県警察本部の支出した捜査費等に係る偽名領収書に記載された当該名義人の氏名,住所等に関する情報が滋賀県情報公開条例(平成16年改正前)6条3号所定の非公開情報に当たるとされた事例
最高裁判所第3小法廷判決平成19年5月29日
公文書非公開決定取消請求事件
『平成19年重要判例解説』行政法5事件
【判示事項】 県警察本部の支出した捜査費等に係る個人名義の領収書のうち実名とは異なる名義で作成されたものに記載された当該名義人の氏名,住所等に関する情報が滋賀県情報公開条例(平成12年滋賀県条例第113号。平成16年滋賀県条例第30号による改正前のもの)6条3号所定の非公開情報に当たるとされた事例
【判決要旨】 県警察本部の支出した捜査費等に係る個人名義の領収書のうち実名とは異なる名義で作成されたものに記載された当該名義人の氏名,住所等に関する情報は,当該領収書が,県警察本部においてその作成者から犯罪捜査に関する情報の提供等種々の協力を受け,その対価として捜査費等を支払った際に上記作成者の自筆により作成されたものであって,これが公にされた場合,情報提供者等に対し自己が情報提供者等であることが事件関係者等に明らかになるのではないかとの危ぐを抱かせ,県警察本部において情報提供者等から今後捜査協力を受けることが困難になる可能性を否定することができないなど判示の事情の下では,滋賀県情報公開条例(平成12年滋賀県条例第113号。平成16年滋賀県条例第30号による改正前のもの)6条3号所定の非公開情報に当たる。
【参照条文】 滋賀県情報公開条例(平成16滋賀県条例30号改正前)6
【掲載誌】 最高裁判所裁判集民事224号463頁
裁判所時報1436号181頁
判例タイムズ1248号102頁
判例時報1979号52頁
1 事案の概要
(1)本件は,滋賀県警察本部(以下「滋賀県警」という。)が平成10年度ないし平成15年度に支出した捜査費等に係る個人名義の領収書のうち実名ではない名義で作成されたもの(以下「本件領収書」という。)について,滋賀県情報公開条例の定める非開示事由の存否が争われた事案である。
(2)検察庁や警察本部は,具体的事件の捜査活動に関連して秘密裏に内偵調査等の情報収集を行ったり,必ずしも一定の事件を前提とせずに,重要な又は頻発している犯罪類型についての背景事情や継続的に敢行される組織的犯罪に関する情勢,今後問題となり得る犯罪の情勢,一定の犯罪組織ないし集団の動向等に関する情報収集を行う場合があり,これらに関連して,有用な情報を提供できる見込みのある者,事件関係者等の周辺に存在する者等と接触し,情報の提供や種々の捜査協力に対する対価として,これらの者に一定額の謝礼等を支払う場合があるようである(例えば,情報公開・個人情報保護審査会の「平成18年度(行情)答申第307号仙台高等検察庁における平成10年度分の調査活動費に関する支払明細書,領収書等の一部開示決定に関する件」に示された検事総長の理由説明書参照)。これらの対価は,調査活動費,捜査報償費,捜査費,捜査協力費等と呼ばれているが,事柄の性質上,上記のような調査には密行性が求められるばかりでなく,このような調査活動が察知されると,調査対象者らによる罪証隠滅や,情報提供者等に対する報復等を招きかねず,今後の情報収集等の活動が困難になるとして,これらの捜査費等の支払に係る領収書,支払明細書その他の会計書類の開示請求がされた場合,実施機関においては,非開示処分をするのが通常である。
(3)本件における原審確定事実は,①滋賀県警においては,犯罪捜査に際し,捜査関連情報を有していると思われる者等に対し情報提供を求めるほか,犯罪等に関連しない一般人に対しても種々の協力を求め,その場合に受けた協力又は情報等の内容,程度,頻度等の諸事情を勘案して,これらの情報提供者等に捜査費等として現金を支払う場合があった,②その場合,滋賀県警は,情報提供者等が住所,氏名,受領年月日及び受領金額を自筆で記載した領収書の交付を受けていたが,事件関係者等の周辺に存在する情報提供者等が,何らかの事情で情報提供者等として特定されることを危ぐし,実名による領収書の作成に難色を示した場合は,その意向を受け入れ,受領年月日及び受領金額については真実に合致した記載を求めるものの,受領者の氏名及び住所については,たとえ真実でない記載がされたものであっても,正規の領収書として取り扱い,その交付を受けていたというものである。
滋賀県の住民であるXは,滋賀県情報公開条例(平成12年滋賀県条例第113号。平成16年滋賀県条例第30号による改正前のもの。以下「本件条例」という。)に基づき,Yに対し,本件領収書の開示を請求したが,Yから,本件領収書には本件条例6条3号等所定の非開示情報が記録されていることなどを理由として,公文書非開示決定を受けたことから,同決定の取消しを求めた。これが本件である。
なお,本件条例6条3号は,「公にすることにより,犯罪の予防,鎮圧または捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報」を公文書開示の例外である非開示事由として定めている。
(4)1審判決(大津地判平17.1.31判タ1216号133頁)は原告の請求を棄却したが,控訴審判決(大阪高判平18.3.29〔最高裁HP〕)は,一般論として,「〔Yの主張は,〕開示請求情報が〔本件条例6条3号所定の〕非公開事由に該当するか否かの判断に際しては,裁判所が,行政の専門性に即した実施機関の第一次判断を尊重し,その判断が合理性を持つ判断として許容されるべき限度内のものか否かを審理判断すベきであるとの意味では採用できても,当該該当性判断が裁量処分に属するとの主張は所詮採用の限りではない。」と判示した上,本判決理由3項のとおり説示して,Xの請求を認容すべきものとした。
(5)原判決に対し,Yが上告受理申立てをした(上告事件に対しては上告棄却決定がされた)。
2 本判決の判断
本判決は,上記1(3)の事実を前提として,本件領収書に記載された当該名義人の氏名,住所等に関する情報は,同領収書が,滋賀県警においてその作成者から犯罪捜査に関する情報の提供等種々の協力を受け,その対価として捜査費等を支払った際に上記作成者の自筆により作成されたものであって,これが公にされた場合,情報提供者等に対し自己が情報提供者等であることが事件関係者等に明らかになるのではないかとの危ぐを抱かせ,滋賀県警において情報提供者等から今後捜査協力を受けることが困難になる可能性を否定することができないなど判示の事情の下では,本件領収書の記載が公にされた場合,犯罪の捜査,予防等に支障を及ぼすおそれがあると認めたYの判断が合理性を欠くということはできないから,本件領収書には本件条例6条3号所定の非開示情報が記録されているというべきである旨判示して,原判決のうちY敗訴部分を破棄し,同部分につきXの控訴を棄却した。