癌の疑いある右乳房腫瘤に対する病理組織検査を遅延し患者が死亡するに至つたとし、開業産婦人科医につ | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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癌の疑いある右乳房腫瘤に対する病理組織検査を遅延し患者が死亡するに至つたとし、開業産婦人科医につき、延命による利益侵害を理由とする慰藉料の賠償が認められた事例

 

東京高等裁判所判決/昭和56年(ネ)第1617号

昭和58年6月15日

損害賠償請求控訴事件

【判示事項】    癌の疑いある右乳房腫瘤に対する病理組織検査を遅延し患者が死亡するに至つたとし、開業産婦人科医につき、延命による利益侵害を理由とする慰藉料の賠償が認められた事例

【参照条文】    民法415

          民法709

          医師法23

【掲載誌】     東京高等裁判所判決時報民事34巻4~6号71頁

          判例タイムズ509号217頁

          判例時報1082号56頁

【解説】

 本件については、原判決(判タ447号120頁)の認定による事実経過を参照されたいが、原審では、むしろ、訴外亡Aが被告(被控訴人)Yのすすめる病理組織検査を拒否するという消極的態度を重くみて、Yにつき責任がないと結論したので、Aの夫である原告(控訴人)X1及びその間の子である同X2が控訴し、説明による組織検査の施行、ないし他の病院への転医をする義務に違背があると主張した。

 本判決は、「Aが乳房に腫瘤を感知したのは昭和49年10月以降であり、Yは、同年11月5日、定期検診に際しAの右乳房に腫瘤のあることを発見しながら、その後の診療ではこれに関心を示さず、これに対する対応措置のないまま同50年3月18日に至っているものであり、Aは同月22日N病院で右腫瘤が悪性であるとされている」と原審と異る事実を認定し、Aの妊娠の診察から昭和52年2月11日死亡に至る事実経過に基づき、Aの乳房に発生した腫瘤(しこり)は乳癌の可能性があるから、この原因の究明と、医療措置が必要不可欠であり、その診断方法として、視診等のほかその組織検査をするのが最も確実な方法であり、これが当時の医療水準上、医師の常識に属するものであるとし、Yは、昭和49年11月5日Aの右乳房に腫瘤を発見した際、これが乳癌でないかどうかにつき、右のような方法で究明し、ないし、他の専門の医療機関で受診するよう説明、指導する診療契約上の注意義務があつたのに、これを同50年3月18日まで放置したことは、債務不履行(不完全履行)であり、その免責の主張がない以上、右契約上の責任を免れないとし、乳癌とその転移を考慮して、右不完全履行とAの死亡による損害との間の因果関係は認めなかつたが、Aが相当期間延命できなかつたこととの間の因果関係を肯定し、適切な処置による生命の継続は保護に値する利益であるとし、この侵害につき精神的苦痛による慰藉料の賠償を肯定した。

 本判決と原審が結論を異にしたのは、前示のように経過事実の差異によることは明らかであるが、ここにおいても、因果関係と義務違背の牽連(被害者の過失と結果に対する因果関係を含む)を認めることができ、また、診断方法の採否につき、診療当時の医療水準が基礎となる判示をするものとして注目される。