今朝は有価物の回収日、私のお宝を放出することになりました。




先日、実家の物置に「開放厳禁」と書いてある段ボールがありました。
「これは兄貴のものじゃない⁉︎」と、整理をしていた弟に言われて見に行ったのです。

亡き母が私の意を受けてずっと保管していたようです。
開けるまでは自分でも何が入っているか分かりませんでした。

出てきたものは高校生の頃お世話になった参考書類でした。
遠い記憶を辿ると段々思い出してきました。
数ある中から特に役立ったものを保存したように思います。

この「大学受験講座」もその一つです。
塾なんてものは田舎にはありませんから、このラジオ講座は私にとって貴重なものでした。
おそらくこれがなかったら当時の私の学力では大学入学は叶わなかったでしょう。

毎月、新しいテキストを入手するのが楽しみでした。
表紙の写真が何となく都会っぽくて、夢と希望を与えてくれたものです。

それにしても、母はよくぞ捨てないでとっておいてくれたものです。

しかし、今、ただでさえ溢れる書物をこれ以上保管する場所もありません。
それに、一昨年に母が昨年に父が他界したあとは、それまでの実家に象徴される「子どもとしての生き方」を一度精算して、
古希にしてようやく「自立した大人の生き方」を開始したことも大きな理由です。

残りの人生の方が短いのは承知しながらも、自分が生きることに何らかの意味付けをしないと気が済まない私です。


(上記の文は3年前の今日11/15、Facebookに投稿したものです。何故かこの頃、やたらに昔が思い出されて仕方ありません。)



<昔の受験生>

先月27日の総選挙と同時に「最高裁判所裁判官の国民審査」も行われた。

過去、一人たりともこの制度で「罷免」された裁判官はいない。
さらに、白票は「信任」とされているし、よくわからないと棄権する有権者も多い。

せっかくの主権者である国民の権利だが、有効に機能しているとはいいがたい。




今回の投票にあたっては、いま一つ「判断に迷う」ところがあったので、初めて選挙公報と共に送られた「国民審査広報」を読んでみた。
すると、二つのことに気が付いた。

一つは、審査対象の6人の裁判官のうち二人について、「最高裁判所において関与した主要な裁判」の項目に「最高裁判事就任後日が浅いため、特に記すべきものはありません。」と記載されていたことだ。
これでは、国民に的確な判断材料を提供したことにならないではないか。

少なくとも、彼らは、地裁・高裁とキャリアを積み上げ(=出世して)最高裁判事になったわけだから、せめて「高裁」で関与した裁判とどのような判決を出したのかは、知らされるべきではないだろうか?


もう一つは、「裁判官としての心構え」の項目を読むと、ほとんどの裁判官は、「憲法」について全く触れていない。
その一人も「憲法と法律によって最高裁に与えられた権限と責任は、非常に重いものがあります」と述べるにとどまっている。

これは驚くべきことではないのか!
「憲法に則って判断をする」「憲法を守ることは、この国の法的安定性を担保するもの」という言葉すらないのだ。


なるほど「憲法の番人」ではなく「内閣の番犬」に成り下がっているはずだ、と納得してしまった次第である。




ーK.Hー

連休中に久しぶりに映画を観に行った。



1990年代から30年に及ぶガザ地区の取材をもとにした土井敏邦監督の「ガザからの報告」という映画である。
ほぼ満席で、若い人も多く観に来ていた。

映画を通してガザ地区のパレスチナの人たちの生活を知り生の声を聞くことができた。


若者が仕事がない。
働けないから収入がなく深刻な貧困に陥る。
子どもに与える食べ物がない。

ハマスがなぜパレスチナの人たちの支持を集めたか。
貧困者にお金を支給する、食べ物を支給するなど地道な慈善事業をしていたことを知った。
そのハマスがなぜ支持を失っていったこともインタビューなどから知ることができた。


ガザの人たちは、検問所を通らなければ地区外に行くことができない。
経済的にイスラエルに従属させられ自由に経済活動を行うことができはい。
イスラエルによる占領がパレスチナ人の尊厳を奪っている現実を知った。


普通に人間らしい生活をすること。
ただそれだけのことが叶わず、将来を思い描けず絶望する。
怪我をするかもしれないし殺されるかもしれなくても(実際に多くのパレスチナ人が撃たれて大怪我をしたり殺されたりしている)デモに行く。
自死する若者もいる(イスラム教では自死は禁じられているにもかかわらず)。それほど抑圧されている。


