「実はもう無いねん。全部使ってもうた。」

義母の言葉は衝撃的でした。
よくよく聞いてみるとこの家の資産は義母のヘソクリ数十万。
百万の満期になった定期1口。 終わり。

は?

そしてそして何と。


生活口座残高、マイナス数十万。


マイナスって借金だよね~?

そして住宅ローンはあと10年。


そういや同居再開直後、義母は言っていました。
「実はあんたらが居なくなってから口座のマイナス額が毎月増えていっててん。

でも帰ってきてくれたことでホントに助かる。
左うちわではなくても普通に生活していける。」と‥‥。

「何でマイナスの状態でそんな平気でおられるん?
生活出来てないってことやないか。」

普段は温厚なオットがワナワナとなっていました。


そういや、こうも言っていました。
「お父さんのちょっとしたものはあんたらに貰った分から出してるねん。」
ワナワナしていたオットが声を少し強めに言いました。

「僕らがこの数年、毎月渡してきたお金は何に使ったん!?」
おそらく計数百万にはなるでしょう。


「う~ん。結局、気がついたら無くなってしもてるわ。」

義母の言う“自分たちの年金だけで生活が賄えてる”というのはどういう意味でしょう。
そしてこう言いました。

「私、無駄遣いはしてないんやけどなぁ~。」

洗濯X、料理X、やりくりX。

えーい、このダメダメ主婦め!

義兄たちとの相談は終わりました。
2人の気持ちを聞いて、私たちが住み続けなければならないという責任感は吹っ飛びました。
それならば話は早い。
今年初めに義母と同居解消の話は済ませています。

「それはそれで仕方ない。」

そういうことなら進めさせてもらおうじゃないの。
ということで、クソジジイがカラオケスナックに意気揚々と出かけたある晩、
良い物件が見つかり次第出る旨、切り出しました。

「まぁ、しゃあないわね。」
義母は相変わらずでした。
それならばそういうことで、オットが問いました。
「もう一回聞くけど、ホントに年金だけでやっていけるんやろね?」

「生活費を入れてくれた時はすごい助かってたけどこれからは色々と始末していくわ。」
と義母は言いました。
「戻ってきてくれた時に家電やら全てあんたらの使ってたものに替えてしまったし、
引越す時は買い直す分、渡さなあかんなぁ。」

それは有り難い。
冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、炊飯ジャー他諸々。
引越費用だけでも何かと物入りなのだから。

「私のヘソクリがあるからそれを使ってもらおうかな。」

義母の言葉に疑問の念がほわほわ~と浮かびました。
何故にヘソクリ?

すかさずオットが横から強い口調で聞きました。

「自分らの年金だけで生活は賄えるから、貰った分は貯金しといて
のちに家の修繕やら必要になった時にそこから使うことにするわ。」
って最初、言ってなかった?

「実はもう無いねん。全部使ってもうた。」

は??


