旅の記録12・カンボジアを出発
もはや、カンボジアはこれまで。Bangkok air の出発の時間が迫っている。
カンボジアは総じてよかった。人々の生活水準はそれは低い。それを目の当たりにしたことで感じることが多かったし、カンボジアの人たちはそれでもきれいな瞳を持っていた。
特に子ども達はキラキラした目でアイコンタクトをしてくれた。本当にかわいい。
カンボジア料理もうまい。
僕は、この国がとても気にいった。
シェムリアップ国際空港に着き、ラッタと別れを惜しんだ。ドルが足りなくなり、円で払う。円でもイケるんやな。。
カンボジア。また来ることがあるかな。
人生では、もう2度と足を踏み入れないことになる場所もたくさんあるんだと思う。もちろん、結果論だから今は分からないだけで。だから、それぞれの場所を大切にしていかなきゃいけない。
帰りは、プロペラ機だ。小さな飛行機は、ホントにこれで飛べるのかなぁ…と不安になるような助走をつけて、カンボジアを飛び立った。プー…と可愛いげな音をたて、約1時間のフライトを終えた。
バンコク・スワンナプーム国際空港。再びここへ来た。イミグレーションの場所も任せとけ。
タイバーツを買い増し、空港を出て行った。とりあえず市街へ行こう。できればホテルに荷物をおろしてシャワーを…。
言われるがまま、パブリックタクシーに。このおっちゃんが全然英語が分からない。空港職員が行き先を書いた紙を見ても、どうやら分からないらしい。
地図を見せてここだ、と指差し、やっと合点したようだ。
タクシー車内はごちゃごちゃに飾られていた。まるでアジアン雑貨を売っているお店みたいだ。
カンボジアから来た僕は、窓から見える世界が本当に別世界に見えた。高層ビルやマンションが立ち並び、高速道路が張り巡らされている。
1時間飛んだだけで、こんなに違うんだな。。なんとも言えない気持ちにさせた。
次はバンコク市内だ。どんなものが待っているんだろう。
カンボジアは総じてよかった。人々の生活水準はそれは低い。それを目の当たりにしたことで感じることが多かったし、カンボジアの人たちはそれでもきれいな瞳を持っていた。
特に子ども達はキラキラした目でアイコンタクトをしてくれた。本当にかわいい。
カンボジア料理もうまい。
僕は、この国がとても気にいった。
シェムリアップ国際空港に着き、ラッタと別れを惜しんだ。ドルが足りなくなり、円で払う。円でもイケるんやな。。
カンボジア。また来ることがあるかな。
人生では、もう2度と足を踏み入れないことになる場所もたくさんあるんだと思う。もちろん、結果論だから今は分からないだけで。だから、それぞれの場所を大切にしていかなきゃいけない。
帰りは、プロペラ機だ。小さな飛行機は、ホントにこれで飛べるのかなぁ…と不安になるような助走をつけて、カンボジアを飛び立った。プー…と可愛いげな音をたて、約1時間のフライトを終えた。
バンコク・スワンナプーム国際空港。再びここへ来た。イミグレーションの場所も任せとけ。
タイバーツを買い増し、空港を出て行った。とりあえず市街へ行こう。できればホテルに荷物をおろしてシャワーを…。
言われるがまま、パブリックタクシーに。このおっちゃんが全然英語が分からない。空港職員が行き先を書いた紙を見ても、どうやら分からないらしい。
地図を見せてここだ、と指差し、やっと合点したようだ。
タクシー車内はごちゃごちゃに飾られていた。まるでアジアン雑貨を売っているお店みたいだ。
カンボジアから来た僕は、窓から見える世界が本当に別世界に見えた。高層ビルやマンションが立ち並び、高速道路が張り巡らされている。
1時間飛んだだけで、こんなに違うんだな。。なんとも言えない気持ちにさせた。
次はバンコク市内だ。どんなものが待っているんだろう。
旅の記録11・今回の目的ともいえるもの
やべっ!!寝過ごした!!
…時計見てないのにそう思うことないですかね?