イスラエルによるガザでの虐殺が続き、昨年10月以降の死者は43000人にのぼると報道されている。
これを止められない国際社会とは一体何なのか。
私たちにできることは何か。

今週はこの映画を観たことを子どもに話そうと思う。


東京ではK’sシネマで11/8(金)まで上映しています。
ガザの現実を映像で伝える大変貴重な映画だと思います。
観に行ける方は、ぜひご覧ください。




<この抑圧からの解放を!>
 

        自らの労働条件は自らの手で! 教え子を再び戦場に送るな!日教組・東京教組と共に闘おう! 
 NEWS 江戸川区教組
     2024/10/29 No.2407 江戸川区教職員組合(江戸川区中央3-7-11-102江戸川区平和運動センター)

東京教組 教育研究集会報告 
学びをもとに 共に考えよう❣


10月26日(土)ラポール日教済にて東京教組教研集会が開かれました。
山内榮さん(琉球大元非常勤講師)の記念講演「平和・教育・オキナワから考える」の後、
各分科会に分かれて7本のレポートの提案・意見交流を行いました。

区教組に関連する2つのレポートを紹介します。

  

総合学習と防災・減災教育分科会
上記の分科会で、区教組は「被災地 能登半島を訪ねて~2024江戸川区教組夏の合宿報告」をレポートしました。
分科会では、「私も連れ合いも能登の出身。家族も被災にあった。甥から海岸線沿いの被災状況の動画が送られてきた。
手つかずのままの倒壊家屋が多数。所有者不明の空き家があることも復旧が進まない理由の一つ。
甥は、今も平日は高齢者施設に宿泊して仕事に通い、週末だけ金沢に帰っている」
と参加された方から、リアルな現状報告がありました。

復旧の遅れをめぐっては、「地震当初の状況や能登の地理的条件などがあるとはいえ、石川県の首長・行政の指導や判断を問いたい」
という意見が出されました。

また、「災害はどこでも起きる。安否確認などができるのは組合員。報告を聞いて災害時に動けるのは組合なのかなと思った」
との感想も述べられました。

最後に、合宿に参加した若い組合員の方が
「道路がガタガタで行くまで大変だった。復興を願っているが、行ってみて支援が遅れているかなと思った。
それが伝わっていないのが現状。忘れないようにしたい」
と思いを語ってくれました。 

「能登の現状を広く知らせて!」という石川県教組のみなさんの願いを受け止めて、
他支部の方々に学んだことを少しでも伝えることができて、報告者一同ほっとしています。
県教組の方たちとの交流から学んだことを貴重な教訓として生かしていきたいと思います。



子どもと教職員の安全・健康と環境・食教育分科会

東京教組養護教員部の方たちから、「フッ素洗口導入の動きと問題点」についての報告がありました。
江戸川区は昨年度から他区に先駆けて「フッ素洗口」を実施しています。
23区のなかでも、う歯率が高いということで導入されたとのことですが、「フッ素洗口」には様々な問題点があることが報告されました。

「フッ素」の健康面での問題、医療行為であることを教育現場がおこなう問題、教員、養護教員の負担、働き方改革からみた問題、
全員実施における子どもの人権の問題など、
様々な観点から問題点が明らかにされました。

学んだことをもとに区教組として、「フッ素洗口」について考えとりくんでいきたいと思います。
すでに「フッ素洗口」を実施している職場、導入準備の段階の職場などで疑問に思うこと、困っていること等を出し合っていきましょう。

東京都人事院勧告 出される!
32年ぶりの大幅賃上げ勧告、一時金 0.2カ月増  
      しかし、中・高年齢層の引上げは1200円‼ 

⇒統一行動(11月中旬予定)ではね返そう!