別居するにあたり、実家の母にも相談してみました。

これが初めてではないんで「あなた、やっぱり本気?」という念押しです。

母は前から同居解消には反対です。

一応は昔の人間ですから、嫁としての立場をわきまえろ、という考えでして。


更にこのご時世、同居なんかやっちゃう娘が誇らしいというか、近所への体裁がいいというか。

誰がいまどき同居なんかする~?すごいことよぉ、みたいな。

実家の周りでも何件か同居解消、更に離婚にまで至ったご家庭があるらしく、

おまけに先月、嫁姑問題の果てに姑の方が追い出され

結果、自分の住まいであった家を嫁に乗っ取られるというお友達も。


それにやはり経済的なこともよく言います。

私の父は二男だったので同居の必要は無く、就職と同時に独立を強いられたのですが

実家に頼ることは出来ず、若い頃は非常にお金に苦労したようです。

私も小さい頃はいつも「何でうちの家はよそと比べて貧乏なんだろう。」と思っていました。

母の口癖は「お金がないと夫婦喧嘩の元」。

同居は人間関係が煩わしいけど食いっぱぐれることはない。

生活が楽にできる分、目をつぶらないと~みたいな感じです。


でもーーーー。

さすがに母も最近では同居解消した方がいいのかも、と

思うようになったようです。


近所にも“クソ”が2個も3個もつく、嫁をこき使ってるクソジジイが何人もいるようで

そんなのは年齢的にそこらじゅうに割に見られるもので、

うちのクソジジイもその辺のと同じような部類の一人みたいなもんだと言いますが、

母が想像を絶するのはむしろ、義母のずぼら加減でした。


私は日頃から母に義母の家事レベルについて話をするのですが

母は「え、何で?????」と絶句するばかりです。

知らんがな。私も聞きたいわ。

とにかく母曰く“アンビリーバボー!”のひと言につきるようです。

母は料理も上手だし、さっさと片付けちゃう人なのでさぞかしビックリでしょう。


「実はね。」と母は言いました。

「ちょっと前だけど、そっちの近くに行く予定があったのでせっかくだから

午後にちょっとご挨拶でもしようと思って連絡したんだけど。」


「買い物に出るかもしれないからちょっと‥‥。」と言われたのよ。


急な話だし、断られるのも無理はないと思って諦めたんだけど

「そちらからだとデパートとかも近いですしね。」なんて話をしたら


「いえいえ、近所のスーパーですけど。」って。


「私が行くの迷惑ってことね、って思ったわ。」


まぁ、あの義母なら言うだろうな、と思いました。

だってかねがね人が来るのは迷惑だって言ってるもん。

おもてなしの仕方知らないもん。

まぁ、悪気はないんだけど断り方にもマナーはあるかなと思います。


母も二人が仲良しで、心地よく過ごせる生活を始めた方がいいんではないか、と言ってくれました。



同居解消の相談を義次兄にしたところ『しばらく賃貸で出といていなくなったら戻れば~?』という
ほぼ、他人事のような返答が返ってきました。
さすが! 自由人、義次兄。

で、問題は義長兄です。
私は予てから義長兄にお伺いを立てるべきだとしつこく言っていました。
そりゃ一応、長男が家を継ぐというのがセオリーでしょう。
再同居する前にも義母に義長兄がどう考えているのか確認してほしい、
もし住む気があるならば私たちも独立する計画をたてなければ、と散々言っていたのに
結局、義母の「そんなこと敢えて聞けないわー。もうええんちがう?」と流され
そのまま成り行きで今に至ってしまったわけです。

ということでこのままでは埒があかん、とついに義長兄と話すことになりました。
何か緊張する~。
日頃私が義長兄とほとんど会うことはないし、何せ随分歳が離れていて
オットですら小さい頃に独立してしまった兄とはまともに話したことがない。
(↑あ、もちろん義父と合わないということで出てったんですよ。)
そして話し合いの場を設けたのですが、やっぱり義長兄はオットの兄らしく思慮深い人でした。
前から一度話をしないといけないと思っていたとのことです。

自分は長男なのに実家とは距離を置いて、今でこそ年に数回は帰っているけど
弟に面倒くさいことを押し付けてしまって申し訳ないと思っている。
あの父親と一緒に住むのはかなりしんどいと端から見ても分かる。
独立したいと思うならしたほうがいいと思う。
将来、2人ともいなくなったらまた戻ったらどうだろうか。
自分が実家に戻ることは仕事その他諸々問題があり、実際には難しい。

ありゃ、義兄上お二人とも同じご意見ですか。
私はそんなこと今更言われても困る、自分らでどうにかせい、とやんわり
言われるのかと思っていたのですが。
幸い、義父母とも健在。
生きている限り家のローンは払い続けられるでしょう。

「もし何かあってもオット一人に丸投げはしない。」と義長兄は言いました。

洗濯についてもう一つ。


残り湯ホースってどうされていますか?

私は今まで使い終わったら毎回水を切り、収納して片づけていましたが

こちらに帰ってきてからはイチイチめんどくさい、と義母がほったらかしにするようになり

今では常にホースが洗濯機につないだままに。

ホースのとぐろは脱衣所にびろーんと。


ホースって水をきちんと切らないと水圧で逆流したりするんですよね。

それがたまに脱衣所に漏れ出てえらいことになってます。

「洗濯機が水漏れしてるわ、どうしよう!」と騒いでいたので、壊れてないのを確認し

きちんと水切りしてね、と何度か助言していたのですが

それが正されることはなく、先日も洗濯層の下が水浸しになっていました。


堪忍袋が何十袋と破れながらも節水のため残り湯を使っていましたが、いつしかその袋もボロボロとなり

ある日どぼどぼどぼ~と逆流してきた現状にぷつんと気が断ち切れてしまい

今では真水でのみするようになりました。

もう二度と残り湯は絶対使いませーーーん!


さてうちには全自動、二層式と洗濯機が2つあります。

贅沢と思うでしょ?

