2025年11月号 表紙:G-DRAGON

 

<W KOREA>の撮影のとき、ジードラゴンさんの「猫みたいな」ちょっとすました瞬間を見たような気がしました。
そうですか? そう思ってもらえていたなら、嬉しいですね。久しぶりの撮影でした。<W>とは本当に久しぶりの出会いでしたから。

 

今日のシャネルは、2025/26クルーズコレクションを着て撮影しました。新しいアーティスティックディレクター、マチュー・ブラジのデビューショーである2026S/Sコレクションがパリでちょうど公開されたところです。
映像で見ると惑星があるコンセプトで、実際に行って見たらもっと面白かっただろうなと思いました。ショーのときって、僕はルック一つひとつというよりも全体を観るタイプです。
衣装はもちろんですが、音楽も大切だし、動線や空間によっても感じ方が変わります。「コンサート」とも似ているところがあるのではないでしょうか? だってショーですから。

 

普段シャネルの服から「ジードラゴンが着るにふさわしいもの」を選ぶとき、何か基準はありますか?
うーん。楽に、カジュアルに着られるか。あるいはまったくクチュールのようなショーピースか。この二つが大きな基準です。確実に違いますから。
この二つのどちらでもない曖昧なスタイルだと、実は僕にはあまり意味がないので、あまり惹かれないんです。舞台衣装として考えてセットアップを探すこともあります。
僕はセットアップが好きなんですが、ぴったり気に入るものを見つけるのが難しいですね。

 

9月にワールドツアーでパリで公演したとき、シャネルのカスタム衣装を着ましたよね? 白のパンツスーツに黒のクリスタル刺繍ブレード装飾が入っている。
ああいうふうにオーダーメイドで衣装を作るというのは、そもそも特別な場合なので、気に入るものを探しているうちにヴィンテージの世界にもはまっていくような気がします。

僕は幼いころからヴィンテージが大好きでした。そして昔の衣装ってオーバーフィットなものが多くて、レディースウェアでも僕の体に似合う場合が多かったんですよ。
なぜかと言うと、“スーツ”と呼ばれるフィット感がありますよね。最近出てくる服はディテールが派手になっているスタイルが多いけれど、昔はミニマルでクラシック、だけど色味がきれいだとか、そういう感じだったと思います。

 

ヴィンテージを掘る(ディグする)味わいには終わりがないですか?
終わりがないですね。僕にはそうなんです。昔雑誌やどこかで写真でしか見なかったものを実際に見ると、宝物を発見したようなその感じ。
たまにどこでも一度も見たことのないものに出会ったりすると驚きます。

 

よく考えてみると、ちょっとアイロニカルだとも思います。あちこちで新しいものがたくさん出ている時代なのに、ヴィンテージに惹かれるということ。
僕の場合、ファッションじゃなくても同じなんです。職業柄、基本的に音楽をまんべんなく聴いていますが、結局自然にいつも聴き続けているのは昔好きだった曲です。
昔から好きなもの、仕方ないんですよね。映画もそうですし。自分の趣味というものがしっかり場所を占めているので、新しく出てくるものはそこからインスピレーションを得られないか、いわば学習の概念で対することが多いです。僕は音楽を作るときも、今までに接してきた、自分のデータに積まれているものを基盤にしています。
そこに何か新しいものを見たら、それを少しずつ少しずつミックスしてまた新しいものを生み出そうとする方です。

 

最近では、APEC 2025コリアの広報映像が話題でした。パイロット制服を着た姿がとても似合っていましたね? 

楽しく拝見しました。
僕も楽しく見ました(笑)。撮影しながら最終的な仕上がりがどう出るか楽しみでした。

 

セリフがほとんどない流れですが、それでも演技が必要でしたか?
やっぱりそうでしたね。監督がずっとディレクションをしっかりくれていました。テイクをあまり何度も重ねるスタイルでもなく、比較的リラックスして撮影した記憶があります。
途中、外国人の方々と登場する場面のとき、僕はなぜか一番不思議に感じていました。CG効果で作ったみたいに見えるかもしれないけれど、あの場面は本当にみんなで集まって撮ったんです。

 

