代表取締役が取締役会の決議を経ないで重要な業務執行に該当する取引をした場合に無効を会社以外の者が主張することの可否
最高裁判所第2小法廷判決平成21年4月17日
約束手形金不当利得返還等請求控訴,同附帯控訴事件
『平成21年重要判例解説』商法2事件
【判示事項】 株式会社の代表取締役が取締役会の決議を経ないで重要な業務執行に該当する取引をしたことを理由に同取引の無効を会社以外の者が主張することの可否
【判決要旨】 株式会社の代表取締役が取締役会の決議を経ないで重要な業務執行に該当する取引をした場合、当該会社以外の者が取締役会の決議を経ていないことを理由にその無効を主張することは、当該会社の取締役会が上記無効を主張する旨の決議をしているなどの特段の事情がない限り、許されない。
【参照条文】 会社法362-4
会社法349-4
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集63巻4号535頁
判例タイムズ1299号140頁
金融・商事判例1326号37頁
判例時報2044号142頁
金融法務事情1880号36頁
1 本件は,X1が,株式会社であるAから,AのYに対する過払金返還請求権(以下「本件過払金返還請求権」という。)を債権譲渡により取得したとして,同請求権に基づき,その支払を求めた事案である。本件では,X2が,その所有し運営する墓地の使用権がYに帰属しないことの確認を求めた請求についても判断が示されているが,この点は判示事項として取り上げられていないため,以下説明を省略する。
2 前提となる事実等は次のとおりである。
Aは,平成16年5月に,約20億円の負債を抱えて事実上倒産したが,その時までに,Yからの借入れについて同社に対する過払金返還請求権を取得していた。他方,Aは,X1からも借入れをしており,倒産時に,X1に対する3億円余の貸金債務を負担していた。そこで,Aの代表取締役とX1の代表取締役は,同年12月,AのYに対する本件過払金返還請求権をX1に譲渡する旨の合意をした(以下この合意を「本件債権譲渡」という。)。本件債権譲渡がされた当時,Aには,本件過払金返還請求権以外に価値のある財産はほとんどなく,また,本件債権譲渡について,Aの取締役会の決議はされていなかったが,X1は,本件債権譲渡の際,これらの事情を知っていた。
3 X1の請求に対し,Yは,本件債権譲渡は,Aの取締役会決議を要する重要な財産の処分に当たるが,Aの取締役会の決議はなく,X1もそのことを知っていたから,本件債権譲渡は無効である等と主張して争った。原審は,Yのこの主張を認め,本件債権譲渡は無効であると判断してX1の請求を棄却したため,X1が上告受理申立てをした。
4 本判決は,まず,株式会社の代表取締役が,取締役会の決議を経てすることを要する対外的な個々的取引行為を,同決議を経ないでした場合に,同取引行為は,相手方が同決議を経ていないことを知り又は知り得べかりしときでないかぎり,有効であると判示した最三小判昭40.9.22(昭36(オ)1378号)民集19巻6号1656頁,判タ183号104頁を参照し,会社法362条4項に規定されている重要な財産の処分についても,同様に判断すべきことを示した。そして,同項が取締役会の決議事項であるとする趣旨は,代表取締役ヘの権限の集中を抑制し,取締役相互の協議による結論に沿った業務の執行を確保することによって会社の利益を保護しようとするものであるとし,その趣旨からすれば,原則として,会社のみが取締役会決議を経ていないことを理由とする無効を主張することができると判示した。その上で,本件債権譲渡はAの重要な財産の処分であり,Aの取締役会が本件債権譲渡の無効を主張する旨の決議をしているなどの特段の事情はうかがわれず,そうであれば,Yが上記の理由で本件債権譲渡の無効を主張することはできないとして,X1の敗訴部分を破棄し,破棄した部分を東京高等裁判所に差し戻した。
5 会社法362条4項は,各号に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定が取締役会の専権事項であり,取締役に委任することができない旨を規定しているが,代表取締役が,このような業務執行を,同決議を経ないでした場合の効力については,一般に,行為の内容に応じて,代表取締役による専横から守ろうとする会社の利益と,代表取締役等が有効な内部手続を経て行為するものと信頼して行為した第三者の利益とを比較衡量して検討すべきものと解されている(鈴木竹雄=竹内昭夫『会社法〔第3版〕』285頁,北沢正啓『会社法〔第6版〕』399頁,上柳克郎ほか編『新版注釈会社法(6)株式会社の機関(2)』165頁~167頁等)。すなわち,会社の内部の業務執行のみが関係するような場合を除いて,対外的な業務執行については原則として有効であると扱うというものである。そして,対外的な業務執行のうち,新株発行や社債発行といった画一的にその効力を定めることを要する集団的,団体的行為の場合には,相手方の主観的態様にかかわらず有効であると解するのが一般であるが,それ以外の行為については,行為の相手方の主観的態様によっては無効となり得るとされており,前掲最三小判昭40.9.22は,取締役会決議を経ない重要な財産の処分について,行為の相手方が取締役会決議を経ていないことを知り又は知り得べかりしときでない限り有効であると判断した。裁判実務上はこの判断が定着しており,本件も,取締役会決議を経ない重要な財産の処分の効力が問題となった事案であり,同判決に従って効力を考えるべきことをまず明らかにしたものである。
本件では,このように取締役会決議を経ない行為が無効となり得る場合において,その無効を主張できる者の範囲をどのように考えるべきかが問題となったが,従前,この点について判断した裁判例はなく,学説でもほとんど論じられていなかった(今井宏「代表権の制限と取引の安全」民商93巻臨時増刊号(1)149頁は,この点を明確に論じており,会社側のみが主張することができ,第三者は,会社が取引の無効を認めており,第三者自身がその無効主張につき具体的な利益を有しているときに限り無効を主張することができるとする。また,稲葉威雄「商法改正と銀行取引(1)」金法1002号6頁は,錯誤による意思表示の無効の場合と同様に考えるべきであるとする。)。
ただし,会社と取締役との利益相反取引について取締役会の承認が必要であるとした平成17年法律第87号による改正前の商法265条に関する当審の判例は,同承認を欠く場合の無効について,同法が会社の利益を保護する目的であることを理由に,取締役や第三者から無効を主張することはできないとしており(最三小判昭48.12.11民集27巻11号1529頁,判タ304号158頁,最一小判昭58.4.7民集37巻3号256頁,判タ498号92頁),これらの判例の評釈や担当調査官による解説では,無効を主張することができるのは会社のみである旨の理解が示されていたところである。会社利益の保護のために取締役会の専権事項とした趣旨からすれば,取締役会決議を経ない対外的な業務執行の無効を主張することができるのは原則として会社のみであると解することが相当であるということができると思われる。もっとも,当該会社は,事後の取締役会決議で承認することも可能であると考えられるため,会社のみが無効を主張することができるというのは,当該会社に無効を主張するか否かの選択権を与えるということになるものと考えられる。そうすると,そのような選択権を害することにはならない場合には,会社以外の者に無効主張を認めることもできると解され,本判決は,それを特段の事情として示しているということができる。本判決が「無効を主張する旨の取締役会決議」というのは,当該会社において無効を主張する意思が明確であることを示す一例として掲げたものであると考えられる。