二層式というのは優秀で、数十年使っていても全く壊れない。

時代の流れと便利さで全自動を買ってみたんですが

壊れていないものを捨てるに忍びないということで、日頃の洗濯物は全自動で、

当時、痴呆で入院中だった義祖母の洗濯物やひどい汚れ物は二層式で、と

いう風に使い分けることになりました。


床には排水口が一つしかないので、二層式を使う場合は専用のホースをつなぎ

風呂場に流すようにしているのですが、ある日事件が起こりました。

トイレマットを洗おうと二層式のホースを手に取ったとき、つるっとすべり

ホースを脱衣所の床に落としてしまったのです。

すると水がじゃんじゃか溢れ出てきました!

それもぬるぬるの水が!!!

洗濯層をのぞくと水が半分ほど残っていました。

それも濁りに濁った水が。


触ると何と、それは洗濯水でした。


何故、洗濯水が残っているんだろう?

二層式は私の実家でもまだ現役で使っており、住んでいたころは実際に使っていたので

やり方は分かっているつもりです。


ピンときました。

その数日前、私たちが使っている洗面所がびたびたに濡れていたのです。

今までにも何度か恐ろしく水浸しになっていることはあって、

その度に排水の流れが悪かったので栓を調べると、またもやホコリが丸々と詰まっていて

私は毎日使い終わりに掃除をしているので、義母が何かを洗ったんだと思いました。

義母は何かを二層式で洗い、すすぎを洗面所で行ったのでした。脱水もせずに。

そしてそのまま二層式をきっちり片づけずにほったらかしたという。

もちろんホースの水切りなぞするワケもなく。


池のようにぬるぬるの洗濯水が溜まった洗面所ですが

義母たちの使っているボッロボロの粗品タオルを10枚ほど失敬し

拭き上げたあと、そのまま団子にしてゴミ箱にたたき捨ててやりました。

ホント、意味がわからないです。

義母はダメダメ主婦です。



何度もここで書いていますが、義母はずぼらです。


うーん、実は違うのかな。

今やこの家のすべてが嫌になってるからそうしか思えなくなってるのかも。

まぁ、とにかく私からしたらずぼらです。

働いていないし、たま~に近所の友達の家に喋りに行くくらいで

一日、何をやっているのかと思うくらいです。

感謝もしない義父のために三度の食事を用意するだけの毎日を過ごしているように

私には見受けられますけども。


洗濯にしても相当、ルーズです。

早朝にした洗いあがりの洗濯物を取り出したものの、そのまま干されることはなく

私が午後から仕事に出かける時もかごに入ったまま。

夜に帰るとかごが無くなっているので干したのかと思ったらベランダに放置。

翌朝、起きるとしわしわの状態で干してありました。


そしてそれがまた終日、ベランダに干されていますが

その晩に取り込まれることはないこともたびたびあり、

その翌日の午前中、次の洗濯物を干す時に取り込まれるという。

更に取り込まれた洗濯物がさっさとたたまれることは稀で

リビングにふわさっ!とほっとかれています。

それも水屋の前に。

もちろんタオルや下着なんかも入ってますので何だかね‥‥。

最初でこそ踏まないように気を付けていましたが最近では

そこに足を突っ込んで自分たちのお皿を片づけたりしています。


考えてみると洗濯機に放りこんでそれが片づけ終わるまで何日かかってるんでしょうか。

幸い、洗濯は結婚当初から別にしています。

義母から言い出したことなので今となっては感謝しています。


また干し方も範囲を広げているので私としてはすごく邪魔です。

こじんまりと端に寄せといてくれたらいいのに

割と真ん中の方に時間は長らく、ですから気を抜いて頭を上げてしまい

義父のしわしわのトランクスが目の前にかぶさった時は殺意すら感じることも。

股の部分を切り取って隣の駐車場に投げ込みたくなります。


うち、割と広めにベランダを作っているんですけどね。

もう嫌なことばっかりです。



同居中のお嫁さんにお訊きします。
特にお舅が一つ屋根の下にいらっしゃる方。

『夏場、家でどんな格好をされているのですか?』

うちのくそじじいはU首の半袖綿肌着とステテコ。
まさに全身真っ白の下着姿で夏を過ごします。
以前、一緒に暮らしていた時はステテコの下に白いサルマタを履いていましたが
数年前に止め、トランクスに替えたようです。
(どうせトランクスの方が若い、とか言って義母に買いにいかせたに違いない。)
それがいつも下半身は薄いステテコに濃い色めのトランクスが映ってスケスケ。
これで家中をウロウロしています。

これっていかがなもの?