〇官民較差10,595円の解消を勧告 ⇒ 全員ではない
教育職2級9号(大卒初任)31,300円、およそ10年経験となる50号で16,800円、
およそ20年経験となる90号で2100円、97号以降177号まですべて1200円

〇中・高齢層は、物価上昇にははるかに及ばない0.4%以下の引き上げ幅。
*詳細は同封の闘争速報をご覧ください。

「11.3憲法大行動」
     ~憲法変えさせない! 戦争反対! 今こそ平和と人権11・3国会大行動

9月27日、自民党総裁選中の政策討論会では、候補者の全員が改憲について意欲的で、改憲にむけた議論が活発化しました。
総裁選を勝ち抜いた石破首相はこれまでも「戦争ができる国づくり」や国会議員の任期延長を含む緊急事態条項の憲法への創設などを
主張してきました。
国会前に集うわたしたちを「テロ」と断じたことを忘れることはできません。

「教え子を再び戦場に送るな」のスローガンのもと、憲法改悪反対の世論を喚起していきましょう。
日教組・平和フォーラム等と連携し、日本国憲法公布日に「11.3憲法大行動」が開催されます。 
ご参加ください!
◆日 時:2024年11月3日(日)14:00~15:00
◆会 場:国会正門前
◆主 催:戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会



<今後の予定>
・11月1日(金)  18:00~ 分会代表者会議(タワーホール船堀405) 
・11月3日(日)  14:00~    国会前大行動
・11月12日(火) 13:30~    教育委員会   *傍聴は15分前に教育推進課で受付を!
・11月中旬 (予定)   秋闘 統一行動
・11月26日(火) 13:30~ 教育委員会 
・12月6日(金) 18:00~ 分会代表者会議(タワーホール船堀404)


生活と権利を守るためにみんなで力を合わせましょう!
江戸川区教職員組合加入届

江戸川区教職員組合   書記長 様
                    私は江戸川区教職員組合に加入いたします。
              (         )学校分会  氏名(           ) 印




 

わが集落では減反に応じる農家が少なかった。

それは、減反助成金を得るより水田を荒廃させることなく維持したかったからだ。
我が家の様に小規模な農家ほどその思いが強かったように思う。


しかし、時は流れ兼業農家の担い手たちが高齢化し、若者たちは農家を継ぐ者がほとんどいなくなった。
そこに現れたのが蓮根栽培企業だ。

耕作者のいなくなった水田を次々に買い取り、改修して蓮田に変えてしまったのである。

蓮根の栽培には常に大量の水が必要であり、水田を深く掘り下げ泥田を維持するのだ。
夏には一斉に花が咲き美しく見栄えがするが、米作りの水田の季節に応じた風景の美しさにはとうてい及ぶものではない。

それに、大雨の際に水田が持つダム機能は持ち合わせていない。
唯々、会社が利潤を上げるための耕地となってしまったのである。






辛うじて我が家は父がEM農法で維持してきたが、さすがに90歳を前にして止めざるを得なかった。
現在は定年退職した弟が手間のかかるEMこそ行わないが、多様な農機具を導入して米作りを引き継いでいる。
高いコストに見合うほどの収穫はないものの、先祖から伝わる水田を守りたい一心で行っているという。


郷愁の念とはよく言われる言葉だが、私が記憶を遡って行き着く地点は、のどかに流れる集落の川で遊んだ風景だ。
ドジョウや雑魚、それにシジミを捕ったこともある。
また、竹竿を使って川を飛び越えたり、流れをせき止めてダムづくりもした。
家の池ではザリガニ釣りをして、茹でてもらっておやつとして食べた。
ウナギを捕ったのも鮮明に覚えている。

川の源流を探して知らない土地まで歩いて行ったこともあるが、記憶の糸はそこで途切れている。     



<夢現代>
 
 

24戸で形成されていた集落はどの家も水田や畑を持っていたが、完全な専業農家は数軒に過ぎず、我が家のように兼業をする家が多かった。
それは耕地面積が少なく、米作だけで生計が立つ家はごくわずかであったからだ。


私が地域社会の様子をある程度は理解できるようになった頃は、既に高度経済成長の終盤にさしかかっていた。

初めて「出稼ぎ」という言葉を知り、稲作中心の東北地方の農民が農閑期に都会へ出て働き高度経済成長を底辺から支えていた頃である。
農業だけでは食っていけない農業政策をとりつつ、二次産業興隆のための労働力として使うとはあまりにも農民を愚弄する話ではないか!

