メモリー、藤村俊二さん | 脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

脚本家そごまさし(十川誠志)がゆく

テレビアニメ、ドラマ、映画と何でも書くシナリオライターです。
24年7月テレビ東京系で放送開始の「FAIRYTAIL」新シーズンに脚本で参加しています。
みんな観てねー。

 藤村俊二さん、愛称オヒョイさんが旅立たれた。

 10年と少し前、二度ほど仕事でご一緒させていただいた。

 撮影の合間はいつもお洒落で飄々としたお人柄だったので、あまり湿っぽくならずに思い出を書き残しておきたい。

 

 当時、私はフジテレビのいわゆる二時間サスペンスの枠で、「八千草薫さん主演で新シリーズを考えてほしい」と依頼を受けた。オリジナル作品である。

 プロデューサーとあれこれ相談した結果、「八千草さんで推理物なら、こんなのはどうでしょう」と作り上げたのが、「姫さま事件帳」というシリーズだった。

 舞台は長野、八千草さんは長年続く武家の末裔で、「世が世ならお姫様」という役どころ。その、街の誰からも「姫様」と呼ばれ慕われている彼女が、殺人事件に巻き込まれ、素人探偵として調査に乗り出すという喜劇である。サスペンスとはいえ喜劇だから、殺人は起こるものの全体として「ほわん」としており、まるで殺伐としていない。むしろ「笑ってほんわかする推理物」を目指した作りで、自分の作品の中では強く印象に残っているシリーズだ。全部で三作製作され、私は一作目と三作目の脚本を担当した。

 当時ドラマの仕事をするようになって日の浅かった私にしては、何とも豪華なキャスティングだった。

 八千草さんを筆頭に、その夫役に藤村さん、八千草さんの家に代々仕える執事にして忍者の末裔(笑)に谷啓さん、八千草さんのかつての恋人で、長いイギリスの外交官生活から日本に戻ってくる博物館館長に北大路欣也さん、八千草さんの娘に石田ゆり子さん、その彼氏に原田龍二さんなどなど、配役を聞いた時には目もくらむ思いだったのを覚えている。

 藤村さんはこの家の婿養子という設定で、姫様の家系には何故か女の子しか生まれず、家を絶やさない為に代々とられてきた婿養子の一人。現役時代は大学で考古学の教授をしていたが、今は定年で隠居の身、しかし趣味で考古学は続けていて、陰に日向に奥さんの姫様探偵を「飄々と」助ける夫という役柄だった。

 この婿養子、実は殺人の手がかりとなる現場(遠く)にたまたま居合わせたり、そうとは知らずに大事な事を知識として持っている。ところが「今それを言わないとダメでしょ」というタイミングがわかっていない人で、いつも後になって奥さんの八千草さんに「まあ」と呆れられ、娘の石田ゆり子さんからは怒られる。

 途中で何度かそんなシーンがあり、そうした時の藤村さんの演技は絶品だった。

 娘がイライラしてお父さんを叱責する(しかし演じたのがゆり子さんだったので、ギスギスしたシーンではない)。

「もう!おとうさん、そういう大事な事をどうしてもっと早く言わないの?」

 すると、藤村さん演じるお父さんはこう答える。

「だって、誰にも聞かれなかったから……」

 途方に暮れたような、しかし「わたしだって一生懸命お手伝いしてるじゃないですか」というとぼけた抗議のニュアンスも滲む、あの時の藤村さんの演技は今でも忘れ難い。藤村さんでなければ決して出し得ない味があった。

 

 一作目の時、私は撮影所のセットにお伺いした。

 何しろこの豪華な俳優陣である。何はなくともきちんとご挨拶しておかなければと思うのは当然の事。

 撮影合間の休憩時間に前室(楽屋ほどではないが、セットの近くに設けられたちょっと「待機」のできる場所)に行ってみると、皆さんが談笑しながら次の撮影を待っていた。

 八千草さん、谷啓さん、そして藤村さんが和やかに笑いさざめいている。

 何と言うスリーショットだろう。子供の頃からずっと見知っているお顔ばかり、三人も同じ部屋にいらっしゃる。それどころか、この超有名な方々が、何と私のオリジナル脚本の台詞を読み、演じてくださるのだ。

