妊婦が妊娠中毒症に伴う子癇発作により錐体外路疾患を後遺とした場合において、医師につき入院等の指示及び処置上の義務違背がないとされた事例
東京高等裁判所判決/昭和52年(ネ)第2307号
昭和56年9月24日
損害賠償請求控訴事件
【判示事項】 妊婦が妊娠中毒症に伴う子癇発作により錐体外路疾患を後遺とした場合において、医師につき入院等の指示及び処置上の義務違背がないとされた事例
【参照条文】 民法415
民法643
民法656
医師法23
【掲載誌】 東京高等裁判所判決時報民事32巻9号213頁
判例タイムズ452号152頁
判例時報1020号40頁
【解説】
一、医事訴訟においては、その事実認定及び有責性判断に関し、困難な種々の問題が提起されているが、本判決は、診療録の真実性、および、鑑定の評価についての相違から、原審とは異別な事実を認定し、また、入院等の指示義務についても、近時における裁判例の動きに従い、これを厳格に解し、最終的には原審の判断を覆し、被告開業産婦人科医Yの敗訴部分を取消し、原告Xの請求を棄却した裁判例として注目される。
二、事案の概要及び原判決の判断は次のとおりである。
X(妊婦、昭和17年4月28日生)は、昭和44年7月8日が出産予定で、同43年12月から、Yの継続的診療を受け、同44年6月3日、妊娠腎との診断を受けていたが、同月23日、Yの診療を経た後、実家で1泊したところ、翌朝、痙攣発作で意識不明となり、同24日午後4時すぎ、A病院で帝王切開術により死胎を取り出されたが、Xは脳組織の低酸素症による錐体外路疾患を後遺とするに至つた。
そこで、Xは、同44年6月13ないし23日の時点で、Xは晩期妊娠中毒症に罹患していたから、Yにおいて、入院のうえ安静を保持し、尿蛋白の検査等とともに薬物療法を行い、子癇等阻止措置をとる義務があるのに、Yは右中毒症を看過し、入院等の措置をとらなかつた債務不履行があると主張して、その逸失利益等を請求し、これに対しYは、入院等をすすめているところで、右のような義務の不履行はなく、また、Yの医療行為と右結果との間に相当因果関係はない(Xの体質的原因による)と反論した。
原判決は、子癇を絶対に防げるものでないと認めつつも、絶対安静と鎮痙剤の投与、発生時の酸素療法などの措置により、これを輕減し得たとし、子癇に続発する脳障害による錐体外路疾患を発生せしめたことにつきYに債務の不完全履行があるとし、Yは患者に対し疾病の内容、他の疾病発生の危険性について説明義務を尽さなかつた点に帰責事由を肯定したうえ(この認定につき、浮腫についてのカルテの記載よりも、母子手帳の記載の真実性を肯定)、医療行為と結果との間の因果関係を肯定した(もつとも、Xの体質を考慮し、全損害の3割について右関係を認めるにとどめた)。
三、本判決は、昭和44年6月23日、Yにおいて入院をすすめたのに、Xが実家に相談するといって帰り、鮎のフライ等を食べて遅くまで話していたとし、翌24日、頭痛等に続き子癇が発生したと認め、さらに、母子手帳と相違する診療録の記載内容についても、それが後日改変されたと認められる特段の事情がない限り、医師の診療上の必要と法的義務の両面のより真実性が担保されているとして、同年6月13日、23日には中毒症が甚しく進行しているものでなかつたと認め、以上のようなことから、Yの診療内容は、当時の水準に合致していたというべく、診療債務の履行に不完全はないとし(なお、原審採用の鑑定は前提が誤っているとして排斥)、むしろ、入院等の措置についてYの指示を無視したXの態度にこそ責任があるとし、また、説明義務についても、入院しなければ子癇の重大な結果を招来するかも知れない等の抽象的な危険まで説明する義務はないと述べて、原審の判断を覆した。