選挙の投票率を問題にして民主主義を考えてきましたが、選挙とは違う大切な視点もあります。
それは、人々が互いに話し合う「論議」という視点です。


この社会には様々な人々が様々な価値観を持って生活を営んでいますが、これが時にはぶつかって争ったり混乱を引き起こしたりすることもあります。
それは、個人のレベルから国家のレベルに至るまで考えられますが、最悪の事態は戦争です。


もっとも、戦争を価値観の相違だけで論じるには限界がありますが、ここはある程度図式的にとらえてみます。

ただ、面白いのは(というか大きな勘違いなのは)「民主主義国家」を自任する国やマスメディアが、
敵対するあるいは考え方が相いれない他者(他国)を「独裁主義」とか「権威主義」国家と決め込み、
自らの国あるいはそれを構成する人々が民主主義に基づいた生き方をしているかのようなとらえ方をしていることです。


この論理で言うなら、「社会主義」国家や社会主義は民主主義とは異なるため、それに則る国家や人間は民主主義に基づく生き方をしていないことになるわけです。
考えてみましょう! 例えばあの安倍晋三氏は民主主義者だったでしょうか⁈
今、アメリカで大統領選挙を争うトランプ氏が民主主義者でしょうか⁈


話が国家レベルになると民主主義の因子が増えるので、この辺で話を戻します。

多様な価値観を持つ人々が社会の中で一定の合意を形成して集団生活するには話し合いが不可欠です。
この話し合う力(論議力)が民主主義を創っていく上で重要です。
それこそ独裁主義や権威主義に陥るのは、論議が軽んじられたり論議を尽くさなかったりするからです。

今の日本における自公政権が良い(悪い!)例です。


集団には家族や友人といった日常の人間関係から地域の自治会、学校や会社、自治体から国に至るまで色々ありますが、
この中で必要に応じてしっかりと論議が行われていれば民主主義が機能していると言えます。


因みに私は今、「地域のコミュニティーづくりに寄与する自治会の在り方」を念頭に置いて自治会運営を行っていますが、容易ではありません。
そうです。まだまだ民主主義が活性化していないのです。
ここは大人が民主主義を実践できるかが問われているのです。


(つづく)



<すばる>



《薬剤師1万人を推進委員にとは》

先日都内の薬局に処方箋を持っていった。
以前受付で「マイナ保険証はお持ちですか」と聞かれ「作っていません」と返答した。
今回は「お薬手帳」を出したので何も聞かれなかった。

しかし、後から来た人ほぼ全員に「マイナ保険証をお持ちですか」と聞いていた。
薬局は混んでいて、薬を貰うまで50分も待った。

暇なので「マイナ保険証をお持ちですか」と何人に声掛けするか数えてみた。
なんと21人だった。
来る人すべてに声掛けする大変さに同情してしまったが、これは薬剤師ら1万人を「デジタル推進委員」にしているからだ。

本来の目的のデジタル推進委員とはデジタル庁が任命した、デジタルに不慣れな人をサポートするボランティアで携帯電話会社の職員を中心に4万5千人がいる。
これに新たに薬剤師ら1万人を加えたのだ。



東京新聞(6/28)よると推進委員は、患者に利用を勧めたり機器の使い方の相談に応じたりする。
これを始めると業務が回らなくなったと云う。
患者に尋ねられると説明に時間がとられ、次の人への対応が遅れてしまうことも多く、待ちきれずに帰ってしまう人もいたとか。

取材に応じた薬局の女性は「強引な普及策で迷惑がかかるのは患者さんたち。推進委員にはなりたくない、
利用促進よりも患者さんの健康を考えるのに時間を割きたい」とコメントしたが、このような現場の声を河野デジ大臣や政治家は謙虚に受け止めるべきである。



《薬剤師はマイナ保険証のセールスマンなのか》

また、ある薬剤師は「推進委員はボランティア」であり薬局をマイナ保険証の普及に駆り立てる政府のやり方に、
「私たちはマイナ保険証のセールスマンではない」と話したが、「本部からの指示」でありやらざるを得ないとのことだった。


