ひな祭り

今年は、ちらし寿司に、
錦糸卵を焼いて、菜の花を茹でて、
醤油イクラ・サーモンをトッピングしただけ。。。
はまぐりのお吸い物は、はまぐりの身・お麩・三つ葉だけ。
我が家で紅一点の私も、もはや、いいお年ですから
ひっそりと。。。
息子たちにも、ちらし寿司と煮物を
お弁当にして届けてきました。

今年は、シニア二人の桃の節句ですが
それでも夫が数日前に
ひなあられを買ってきてくれました。
LINEメールのついでに
『おひなまつり おめでとう(*^^*)』
とありました。
おめでとう!っていうのでしたっけ(笑)
何はともあれ
元気に⚪︎⚪︎回めの桃の節句を迎えることができました。。。
ありがたいことです。
(((o(*゚▽゚*)o)))

私のお雛様は、数年前まで
母が毎年飾ってくれておりました。
写真をUPしようと思いましたら
前の携帯に保存のままでした。
残念!
さがしてみましたら、、、
パソコンに、数年前の、飾る途中の写真がありました。
多分、父が亡くなった後
母が雛壇を工夫して飾ったときのものだと思います。
(雛壇は板でいつも父が作ってくれておりました。)
飾る途中ですから
ひなあられ(お炒り)も菱餅も
まだあがっておりません。
御殿などの飾り付けもまだですが
最近の写真は、唯一これだけですから
雰囲気だけでもブログに遺しておけたら、、、と
パソコンからおこしてUPしてみました。
当時、気の早いカメラマンは私です。
f^_^;) お手伝いもしないで。。。
半世紀以上も前のおひなさまです。
(((o(*゚▽゚*)o)))
どんな時代だったのでしょう。。。
私の記憶にある頃でさえ、ずいぶん昔です。
鮮やかだった左右のぼんぼり、桃の花と蜜柑の色も
薄くなってしまいました。

私の年代で五段飾りは珍しかったようで
幼稚園のとき、先生引率で
我が家にクラスのお友達がお雛様を見に来てくれました。
私の初節句の頃(半世紀以上前)は、
お雛様自体がなかなか手に入らなかった時代だったそうで
曽祖母・祖父母・父母・叔母たちまでもが
初孫の私のために苦労して、さがして回り
やっと手に入れることができたそうです。
母は、毎年必ず、飾ってくれました。
まだ私がふるさとにいた頃も、
父母が関東に引っ越してからも
父が亡くなってからも
ずっと飾ってくれました。。。
(一昨年から、母の体調など考えまして
私から申し出て
飾るのをやめてもらっております。)
私のお雛様。。。
父母は大切に
九州から関東に連れてきてくれました。
いつも父が五段の棚を作って、紅い毛氈を敷いて
祖母と母が御殿の組み立てをして
お雛様ひとりひとりに声をかけながら
そうっと並べておりました。
私が自分の手で飾ったのは、長男が6~7歳、次男が1~2歳頃
九州の実家に里帰りしていたときが最後だったと思います。
飾るのも一大事。。。
そして、しまうのもまた大変ですが
みんなで丁寧にしまうのも
またゆったり優しい気持ちになれるひと時です。
歴史。。。
だんだん古くなって
ミニチュアのお椀などのお道具も
あちこちほころびがきております。。。
母一人に任せてしまうのはとても大変です。
私も、なかなか お手伝いに行けませんので
とても心苦しいのですが
母と妹と相談して、飾るのをやめました。
(本来なら私が飾るべきですが、、、)
私の年とともに
何十年もの間。。。
(((o(*゚▽゚*)o)))
父が亡くなってからも、、、
ひとりで、ずっと
続けてくれた母に感謝です。
私も母も
お雛様を飾る回数だけ年をとりました。。。
いつかまた、五段の雛壇を作って
ゆっくり、お雛様の顔を見ながら
一人一人に話しかける余裕ができましたら
きっと
飾りたいと思っています。
明日、母に会いますから
そんな話をしながら
改めて感謝したいと思います。
(((o(*゚▽゚*)o)))
お母さん、ずっと、ありがとう。。。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
昨年2012年は、息子たちも居りましたから
桃の花を飾りました。
昨年の桃の花の写真ありましたので。

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【2014年3月4日 火曜日の夫のお弁当】
◉昨夜のちらし寿司
(トッピングは錦糸卵だけで、生もの無し)
◉ポークソテー
◉煮物
(大根・人参・さつま揚げ・ちくわ・干ししいたけ・長ネギ)
◉菜の花のからし醤油和え
◉昆布佃煮

朝、バタバタして、ヨーグルトを忘れてしまいましたから
夫に本日分として購入するようLINEを入れておきましたら
ちゃんと買ったようです。
ホッ! (^_^)v