原作 者さんをまじえて打ち合わせ
今日は、大物原作者さんの仕事場で例の別案件の打ち合わせをした。
その原作者さんとは無論、初めてお会いしたのだけど柔らかい物腰で、「どうぞ(原作を渡した後は)ご自由にやってください」という具合であった。なんとなくカテキンさんを思い出したけど、考えてみたらカテキンさんよりもずっと年上だ。
「ご自由に」とはいえ、氏の作風(もちろん、ハタと目にはしているのだけど、当事者となると別問題だ。)や作品をまだつかみ切れてはいないので自然、探りを入れながら・・・・といった感じにはなるのだろうけど、実際に会って話してみて肩の力が(いい意味で)抜けたのは確かだ。
編集さんから話を聞いて原作を読んだ時点では、どこか霧がかかったような印象があったのだけど、原作者さんの口から作品の狙いを聞けたことで、その辺ようやく晴れた思いもあるので、どうやらこちらもネームに取りかかることが出来そうだ。
そんなことを100円ジムのエアロバイクじゃないヤツを踏み踏みしながら打ち込んでいる。
今日の残り時間はネームだけにしよう。
∀(ターンエー)の癒し
今日100円ジムに行った後、体重計にのったら71.8kgだった。食い物のカロリーを計算し始めた時が(2/25)75キロ超だったから、順調~と言える。今までで一番効果的だな~、全然無理してないし知識も増えてお得感がある。
記録つけるのが面倒くさくて、お菓子を食べなくなった。昨日ポテチ買ったけど、カロリー表記見たら500Kcalとかあるから、「1回に食えるのは1/5までだな・・・(100Kcal)」とか思ったりするようになる。
原稿も26Pまで仕上っている。あと4枚でアップ。今日中に終わらせる。そして2話目の下書きを進め、別案件のキャララフを今晩あたりで固めたいところだ。
今、富野由悠季の「∀(ターンエー)の癒し」という本を読んでいる。ガンダムの作り手、富野監督のエッセイ?だ。
正直、「∀ガンダム」を見るまでは富野監督という人をあまり評価していなかった。無論、最初のガンダムは素晴らしく(特に映画)、異論はなく、その後の作品も楽しむことは楽しんだけど、
「なんだか、おおざっぱに話を作る人だなー」
(ばかすか人を殺したりとか・・・Vガンとか。一番好きだったオデロ殺しやがって・・・・まぁ楽しんだんだけど。)
という印象だった。
逆襲のシャアとかも、尺の関係かなんか知らないけど、奇跡的な描写で話が収束していったり・・・確かにこの人ありの人なんだろけど、芯からは評価できないなぁ~、と思っていた。
そんな富野監督の見方がガラッと変わって「こんなオジイチャンがスゲーことやってるのに俺って・・・」と頭をぶん殴られたようなショックを受けたのが上述の「∀ガンダム」だった。
当時のアシスタントのコがTV放送をまとめて録画したのを貸してくれて見たのだけど、まず最初の3話を見て度肝を抜かれた。半端じゃない情報量をギリギリ視聴に耐えるレベルでまとめている。文化・習俗・身分等々世界観が、普通に考えたら10話くらいかかりそうなところをまとめている。
最初にこの力量に圧倒されたのだけど(なんか周りの人は「最初はわかりにくくて面白くないけど・・・」と言った勧め方の人が多かったけど、自分はなにより、このオープニングに引き込まれた。)、話の流れも様々な要素が込められ、スケールが大きいながらも肩の力の抜け具合といい、絶妙のバランスで綺麗にまとまっていた。実にエンタテイメントだった。
そんな感じで、それ以来、富野氏をクリエーターとしてウォッチするようになった。Zガンダムの映画版も全部見た。まぁ、これはノスタルジー以外は特に思うモノは感じなかったけど(Ⅲの前半の情報量に圧倒されたりしたけど)。どちらかというと「今時のアニメってスゲーんだなあ」というほうが大きかったかな。
自分は「千と千尋~」以来、宮崎駿氏には特に得るモノはないな~(結局、ガキの頃に見た「カリオストロの城」が一番好き。)と関心を失っていったのだけど、今となっては俄然、富野氏が生み出すモノのほうが興味深く感じている。なんというか、いまだ「飢え」を感じるとでも言えばいいのでしょうか。
そんなわけでエッセイなんかも読んだりしてるんだけど、冒頭から理解できない部分があり、それが自分のモノの洞察力が及ばないためだとは感じることが出来て、ガックリしたり刺激を受けている。
「逆襲のシャア」も小説版は、なにかもっと筋道がしっかりしてるらしいことを聞いたので、先に買って読んでいる途中だったりする。ベルトーチカ、懐かしいな。自分の画は、安彦良和氏の影響が孫伝的にあるはずだから(安彦良和氏の絵の影響を受けた作家の絵の影響を受けてたりする。)、いいなーとか思ってしまう。
ちなみに自分にとってオンタイムで見たのは「Zガンダム」が最初だった。結局あの頃に見たアニメとか漫画とかが、今の自分の仕事の根っこになっているんだと思う。「3つ子の魂、百まで」ていう感じで。