薬局内の壁には「12月2日から現行の保険証は発行されなくなります」のチラシが張ってある。
このチラシは後期高齢者である私の保険証が来た封書の中にもあったが、裏ページの下段に「マイナンバーカードを保有していない方には、
申請されなくても『資格確認書』が交付され、引き続き医療を受けることができます。」
の文言があった。

不安を除く為にもこれを一番先に書いておくべきだ。


40万円の支援金を餌にして、マイナ保険証の利用率を上げることに躍起となっている河野デジ大臣だが、
患者と真摯に向き合っている医療現場の看護師や薬剤師を本来の業務から遠ざけている愚かさを知るべきである。




《改正マイナンバー法の危険な罠に注視しよう》

7/3付け日刊ゲンダイで斎藤貴男氏は語る。

「5月末に可決・成立した改正マイナンバー法は、マイナンバーカードの全機能をスマホに搭載することを可能にした。
12月には現行の保険証の発行が停止される。カードとの紐づけを拒む者から医療を受ける権利をはく奪するのが最終目的だ。
既に複数の自治体が予防接種や医療機関の診察券、介護保険証などとの一体化を推進。年度内に運転免許証も例外でなくする意向だ。
私たちはマイナンバーカード機能が載ったスマホを絶えず持ち歩いていないと何もできず、生きていけない様にされようとしている。
東京と大阪の地方議員が偽造カードでスマホを乗っ取られる被害も起きた。
今後、マイナ保険証を携帯していない患者を後回しにとか、既に医療費を高くするなど差別も始まっている。」



政府とマイナンバーカードにうごめく巨大資本に、国民は支配・監視されている社会が目の前にあることを知らなければならない。        


2024/7/27



<デジタル弱者でささやかな抵抗を 「デラシネ」>
 




《医療機関の相次ぐ廃業が止まらない》

政府は今年の9月までに医療機関にマイナ保険証の完全実施を義務化し、これまで最大20万円だった支援金を40万円にして、「実質負担はゼロ」と宣伝している。

ところが3~4月の2ヵ月で東京都内の病院・診療所・歯科医院の295が廃業したと云う。
医療機関の廃業は昨年全国で709機関なのに、都内のたった2ヵ月で300近い廃業は異常と云える。

理由は顔認証システム等の読み取り機設置の問題ではなく、医療費の「オンライン請求」の義務化だと云う。
これまで診療報酬明細書はCD―ROMに入れて、保険請求団体に郵送していた。
これからは電子データをオンラインで送る。
これはNTTの光回線の敷設が必須で、古い建物に入っていると工事に数百万かかる事例もあり、また患者の少ない地方では設備にお金をかけられず、あきらめる医師も多いと云う。

全国保険医団体連合の調査によると今年1~5月に全国で1413件の歯科の廃止届があり、「マイナ保険証が義務化」されたら廃業せざるを得ないとの回答は19%で、全国で1万712機関が廃業の可能性があると試算している。 
(7/10日刊ゲンダイ 7/12東京)



《マイナ保険証は医療機関の足かせと化している》

 5月のマイナ保険証利用率はたった7.73%だが、利用の際「無効・該当者なし」と表示されトラブルがあった医療機関は66.3%もあった。
また、顔認証付き読み取り機の不具合は48.4%だった。
現行の保険証だと資格確認は月に一回だが、マイナ保険証は受診の都度必要で、高齢者は顔認証が難しく、エラーが出ると4桁の暗証番号が必要だが覚えていない患者が多い。
かえって窓口が混乱して、時間がかかっていると云う。結局紙の保険証の提示になってしまう。
それだったら初めから紙の保険証を出せばよいのだが、そうならないのは厚労省が医療機関にマイナ保険証の利用促進の圧力をかけているからだ。