カンボジアの朝はそれだった。
外は真っ暗。あぁ…。とりあえずセーフか。。しかし、時計を見ると04:51。あと9分でラッタが迎えに来る。とりあえず貴重品だけ持って行こう。朝日を見逃すことは避けなければならん。
外へ出た瞬間、一面の闇。何も見えない。何も聞こえない。たぶん、夜は虫が寄ってこないように電気を消してるんだな。もしかしたら、電気代の節約か。
カギを挿す場所が分からない。しかもシリンダーを何周もしないとロックされない。やっとこさカギをかけ、ケータイのあかりを頼りに1Fへ駆け降りた。
ラッタは先に来ていた。
グッモーニン♪
陽気な奴だ。僕も挨拶を返し、アンコール・ワットへ向かう。
またラッタは言った。ユー アー ラキィ!!
そう。今日も、晴れた。今はいわゆる雨季なのだが、僕はついてた。
アンコール・ワットに着く。また何かを売りに来る人がいる。しかし、わき目もふらず、西参道へ。アンコール・ワットから西に伸びる道が正面。つまり、太陽は遺跡の向こうから昇ってくる。
空は、うっすらと明るさを帯びてきていた。昨日、プノン・バケンから夕日として観た太陽が、今日は朝日として顔を出そうとしている。
これがアンコール・ワットかぁ…。来てみたかった。
よし、写真を撮ろう。ベスポジはどこだろう。
ちょこちょこ写真を撮りながら、それを探した。まだ暗いので、三脚がないと撮れない。
やがて、人が集まる池の前にたどり着く。人がいるところには、訳がある。僕も、そこに向かった。
池があって、遺跡が映っている。やがて空が赤くなり、キラキラに輝く光が顔を出す。
あぁ…きれいだなぁ。。
こういう時、ひとり旅は少々寂しい。一緒に喜びを分かち合いたい時もある。
しかし、美しい。僕はひたすらにシャッターを切った。よかった。目的は達せられた。
やがて太陽は、いつもの色になり、アンコール・ワットを照らした。
そのまま遺跡を見て回り、ラッタの元へ戻った。
さぁ、ホテルをチェックアウトしないとな。
アンコール・ワットの朝日の余韻にひたり、シェムリアップ中心部へ戻ることにした。
旅の記録10・アンコール前夜
丘の下までは他の人たちが持ってるライトのおかげで楽々下りてきた。が、次回からはなんかの光源を持ってきたほうがいいな。海外では街灯なんてまるでないのも普通なんだ。
下りたはいいが、人が居すぎてラッタが見つけられない!!
探してる間にまたガイドブックとTシャツを薦められたが却下し、ラッタを探した。
やがてニコニコしてラッタが登場。呑気な奴だ。
帰りはラッタが饒舌だった。たぶん下ネタを言っているんだろうが、現地語で言うもんだから全く分からない。話を合わせようにも、どこが笑うとこなのか分からない。
よくよく話を聞いてみると、要はマッサージ屋に連れて行ってマージンを取ろうとしているんだ。
やれやれ。当然、却下してお土産屋に向かわせた。ポストカードを数枚とちょっとしたお菓子、アンコールビールを買った。
僕は丸2日、ちゃんとしたふとんで寝ていない。本当は少しナイトマーケットを歩いてみたかったが、明日の朝はアンコール・ワットの朝日を見たい。カンボジアの朝は明日しかないから、寝坊などしようものなら旅のやり直しも検討が必要だ。
ラッタにホテルへ向かってもらい、その日は別れた。
さぁ、ポストカードを書いて、ゆっくり寝よう!アンコールビールを片手に、メッセージをしたためた。
部屋にはヤモリやら羽のある虫などがいたが、全く気にならない。ここはカンボジアだ。それぐらいいるだろう。噛まれたりしたらイヤだが、ヤモリが噛むという話は聞いたことがない。
シャワーを浴び、固いベッドに入った。
明日は、4:30起き。アンコール・ワットの朝日を見よう。ホテルに聞いた相場とそう変わらない値段でラッタが来てくれることになったから、明日は起きて出て行くだけだ。
やっぱり、世界中を旅して回りたい。今まで自分を作ってきたものは、ほとんどが日本の人や物だ。それは、世界のほんの一部分のものだ。
また逆に、日本も大切に思いたい。ホテルに泊まれば柔らかいベッドで寝られるし、買ったペットボトルのフタが本当に閉まってるかいちいち確認しなくていいし、日本は人を尊重する文化が強いと思った。僕らにとってはえ~…ってことも海外では普通なこともある。いろんなものを見て、本質的なものを見られる人になりたい。
そんなことを考えながら、いつの間にか眠りについた。
旅の記録9・丘の上の輝く街
相変わらず、遠くの空には大きな大きな積乱雲が漂っている。ラピュタがベンメリアなら、龍の巣もカンボジアの空がモデルになってるんじゃないかと思うぐらいだ。
ラッタがまた言った。ユー アー ラキィ!
