たまたまタイムリーな黒い影 | 脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

テレビアニメ、ドラマ、映画と何でも書くシナリオライターです。
24年7月テレビ東京系で放送開始の「FAIRYTAIL」新シーズンに脚本で参加しています。
みんな観てねー。

 

 夜になっても一向に気温が下がらない中、ずっとエアコンを付けっぱなしの部屋で、半年ぶりに模型を作った。

 今年の初めにJALの747を作った時に古い模型だったのでデカール(水転写式のシール)がいかれていて使い物にならず、シールのためだけに急遽買った同じ747が手つかずだった。すると、今度はシールがないので別売りのシールだけを買わなければならず、これも今年の初め頃にネットで探して買ったのが上の写真の747に貼ってあるシールという事になる。

 胴体に墨黒々と書かれた「中國民航」の四文字。

 1987年まで中国の航空会社は国営で、この中国民航(中国民用航空局)のみだったらしい。何となくデザインに惹かれてシールを買ったのだが、出来上がってみるとなかなか美しい飛行機になった。今飛んでいる中国国際航空公司や中国東方航空といった会社は、この中国民航が運航停止翌年の88年に民営化された際に分派したものだという。

 模型としては我ながらきれいにできたので気に入っているのだが、昨今の情勢を考えるとそう穏やかな心持ちで眺めている訳にもいかなくなった。今年の初めにこのシールを買った時には、半年後にまさかそんな事になろうとは思っていなかったのだが。

 理由は二つある。

 

 一つは言わずと知れた中国政府による香港への圧迫。

 国家安全維持法が施行されて以来、香港民主派の人々の逮捕が続いていて、この模型が出来上がったきのうの深夜にも、元活動家と政権に批判的な新聞社の代表の逮捕が報じられていた。

 一国二制度を堅持するはずだった香港について、何としてもこれを「併合」してしまいたい大陸の政府が、ここ数年かなり強行な措置に出ていて昨年の香港の暴動に近い反発は記憶に新しいところだが、いよいよ弾圧が強まった感がある。弾圧などというと中国政府から怒られそうだが、やっている事は弾圧以外の何ものでもなく、また、香港の民主化運動が台湾に飛び火するのを極端に恐れる大陸の思惑も透けてみえる。

 かつて「少林少女」の仕事で頻繁に香港に打ち合わせに行っていた身としては、「ああ、あそこでデモや衝突が起きているのだな」と思う度に嫌な気分になっていたのだが、他国の事では済まされない、旧態依然とした、しかも露骨な抑圧を見るにつけ、中国政府のなりふり構わなさ加減に唖然としている。いつもこのブログで、「批判する時は代案を出しましょう」と書いているが、この件については代案も何も思考停止してしまうような面があり、政府が何らかの理由で自ら矛を収めない限り希望の光は見えてこない気がしている(メンツを重んじるお国柄として、今の強攻策を途中で引っ込める事などあり得ないのだが)。

 ただ、模型に罪はないし、まして今も航空行政の役所という形で残っている中国民航自体が香港を抑圧しているのではないから、何だかもやもやした気分はあるものの模型は完成させた次第である。

 すると不思議なもので、そんな気分で撮った写真には微妙に影が落ちるものなのかどうか、UPした写真にはご覧の通り濃い影が付いている。単に写真が下手なので逆光の窓辺のせいでこうなったのだが、そのままUPする事にした。

 

 もう一つの理由。

 747はかつての花形機体だったが、エンジンが四発ゆえに燃料を食う、つまり燃費がよくない事から、ここ数年で急激に退役が進んでいた。

 ご存じの通り今の旅客機はどれも双発(エンジンが二つ)で、しかも機種によっては747より馬力があるのに燃費ははるかによい。さらにはエコにも配慮されている。ならば退役が進むのは当然なのだが、子供の頃から「国際線旅客機といえばジャンボ」と当たり前のように思ってきた年代としては、退役は寂しい限りである。

 そして、今回の新型ウイルスの感染拡大によって、世界的に747の退役は前倒しになっている。来年退役予定だった機が、「ウイルス禍でどうせ飛ばせないからこのまま退役にしよう」と決められるケースが多く、日々刻々と世界の空から消えているのだ。もともとここ数年はわずかな数しか飛んでいなかったとはいえ、ウイルス拡大がなければ盛大な「引退セレモニー」が世界各地で催されていたはずのものが、いつの間にか消え入るようにいなくなっている。飛行機好きの方以外には全く刺さらない事とはいえ、これもまた旅客機の歴史を俯瞰して見た場合には、将来的に「ジャンボ退役に落ちた黒い影」として刻まれるものだと思う。

 「落日」には二通りあって、功績を称えられて暖かく見送られる落日もあれば、こうして日陰に消えていくようにひっそり幕切れを迎える落日もある。

 「半世紀にわたってお疲れ様でした」

 と心の中ではいつも声をかけているジャンボなのだが、せめて退役をお祝いしてあげられればという気持ちも濃厚にある。

 

 模型の写真にたまたま落ちた黒い影は、二重の意味でタイムリーになってしまった。

 

 香港の先行きを案じるとともに、ジャンボ退役をねぎらう余裕もないほどウイルス禍にさらされ苦しんでいる航空業界の先行きもまた、案じざるを得ない。

 

 大変な世の中になったものである。