《11月までに利用率50%の目標設定は可能なのか》

東京新聞7/14朝刊には厚労省は12月に現行の保険証を廃止することを表明し、11月でマイナ保険証の利用率を50%の「ノルマ」として各保険組合に要請した。
当然保険組合は反発している。

ある保険組合は「4月にやっと利用率4%をこえた。マイナ保険証が便利であれば勝手に広がっていく。国が組合に言っても利用率を上げる気はない」
とさじを投げる。

また、別の保険組合は「目標は5%と回答した。
そもそも利用率を強制的に上げるために保険証を廃止するのだから目標設定は不要と判断した」
と話す。
 

このようにマイナ保険証を「歓迎する」保険組合や医療機関の声は殆ど聞かない。
マイナ保険証に変更してもシステムエラーやトラブル続きだと紙の保険証が便利と誰しも思うが、政府は何が何でも強引にマイナ保険証に移行させようとしている。 


現行の保険制度で何の問題もなく機能している医療が、自分に都合の悪い質問に全返答せず「次の方どうぞ」を繰り返した「自己チュー」で「ブロック太郎」と揶揄された河野デジ大臣によって壊されつつある。

医療崩壊とはならないものの、医療を盾にとって国民を支配する下心が丸見えである。


2024/7/26               

<現行保険証を1年延長した「デラシネ」>

2015年に公職選挙法が改正されて「18歳選挙権」が成立しました。
当然ながら、これに伴い高校生の政治活動を抑制していた「1969年通知」が廃止となりました。
これが「2015年通知」というものです。

そして、いよいよ10代の若者が主権者として登場するわけですが、これが容易に投票率が上がらず政府も困惑する中、
2018年に文科省が「主権者教育推進会議」を設置して議論を進めてきました。
2021年、「今後の主権者教育の推進に向けて」という最終答申を出しました。

この内容は、イギリスのシティズンシップ教育や先に紹介したドイツの政治教育を参考にして一部取り入れた内容になっています。
即ち、授業で具体的な政治的事象を取り扱うよう促しており、「正解主義」ではなく「学びの主体」である子ども自身の力量を高める授業改善が求められました。

これは、授業内容を論争的なものに変えていく必要性を訴えているものと理解できます。
そのために「政治的中立性」を改めて周知すべきだとしています。

しかし、実際に授業を行う際には「現実の具体的な政治的事象を取り扱うにに当たり、配慮のなされた教材」が必要とされ、
学校や教育委員会が第三者的立場にあるNPOやシンクタンク等の外部団体と連携して「適切な教材」活用が求められています。

要するに教員が自ら教材を求め、目の前の児童や生徒としっかり向き合って、自分なりに工夫して授業を展開していくことは軽視されがちです。
これでは、従来の上からの「お膳立て押し付け型授業」の域を一歩もでることはできません。

いや、それ以前の問題として、2015年通知が「指導に当たっては、教員は個人的な主義主張を述べることは避け、
公正かつ中立な立場で生徒を指導すること」とされており、これが教員を委縮させる原因にもなっている可能性もあります。
さらに日本の場合は、教員の政治教育を理解できない保守系の議員たちが問題視して、議会で取り上げ、
それを受けて教育委員会が現場に聞き取り調査等をすることもありました。

こうしたことから、現場での授業は投票箱を選管から借りてきて模擬投票する程度で終わる可能性もあります。
現実の政治に参加するとは選挙による投票行為だけではありません。
街頭デモや集会に参加することも政治参加の一つのはずです。

そして、大切なのは自分が置かれている社会を見つめること、行動することです。
生徒にとっては、自分たちの最も身近な社会とは学校です。
例えば、学校の校則や授業の在り方に意見を具申して、より良いものに変えていくのも立派な政治参加と言えます。
民主主義とは足もとの問題をしっかり見つめることから始まると言っても過言ではありません。