「あの、初めまして。脚本の十川です。今日はよろしくお願いします」

 私がおずおずとそう言うと、まず八千草さんが微笑んだ。

「いらしてくださったんですね。こちらこそよろしくお願いしますね」

 八千草さん、谷さんとは既に数日前の顔合わせでお会いしていたのだが、それでも緊張した。明るい谷さんがおっしゃった。

「わたし、家系の説明台詞が多いでしょう。なかなか大変です。二作目の時は……もっと増やしてください。目立ちたいから」

 さすが元クレージー・キャッツ、休憩の時でも一流のジョークを忘れない。

 そして、藤村さんにはこの時初めてお会いしたのだった。

 私が改めて「初めまして」と言うと、藤村さんは静かに微笑まれた。

「どうも」

 他には何もおっしゃらない。だがその後ずっと笑みを絶やさず、八千草さんと谷さんの会話を静かに聞いている。そしてにこやかな中にも視線は結構鋭い。これからの撮りに向けて気持ちを集中させているのは明らかだった。

 私はその藤村さんの横顔を見て、「何てかっこいい役者さんなんだろう」と思った。

 笑みは絶やさないが、休憩中でも集中は切らさない。

 しかもその様がさりげない。

 

 リハーサルを経て本番へと進むうち、私が監督やプロデューサーとともにカメラのこちら側から見ていると、大ベテラン通しの丁々発止のやり取りの中で、藤村さんは見事な演技を展開した。

 本番に入る直前、それまで前室で維持していたあの緊張感がふっと途切れる瞬間があった。だが、少し見続けるうちに気づいて驚いたのだが、それは緊張を解いているのではなく、その瞬間から「とぼけた考古学者役」へのスイッチが入り、「とぼけた人」に成り代わっているのだ。むしろ集中力は増しているようだった。しかし役が「とぼけた人」だから、一瞬緊張を解いたように見える。

 あのスイッチ・オンの瞬間は、今でも鮮やかに覚えている。

 

 三作目はサブタイトルが「熱海殺人事件」というふざけた題になっていて、ほとんど全編熱海ロケだった。往年の新婚旅行のメッカ・熱海をあえて舞台に選び、八千草さんと藤村さん演じる夫婦が、かつての新婚旅行で訪れた地を再訪するという設定にしたのだった。

 真夏の炎天下のロケで、私が伺った日は気温が38度にまで上がった。若い原田龍二さんですら、私に「十川さん、次の時は冬の話にしませんか?」と苦笑したほどの猛暑である。

 しかし八千草さんも藤村さんも、遙かに若いはずの私が暑さにバテている中、眉一つ動かさずてきぱきと撮影をこなされた。あの時のお二人の集中力と、「長年連れ添って味わいの出た夫婦」をピタリと演じるある主の迫力に圧倒されたのも、今なお鮮明に覚えている。

 本番が終わると、何となく藤村さんと私の視線が合い、私が目線で「暑さは大丈夫ですか?」と問いかけると、「大丈夫ですよ」という微笑みを返してくださった。

 撮影中の藤村さんとはいつもそんなタイプの方で、言葉少なだが、その微笑みだけで全てオーケーな空気をまとっていた。

 

 その後ご一緒する機会がなかったのは残念だが、「姫さま事件帳」二作で藤村さんと同じ仕事をさせていただいた経験は、得がたくもあり、素晴らしいものだった。

 まさかこんな記事を書く日が来るとは思っていなかったが、今となってはあの無言の笑みが懐かしい。

 

 藤村さん、長い間お疲れ様でした。

 そして、ありがとうございました。

 

 あの笑顔と、「どうも」の一言。

 

 ずっと大切にしていきます。