私の集落からも農閑期には都市部の建設現場に働きに出る人々が少なからずいた。
祖父も一時期はその一員として加わっていた。
そうは言っても、東北の出稼ぎとはまるで異なり自宅から通勤する季節労働者であった。

こんな時期、近所の家々からも父同様に外へ勤める人々が次第に増えてきた。
社会科の授業で習った兼業農家が第一種から第二種へ変わっていく様子を垣間見ているようであった。


そして、まもなく始まったのは米の減反政策である。
これは形の上では2018年度に廃止されたが、実質的に今日も続いている。

私が学生時代に八郎潟の干拓事業(大潟村が発足していた)をフィールドした際には、未来の農地を求めて全国から選りすぐられた入植者がやって来ていたが、同時に減反政策が開始されていたのである。
八郎潟の大規模干拓をめぐっては、そこで生活していた漁業者をも廃業に追い込む等、国策としての「大規模モデル農村」事業は発足時から今日に至るまで人々を翻弄し続けているように思う。


異常気象も一つの原因とする最近のコメ不足も、基本的には実質減反政策を維持しつつJA農協の利害を優先して進める政府の無策が原因であり、消費者にも生産者にも厳しい負担を強いている。
例えば、フランスの様に主食(フランスではパン)は安価で提供できるように流通システムを変える必要があるのではないか。
(フランスではパンの材料である小麦生産農家に生産量に応じた補助金を出している。)

それには、生産者米価を上げるのではなく、フランスのように農家には一定の収入補償(生産コストに見合う補助金)を税金で賄えばよいのではないだろうか。
そうすることにより、消費者は安く米が買え、生産農家も持続可能な経営が可能になると考える。

さらに突っ込んで考えるならば、経営規模の大小を問わずに稲作を奨励して減反を行わず生産量を高めることが重要だと思う。
国民の主食をしっかり確保して残りは輸出に回すのである。
地域によっては収穫時期をずらして二毛作を検討することも可能である。
食料自給率が極めて低い現状を変えていくためにも、稲作を中心に生産と消費の在り方を根本的に変えていく必要がある。

(つづく)




<夢現代>

 

その後、私は家を出て下宿生活を始めたが、就職しても実家には戻らず都市生活者となってしまった。
したがって、私が実家に居た頃の地域の風景の変遷を見ていたのはこの時期までである。

この間にも年老いた父は退職後の趣味として始めたEM農法による米作りを行なっていた。
代々受け継いできた水田が小規模ながら残っていたからだ。
もちろん、農薬を拒否しつつ狭いながらも独自耕作を行なっていたが、周囲はヘリコプターによる農薬散布をしていたため少なからず影響はあったに違いない。



さて、私のルーツを確かめるべく先祖を遡って調べたら、どうやら祖父の代には自作農地が激減したまま受け継がれたようで、祖父は相当に苦労したようだ。
何しろ長男は戦死、次男は養子として親類に入り、三男の祖父が辛うじて家を継いだというから・・・。

戦前には村の名士として村長を務め利根川の改修工事には金銭的にもかなりの貢献をしたという先祖も存在したようだが、その後の没落の様子は凄まじかったようだ。
その辺りの経過をよく知っている曾祖母は幼い私には詳しく語ってくれなかった。


そんなわけで、祖父母は借金をしてまで長男(父)を学校へ行かせ教職に就かせた。
そして、子ども時代から百姓として先祖伝来の田畑を守って来た祖父は、懸命に働き第二種兼業農家の一翼を担った。
稲の収穫後の田んぼを有効活用すべく胡瓜栽培を試みるなど、いつも朝早くから暗くなるまで働く祖父の姿を見て、唯々すごいなぁ~と思うとともに面白そうにも感じていた。

しかし、野良仕事を手伝う私を喜んではくれたが、「おまえは百姓なんかしちゃだめだ。しっかり勉強して大学行って給料取りになるんだからな・・・」と言うのが常であった。
こうしたことから、子ども心にも農業で生活していくのは本当に大変なことだと感じていたのである。


(つづく)



<夢現代>

先日、秋の彼岸に実家の墓参りに行った。
父母が亡くなってからは春秋の彼岸と夏の盆の時期に足を運ぶ程度になってしまった。

私が生まれたのは、下総台地に入り組んだ谷の一部で典型的な谷津の地形をなしている小さな集落である。


集落の中央を流れる小川を挟んで水田が広がり、崖を背にして住宅が立ち並んでいた。
その川で私たち子どもは魚を獲ったり川遊びをしていたものだ。
また、家の裏には清水が湧き、サワガニがいた。