教員にしても、ドイツと同じように生徒から「先生はどう考えますか?」と問われたら「私の意見は言えません」では済ませられないでしょう。
それこそ「正解主義」を超えた授業ならば、教員の意見は一つの意見に過ぎず、生徒たちが議論しながらそれぞれの意見を持つようになるはずです。

教員は特定な主義主張へ生徒を誘導するような授業は行ってはならないし、仮にそんな授業なら生徒自身が離れていくことでしょう。

それにしても、「主権者教育」などと言われる以前の授業は、生徒を誘導するような授業が当たり前に行われていたのが現場の実態です。
いや、もしかしたら今でも他の様々な教科において、押しつけ型の授業を百年一日のごとく行われているかもしれません。
その意味では、「主権者教育」や「政治教育」なるものが意識され始めた今、この国の教育を根本から変えていく良い機会になるのではないでしょうか。


(つづく)



<すばる>

 

日本の教育をその起源にさかのぼって語ることは今回の主な課題ではないため端折るが、
近代公教育の黎明期において「education」は「発育」と訳すべきだとする福沢諭吉に対し、
初代文部大臣になる森有礼は「教育」と名付けたというようなエピソードもあるように、
公教育は教え諭すもの・上から与えるもの的なニュアンスだったことを念頭に置いておく必要はある。


日本もドイツ同様に第二次世界大戦で敗戦国となり、その戦争政策を反省して戦後の民主教育づくりに奔走した時期があった。
それこそ、文部省はその先頭に立って民主主義に基づく制度化を行った。

そんな中で1947年には教育基本法も制定され戦後教育の基盤が確立されていったのである。
(この「47教基法」は2006年に安倍内閣によって改訂されてしまった。)
文部省による指導要領も今では信じられないような民主的な理念に満ち溢れていた。
とりわけ社会科の果たす役割は大きく、文部省が示す教育の目的そのものを具現化するものであった。


しかし、日本の「逆コース」化への転換は早かった。
背景にはアメリカがGHQを使って日本を「反共」の砦として操ろうという企みがあった。
非現業公務員のストライキを禁止する等の措置が相次ぎ、
労働組合を弾圧し「行き過ぎた」民主主義的思想や行動をも規制されるようになった。

これは明らかにアメリカの思惑を超えた自由思想や運動を取締る方向へ進み始めたと言える。
アメリカ政府を忖度した日本政府の素早い方向転換であったのである。


ここにおいて、一時は日本の民主化のために大きな役割を与えられた学校教育も徐々に変質していった。

1954年には教育二法と言われる「教育公務員特例法の一部を改正する法律」と
「義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法」が成立し、
教育労働者の行動が大きく制限されることになった。

その流れは1957年に始まった勤務評定による教員分断政策に続き、翌1958年には「道徳」が特設され修身の復活かとさえ言われた。

これに対して日教組は地域住民と共に勤務評定反対闘争を大規模に展開した。


その後、弾圧されつつも戦後民主主義の創造への思いは強く、教員のみならず労働組合も現場で果敢に闘いを続けた。
そうした日本の社会運動がピークに達したのは1960年の安保闘争である。

その闘いは敗北し、この辺りから教育への攻撃も一層強まり、全国学力テストの強行実施がなされていった。
ここでも日教組は「学テ反対闘争」を組織して教育の画一化や学校間分断・教員間分断政策と闘うのであった。


この勤評・学テ反対闘争は質的にも量的にも戦後の教育労働運動では画期的ではあったが、
その闘いに恐れを感じていた政府文部省は、闘争が沈静化した後も執拗に日教組をはじめとする闘う教員集団を抑え込み、
あわせて児童生徒の在り方にもタガをはめるようになった。

それは、折しも60年代末期の大学闘争の高揚が当局を一層頑なにさせたと考えられる。


その結果、1969年(昭和44年)の文部省通知「高等学校における政治的教養と政治的活動について」である。
具体的には、未成年者である高校生に対しては「政治的活動にはしることのないようじゅうぶん指導を行なわなければならない」と、
実質的に禁止との見解を示したのである。