最近のジードラゴンさんの大きなテーマといえばワールドツアーですよね。

3月から「2025 Would Tour <Ubermensch>」をスタートしました。いろんな都市を巡る間、だいたいよく食べてよく寝られましたか?
はい。昔活動が盛んだったときは、本当に休む暇なくスケジュールを続けていたこともありましたから。今はもうそういうふうにはしちゃいけないと思いました。体も考えなきゃいけないし、昔のようにやるなら最初から始めなかったと思います。体力の問題でも何でも。あれこれ少しパターンを定めてやるべき仕事だと考えました。

 

ミュージシャンとして7年ぶりにカムバックしたわけで、ツアーもそれだけ久しぶりということですが、やってみてコンディションはどうですか?
思ったよりも感覚、というか、いいコンディションを早く取り戻した感じですね。そういうのを取り戻すまで実はかなり時間がかかることもありました。もしかしたら取り戻せない問題だったかもしれないですし。
でも幸いにも早く何かが戻ってきたようです。ツアーの序盤には「どうしようか」って思った時もありましたが、ある瞬間、自分のペースを見つけました。

 

これはワールドツアーだった2017年のときよりスケジュールもゆるめに組んだんですか?
そうでもないですね。正確に比べてどうかは分かりませんが、僕の心構えや感じ方としてはそうですね。ただ会社を移して、僕がプランを組んでいるので、当然違います。
むしろあまりに余裕あるスケジュールで行くよりは、ある流れができたときにずっと続けていきたかった。僕だけ考えればいいわけじゃなくて、機材を移動するのにかかる時間も頭に入れなきゃいけないし、いろいろ考えて組んだ日程です。

 

アジア、オセアニア、アメリカ、ヨーロッパを巡って、今はアジア内のアンコールコンサートが残るだけですね。この数ヶ月のツアー期間を振り返って、今思い浮かぶ瞬間や場面は何ですか?
初公演。まずその日からすぐ思い出されます。すごく寒かったです。なぜか一日に雪、雨、ひょうが全部降ったんですよ。わぁ…忘れられない。

 

3日間中、最後の2日間は 高陽総合運動場主競技場 で公演しましたね。その日はかなり大変だったんでしょうね。
本当に奇妙なショーでした。僕もそうですが観客の皆さんも大変だったと思います。あんなに難しいレベルで始まったせいか、行くにつれて段々楽になった感じがしないわけでもないです。
天気も良くなったし、自分の体もほぐれたし。

 

公演で久しぶりに世界を巡ったことで感じることがあるでしょう。観客の皆さんはどうでしたか? 彼らは相変わらずでしたか?
相変わらずというより、熱気がむしろもっとあったと思います。そして新しく入ってきたファンが多いと感じました。実は僕、活動していたころ海外公演に行くと韓国人とアジアの人がずっと多かったです。
今はどこへ行っても、その国に住んでいる方々を含めてとても多様な方々で構成されているという点がまず感じられて、その部分が誇らしかったです。
あ、それと男性比率が高くなりましたね。昔は男性の方が少しでもいると目立つくらいだったんです。つまりそれだけ少なかったわけです。でも今回特に感じたのは…男性観客が多かったということです。

 

会場に男性が多いと歓声のトーンもかなり変わりますか?
なんというか、体力ももっと良いので、彼らが一旦本気になったら…いろんな意味で面白いですし、予想もしなかった流れになることもあります。僕もリアクションをちょっとパチッと決めるときがあります。

 

三枚目の正規アルバム Ubermensch が出たのは今年2月です。先行公開シングルの『POWER』を発表したのは昨年秋ですね。その間、いろんな反応を十分に見て感じてこられたと思います。まず満足度はいかがですか?
満足度、高いです。自分が考える方向、感性などなど、まだちゃんと受け入れられてるんだなと。コミュニケーションできてるんだなと思えて、ありがたいと思いました。
ものすごく久しぶりの活動ですから。今までたくさん愛されたし、いい成績を収めたということへのプレッシャーがもちろんなかったわけじゃないです。僕はいつもする音楽でも、それを受け入れる人たちの立場がまた違うかもしれないという考えもしました。
これってほんの一線でしかないし、両刃の剣のようなものなんです。そういう不安があったならありましたが、結果的に満足度は高いです。

 

