↓コチラの日記↓
このときにお見舞いに行ったガンにおかされた同僚は、仕事復帰までこぎつけ、進行状況的には抗がん剤を必要とせず、定期検診で経過をおっています。
胃の回復力は早いようで、最近はある程度の油分も食べられるとのことでした。
また、こちらでもうつ病を支えつつ、大事な我が子を亡くした(正しくは生存不明)親の話。
↓コチラの日記↓
生きること
生命の意味
私の仕事は常にこの言葉があります。
障害児を抱えた親にとって、先天性にしても後天性にしても、必ず早い段階で
生存確率や命の選択
的な話をされます。
3月1日に特別支援学校を卒業した利用者の親が、子供の晴れ姿を見せながら開口一番に言った台詞が
『ここまで生きてこられたことがまず幸せです』
でした。
高校卒業に際して大抵の親はこれからの大学がどうとか、車の免許が、、、等々語るなか
命の炎をしっかりと燃やし18歳までまずは生きてこられたこと。それがうれしいと語るお母さんの気持ちはわかったつもりでもわかり得ないほどの感情の動きを感じます。
私の勤めている施設では呼吸管理という設定で医療無くしては生きていけない子ども達も大勢います。
このような呼吸器を口だけでなく、気管切開といい、首の気管に直接的に取り付けたりしています。
その中で保護者の方から受ける話には
命の重み
親としての責任と自責
将来への不安
生きること、生きていけることへの感謝
さまざまな感情に触れます。
私自身が親になり、妻が心を患い、家族として、夫として、父として、、、プライベートで考えさせられるなか、
職場での保護者の方との命についてのやり取りは、とても影響力があります。
時に感情の波に押し潰されてしまいそうになるくらい命の尊さを思い、胸が張り裂けそうにもなりますが、私は思っています。
私の人生は
命とは
命の尊さとは
生きることとは
壮大ですがこの事をさまざまな形で学ぶべくして生きているんだなと。
妻の心の病から大きく飛躍したような事を言っていることはわかった上で、人が生きていくということの意味。この命の在り方を今後も感じながら日々を大事に過ごしたいです。
すみません壮大すぎる日記になってしまいました(^_^;)