当時の我が家では飲料の他に二つの池を維持する程の水量があり、余分な水は隣地との間を流れる細い水路に流れ込み、最後は集落の中央を流れる川に合流するのであった。
さらに、その小川は何本もの川と合流して最後は利根川へ流入していた。

因みにその合流後の川はその後、成田空港の建設に伴い空港関連施設からで出る排水のための水路にすべく拡幅され元の川とは全く別の顔になってしまった…。


我が家の池は例年夏に池の水を抜いて掃除していたが、時々そこからウナギが獲れたのを覚えている。
結構な大きさだったので産卵前の成魚だったに違いないが、今思うによくもそこまで上って来たものだと感心する。
それだけ当時の河川の水は綺麗だったのだろう。


こうした現象も1964年の東京オリンピックの頃から見られなくなってきたように思う。
それまで適度に曲がりくねって流れていた小川は、耕地整理に伴い川幅も一定の直線化されてしまった。

さらに次にやって来たのは農業用水の大規模化で、利根川からポンプで水を汲み上げて大量に水田へ送って来たのである。

もはや、集落の中央を流れるのどかな川は排水路と化してしまったのだ。

(つづく)



<夢現代>

        自らの労働条件は自らの手で! 教え子を再び戦場に送るな!日教組・東京教組と共に闘おう! 
 NEWS 江戸川区教組
     2024/10/01 No.2406 江戸川区教職員組合(江戸川区中央3-7-11-102江戸川区平和運動センター)
お願い  
1.統一行動批准投票のお願い。同封の返信用封筒で16日までに投函。
8月の国人勧は、平均賃金改定率2.76%と32年ぶりの大きな改定水準が勧告されました。
但し、東京都人事委員会は、「職責・能力・実績」にこだわっており予断は許されません。
全職員に反映する賃金と一時金の引き上げ等を勝ち取りましょう。
東京教組は、全都の仲間の闘いに連帯し、統一闘争について行動提起します。

2.異動希望者は、早めに執行委員までお知らせください!
異動希望を出す時期になりました。10月下旬~11月上旬に、異動に関する区教委交渉を行います。
その為、事前に異動希望者の希望資料を作成する必要があります。 希望される方は、できるだけ早く、執行委員までお知らせください。

3.各校の新任、新任2・3年目等の方に青年部アンケートを配布しています。
校内に該当者ありの場合、提出してもらうよう声掛けをお願いします。







 秋の集会・闘争… 
◇“命をつなぐ地球環境を” 9.16さよなら原発 全国集会に参加して

主催者報告では、全国各地から約8000人が参加とありましたが、私の周りには小さな子どもの参加もありました。
近隣の道路から大音量の騒音を響かせられる中、落合恵子さんの、
「負けない声で言います!」「原発被害は現在進行形で進んでいます。新しい環境大臣はどう対応するのか、問いかけていきましょう!」
の力強いことばの後、様々な人がそれぞれの地域の現状と思いを語られました。


最後に呼びかけ人の鎌田慧さんから、「人類と原発は共存できないことがはっきりしました。
人間として原発を許すことはできません。市民一人一人が立ち上がり、頑張りましょう」と、訴えられ閉会となりました。
その後、2.3Kほどの道のりを「命が大事!」「福島を忘れない!」…とシュプレヒコールをしながらデモ行進し、流れ解散となりました。
色々な意味で、暑い! 熱い! 厚い! 篤い!集会でした。



◇9.21東京教組「働き方改革」学習会「教育現場の声と国政をつなぐ」に参加して

10年近い「学校の働き方改革」の流れの中で、8月27日中教審が、「令和の日本型学校教育」を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について(答申)
(中教審第251号)を出しました。
内容は、納得のいくものではありませんでした。
そこで東京教組は、国政と学校現場をつなげて考える学習集会を開催しました。
「若い人たちに参加して欲しい」と本部から話がありましたが、難しかったので若い方には、このニュースで伝えたいと思います。
講師は水岡俊一(日政連参議院議員)さんでした。