今度は運命のことではなく、晴れて夕日が観られることを言っている。
これは素直に喜べた。ありがとうね、と返した。
自分で言うのも何だが、僕は晴れ男なのだ。
プノン・バケンはアンコール・ワットのすぐ近くにある。たくさんのクルマやトゥクトゥクが集まってくるようだ。
街からプノン・バケンへはすぐ着いた。ちょっとした広場にはたくさんの人がいる。
ラッタは、僕はここで待ってる、戻ってきたら見つけてあげるから、と言って送り出してくれた。
クルマを降りた瞬間に、次々と人が寄ってくる。ガイドブックを買わないか、Tシャツを買わないか、寄附をしてくれないか、ゾウに乗らないか…。
もぅいら~ん!!と叫びたかったが、彼らも死活問題なのかもしれない。無下にはできない。
当然、だからといって買う訳はなく、おとなしくスルーした。
プノン~、とは丘の、という意味だ。バケンも例外ではなく、砂利道を20分くらい登ることになる。
まだ日没までけっこう時間があるからいいが、帰りは他の人頼みだな…。山の中なのに街灯らしいものは何もない。おそらくリアルに真っ暗だろう。
だが、周囲にはたくさん人がいる。その辺は心配ないか。
やがて、山の上に着いた。
なにやら階段の上に遺跡らしきものがある。
ほとんどの先客は、遺跡に登っていた。なるほど、下からは木が邪魔してとても夕日どころじゃない。
しかし、一部の観光客は下で休んでいる。推測するに、上は日よけがないのだな。相変わらず陽射しはキツかった。
構わん。登ろう。ちょっとしたポジション争いが起こると聞いている。日に当たらないことより、きれいな夕日を観るほうが重要だ。早く行くべきだ。
てゆーか…階段、ほせぇな!!横に細いんじゃなく、縦が恐ろしく細い。つま先の指の部分ぐらいしか階段の幅がない。
仕方なく、足を横向きにして、クツのヘリで登る。階段はずっと続いている。だれかが落ちたら、その下はみんな助からんな…。
階段の上からは360度、シェムリアップ周辺を眺めることができた。
高い建物なんて見える範囲に一つもない。ジャングルみたいな森、畑や田んぼ、湖。見える限り、ずっと同じ景色が続いていそうな感じだ。積乱雲は、さっきよりだいぶ近くに感じる。
丘の上にはたくさんの人が陣を取っている。
僕も負けてはいられない。うろうろ歩いて夕日が遮られずに見えるだろうベストポジションを探した。背があまり高くないおばちゃんの後ろにスタンバイ。おばちゃんは座ってるが立ち上がったとしても充分に観ることも写真を撮ることもできる。
ここでも人は本当に様々だと思った。
遺跡に付いている建設現場みたいな足場。欧米人らしき人が足場に登って騒いでいる。いわゆるKY。中国人らしき人たちは人をうりうり掻き分け、ベスポジを探す。いわゆる自己チュー。
日本人はなんとスマートなことか…。
でも、自分ももう少し自由でいいんだなぁ、なんて思った。
太陽は、地平線近くでいまだ燦然としている。沈むのを、みんなが待っている。だいたい200人くらいだろうか。
遺跡に登ってから30分くらい後。サンセットが始まる。遮るものは何もない。ただ、オレンジ色の大きな光が地球の向こうへ行こうとしている。
美しいとかいうより、地球の大きさを感じずにはいられなかった。それはまた、自分一人がとても小さいことを改めて感じさせた。
考えてみれば、山とか海とかじゃなくて大地に沈む夕日なんて、初めて観たんじゃないか。
ゆっくりと、その大きな光は地平線の向こうへ消えて行った。この瞬間が世界のどこかで朝日になる。すごくワクワクすることだ。
200人から、拍手が起こる。さっきまで200人200様だった観衆は、偉大な日没により、一つになった。
お見事。
あたりは、少しずつ暗くなってきている。
プノン・バケンは、いやカンボジアは来てよかったな。素朴なこの国を、僕は気にいった。
さぁ、帰らないと真っ暗になる。またラッタの待つ丘の下へ向かった。
ラッタがまた言った。ユー アー ラキィ!