これは、先の教育二法とともに教員側にとっても大きなプレッシャーとなっていった。
生徒に対し、現実の社会をどのように提示して学習を進めていくべきか非常に困難を強いられることになったわけだ。
主体的な学習を推進するには、実社会をありのままにとらえて生徒自身が考えるような指導をする必要があるのに、
「政治活動にはしることのないよう・・・」「政治的中立の確保・・・」なる文言が頭をよぎるのである。

その結果、表面的にサラッと済ませて深入りしない教員が増えていくことは容易に想像できるのあった。


(つづく)



<すばる>


 

選挙の投票率だけで民主主義の成熟度は測れるわけではないが、重要な指標であることに違いはない。
因みに、2021年のドイツ連邦議会選挙の投票率は76.60%であり、同年に行なわれた日本の衆議院選挙の55.93%を遥かに上回っている。
尚、この際の10代の投票率は定かではないが、例年から累積すると少なくとも70%は超えていると思われる。

大雑把に言うなら、若者だけで比較しても7割対3割でドイツが日本を圧倒しているわけだ。
何故、これほどまでの差が出るかは、偏に教育の違いではないかと思う。


戦後ドイツの教育は、民主的と言われたかつてのワイマール憲法下で生まれたナチス政治への反省に立っている。
さらに加えるなら、旧ソ連や東ドイツの政治体制(「共産主義」)にも反対し、戦後民主主義の価値観を守り発展させるために始められた「政治教育」を重要視している。

したがって、戦後民主主義があっという間に崩壊し、「逆コース」化をたどった日本とは全く異なる風土の下に教育がなされているのだ。


ドイツでは、1964年に連邦内務省に、主権者教育を担う「連邦政治教育センター」が設けられ各州ごとに運営されているが、次の3点は共通している。

①市民に対して政治とは何かを伝える
②市民に民主主義を促す
③市民に政治参加することや参加することへの興味を促す

これらの理念は単に教育が学校に限ったものではないことを表している。
そして、センターには教育で使用する教材等の資料も完備されているという。

しかし、学校教育の中で行うということから、政府は運用の基準を定めている。
それは、特定の政党に偏らない「政治的中立性」の担保という点である。
この観点が学校教育で極めて重要視され、必要以上に圧力をかけてきたのが日本の教育であるが、この点については、あらためて述べたい。

ドイツで学校で行う政治教育において、守らなければならない3つの原則を1976年に決めた。
いわば中立性の根拠ともいうべきものだ。

① 教員は生徒の期待される見解を持って圧倒し、生徒が自らの判断を獲得するのを妨げてはならない。(圧倒の禁止)
② 学問と政治の世界において論争があることは、授業の中でも論争があるものとして扱わなければならない。(対立する立場の尊重)
③ 生徒が自らの関心・利害に基づいて効果的に政治に参加できるよう、必要な能力の獲得が促されなければならない。(政治参加の能力育成)


これだけでは具体性に欠けると思われるので、さらに付け加えるならば、以下のようなことだ。
生徒たちに自分の政治的意見を持つように指導する際、教員自体が「では、先生はどういう考えですか?」と生徒に問われて答えないわけにはいかない。
そこで、教員自身の政治信条に基づく主張をするわけだ。
これは、政治教育の在り方としても認められている。
ただし、教員が自分の意見を述べる際は、他にも色々な主張があることも併せて述べなければならないことになっている。
これが、いわば「政治的中立性」を担保したことになる。

日本のように「先生は特定の政党の主張をしてはならない」などというケチな言いがかりは付けられない。

つまり、教員も生徒も自分の意見を持ちつつも、他の意見にも論理があることを理解しなければならない。
そして、互いの意見の違いを認め尊重し合うことが大切だとされている。

こうした教育が日常的に行われていれば、きっちり論争もできるし、選挙時に自分の一票も自信をもって投票できることだろう。


(つづく)



<すばる>


 