嫁は他人と思っていないようで、私が家に来た時から平然としています。
私の父はいくらあのくそじじいと一回り歳が違うとはいえ、
家でくつろぐ時もTシャツと短パンを履いていました。
ステテコで過ごすなんて年寄りみたいじゃないかー、と思いましたが
オットによると自分が生まれた時からそうだといっているので
年齢がどうのこうのではなく、時代なのかもしれません。
昔、長兄一家から父の日に作務衣をいただいたのですが
「こんなじじクサいもの着れるか。」と言って一度も袖を通しませんでした。
どっちが年寄りクサいんでしょうかね。

当時、若かった私は最初見た時、やっぱりかなりの衝撃でした。
だって下着でしょ?????
じじいのスケスケパンツ姿なんか誰が見たいもんか。
私がブラジャーが丸見えのスリップを着てキッチンに居るようなもんじゃない?
風呂上がりなんか上半身裸のまま、ニチャニチャご飯を食ってたりします。
そいでそのまま横になって寝たりも。
公共マナーが欠落してるというか、失礼だよ。
義母も何か注意せえよ、と思ったが彼女は何ーーーとも思ってないだろうな。

ちなみに夏が過ぎるとそのステテコの上からスラックスを着用。
スラックス? 何で? 会社にも行かないのに。
じじいにとってスラックスの使い分けがあるらしく
外用スラックス、家用スラックスが別みたい。 アホらしい。

ともかく。
パンツ半分丸見えの若者とどっちが失礼なわけ?
家だからどうでもいいわけ?



夜には涼しくなってきましたね。

くそじじい、体調崩さねーかな~、などと思ってしまう管理人です。


さてオットの家では皆、顔にコンプレックスを持ってるみたいなんですよね。

近所でも評判の美形家系ではもちろんないワケですが

取り立ててそんな醜い風貌でもないと思うのです。

十人並みというか、一般的なレベルだと思うんですけど。


で聞こえてくるのは、よく義父母の間で話題に出てくるのが人の外見について。

芸能人はもちろん、素人カラオケ大会に出場している人の顔やファッションなど

とにかくボロクソにいうわけです。

鼻が上を向いているだの、顔に似合わん花柄の服を着ているだの、

特に義父が率先してやいのやいのとずーっと言っています。

義母はそれに同調して相槌を打っている感じです。


人の容姿を笑うなんて下品なことですこと。


義父はもちろん美男ではありません。

年齢相応に頭頂部はハゲているし、皮膚もかっさかさに乾いた老人のそれです。

ギラギラしているわけでもなく、色素が年々抜け落ちている感じ。

まぁ、しいて良いところを言えば体格はしっかりしてる方だと思いますが。


総じて若さが人にとって一番と思っているらしく

時折、仰天のアンチエイジングの提案をするのです。

ハゲを隠すためのカツラが欲しいだの、

顔のシミをレーザーで取りたいだの、

審美歯科で歯並びを整えて白くしたいだの。


白い歯でどうしたいの。

誰に見せたいの。

気味が悪くて背筋がゾクゾクする。



夏の終わりに怪談話をするんじゃねえ!



出て行ってやる!と2人で決めたはいいが、じゃあいつにしよ?というほど別居は簡単じゃありません。
今まで独立する考えなど持たなかった(住み続けなあかんと言い聞かせてたし~)
私たちにとって色々と準備が必要。
とりあえず義母には宣言済み。
くそじじいに言っても「改めるから考え直してぇ~~」どころか
それこそ十八番の「文句があるなら出て行け」攻撃が始まるかも。そうなら超ウザイ。
あの老いぼれには事後報告で。

そしてやはり義兄たちとの相談が不可欠です。
今までそんな相談事はしたことありませんでしたから。
そうこうしてるうちに偶然にも関東圏に住んでいる義次兄が実家へ来ることになりました。
義次兄夫婦はもう家を構え、仕事上こちらに戻ることはありません。
(これがまたかなりゆとりのある生活をしてらっしゃる♪)
昔から私たちは気が合うというか、親族の中では気兼ねなく接することのできる数少ない存在です。
義次兄は就職と同時に、義父の息子でありながら実家にはほとんど寄り付こうとしません。
盆正月に来ることはないし、電話の一本すらありません。
義父は「○○(義次兄)はどうしとんや?何の音沙汰もない。」と義母に愚痴ったりしていますが
お前だよ、原因は( ̄へ  ̄ 凸!

