2005年12月。
彼と付き合い始める3ケ月前に、私は1週間ほど入院して手術しました。
子宮内膜症で、卵巣チョコレート嚢胞が出来ていたからです。
2005年5月、ゴールデンウィークの終わり頃から猛烈な痛みに襲われ、最初は何が原因かも分からず、病院のいろいろな科を毎日受診しました。
昨日まで当たり前に出来たことが今日は出来ず、薬を飲みながら痛みをこらえるだけで精一杯。
体が壊れるというのはまさしくこのこと、という感じで、自分の体に対する不信感がどんどん募りました。
私一体どうしちゃったんだろう・・・?
5cm程度の卵巣チョコレート嚢胞が婦人科で見つかっても、先生は「これが痛みの原因とは言い切れない」とすげなく言うし、ひどい痛みのため病院に行っても、待ち時間の間に徐々に治まり、診察室に呼ばれる時分にはほとんど引いて、その状態で入っていくと、「歩き方も普通だし、本当に痛みがひどい人は歩くことすらままならないんだから(君はなんともないんでしょう?)」と言われる始末。
情けなくて悔しくて、母親以外には誰にも分かってもらえない痛みと辛さで、お先真っ暗でした。
痛さで夜もまともに寝られない日々が続くと、精神的にもどんどんまいってしまって、終いにはうつ病になりかけたのか、仕事中に突然涙が止まらなくなって、トイレの洗面台の前にこもり、それでも止まらないので声をかけてくる人を避けるためにロッカールームにこもって泣き続けました。
いつまでも戻らない私を探しに来た同性の相棒さんに早退を勧められ、その日は帰って、心療内科を受診しました。
そこでの待ち時間も、診察中も、薬が出されるのを待つ間も、全く涙は止まらず、涙腺まで壊れてしまったようでした。
そんな苦悩の数ヶ月の末、少しでも楽になれる可能性があるのならと、卵巣チョコレート嚢胞の治療を受けましたが、ホルモン療法の効果はなく、嚢胞はどんどん大きくなって10cmになり、破裂の危険性がある、と早めの手術を勧められました。
その手術が12月半ば。
幸い、愛想はないけれど腕は確かだった先生のおかげで、思ったより進行していたらしい癒着もうまく処置してもらい、卵巣そのものを摘出することは免れました。
術後の経過も非常に良く、1月の仕事始めにはそれほど不便を感じない状態で出勤することが出来ました。
私にとっては厄年と大殺界のダブルパンチだったのかもしれません。
でも、その翌年の2006年。
年が改まった早々の1月に、変化の兆しが見えてきたのです。