2006年2月。


バレンタインデーを間近に控えて、私はいろいろ考えました。


チョコを渡すとすればどこがいいか、結構真剣に頭の中でシュミレーションしてみたけど、何せ


話したことすらない


のですから、悲しいけれど諦めました。(´д`lll)


だってねえ~、いきなり、しゃべったこともない女が(同じ部署だけど)、会社の片隅に呼び出してチョコ渡したら変でしょ?


やばい人に思われるでしょ?(T_T)

妄想女、腐女子のフーちゃんはてなマークあせる


だからバレンタインは表面上、何事もなかったようにスルーしました。



急展開は、その月の下旬。


彼が幹事をやることになった、職場の小チームの宴会に誘われたのです。


私はあんまり宴会参加率は高い方ではないのですが(飲めない方なので、行ってもあんまり楽しくない)、このときばかりは、


何が何でも行かねばアップ


と思いました。о(ж>▽<)y ☆


そのお誘いや返事をきっかけに、社内Eメールでのやりとりが始まり、お店探しを相談され、


「お店、どういう媒体で探したらいいでしょーか? 僕まだ入社してから日が浅くて、この辺のことはよく分からないんです」

「地元情報いっぱい載ってるフリーペーパーがありますよ♪ ついでにグルメ雑誌も持ってますので、良かったらお貸ししましょーか?」

「ありがとうございますp(^-^)q」


てな感じで、すっかり地元グルメの話題で打ち解けました。


メールの1通ごとに親近感が深まり、グルメ雑誌を貸す話が、あれよあれよという間に、

『せっかくだし、二人で一緒に、これに載っているお店に食べに行きましょう音譜

ということになりました。

2006年1月下旬。

遅ればせながら職場の新年会が行われました。


プリンター周辺での出会いの記憶か、この新年会で席が近くなったときの記憶か、どちらが先かはよく覚えていないのですが、ともかくこの新年会は大きな転機となりました。


偶然斜めの斜めのそのまた斜め向かいぐらいの席になり、座が崩れてくるにつれて、距離が縮まり、顔をじっくり見ることができました。

それだけでなく、直接話すことはなくとも、彼が他の人と話している声や内容などが聞こえてくるのです。


そこで私は、彼が会社の寮に住んでいることや、実家が東海地方の有名都市であることを知りました。

それらの情報は忘れないように、さっさと頭の中にメモしました(‐^▽^‐)


この新年会は他にも特筆すべき点がありました。

それは、

会社の人にナンパされたことです。


その会社で4年間位働いてきて、初めての経験でした。(あんなに直接的なのは・・・( ̄_ ̄ i))


それが、両脇に二人の男を引きつれてやって来て、隣に座り込んでガンガンアピールしてくるのですから、そういうのに慣れてない私は(普段の宴会はもっぱら壁の花してるので)、無茶苦茶居心地が悪い思いをしました。

その人がとんでもなく派手なナリをしていて、普段から<お近づきになりなくないタイプ>と思っていたせいもあります。


(私のオアシス~(T_T))


斜めの斜めのそのまた斜め向かいぐらいの席で、壁にもたれている彼に、助けを求めたい気分でした。

その時はまだ口も聞いたことがなかったと思うけど、私の心ははっきりと、あっちの方がオアシスだと告げていました。

結婚の条件/小倉 千加子
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結婚の条件というものについて、私もこれまでにいろいろ考えてきました。


「妥協はしたくない、でも、好きな人と幸せな結婚がしたい」というのは、女性が誰でも望むことでしょう。


「苦労をさせたくない」と大切に育てられた私たち世代は、「自分に本当に合う相手が見つかるまでは結婚しなくていい」と結婚を先延ばしにしていく世代です。


どうして私は結婚できないのかと悩む方に、この本はヒントを与えてくれるかもしれません。


「30歳までに結婚を!」という女性にとっての合言葉は、今や「40歳までに結婚を!」というスローガンに変わったという話などは、本当に鋭いところをついていると思います。


結婚できないのはあなただけじゃない、たくさんの人が同じように悩んでいるんだということが、実感できる本になっています。

(‐^▽^‐)

2006年1月。


久々に職場に復帰した私には、ようやく自分の周りを見渡す余裕が出来ました。


すると。

なんだか気になる人がいるんです!( ̄□ ̄;)!!


