ドリーム・スペース | 脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

テレビアニメ、ドラマ、映画と何でも書くシナリオライターです。
24年7月テレビ東京系で放送開始の「FAIRYTAIL」新シーズンに脚本で参加しています。
みんな観てねー。

 

 年号が変わるとなるとどうも過ぎし日の記憶が甦るものなのか、私の場合、近頃平成を通り越して昭和の一コマを思い出す日がある。

 上の写真の「××ビル」は後に説明するとして、「チラシ大全集」という本はずっと大切しているもので、全部で4巻ある。そのうちの「2」には1970年代に日本で公開された外国映画のチラシが網羅されていて、当時中学から高校時代を過ごした私にはかなり懐かしい。これが70年代の10年間が1年区切りで文字通り大作から誰も知らないような小さな映画まで、チラシが発行された外国映画なら100%網羅されているという、資料としても貴重な本である。

 さすがは「大全集」といっていい。

 

 さて、名前を黒で塗りつぶしたビル。

 新宿に現在もある雑居ビルで、一年前に引っ越してきて以来、しばしばこのビルの前を通るようになった。今も店舗が入っていて営業中なので、ビル名は潰しておいた。

 ある日、このビルの前を通りかかった時、私がしばしビルの看板を見上げていたので、隣の同居女子が不思議そうに尋ねた。

「どうしたの?」

「ああ。このビルね、ちょっと懐かしいんだ」

「え?」

「昔、このビルの一階に、映画のポスターやチラシを売るちっちゃい店があったんだよ」

「チラシ?……」

「今でも映画館に置いてある、タダで持って帰っていい、アレだよ」

「ああ、あれ……ポスターはわかるけど、チラシってどういう事?」

 

 その小さな店に初めて足を踏み入れたのは、中学2年生の時だった。

 映画雑誌にいつも広告が載っていて、一度行ってみたいと思っていた店だ(広告も、店構え同様小さかった)。

 店内は客が一人かせいぜい二人入るとそれでいっぱいになってしまうほどのスペースで、そこにレコード店のレコードのようにチラシ、ポスター、パンフレット(プログラム)が立錐の余地もないほど並んでいる。その前に立ち、1枚ずつ、1冊ずつ手元に引き上げては買いたい物を選んでいくのだが、あれは中学生の映画小僧にとっては至福の時で、無限に選んでいられるのではないかというくらい、楽しい時間だった。

 といって何しろ中学生の小遣いなど知れているから、この店に来るためだけに埼玉の大宮から電車賃をかけて来れるはずもなく、新宿の名画座で「フレンチ・コネクション」や「ブリット」といったアクション映画の一本立て(当時は300円)を見て、帰り際に映画館から近いその店に寄ったのだった。

 たかがポスターやチラシといっても、何しろこちらは映画小僧である。そこは正に「夢の空間」で、いつまで見ていても飽きる事がなかった。だが、私以外のお客が入ってくると小さな店はそれだけでもうぎっしりになってしまうので、その人にどことなく圧迫されるようにして、やむなく店の奥のこれまた小さなレジに行く、という感じだった。

 何もかもが小さい。

 レジも小さければ、それを置いてあるカウンターも小さく、その向こう側には年配の女性のご主人がいた。もっとも、中学生の私から見て年配に見えただけで、本当はお若かったのかもしれないが。

 カウンターに行くといつも、小綺麗な身なりのご主人は、私が選んだポスターを丸めながら穏やかに言った。

「『ダーティハリー』と『ゲッタウェイ』が1枚ね。それとチラシは『大空港』と『サンダーボルト』と……」

 何故か必ずタイトルを復唱するように言う。

 その後、もう一つ彼女の決まり文句があった。

「ごめんなさいね。チラシなんて、本当はタダなんだけど」

 しかし私にとってはそうではなかった。

 この頃既に、公開から数年が経っていたこれらの映画のチラシやポスターは、通販以外では手に入らず、それを売っているというだけで奇跡のような(に、感じられた)店だった。ポスターは一枚300円、チラシは一枚100円かそれ以下で、名画座で映画を見た後の私は帰りの電車賃も気にしなければならなかったから決して安い買い物ではなかったが、「それが買える」というだけで、この店は「ドリーム・スペース」だったのだ。

