先日書いたブログ。父についてですが、これが8年前の出来事。
⬇コチラの日記⬇
そして、13日は命を感じさせられることがありました。
私の職場の友人で同じ年のヤツ。
8月に胃ガンの診断を受けました。
私の年齢はちょうど30代半ば。ガンに年齢は関係ないですが、同じ年ということもあり、驚きました。でも、やっぱり30代半ばでガンって早い気がしてなりません。
9月に入ってすぐ入院手術かと思いきや、血液検査の数値を考慮しながらの手術と言うことで、10月になり、先日手術しました。
そして、今日は仕事終わりで気の合う同僚達3人と見舞いへ行きました。
思ったより見た目は痩せたりはなく、ごく普通。開腹手術でなく、腹腔鏡手術と言うことで、傷口も数ヶ所のみ。術後の痛みはあるが、リハビリも積極的に始まっているとのこと。
胃は3分の2を切除したとのことだった。
一緒に行った同僚や病気の彼は皆男性看護師。
術後のあと見とく?
見たい見たい!
これは、○○剤投与中?
ドレーンがこの色ならまだ、、、
と、もう、医療ケアや術前後の医療処置の方法の話題で盛り上がっている!
(笑)やはり、皆、看護師ってだけはある!
行きの乗り合わせた車では同年代男子のくだらない話で盛り上がってたのに、今は見舞いもさながら、医療ケアの方法などに皆夢中だ。
ひとしきりの盛り上がりのあと病床の彼が言った。
取った胃検査出してるんだけど、2つガンあってさ、片方は早期、もう片方は進行性かも
刹那、見舞いの同僚たちの表情や口調が鈍る。
皆看護師の中で私一人保育士。でも、保育士の私でもわかる。
進行性ガンの怖さ
最近見る芸能人のガンによる訃報のニュース。
もしくは、ガンの闘病の報道。
進行性ガンの場合の怖さは知識のない私でも、ゴクリと唾を飲み込む気持ちになった。
検査して、ほんとに進行性ガンの場合は最低でも一年は抗がん剤治療を必要とすると彼が言っていた。
帰りの車、行きとは違い、同僚は一様に進行性ガンの話題で持ちきりだった。
進行性ガン=死ではない。
でも、リスクはグッと上がる。若ければそのリスクもさらに高くなる可能性もあるとのこと。
病床の彼は同い年に加えて、結婚した時期も一緒。私の長女と彼の長女が一日違いの誕生日で、同い年。そんな偶然の一致もあり、よくプライベートの話でも盛り上がる間柄だった。
病床の彼はきっと死ぬかもの怖さの只中にいる。
死への恐怖こそ言葉に出して言わないが、ガンの宣告の時から、それに近い気持ちであることは、電話やLINEで言っていた。
今日、私たちに進行性ガンの可能性があることを伝えたときも、笑いながらも、、、
もう、ほんとだったらどうしよって感じ~。死ぬわけいかないしさ~。
、、、と。
当たり前の気持ちだ。嫌がおうにも死を考えてしまう。
急に妻の話も混ざるが、、
ガン等によって感じさせられる命の重要性
精神病によって感じさせられる命の必要性
命の捉え方。同じ命の捉え方だけど似して非なる命の意味。
〈ここから下記は。少し内容が暗くなるので、閲覧ご注意ください。〉
妻も希死念慮にさいなまれる事が時々ある。
最近こそ、子どもたちの存在がその気持ちを少しでも取り除いているようだが、ここ数日も少し出ている。
哀愁モードからの希死念慮モード
冷や冷やしてならない。帰宅後に
ドアを開ける瞬間。
リビングや、寝室にいなかったら、、、
扉の開いたクローゼット
中で何かしてたら、、、
浴室
考えただけでも、、、。
仕事の休憩に様子を見に帰ったり、帰宅後、妻の存在を探してから、胸を撫で下ろす。
こんな、気持ちでいる旦那さんは世間にいかほどいるのだろう。
家では妻に圧倒されて逆関白宣言されている旦那さん。
おかえり~。と笑顔で迎えられている旦那さん。
世の中、様々だろうが、妻の生存確認というか、もしなんかあったらどうしようと思いながら、帰宅する気持ち。わかってほしいけど、相当、共感し合えない。
希死念慮モードでも大中小とあり、今のところ小かな?と思っている。
今日は見舞いにも行く予定だったし、この機会を逃せずの苦渋の選択で、妻も大丈夫だから行ってきてに合わせて行ったが、やはり、仕事後から見舞いと回り、いつもより帰宅が遅れたから心配だった。
でも、今日も大丈夫だった。ほっとひと安心。
父の命日。
ガン闘病中の彼が思う命
妻が感じている命
命の重みと命の意味。答えは出ないけど、、
命とは、、、
生きることとは、、、
そんなことを考えさせられる一日だった。
13日を迎えた朝日に親父を思い合掌したが、寝る前にも命を考えて合掌した。
生きよう。生きていこう。生きることに意味はある。生きることは辛いけど。生きていたいと願う気持ち、生かされているありがたさ。生きた先に自然と訪れる自分の人生の最期。自然にやって来る時まで、生きることに意味は絶対あるから。絶対。
合掌。