私の席はプリンターの近くで、いろんな人が用紙を取りに来ます。

その中の一人∑ヾ( ̄0 ̄;ノ


印象に残っているシーンがあって、その人がプリントアウトした紙に視線を落としながら歩いてくるんです。

その時私は休憩室の方から帰ってくるところで、彼とすれ違うんですが、すれ違う前から私はその人のことが妙に気になって、じっと見てしまうんです。

顔は下を向いているのでよく見えなくて、胸の名札に目をやる。

休憩室側に向かって歩いていくということは、席がそちら側にあると考えて、同じグループの人ということになるんです。


(えっ、こんな人いたっけ?)

私はマジでそう思いました。

素直に好みのタイプだったんです。(*⌒∇⌒*)


闘病生活を半年以上送っていて、私は自分の体の心配でいっぱいいっぱいで、周りのことが全然見えていなかったんです。

慌てて名簿を調べてみると、彼はその年度の夏に入社していたことが分かりました。

半年前には出会って、毎日同じ職場の空気を吸っていたのに、どうやら私は顔も名前もその存在にも気がついていなかったようです。

無理もないか・・・(と自分に言ってみたりする)(^_^;)


毎日意識朦朧状態で会社行ってたし、彼のようなキャリア入社組も次から次へと入ってくる会社です。

しかもうちの職場は元々が、全員名前を覚えるのが大変なぐらいの大所帯と来てるんです。(^_^;)


彼は院卒の正社員で、私は大卒の派遣ですが(不幸にも就職氷河期組)、会社では私の方が数年先輩、頼れるお姉さんです。

(*^ー^)ノ

2005年12月。


彼と付き合い始める3ケ月前に、私は1週間ほど入院して手術しました。

子宮内膜症で、卵巣チョコレート嚢胞が出来ていたからです。


2005年5月、ゴールデンウィークの終わり頃から猛烈な痛みに襲われ、最初は何が原因かも分からず、病院のいろいろな科を毎日受診しました。

昨日まで当たり前に出来たことが今日は出来ず、薬を飲みながら痛みをこらえるだけで精一杯。

体が壊れるというのはまさしくこのこと、という感じで、自分の体に対する不信感がどんどん募りました。

私一体どうしちゃったんだろう・・・?


5cm程度の卵巣チョコレート嚢胞が婦人科で見つかっても、先生は「これが痛みの原因とは言い切れない」とすげなく言うし、ひどい痛みのため病院に行っても、待ち時間の間に徐々に治まり、診察室に呼ばれる時分にはほとんど引いて、その状態で入っていくと、「歩き方も普通だし、本当に痛みがひどい人は歩くことすらままならないんだから(君はなんともないんでしょう?)」と言われる始末。

情けなくて悔しくて、母親以外には誰にも分かってもらえない痛みと辛さで、お先真っ暗でした。


痛さで夜もまともに寝られない日々が続くと、精神的にもどんどんまいってしまって、終いにはうつ病になりかけたのか、仕事中に突然涙が止まらなくなって、トイレの洗面台の前にこもり、それでも止まらないので声をかけてくる人を避けるためにロッカールームにこもって泣き続けました。

いつまでも戻らない私を探しに来た同性の相棒さんに早退を勧められ、その日は帰って、心療内科を受診しました。

そこでの待ち時間も、診察中も、薬が出されるのを待つ間も、全く涙は止まらず、涙腺まで壊れてしまったようでした。


そんな苦悩の数ヶ月の末、少しでも楽になれる可能性があるのならと、卵巣チョコレート嚢胞の治療を受けましたが、ホルモン療法の効果はなく、嚢胞はどんどん大きくなって10cmになり、破裂の危険性がある、と早めの手術を勧められました。


その手術が12月半ば。


幸い、愛想はないけれど腕は確かだった先生のおかげで、思ったより進行していたらしい癒着もうまく処置してもらい、卵巣そのものを摘出することは免れました。

術後の経過も非常に良く、1月の仕事始めにはそれほど不便を感じない状態で出勤することが出来ました。


私にとっては厄年と大殺界のダブルパンチだったのかもしれません。


でも、その翌年の2006年。

年が改まった早々の1月に、変化の兆しが見えてきたのです。