まず、O東京教組委員長から東京の教育現場の状況について報告があり、その後、講師の水岡さんから国政と学校現場につながる様々な話がありました。
大きな問題としては、「2019年に改正労基法施行時に猶予期間が設けられ、5業種の時間外上限規制がスタートしました。
しかし、教員については依然として給特法の下、長時間労働が常態化しています。
2019年から5年の猶予の中で、全ての業種が改革をすると言ったのに、5年後の今年2024年、教員は…変わらぬままです。

月45時間、年360時間以上の超過勤務は、2019年から罰金刑で行政処分がつくのに、教員はしょうがないよねとなっています。
今回中教審が出した「令和の日本型学校教育」も立派な言葉が並べたてられているに過ぎません。~略~」の話がありました。

学校現場の声の中の学校施設(エレベーター、トイレ、冷暖房、プール)については、災害の多い日本においては、避難場所として見直しをし、
備えていく事を考えていきたいという話がありました。
最後に、長時間労働に対するアンケートで、長時間労働をすればするほど、“心理的負担”は、増えているのに、“やりがいをもっている”も増えている結果が出たそうです。
教員の心理が表れている結果でしょうが、だからこそ、働き方改革を推し進める必要があります。
水岡さんはじめ、参加された議員さんたちには、ぜひ現場の声を聞いてもらいながら、議会等で頑張っていただきたいと強く思いました。


◇10.19「障害」児教育研究集会
会場は、ラポール日教済(東西線神楽坂駅)です。
全体会は1時半から。
講師は、飯田和樹(元毎日新聞記者・フフリージャーナリスト)さんです。
分科会は、2時45分から4時半までです。


◇10.26東京教組教研で江戸川区教組は、以下のことを発表します。
江戸川区教組(H&H)は、夏の合宿で訪れた能登半島地震の被災地石川県能登半島の現状、子どもたちや教職員の地震当時の状況と現状、
志賀原発や珠洲原発反対運動等について、見聞きしてきたこと、学んだことを分科会で伝えたいと考えています。
会場は、ラポール日教済です。

記念公演は、「平和・教育・オキナワから考える」
講師:山内榮(元琉球大学非常勤講師)さんの話です。全体会は12時半から、記念講演は1時からです。
分科会:2時45分から4時45分までです。
ふるってご参加ください。


<今後の予定>
〇10月04日(金)   分会代表者会議    会場:タワーホール船堀405室 18:00~
〇10月08日(火)   江戸川区教育委員会定例会  傍聴  場所:教育委員会 13:30~
〇10月12日(土)   東京「障害」児教育研究集会   会場:ラポール日教済 13:30~
〇10月26日(土)   東京教組教研   会場:ラポール日教済 12:30~
〇10月28日(火)   江戸川区教育委員会定例会  傍聴  場所:教育委員会 13:30~
〇11月01日(金)   分会代表者会議   会場:タワーホール船堀405室 18:00~
〇11月09~10日   東京教組平和の旅  13:00 小川駅集合
           横田基地被害&松代大本営      
問い合わせ:03-5276-1311    E-mail ttu@tokyokyouso.org(東京教組) 
〇11月17日(日)   学ぼう!サッカー指導のツボ   
東京教組 青年部  seinen.ttu@gmail.com


生活と権利を守るためにみんなで力を合わせましょう!
江戸川区教職員組合加入届

江戸川区教職員組合   書記長 様
                    私は江戸川区教職員組合に加入いたします。
              (         )学校分会  氏名(           ) 印


 

話を元に戻して考えてみます。
日本は世界の多くの民主主義国家に遅れながらも、ようやく選挙権が18歳まで引き下げられたのだが、期待通りには若者の投票率が伸びませんでした。
例えばドイツと比べると、その較差に愕然とさせられます。

もっとも、日本においては若者に限らず全ての年齢層でも投票率は低いのが常です。
選挙制度の違いもあるし、また、投票率だけで政治への関心度や民主主義の成熟度を測るのは無理があるとは思いますが、その指標の一つにはなり得るはずです。

そういう前提に立ちつつも何故だろうと考えざるを得ません。


私はこの国の教育に問題があると仮定して、歴史的経過とそれに絡む教育の在り方を振り返ってきました。
当然のことながら公教育を取り仕切る文部省(文科省)の権力性と、それに対応する教員の在り方も問題視してきました。

すると、見えてきたものは学校という狭い枠組みだけでは解決できない実情でした。
元、子どもだった大人たち自身がどれだけ民主主義に寄与しているか、いや、自ら民主主義を実践しているかが問われているという事実に突き当たりました。

言いかえるなら、異なる他者同士が議論し合いながら前へ進んでいるか否かということです。


繰り返し問わざるを得ませんが、仮にこの国の老若男女の選挙における投票率が飛躍的に上昇したらこの国の民主主義は立派に成熟したと言えるでしょうか?