 私はいつも何と答えたらいいかわからず、曖昧に笑い、「いいえ」と言うだけだった。

 もう一つ、彼女がよく言った。

「映画、好きなのね」

「はい」

 これにはいつもそう答えて店を後にした。

 

 

 

 これまでも何度か書いていると思うのだが、こうした気分は今の方には想像がつかないだろうと思う。

 ビデオデッキの普及前夜で、映画を録画するという事が不可能だった時代、常に映画が見たくて悶々としていた中学生は、映画館に行くか、テレビの洋画劇場を見るか(それも録画ができないので、見られるのは基本その時一回きりである)、あるいは映画雑誌を読むかラジオの映画音楽の番組を聴いてテーマ曲を録音、繰り返し聞くか、せいぜいがそんな程度だった。

 そうした不自由な環境(当時は当たり前なのでさほど不自由とは思っていなかったが)にあって、映画のポスターやチラシが自分の手元にあるというのは、それだけで目の眩むような嬉しさだったのである。

 小さな店を出て国鉄新宿駅から電車に乗り、帰りの車内で、窓から差し込んでくる夕陽に丸めたポスターを何となくかざしてみると、それだけでただの紙のポスターがキラキラと輝いているように見えた。

 そんな時代だった。

 

 今から十数年前、時が過ぎ40代前半になっていた私が東京に引っ越して来た時、新宿で映画を見た帰りにふと思い出して寄ってみると、まだその小さな店は営業していた。

 ただ、中学生の頃から数十年が経ったせいで昔の映画のポスターの価値は上がってしまい、昔300円で買った「ダーティハリー」のポスターが一枚3,000円になっていた。中学生の時に嬉しさでドキドキしながら買ったそれは、長年自宅の部屋に貼ってあったせいでボロボロになりとっくに捨ててしまっていたので、新たに買う事にした。そしてまるで時を埋めるように大人買いが炸裂し、他に何枚ものポスターを買って散財した(チラシは古い物は売っていなかった)。

 時が過ぎても全く変わらない奥の小さなカウンターに行くと、70年代と変わらない風情の年配の女性のご主人がいた。お顔がかつてのご主人に似ていたので、もしかしたらご家族が引き継いだのかもしれない。

 人が変わっても、そのご主人はやはり穏やかに笑う方だった。

 そして「復唱」も同じ。

「『ダーティハリー』が一枚、それから……」

 私は懐かしさもあり、つい饒舌になった。

 彼女がポスターを丸めている間、言うともなしに言った。

「中学生の頃、よくこちらに来たんですよ。子供だったので、何だかチラシを選んでる間、嬉しくて夢のようで……」

 すると彼女が笑いながら言った。

「すみませんね。チラシなんて、ほんとはタダの物なのに」

 人が変わっても、こういうところは変わっていなかった。

 

「という訳なんだ」

「ふーん」

 上に書いたような話を同居女子にしてみたのだが、案の定、「タダのチラシを売っている店」というのが想像がつかないらしかった。

 これは同居女子に限らず、今の方はそうだろうと思う。今は、映画を録画したりダウンロードすれば何度でも見られる訳で、そこでだいたい満足し、それ以上の「映画に関する物」を求める気にならないだろうから、だ。

 しかし。

 説明をしてからというもの、このビルの前を二人で通る度に、同居女子が私に言うようになった。

「きっと、とっても楽しかったんだね」

「なにが?」

「この店にいた時の、中学生の、まさし」

「ああ」

 今は別業種の店になっているその小さな空間を眺めながら、私と彼女はしばし足を止めるようになった。

 あの頃の、二人のご主人の穏やかな「すみませんね、ほんとはタダのチラシなのに」という呟きを聞きながら。

 

 令和を前に、水面に上がってくる水疱のように甦る記憶。

 

 些細な思い出だが、大切にしている。