1時間ほど顔見せに来て「ほいじゃメシでも行こか。」と私たちに声をかけ、家をあとに。
滞在中は市内のホテルに連泊します
ちなみにうちの親族はもちろん、実の息子たちですら実家には泊まりません。
気遣いもあるし、何より泊まる設備が完備されてないのが原因です。
この家の部屋は何のためにあるのでしょう。

さて義次兄夫婦としばし楽しい時間を。
良い機会なので私たちは別居の話を切り出しました。
義兄弟と家の話をするのは義次兄が初めてです。
でも義次兄はひとこと。

「アイツ(義父)はさ~~~。ダメだわ!」

私は正直、咎められるとばかり思っていたので、何かホッとしました。

よく一緒に住んでると思うよ。
早く出た方が良いとしか言いようがないね。
賃貸でどこかしばらく借りといてさ、アレが居なくなったら戻りゃいいんだよ。

義次兄妻も大きくうなずき「私なら同居は絶対に無理。
いつもあんな感じなんでしょ?信じられない。」と納得の様子。
数年ぶりの小一時間の滞在でそんなに分かるものでしょうか。
一応、同居外の人間がいるので義父はよそいきの態度を取ってたハズですが。

義次兄曰く。
自分たちはもう今の生活が確立されているし相続等問題はそっちで自由にしてほしい。
ただ私たちには今後、この家を引き継いでほしい。
同居しろということではなく、ゆくゆくは住んでほしいということ。
やっぱりここは自分が育った実家だから、無くなってしまうのは哀しい。

たまに帰ってきたらその時は泊めてや、おもてなしとか不要だし~~♪
と言って帰っていきました。
何か自由だな。ホントにうちの家のことはどうでもいいんだなぁ。
日頃、鬱々と考えているのがアホらしくなりました。


お盆も過ぎ、いよいよ秋かと思ったらまだまだ暑いですね。
残暑お見舞い申し上げます。
あれ、あのクソジジイまだ生きてる。


久々に更新することにしました。
うちは(一応)本宅なので盆や正月には親戚筋が集まります。
年取った部類の人たちは遠方だったり何やらかんやらと
年々、来なくなってきてはいるんですけども。
まぁ、義母もウエルカムのような対応をしないですから
わざわざ、という気にはならないかもしれません。


ということで法事の日。
私たちはお墓参りがてら外出してギリギリに戻りました。
ふとテーブルを見ると日頃見たこともない市販の解熱鎮痛薬が。
義母はかかりつけ医から色々と処方薬をもらっているので
来ている親戚の誰かが飲んでいるのかも。
熱でもあるのか頭痛に悩まされているのか。


さておき、やいのやいのとにぎやかです。
日頃、この家でベラベラとまくしたててるのは義父だけですから~。
しばらくすると坊さんも来て法事がスタート。
読経も終わり、世間話をしれっとしたところでさっさと終了。


しばらくはお茶を飲みながら皆で別室で歓談してると
「おじさん(義父)、今日は何だか静かやね。」と誰かがポツリ。
例年、人が来たら一番はしゃぐのは義父ですから~。
すると横で義母が言いました。
「お義父さんさ~、昨日歯の詰め物が取れて激痛らしいわ(笑)。」


何と!
あの薬は義父が買いに行かせていたのか。
それも歯とは。


そういやこの日はお盆の連休二日目。
きっと近所はどこもお盆休みでしょうねぇ。
徐々に鎮痛薬が効かなくなっているのかイライラが目に見えます。
昨夜に至ってはとるものもとらず、横になったまま。

始終「痛い~‥‥。」「痛い~‥‥。」とうわごとのように、クソジジイ on ツィッター。


私も小さい頃虫歯に悩まされたことがあったので
大人になった今、予防歯科にはかなり気をつけています。
昔と違って歯医者は痛くなってから行くところではなく
痛くならないように日頃からケアをするところ。
半年に一度はクリーニングにも行ってるわよ。


結局、今朝まで義父は効いてか効かずかとりあえず市販薬を飲み続けて
ふぅ、ふぅ‥‥と氷袋を頬に当て、ふらふらになっていました。
もう「痛い。」とも発しなくなりました。

もちろん何も口にしないし、下を向いたまま。

よっぽど痛いんでしょう。


でも私としちゃもう、その姿が可笑しくて可笑しくて。
笑っちゃいけないけどそりゃ笑うでしょ。
ざまあみろ、って思うでしょ。

私ならそんな時の強い頓服も常備してるし、お盆でも開いてる

クリニックも知ってるけど一切手を貸さないわ。

自分のことは自分でできる、と言い張った結果じゃ~い。
逆にあの歳でまだ神経が生きてるのかと思うと忌々しくなるわ!


義母にも当り散らし、周辺に不愉快オーラを巻きまくって
開始と同時に近所の歯医者へ駆け込んで行った義父。
傍から見る分には良い。
でももしこれが寝たきりになったときのことを想像すると
背筋がぞっとするのでありました。
早く出なければいけないな。