息子が5年生になり無事サッカー協会とスポーツ少年団の登録が終わりいよいよ公式大会に出場となりました。

練習試合ではそこそこできていましたので自分的には勝てないまでも良い試合できるだろうと思っていました。

そこに落とし穴があることも気付かづに

全日本地区予選の第一試合は散々たる状況でした。

たかが少年サッカーなのに自分は真面目にベンチから叫んでいました。

「何故いつものようにできないんだ~!」って

もう相手チームのシュート練習となっていました。

今でも記念すべき初公式戦は忘れる事ができない試合です。

経験値のない、6年生のいない、始めて1年しかたっていない子供たちが出来なくて当たり前なのに

自分を擁護するために上手くいかない事を子供たちの責任にした恥ずかしさ。

練習試合で上手く行っていたのは相手チームもうちが5年生しかいないのを知っているのでBチームを当てててくれたからでAチームとやっていたら公式戦と同じ状況だったでしょう。

そんなことも気付かづに大声発していた自分の姿を今の自分は「恥ずかしい奴」と笑うでしょう。



スポーツ少年団への登録のために一年間の活動報告をまとめることが第一の仕事でした。

それとスポーツ少年団指導員の資格を取る必要もありました。

気軽な気持ちで指導者になりましたがまさか資格が必要なんて思いませんでした。

まあ講習会等は仕事柄受けていましたから知らない方々とディスカッションする等は慣れていましたし苦にはなりませんでした。

いよいよ県のサッカー協会への登録となるのですが監督を登録しないといけないと、その矛先は私に向けられました。
またまた気軽に「名前を貸すだけならいいよ」と承諾してしまいました。

この状況が自分のライフワークを大きく変えることとなるとはその時は当然気が付いていませんでした。

ハッキリ言うと自分は全面にでるより影で支える方が好きなタイプなのですが。

この後は当然審判資格が必要となるのですが社会人リーグでも必要なためそちらで取得しておりましたので自分は問題ありませんでした。
練習内容はシロートでしたので基本練習であろうインサイドキックやトラップから入りました。

特に経験もないのでその他はコーチが出し手になるシュート練習とミニゲームくらいです。

対外試合をした事がないので目標もなにもない取りあえずはボール蹴りが出来たら好しくらいの気持ちです。

現在はインターネットで検索するといくらでも練習方法が見つかります。

本屋に行くと色々な教本があります。

その頃は情報が乏しかったと思います。

本格的に色々勉強して指導ができたのはそれから4年後でしょうか?

それまでの指導内容は今思うとお粗末なものでありその頃の子供たちには可哀想な事をしたな~と今でも思います。

息子に関しては技術的なことより忍耐と持久力が付いた事くらいと思います。