眠い。それもただ眠いのではなく、物凄く眠いのだ。すぐにでも上の瞼と下の瞼がくっついてしまいそうだった。きっと瞼の番人たちは交代で休憩をとっているに違いない。だからいつもは四人で引き上げているのを今は二人でやらなくてはならない。つまり力が足りていないのだ。あと二時間。二人ずつ交代するとして一回が一時間だから四人で二時間。この二時間は短いようで長い。番人の休憩に合わせて仮眠でもとってしまえばいいのかもしれないが、今はそうもいかない。なぜなら今は本を読みたいからだ。今夜が返却期限なのをうっかり忘れ、まだ読んでいなかったのだ。
「もう一度借りればいいじゃないかって?残念ながらこの本は需要が高くて予約制なの。今予約を入れたとして次に手元にくるのは1年後くらいかしら。」
とにかく寝るわけにはいかないのだ。私は本を開くと少し古くなった部分のフローリングに横たわった。ここが一番落ち着くのだ。ココアを片手に読み始める。この本は普通の本とは少し違う。それが人気の理由であり、また避けられる理由でもあった。私は構わず本の中へ潜っていく。
だが、まだほんの入り口だと言うのに瞼は更に重たくなった。もしかしたら二人の番人のどちらかがトイレへ行ったのかもしれない。
私はいつもの様に目の前のページに栞を置くことにした。これで万が一番人がいなくなってしまったとしても後ですぐそのページを開ける。それにこの栞なら、寝ていても本を読めるかもしれない。この特別な「栞」なら。特別と言っても見た目は普通の栞だ。上に赤いリボンが結んである。去年亡くなった親友がプレゼントしてくれたものだった。
滅多に本を読まない私に栞はこう言った。
「何も本は小説だけじゃないの。絵本だって雑誌だって本なのよ。遥はファッション誌好きでしょ?だから遥がファッション誌を読むときにこの栞を使ってくれたら嬉しいかな。」
「うーん。」ファッション誌に栞だなんて聞いたことがなかった。
「そうね。ファッション誌に栞を挟むならこーゆうのはどうかしら。もちろん読みかけのページにでもいいけれど、遥のお気に入りが載っているページに入れておくの。そうすれば私も遥と一緒に本を読めるわ。栞だけに、ね。」
そう言って栞は笑った。
栞を置くと妙な安心感があり瞼は一層重たくなった。きっと番人は子供に留守を頼んだのだろう。私はいつの間にか深くて深くて深い眠りに落ちていた。
窓から心地よい風が吹いてくる。その風に揺すられるようにして私は目を覚ました。どれ位眠っていただろう。風で栞がとばされてはいないかと慌てて本を確かめる。栞は無事本の間に挟まれていた。挟まれてはいたけれど、何かがおかしい。確かに始めの数ページで栞を挟んだはずだなのに、それはラスト数ページのところにあったのだ。
私は本を開き栞を手にとった。けれど特に変わったところはなかった。ふと本をみると栞の挟まれていたページには他のページと違う筆跡でーつまり手書きでー文章が書かれていた。
夕暮れに君を思いし我がしおり友の証と手渡す想い。
遥、元気ですか?私はそれなりに元気にやってます。実はあれからあの時の事が気になっていました。あの日、半ば強引に手渡したしおりの事が。遥は笑顔だったけど戸惑っていたよね。なんで本を読まない私にしおりなんだろうって。でもね、こうして使ってもらえてるのを見るととても嬉しいです。2005年9月8日 栞
2005年9月8日。それは今日だった。私は思わず辺りを見回しだけど、当然誰もいなかった。ただ、風で栞が舞い陽だまりの中で着地した。
そして私は再び目を覚ました。栞は最後のページでリボンを揺らしていた。