今日は東京都知事選挙だ。
都民の選択がどういう結果になるかが注目される。





ところで、この選挙という民主主義を成立させるに欠くことのできないツールが、私たちの国ではあまり重要視されていない。
それは投票率というデータで読み取れる。

最近の国政選挙(2016年~2022年)での年代別投票率を見てみると、以下のような結果が示された。


2016年には18歳選挙権が認められた最初の国政選挙(参議院選)があった。
ここで、10代の投票率は46.78%を示し35.60%の20代より上回った。
しかし、60代の70.07%と比して遠く及ばないどころか全体の投票率54.70%にも届かなかった。

翌2017年の衆議院選挙で見てみると、10代は40.49%、20代は33.85%、60代は72.04%、全体では53.68%だった。
全体の投票率も若干低下したが、前年より上昇したのは60代だけで若者層は下がっている。

それから2年後の2019年の参議院選挙では、10代は32.28%、20代は30.96%、60代は63.58%、全体は48.80%と軒並みに下がっているが、
10代と20代は3割強の人間しか選挙に行ってないという衝撃的な結果となった。

3年後の2021年に行なわれた衆議院選挙では、10代:43.23%、20代:36.50%、60代:71.38%、全体:55.93%と、
全般に投票率は上がっているが、年代別の傾向は相変わらずの状況だ。

さらに2022年に行なわれた直近の参議院選挙では、10代:35.42%、20代:33.99%、60代:65.69%、全体:52.05%と、
参議院選だけで見るとどの世代も前回よりは上がってはいるが、前年の衆議院選挙よりはどの世代も下がっている。


長々と投票率の資料を見てきたが、過去5回の国政選挙の結果からはどの選挙も世代別には全く同様な傾向が見て取れる。
即ち、若者の投票率は著しく低く、とりわけ若者のリーダー層とも言える20代の投票率があまりにも低いという事実を確認せざるを得ない。


(つづく)



<すばる>
 

 法務省では27日、高齢化や担い手不足を背景に、持続可能な保護司制度の確立を目指す有識者会議が開かれた。

現役保護司から「家族の不安が高まっている」と報告され、安全確保や家族へのアンケート実施を求める意見も出たと云う。

太田達也教授(慶応大)は、
「毎年新規の保護観察対象者が2万人以上いる。千人程の保護観察官が全ての対象者の面接や指導に当たることは不可能で、
地域の情報や人材ネットワークを持つ保護司は更生や支援に欠かせない」
と語る。
(6/28朝日新聞)






 《60年ぶりのあってはならない惨劇》

 保護司が殺害された事件は、1964年北海道羽幌町で男性保護司が以前担当していた男に刺殺された1件で60年ぶりの悲劇と言えるが、
保護司が暴行されたとか脅されたとか、車を乗り逃げされたとかの話は聞いたことがある。
このような例はまれとは云え、不安を抱かせなり手の減少だけでなく辞める保護司も増えていく気がする。




《対人対応能力が求められる保護司》

 保護司は面接の際に対象者の生活面や心の相談、就労状況や就労支援、少年であれば親子関係の相談にも応じる。
発達障害がある対象者なら「障碍者相談センター」との連携なども必要となる。  
事件内容や年齢・家庭環境、対象者の個性などに応じて、ある意味臨機応変に対応できる保護司でなければ務まらない。
それゆえ保護司には、退職教員や校長、PTA役員経験者、宗教関係者が多いのも一理あるが、議員や役所関係の退職者、警察関係のOBも比較的多い。


新聞報道に首都圏の50代女性保護司は、事件内容が「殺人や放火、性犯罪」だったら断るとあったが当然と思う。
性犯罪者は男性が多く、女性保護司が担当することは殆どないと思うが、男性保護司で断る人もいて、自分に回ってきて大変だったなど聞いたこともある。
誰もが気軽にやれるボランティアではないし、それなりのハードルの高さがある。