今度は運命のことではなく、晴れて夕日が観られることを言っている。
これは素直に喜べた。ありがとうね、と返した。
自分で言うのも何だが、僕は晴れ男なのだ。
プノン・バケンはアンコール・ワットのすぐ近くにある。たくさんのクルマやトゥクトゥクが集まってくるようだ。
街からプノン・バケンへはすぐ着いた。ちょっとした広場にはたくさんの人がいる。
ラッタは、僕はここで待ってる、戻ってきたら見つけてあげるから、と言って送り出してくれた。
クルマを降りた瞬間に、次々と人が寄ってくる。ガイドブックを買わないか、Tシャツを買わないか、寄附をしてくれないか、ゾウに乗らないか…。
もぅいら~ん!!と叫びたかったが、彼らも死活問題なのかもしれない。無下にはできない。
当然、だからといって買う訳はなく、おとなしくスルーした。
プノン~、とは丘の、という意味だ。バケンも例外ではなく、砂利道を20分くらい登ることになる。
まだ日没までけっこう時間があるからいいが、帰りは他の人頼みだな…。山の中なのに街灯らしいものは何もない。おそらくリアルに真っ暗だろう。
だが、周囲にはたくさん人がいる。その辺は心配ないか。
やがて、山の上に着いた。
なにやら階段の上に遺跡らしきものがある。
ほとんどの先客は、遺跡に登っていた。なるほど、下からは木が邪魔してとても夕日どころじゃない。
しかし、一部の観光客は下で休んでいる。推測するに、上は日よけがないのだな。相変わらず陽射しはキツかった。
構わん。登ろう。ちょっとしたポジション争いが起こると聞いている。日に当たらないことより、きれいな夕日を観るほうが重要だ。早く行くべきだ。
てゆーか…階段、ほせぇな!!横に細いんじゃなく、縦が恐ろしく細い。つま先の指の部分ぐらいしか階段の幅がない。
仕方なく、足を横向きにして、クツのヘリで登る。階段はずっと続いている。だれかが落ちたら、その下はみんな助からんな…。
階段の上からは360度、シェムリアップ周辺を眺めることができた。
高い建物なんて見える範囲に一つもない。ジャングルみたいな森、畑や田んぼ、湖。見える限り、ずっと同じ景色が続いていそうな感じだ。積乱雲は、さっきよりだいぶ近くに感じる。
丘の上にはたくさんの人が陣を取っている。
僕も負けてはいられない。うろうろ歩いて夕日が遮られずに見えるだろうベストポジションを探した。背があまり高くないおばちゃんの後ろにスタンバイ。おばちゃんは座ってるが立ち上がったとしても充分に観ることも写真を撮ることもできる。
ここでも人は本当に様々だと思った。
遺跡に付いている建設現場みたいな足場。欧米人らしき人が足場に登って騒いでいる。いわゆるKY。中国人らしき人たちは人をうりうり掻き分け、ベスポジを探す。いわゆる自己チュー。
日本人はなんとスマートなことか…。
でも、自分ももう少し自由でいいんだなぁ、なんて思った。
太陽は、地平線近くでいまだ燦然としている。沈むのを、みんなが待っている。だいたい200人くらいだろうか。
遺跡に登ってから30分くらい後。サンセットが始まる。遮るものは何もない。ただ、オレンジ色の大きな光が地球の向こうへ行こうとしている。
美しいとかいうより、地球の大きさを感じずにはいられなかった。それはまた、自分一人がとても小さいことを改めて感じさせた。
考えてみれば、山とか海とかじゃなくて大地に沈む夕日なんて、初めて観たんじゃないか。
