重症心身障害児者施設の保育士、介護福祉士
の仕事。
図らずも、自分にとっての保育職の意味を感じていた中で、保育士としての求人の面接とあって、配送業の面接に行ったときの心持ちとは幾分違った。
こちらの施設は面接前に一度、施設見学に来てくださいとの決まりがあった。
県内でも昔からある福祉施設。
対象は幼児や学童。成人者もいる。
因みに、保育士資格を取得するには、施設実習という、必修科目があり、私自身、学生時代には知的障害の成人者が暮らす施設の実習にも行っていた。
だけど、、、
見学で訪れた私はカルチャーショックを受けた。
本当に保育士の資格が働いて良い現場なの??
(すみません。すごく誤解を生みやすい表現です。気分を害された方がいましたら、申し訳ありません。医療現場に思えてしまい、その時の素直な気持ちです。)
医療ケアを要する子どもたちの施設は、保育園で走り回っていた、子どもたちを見てきた私にとって、180度概念を変えさせられた。
痛くないの?
呼吸は辛くない?
その繋がっているカテーテルは何?
医療の世界の方なら、それがその子にとっての食事であったり、呼吸の仕方であったりと、当たり前だし、いちいち驚いてるんじゃない!
と、思うかもだが、当時の私に驚きは隠せなかった。
でも、その中でも、やり取りに笑顔を見せる方、ピアノや本読みをして場を和らげる保育士、そこにはしっかりと保育があった。
働いてみたい。
そうに思えた。
見学を終えて、面接の日程が決まった。約2週間後。気持ちが変わったら連絡して辞退してくださいとのことだった。
今までしてきた保育。
また、違う保育。
働いてみたい。
気持ちは変わらなかった。
ちょうど夏が過ぎ、9月を迎えていた。
面接がやって来た。
面接でどう話したかはよく覚えていない。でも、先に書いたような、自分が知らない保育士としての仕事をしたい。みたいなことを言ったように思う。
あっという間の面接時間だった。
帰りの車に乗り、走り出して30分位。
その職場から着信が入った。
バズさんの携帯ですか?今日は面接ありがとうございました。
当園としましては、バズさんと一緒に働きたいと思っています。
明日、バズさん誕生日ですよね?
(えっ?えっ?誕生日?働きたい?えっ?)
矢継ぎ早に話を進める先方。
確かに、偶然にも翌日は私の誕生日だった。
誕生日に就職なんて、記念になると思うんです!明日からうちに来ませんか??
(誕生日に仕事が決まるなんて何かの運命かもしれない、、、)
はい!よろしくお願いします!!
嘘のような本当の話。
私は誕生日に再就職を射止めた。
えええっ!明日から??せっかく誕生日なのにー!!
妻はおめでとうではなく、仕事がない今だからこそ、時間に縛られず、自由に誕生日を祝ってあげられると思っていたようで、驚きと少しの落胆混じりの声をかけてきた。
でも、仕事決まったならそっちの方が大切だよねー!わかったー!また夜に会おう!
そう言って電話を切った。
翌日初出勤。
バズHAPPYBIRTHDAY。自分に心で言って、職場の入り口に入る。
緊張と初めて尽くしのBIRTHDAY。
こんなBIRTHDAYは初めて。
夜、妻と会って、、、
私は、、、
泣いた (笑)いやほんと恥ずかしながら。
世間知らずはこんなにも無知でダメな人間なんだって思った。
自分の知らない保育と、緊張。
入り交じった感情が抑えられなかった。
恋人の前で初めて泣いた。
妻は背中をさすり、私の話を端から端まで聴いてはうなずいていた。
保育をできるのはそこだけじゃないよ。
転職しまくり派の妻なりの励まし。
悪い意味じゃなく。妻なりに仕事で乱れた感情の整え方。当時の妻ができる最大限のアイデアで私の心に寄り添ってれた。
大丈夫。自分の知らない保育を深めたい。
泣いた分強く!
泣いた分スッキリと!
これ、自分は案外当てはまる。
泣いたら、そう思えた。
いつでも辞めても良いって思って、自分を追い込んじゃダメだよ。
あのとき妻が言ってくれたこの言葉。
(急に現代に戻るが、妻に心の病の診断がおりた後に妻にもこのような言葉を伝えたけれど、この言葉も噛み砕くと心の病には伝わるようで伝わりにくい、、、とはまだまだこの頃は知るよしもない。)
そんなこんなで、このあとより私はこの職場で働くようになる!
私にとっての働くことの意味。
やりがい。大好きな事(保育)への探求心と新しい発見。
関わった人の心に触れる事。