《面接すら困難もある》

今は対象者の気持ちを逆なでしないよう「面接のし方」の研修も重要視されている。
コロナ禍の時は感染予防の意味で、電話やメールで状況を聞いて面接に替えていたが、今後接触を避けるためオンライン面接が増えることも予測される。

しかしそれ以前に面接に来ない、寝坊したとかで大幅に遅刻する。
待っているのに直前でドタキャンする対象者もいる。
あるいは、来ないので電話したら他県の公園で野宿していたとか、面接にこぎ着けるまで一苦労することが多かった。


《保護司の使命感とは何か?》

こんなことが続くと、約束通り来てくれるだけで有難いと云う気持ちになる。
同時に対象者に寄り添った面接を思っても、期待通りに応えてくれることはそう多くはない。
裏切られることもある。
保護司にも都合があり仕事もある。
暇でやっている訳ではない。

やがて対象者に寄り添い更生させると云う使命感も信頼関係も薄れてくる。
逆に「裏切られてもあきらめず根気よく」や「正義感をあふれ出して」接することは、対象者にとって過度の負担や負い目を与え恨みにも繋がり兼ねない。



《犯罪抑止に保護司は必要なのか?》

 犯罪抑止には保護司が必要と云うが、犯罪が多発するのは国や社会全体の問題でもある。
何の権限もない市井の民間人が、犯罪抑止や再犯防止の最前線に立ちボランティアとして担わされていることの問題をどう考えたらよいのか。

保護司制度の見直しが急務だ。 

以上  
2024/06/30
                                     




辞め時を迷う<フウチソウ>

 

9年前の今日、私たちは沖縄の辺野古新基地建設反対を掲げ、現地の闘争に連帯する東京東部地区反戦集会を挙行しました。
私たち江戸川区教組も10数名の組合員が墨田区の錦糸公園へ集まりました。
それは、ちょうど「戦後70年」を迎える節目の年でもありました。

以下にその時の様子を再掲します。


https://blog.goo.ne.jp/2012kyoubun/e/ef55f91159d819e846adbeb5d02ce610



この時から今日に至るまで辺野古をめぐる状況は何ら変わりません。
いや、あの美しい海が日本政府の強権政治により破壊され瀕死の状態に追い込まれています。


「オール沖縄」を掲げて島ぐるみで闘ってきた翁長雄志知事の強い意志と指導性は、私たち「本土」の人間たちを圧倒するものがありました。

自らは自民党員として沖縄県議会議員、那覇市長を務めてきた翁長さんは、当初は危険極まりない普天間米軍基地の返還のためには辺野古移設も容認していました。
しかし、最終的には軍事基地に寄りかかっていては県民の暮らしと安全は守れないと決断するのです。

知事選挙に出馬するに当たって掲げた基本的な考えは以下のようなものでした。(Wikipediaより)
・普天間基地の閉鎖・撤去、県内移設断念、オスプレイ配備撤回を強く求める。そして、あらゆる手法を駆使して、辺野古に新基地はつくらせない。
・日本の安全保障は日本国民全体で考えるべきものである。
・米軍基地は、沖縄経済発展の最大の阻害要因である。基地建設とリンクしたかのような経済振興策は、将来に大きな禍根を残す。




この中でも示されているように、「日本の安全保障は日本国民全体で考えるべき」であるにもかかわらず、未だに日米安保に規定された軍事基地が沖縄県にのみ集中しているのです。


https://www.asahi.com/special/okinawa/handover50-japan-us/



敗戦後、間もない時期には米軍基地は全国に設けられていて沖縄のみに集中してはいませんでした。
地域住民による反基地運動もさることながら、日米両国による企みが現在の沖縄一点集中の姿になり果てました。

