合併・事業譲渡・会社分割と労働契約関係 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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合併・事業譲渡・会社分割と労働契約関係

企業組織再編に伴う労働契約関係の承継に関して、労働者には2種類の不利益が想定されます。

一つは、労働者が望んでいないにもかかわらず、雇用関係が現在の企業から新たな企業に強制的に移転・承継されるという不利益(以下、「承継される不利益」といいます。)です。具体的には、賃金等が新たな条件になること、退職金の対象期間が短くなること等が考えられます。

もう一つは、労働者が望んでいるにもかかわらず、雇用関係が現在の企業から新たな企業に承継・移転されない不利益(以下、「承継されない不利益」といいます。)です。具体的には、現在の企業に残ることによって企業組織再編後に倒産するリスクにさらされることや従事していた業務から切り離されること等が考えられます。

以下では、合併・事業譲渡・会社分割の権利義務承継の性質と労働者に生じる2種類の不利益を考慮して、企業組織再編に伴う労働契約関係の承継について説明します。

なお、企業組織再編に伴う労働契約関係について詳しくは、拙著『M&Aの法務第2版』第4章に記述しています。

1 合併と労働契約関係

 合併における権利義務の承継は「包括承継」です。「包括承継」の場合、当事者の個別の同意を要せず、従前の企業の権利義務関係の全部について当然に承継という効果が発生します。そして、労働契約関係についても当然に新設会社または存続会社に包括的に承継されることになります。

合併の場合、労働契約関係が包括的に承継されますから、「承継されない不利益」は考える余地はなく、また、従前の会社は合併によって消滅してしまう以上、「承継される不利益」も想定されません。

したがって、合併の場合、労働契約関係が包括的に承継され、かつ、労働者に不利益が生じることが想定されないため、労働契約関係について、特別の立法措置は講じられていません。

2 事業譲渡と労働契約関係

 事業譲渡における権利義務の承継は「特定承継」です。すなわち、合併の場合とは異なり、当事者が個別に同意することによってはじめて権利義務関係の承継という効果が発生します。そして、労働契約関係についても、譲渡会社、譲受会社、労働者の三者間の合意によって承継の有無が決せられることになります。

事業譲渡の場合、労働者の同意がない限り、労働契約関係が譲受会社に承継されることはありませんから(民法6251項)、労働者に「承継される不利益」が生じることはありません。他方、譲渡会社・譲受会社間の合意がなければ、労働契約関係の承継がないので、労働者にとって「承継されない不利益」は生じることになります。

この点、事業譲渡の労働契約関係について、特別の立法措置は講じられていません。これは、後述の、会社分割の場合について、労働契約承継法による労働者保護の詳細なルールを設けたことから、事業譲渡については特別の立法措置を設けず、組織再編の多様性・柔軟性を残しておこうとしたためです(「企業組織変更に係る労働関係法制等研究会」座長の菅野和夫教授は、事業譲渡について現時点では立法措置をしないこととした点について、「特定承継をルールとした事業譲渡という企業組織再編の手段を残すことも必要ではないか」と発言されています。2000228付週刊労働ニュース第二面)。

もっとも、個別事案において労働者の保護が必要と考えられる場合には、裁判所が、雇用承継の黙示の合意を認定したり、法人格否認の法理によって、労働者の「承継されない不利益」に対処しています。

3 会社分割と労働契約関係

会社分割における権利義務の承継は「部分的包括承継」になります。これは、合併の場合と同じく、「包括承継」という効果が生じるものの、その範囲が分割計画で分割の対象とされた部分に限定されることを意味します。

会社分割の場合、労働契約関係について、分割計画に分割の対象として記載されれば、労働者の同意を要することなく、当然に新設会社または吸収会社に承継されることになります。したがって、労働者にとって「承継される不利益」が生じうることになります。また、承継対象とされるかどうかは、分割計画に記載されるかどうかによって定まりますから、会社は自由に承継対象者を選別できることになり、労働者にとって「承継されない不利益」も生じることになります。

そこで、「承継される不利益」が生じる一定の場合と、「承継されない不利益」が生じる一定の場合に、労働者に異議を述べる機会を与えて、労働者の保護を図ったものが労働契約承継法です。

「承継される事業に主として従事する」労働者は、会社分割の場合における新設(吸収)会社への雇用の承継が保障されます。すなわち、これらの労働者の労働契約については承継対象となる権利義務として分割計画に記載されるべきと考えられ(労働契約承継法3条)、分割計画に記載されなかった場合でも、これらの労働者が異議を述べれば、その労働契約は新設(吸収)会社に承継されることになります(労働契約承継法4条)。これに対し、承継事業に従としてしか従事してこなかった労働者は、分割会社での雇用が保障されます。すなわち、これらの労働者が承継対象として分割計画に記載された場合でも、労働者は異議を述べて分割会社に残ることができます(労働契約承継法5条)。

これらの取扱いは、当該労働者が主として従事してきた職務と切り離される不利益を考慮するものです。