僕は『POWER』からよかったと思いました。

久しぶりのカムバックだし、いろんな意味であまり重くなくさわやかな登場という印象を受けました。
誰かがただ音楽を好きでいてくれるだけでもミュージシャンとしては本当にありがたいです。そこにあれこれ分析しながら積極的に楽しんでくれる姿を見ると、とてもありがたいんです。
僕はトラックごとに見せたいことがあったんですが、それをわかってくれる人が多かったんです。僕は歌詞の一行一行を気にする人間です。
それを誰かが全部わかってくれる必要はないけれど、時々ちょっと惜しいと思うこともあったんです。今回は単語一つに対しても「どんな意味を伝えたかったのだろうな」と学ぶように理解してくれること、そのような解釈やリアクションが自然にバイラルになるのを見て、僕が逆にインスピレーションを受けることもありました。

 

長い空白を経て音楽に戻ってきて、いつのまにか1年がたとうとしています。振り返って、

ジードラゴンさんにとって最も必要だったものは何だったと思いますか? 結局「休み」が必要だったのでしょうか?
休みも必要でしたし、まあいろいろ必要でしたね。入隊する前に最後に公表するように〈권지용〉というアルバムを出して、そのあとしばらくジードラゴンから権지ヨとしてスイッチする時間を過ごしたんです。
もちろん軍隊にいた時期を除けば、僕がマスメディアに顔をまったく出さなかったわけではないですが、僕には“本業に戻ってきた”という意味が大きかったんです。最も長くやってきたこと、最も得意なことで。

ツアーのとき映像でこのような言葉を聞きました。「時間というものが与えられて、誰かが意図的にでもコンマを打ってくれた感じ」。 「そうしてずっと唱え続けた言葉が『ウーバーメンシュ』だった、その言葉が一種の呪文または盾だった」。」


“ウーバーメンシュ”は フリードリヒ・ニーチェ が作った概念ですね。これは完成された存在ではなく、 自分自身を超え、極限を越えなければならない存在という点で、簡単に言えば“超人”という意味で語られたと知っています。あるとき「自分がそれに近づいた」と感じることはありますか?
今回のカムバック自体がそうでした。うまくいくかどうかを離れて、まずぶつかってみること。結果がどうであれ、その結果もまた楽しめる状態になりたかったんです。
권지용から再びジードラゴンというキャラクターを取り出すとき、疑念の視線もあったでしょう。でもどんな尺度をもって「失敗か成功か」を測ろうとは、最初から思っていませんでした。
そういうものがとても意味ないわけではないですが、僕の人生において、今回のアルバムとカムバックはチャレンジでした。やりたくてやったし、やるならうまくやりたいと思ったし、反応も良くてありがたいですが、万が一そうでなかったとしても僕には「その次」があるわけです。
僕は何であれ、始めたという点に誇りがあります。やってみたらわかることもありますよね。やらずに頭だけでずっと考えていたら、ただ時間だけが流れていたかもしれません。

 

帰ってきて再スタートしたというのは、現在のジードラゴンが過去のジードラゴンを超えたという意味でしょうか? 華やかな栄光を享受していた、だからこそプレッシャーが大きかったジードラゴンでしたよね。
“超える”というのが、どんな一つの限界を克服することだけを指すとは僕は思っていません。限界が何か分からないからこそ、知らないままにとにかくぶつかっていけば、本当に“限界”というものがなくなっていく状態になると思うんです。
だから結局今の僕が、僕自身のハイライトでしょう。これからまたどうなるかは分からないけど、僕は昔のように肩が重いとかいう感じは持ってないです。
ニーチェとともによく言及される有名な絵があります。崖の上に立つ男の後ろ姿が見える絵です。
僕はそのイメージを時々思い浮かべました。彼が笑っているか泣いているか分からないし、頂点に立って喜びを満喫している途中かもしれないし、ただあの向こうの景色を眺めているのかもしれない、あるいはこれからどこへ行こうか考えているのかもしれない。

 

では、あなたの頭の中に最も大きく位置している課題( 화두 )があるとすれば、それは何ですか?
現在の局面では『BIGBANG20周年』でしょう。昨年は僕のカムバックが最大の 화두 だったとすれば、今最も近い未来はBIGBANG20周年を迎える来年です。
Coachella Valley Music and Arts Festivalというまた別の“始まり”もあります。実は空白期の間、今後数年に渡って展開されるいろいろなことの構図をある程度は描いていました。僕はまだBIGBANGのリーダーですから。