答えは当然ながらノン!ですね。

投票率のことを問題にする私を含めた多くの人の発想の裏には、もし、投票率が上がれば現状とは異なる政府を始めとした政治の刷新が可能かもしれない…という主観的願望があるのかもしれません。

しかし、どんな価値観を持った人々がどんな政治家を選び出すかが問題なのです。
例えば、先の都知事選挙でYouTubeなどのSNSをフルに活用して多くの若者の支持を引き寄せた石丸候補の政治のやり方や思想性は凡そ民主主義とは異なるものだった様な気がします。

さらに話を世界まで広げるなら、アメリカのトランプ氏やヨーロッパの極右政党が熱狂的な支持者に囲まれて勢力を維持・拡大しているし、失業や貧困にあえぐ労働者や青年層にも一定の支持を得ています。

第一次世界大戦後のドイツにおけるワイマール体制からヒットラーのナチスが生まれたという事実から学ぶものは多くありますが、要は政治の力で国民が安心して生活できる環境をつくり得るかが重要な問題です。
民主主義を装って独裁や専制国家に進むことはあり得る話です。

日本の様に民主主義の制度に基づいて形だけを整えても、その中できちんと論議されずに閣議決定で全てを決めていくというパターンが定着してしまっては民主主義は死も同然です。

そして、問題なのは、自分たちが選んだ政治家がきちんと民主主義に基づいた活動をしなくても批判や糾弾をしない有権者があまりに多いことです。
この現象は、選挙に行かずに政治を相対化して眺めているだけの有権者と相まって、主権者としての責任を放棄することになります。

一気にナチズム化することはなくても、これが慢性化すると実に恐ろしい状態に帰結することになります。
敢えて積極的に支配されることを求めなくても、主権者としての意識を持って行動しないと、結局は支配される構図にはまっていくのです。


この論理を突き詰めていくと、禅問答の様なものになってしまう可能性がありますが、逆に言うなら、どこから入っても民主主義を実践する意識さえあれば、理不尽な被支配者にはならずに済むのではないでしょうか。

例えば、政府がおかしなことを押し付けてきたらノンと言い、それを周りの人にも話せば問題の輪が広がります。
また、日常生活の中で直接に政治とは関係ないことでも、自分の考えをきちんと話し相手の話も聞くことで議論が成立します。
こうした小さなことの積み重ねが民主主義を成熟させることに繋がります。


最後に、民主主義の何たるかを分かっていない議員の事例を一つだけ紹介しておきます。

自民党の党首選挙で「同じ穴のムジナ」の9人が討論していますが、その中で小林鷹之氏は「選択制夫婦別姓」について以下のようにコメントしています。
「社会のコンセンサスが形成されてない中で、早急に(導入)決断することは、政治のあり方として適切ではない。」

一見すると特に問題のない発言のように聞こえるかもしれませんが、「社会のコンセンサス」という言葉をもって自分から切り離し、自分が考えることを放棄しているのです。
少なくとも討論の中で話す文言ではありません。
自分はどうなのか、制度化に賛成なのか反対なのかをきっちり発言すべきです。

こういう発言は他者に深読みしてもらって初めて分かるものです。
要するに反対と、単刀直入に言うと後々問題になるかもしれないから社会のせいにしているのでしょう。
仮にコンセンサスが形成されてなかったら、自分はどのように考えてコンセンサスを形成しようとしているのかを述べる必要があります。
それが政治家の最低限の責任です。

さらっと、見過ごされがちなこうした政治家の文言こそ主権者は見逃してはなりません。
悲しいかな小林氏が民主主義を実践できないのは、それがどういうものなのかが分かっていないからからです。


こういう政治家を生み出さないためにも、主権者は賢くなる必要があります。
その結果、投票率が上がれば民主主義は少しずつでも前進します。


私は、私の場において実践します。
民主主義を…。

(おわり)



<すばる>