17法87号改正前)254
商法(平17法87号改正前)266
民法644
【掲載誌】 判例タイムズ1281号274頁
金融・商事判例1293号12頁
会社法
(株式会社と役員等との関係)
第三百三十条 株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。
(忠実義務)
第三百五十五条 取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。
(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
第四百二十三条 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この章において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2 取締役又は執行役が第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。以下この項において同じ。)の規定に違反して第三百五十六条第一項第一号の取引をしたときは、当該取引によって取締役、執行役又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。
3 第三百五十六条第一項第二号又は第三号(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。
一 第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取締役又は執行役
二 株式会社が当該取引をすることを決定した取締役又は執行役
三 当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役(指名委員会等設置会社においては、当該取引が指名委員会等設置会社と取締役との間の取引又は指名委員会等設置会社と取締役との利益が相反する取引である場合に限る。)
4 前項の規定は、第三百五十六条第一項第二号又は第三号に掲げる場合において、同項の取締役(監査等委員であるものを除く。)が当該取引につき監査等委員会の承認を受けたときは、適用しない。
(株主による責任追及等の訴え)
第八百四十七条 六箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主(第百八十九条第二項の定款の定めによりその権利を行使することができない単元未満株主を除く。)は、株式会社に対し、書面その他の法務省令で定める方法により、発起人、設立時取締役、設立時監査役、役員等(第四百二十三条第一項に規定する役員等をいう。)若しくは清算人(以下この節において「発起人等」という。)の責任を追及する訴え、第百二条の二第一項、第二百十二条第一項若しくは第二百八十五条第一項の規定による支払を求める訴え、第百二十条第三項の利益の返還を求める訴え又は第二百十三条の二第一項若しくは第二百八十六条の二第一項の規定による支払若しくは給付を求める訴え(以下この節において「責任追及等の訴え」という。)の提起を請求することができる。ただし、責任追及等の訴えが当該株主若しくは第三者の不正な利益を図り又は当該株式会社に損害を加えることを目的とする場合は、この限りでない。
2 公開会社でない株式会社における前項の規定の適用については、同項中「六箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主」とあるのは、「株主」とする。
3 株式会社が第一項の規定による請求の日から六十日以内に責任追及等の訴えを提起しないときは、当該請求をした株主は、株式会社のために、責任追及等の訴えを提起することができる。
4 株式会社は、第一項の規定による請求の日から六十日以内に責任追及等の訴えを提起しない場合において、当該請求をした株主又は同項の発起人等から請求を受けたときは、当該請求をした者に対し、遅滞なく、責任追及等の訴えを提起しない理由を書面その他の法務省令で定める方法により通知しなければならない。
5 第一項及び第三項の規定にかかわらず、同項の期間の経過により株式会社に回復することができない損害が生ずるおそれがある場合には、第一項の株主は、株式会社のために、直ちに責任追及等の訴えを提起することができる。ただし、同項ただし書に規定する場合は、この限りでない。