ミャーオ。ミャーオ。ミャーオ。
去年の夏、その猫はやってきた。やってきたと言っても、我が家にやってきたわけではない。近所を散歩をしている時に現れたのだ。初めは鳴き声だけが聞こえ、声のする方へ近づいてみると茂みの中からひょこんと飛び出てきたのだ。毛はグレーで目はペリドットのように透き通ったエメラルドをしている。ミャーオ。まるで何かを訴えるように鳴いた。私は猫があまり好きではない。正確には好きなのだが、苦手なのだ。猫を抱くと決まってくしゃみが出る。アレルギーだ。だけどもあまりに切なそうに鳴いているのを見て手を伸ばした。全く逃げない。それどころか自ら近づいてくる。やたら人懐こかった。
その日、私は朝からカメラを持って出かけることにした。自由気ままにあるくのだ。明日も明後日も。何しろ仕事がないのだから時間はたっぷりあった。昨日は1日中本を読んでいたし、その前の日はやはりカメラを持ってぶらぶらと近所をあるいていた。1時間もあれば色んな写真が撮れた。朝露のついた花や道端に捨てられたゴミ。全てが被写体になった。なかでも近所に現れた猫は特別な被写体になった。初めはこちらの様子を伺うように一定の距離を保ってこそいたが、写真を撮らせて欲しいとお願いすると、いろんな姿を見せてくれるようになった。見事に言葉が通じていた。
ミャーオ。ミャーオ。ミャーオ。
初めて猫に出会った日から一年が過ぎた。私はまだ仕事をしていなかった。今日もカメラを首から下げぶらぶらとする予定だ。別に写真を仕事にしようとかそんな事は全くもって考えた事などない。それでも思い通りの写真や思いがけず気に入った写真やが撮れた時は、何となく写真集を作ってみたいと思ったりもした。
今日は普段歩かない道を歩いてみよう。そう決めて玄関に座り込み靴を履いた。ミャーオ。ミャーオ。ミャーオ。みゃーお?玄関の外から猫の鳴き声らしき音が聞こえた。私はそっとドアを開ける。ドアはきぃーと音を立てて外に開いた。そろそろ油をささないとな。そう思いながら辺りを見回したが、声の主は見当たらなかった。私はカメラを忘れた事に気がつき、ドアをあけたまま一旦室内へと戻る。カメラのストラップを首からかけ、鍵を手にするとふと後ろを何かが通った、そんな気がした。気のせいだろう。軽く辺りを見回し、異常がないことを確認すると再び玄関に座り込み靴を履いた。玄関の鍵をしめる。締めた後には二度チェックするのが日課だった。左手でドアノブを二回まわす。ちゃんと鍵はキチンとかかっていた。
私は最近猫目線で写真を撮ることにはまっている。近所の花や小さな石ころ、滅多に人が歩かないような裏路地。そう言ったものを猫目線で撮るのだ。まず猫を理解しようと思った。ご飯はかつお節をかけた猫まんまを食べ、一日中日の当たる場所に寝転がったりもした。そして少しだけ高くなっている塀の上を四つ足で歩いてる時だった。私はバランスを崩し塀から落ちた。頭を打ったのか、目覚めた時には部屋の中だった。辺りを見回す。何かがいつもと違った。私の首にはチューリップのような器具がついている。動きにくいな。そう思いながら私は四つ足で歩き出した。





