初快挙!

といっても

優勝した!

などの大そうなものではなく

地区予選を抜けて県大会に出場しただけですが。

それでも我がスポーツ少年団としては素晴らしい快挙だったのです。

それまでは地区予選の抽選会で我がチームが入るとどのチームも「ラッキー!」と喜んでいたくらいですから。

しかも地区予選もドリブルだらけでした。

自陣ゴール前でボールを奪いサイドに展開!

を期待すると自陣ゴール前でボールを奪いそこからドリブル開始、
相手がゴール前で待ち構えていてもお構いなし
DFがみんなシザースしながらドリブルするチームと噂されるチームになっていました。

今でこそドリブルサッカーを推奨する少年サッカーチームが多くなりましたがその頃は少数派でした。
「ドリブルばかりで子供たちが疲れるだろう可哀想に。」とまで言われるくらいドリブルオンリーでした。
自陣で奪ってもパスしませんからドリブルでゴール目指すわけです。
それを試合中繰り返すので当然疲れます。
それでも県大会に入っても貫き通しました。
と言うかそれしかやっていないわけですから子供たちはドリブルするしかないのです。
県大会も予選リーグを抜けました。
トーナメント一回戦では相手チームの指導者から
「ドリブルを貫き通す信念が素晴らしい!」と握手を求められました。

BEST16までくると流石にドリブルだけでは厳しくなりました。
持たせてマズイ子にはマークを増やされ
ファールの貰い方が上手い子にペナ内でPKを与え1点を守りに入られ等々負けてしまいました。
子供たちの運動能力向上に伴いやってみたかったドリブルサッカーを目指して春までの体育館練習で2ヶ月間ドリブルとフェイント練習を中心にやっていきました。

準指導員を取得し子供たちを褒めることを憶えましたので出来なかったフェイントが未完成でも少しでも進歩した瞬間に凄いぞ~出来てきたじゃないか~と声をかけました。

春になり最初の練習試合、子供たちは窮屈だった体育館から広い土のピッチで思いっきりドリブルとフェイントを披露してくれました。
ドリブルしよう!フェイントしよう!と言ったわけではありません。
子供たち自らドリブルサッカーを開始したのです。
今までうちのチームではありえない試合運びに興奮を覚えました。

まさかこんなに指導での順序が大切とは練習試合の結果を見るまで気がつきませんでした。

この副産物でデモストレーションの為に練習したドリブル&フェイントで自分も上手くなったのは言うまでもありません。

この年は初の快挙を成し遂げることになりました。
息子が中学になりスポ少退団とともに監督を退こうと思っていましたが

メインのサッカーが上手いコーチはオヤジさんが亡くなり自営業を継いだために来られなくなり

いつの間にか平日練習もメインの指導者となっていた自分は退くことが出来なくなりました。

それどころか準指導員の免許(今でいうJFA公認C級コーチとD級の間くらい)を取得することになりました。

これはチームを維持するために必要になると県4種サッカー協会からお達しがあったためです。

ここで初めて子供との接し方を学んだように思います。

そしてここで知り合った他チームや実業団チームのコーチなどからサッカーに対する情熱を感じ取りました。

そして指導方法もどんどん変化していきました。

1カ月ボールを使わずにアジリティトレーニングを行い運動神経を刺激しました。

これは親御さん達に「ここは子供たちのリハビリステーションみたいだね」と言われたほど運動神経が良く無い子が多かったことからやってみようと思ったのです。

その結果、子供たちの運動能力が向上し今まで出来ないと思っていたボールコントロールもできるようになりました。

まさに「急がば回れ」状態です。

ウチみたいに田舎で小学校事体の人数が少なく運動神経の良い子はほとんど野球に入ってしまうチームはサッカー技術を教える前に身体の動かし方を教えないといけないのです。

そのことを早く気が付いていたら自分の息子達ももっと良いサッカーが出来ていたのだろうな~と後悔したものでした。