「本土」の人々が軍事基地を忌避するなら、沖縄の人々にとっても同様なのです。
この当たり前な感覚を私たち「本土」の人間は、どこまで共有してきたでしょうか・・・・。

翁長さん亡き後、玉城デニー知事に引き継がれ、今なお果敢に闘われていますが、「オール沖縄」の中にも分断がもたらされつつあります。
政府権力は沖縄県民の総意思として突き出しても、地方自治の精神を踏みにじり、司法までをも取り込んで一歩も妥協する姿勢を見せていません。
こうしたなりふり構わぬ権力のやり方に対する嫌気が、次第に諦めに変化する過程を作り出そうとしているのがよく分かります。

しかし、多くの沖縄県民は決して諦めることはないでしょう。
いや、諦めさせてはなりません。
そのために私たち「本土」の人間は今、重要な鍵を握っているのです。

沖縄の課題は、日本国の課題そのものです。
国政選挙ではもちろんのこと、各自治体の選挙においてもエネルギー問題と合わせて安全保障の問題として「沖縄」を重要な政策課題に取り上げるべきです。

パレスチナ・ガザ地区の悲惨な状況を傍観視できないのと同様に、沖縄の置かれた状況を他人事として見ていてはなりません。
私たち「日本人」全ての今日・明日の問題なのですから・・・。




<「沖縄」を見ずして「日本」を語るな!>
 

《多岐にわたる犯罪》

社会の変遷と共に保護観察の事件内容も変わってくる。
戦後は食料不足からくる餓えやひもじさで万引きや窃盗等が多かったと思う。
今は特殊詐欺の受け子の担当数が増えている。
また、スマホによる盗撮や衣類窃盗の非接触型や痴漢など接触型の性犯罪も増加している。
覚せい剤使用の事件担当や発達障害があるが故に犯罪行為になった事件担当など多岐にわたる。



《保護司の高度な専門知識の研修》

かつてのように保護司が対象者に「もう二度と悪いことはするな」「はいもうしません」と云うような、保護観察とはならない。
そのため保護司は定期的に年に数回観察所主催の研修を受ける。

内容は多岐にわたる。
面接の仕方や報告書の書き方から始まり、保護司の使命・職務・身分とか守秘義務とか法令とか様々な分野について多くを学ぶ。

それゆえ法務省保護局も研修には力を注いでおり、保護司向けの様々な冊子が発行され支給される。
保護司はこれらの研修を受けて、事件担当もして一つ一つ経験を積み重ねていく。

しかし、対象者は事件の内容や年齢や性別等様々であり、マニュアル化は難しく経験値の多い保護司に相談したり、研修で事件事案のグループ討議をしたり学ぶことは非常に多い。

つまり、保護司は高度な専門知識を得て日々研修に勤しみ、明るい社会を築くため再犯防止と人格識見の向上に努めなければならないのだ。



《保護司は犯罪予防の下請け業務》

本来ならばこれらの業務は法務省の国家公務員である「保護観察官」の仕事である。
保護観察官は保護司から面接をした報告書を受け、保護司にアドバイスを与え時には対象者と面接もする。
はっきり言うと保護司はこの保護観察官の下請け業務と云って良いと思う。

対象者と面と向かって面接し再犯防止のために献身的に活動しているのは無報酬の保護司であり、高給と思われる法務省の官僚や保護観察官ではないのだ。

ここに司法制度の矛盾がある。
犯罪は無くならない。
警察は犯罪を見つけ逮捕する。
検察は無罪と思っても事件にする。
裁判所は判決を出す。
そして、これが最終的に保護司に回ってくる。



 《保護司の身分とは》

保護司の身分は無報酬の非常勤の国家公務員で、保護司法11条に「保護司には給与を支給しない」とあり、職務に要した費用の全部または一部を支給するとある。





肩書だけは重々しく保護司手帳も身分証明書も徽章もあり手帳は実費で購入する。
私は徽章を上着に付けたことは無いし、保護司手帳も携帯したことがない。
ただ、身分証明書は携帯している。
運転免許証もないしマイナンバーカードもなく、唯一の顔写真付きの証明書だからだ。

         


2024/06/15      

やっぱり保護司はたいへん  〈フウチソウ〉