ゆっくりと、その大きな光は地平線の向こうへ消えて行った。この瞬間が世界のどこかで朝日になる。すごくワクワクすることだ。
200人から、拍手が起こる。さっきまで200人200様だった観衆は、偉大な日没により、一つになった。
お見事。
あたりは、少しずつ暗くなってきている。
プノン・バケンは、いやカンボジアは来てよかったな。素朴なこの国を、僕は気にいった。
さぁ、帰らないと真っ暗になる。またラッタの待つ丘の下へ向かった。
旅の記録8・カンボジアの街でひとやすみ
シェムリアップまでの道すがら、パゴダに行くクルマに出会う。ピックアップトラックの荷台に、数えられないほどの人が乗っている。たぶん、控えめに言って20人くらいは乗ってる。端のほうの人は、いつ落ちても全く不思議はないように見えた。
このあたりも、みんながちゃんと無事にいられる秩序のひとつなんだろうか。
やがて、市街へ着いた。
僕は、プノン・バケンから夕日を観ること以外は何も決めてなかったから、とりあえず宿へ向かってもらった。とにかく、湿度が高いし日本を出てからずいぶん経つのにお風呂に入っていない。シャワーを浴びてから行動しよう。
まだ15時前だ。夕暮れは18時くらいなので、ラッタにはまた来てもらうことにして、とりあえずチェックインだ。
Thunborey Hotel。日本で予約して行ったホテルだ。安宿に分類されていたので少し心配だったが、見た感じまともだ。
部屋に行ってみても、思ったよりずっときれいだ。
僕はちゃんとお湯が出るシャワーを浴び、街を歩くことにした。
街は砂だらけだ。舗装もままならない。
近くにオールドマーケット、と呼ばれる市場を発見した。通りに面した店の軒先に、なんかの肉がぶらさがっている。見た目もエグいし、かなり臭う。僕はその店から早々に立ち去った。
ハイ!…手拍子をポンポン、と叩き、トゥクトゥクが僕を呼ぶ。だが、今は何の用もない。たくさんのトゥクトゥクたちをスルーして歩いた。
カンボジアシルクの店ではいろいろ首に巻かれ、お土産屋では訳の分からない宝石を薦められ…。結局、何も買わなかった。
ほとんどの店員さんはやる気なさそうに、ハィ~、バイサムシーン(Hi,Buy something)と機械のように繰り返した。
カンボジアの今はこんな状況なのか。いい若者が、けだるそうに決まったセリフを繰り返す。夢、とか働き甲斐、なんてない。それは持たない人が悪いのではなく、この環境がそうさせているんだ。問題の根は深い。
途中、ココナッツを切る人の写真を撮らせてもらったり、屋台でアモック(カンボジア料理の定番!ごはんに野菜とココナッツ風味のスープをかけて食べる)とアンコールビアを調達し、味わった。うまい!ココナッツミルク好きとしてはかなり好きな味だ。アンコールビアもほどほどにぬるくて、アジアっぽさを演出した。日本の店で出されたらげんなりするけど、カンボジアなら話は別だ。
気づくと、もう時間だ。僕は宿に戻り、ラッタを待った。
ついてることに、天気は晴れ。きれいな夕日が見えそうだ。さぁ、プノン・バケンへ行こう。
このあたりも、みんながちゃんと無事にいられる秩序のひとつなんだろうか。
やがて、市街へ着いた。
僕は、プノン・バケンから夕日を観ること以外は何も決めてなかったから、とりあえず宿へ向かってもらった。とにかく、湿度が高いし日本を出てからずいぶん経つのにお風呂に入っていない。シャワーを浴びてから行動しよう。
まだ15時前だ。夕暮れは18時くらいなので、ラッタにはまた来てもらうことにして、とりあえずチェックインだ。
Thunborey Hotel。日本で予約して行ったホテルだ。安宿に分類されていたので少し心配だったが、見た感じまともだ。
部屋に行ってみても、思ったよりずっときれいだ。
僕はちゃんとお湯が出るシャワーを浴び、街を歩くことにした。
街は砂だらけだ。舗装もままならない。
近くにオールドマーケット、と呼ばれる市場を発見した。通りに面した店の軒先に、なんかの肉がぶらさがっている。見た目もエグいし、かなり臭う。僕はその店から早々に立ち去った。
ハイ!…手拍子をポンポン、と叩き、トゥクトゥクが僕を呼ぶ。だが、今は何の用もない。たくさんのトゥクトゥクたちをスルーして歩いた。
カンボジアシルクの店ではいろいろ首に巻かれ、お土産屋では訳の分からない宝石を薦められ…。結局、何も買わなかった。
ほとんどの店員さんはやる気なさそうに、ハィ~、バイサムシーン(Hi,Buy something)と機械のように繰り返した。
カンボジアの今はこんな状況なのか。いい若者が、けだるそうに決まったセリフを繰り返す。夢、とか働き甲斐、なんてない。それは持たない人が悪いのではなく、この環境がそうさせているんだ。問題の根は深い。
途中、ココナッツを切る人の写真を撮らせてもらったり、屋台でアモック(カンボジア料理の定番!ごはんに野菜とココナッツ風味のスープをかけて食べる)とアンコールビアを調達し、味わった。うまい!ココナッツミルク好きとしてはかなり好きな味だ。アンコールビアもほどほどにぬるくて、アジアっぽさを演出した。日本の店で出されたらげんなりするけど、カンボジアなら話は別だ。
気づくと、もう時間だ。僕は宿に戻り、ラッタを待った。
ついてることに、天気は晴れ。きれいな夕日が見えそうだ。さぁ、プノン・バケンへ行こう。
旅の記録7・天空の城
天候は、晴れ。
湿気は高いし、暑い。空には白く、大きな積乱雲がかかっている。日本の夏によく似た気候だ。
積乱雲を見ると、なぜかワクワクする。
僕は9月も後半にもまた夏っぽさを感じて、少し揚々とした気持ちで歩いた。
遺跡へと続く道の入り口で、早速その揚々さは失われた。
地面にゴザみたいなのを敷いて、脚がない子どもがつまらなそうに横たわっている。そして、すぐそばには茶色くて光沢のない小鉢程度の器が置かれていた。
付近は地雷がたくさん埋まっていて、やたらと出歩かないようにとガイドブックに書いてあった。確かに、入るな、と書いてあるであろう看板があちこちに立っている。読めないが…。
もしかすると、彼は地雷で脚を失ったのかもしれない。
顔からは生気が感じられず、ただ来た者を目だけで見るのみだ。
その光景が意味するもの。
可哀相だと思うなら、ここにお金を入れてください。
そういうことなのだった。
しかし、何かおかしい。陽射しはキツいし、湿度も高くて、自分が親ならとても障害を抱えた我が子を置いておかないだろう環境だ。
ましてや、彼の表情を見るにすすんでそこに昼寝してる訳ではなさそうだ。
疑いたくはないが、周りの人が見せもの的に居させて、お金をもらおうとしてると考えるのが、その時点の情報では最も合理的だった。
もしそうだとしたら、僕はお金を入れてはいけない。脚を失った子をダシにするような考えには、断固として反対しなければならない。
すまない。
僕は彼の前を通り、歩き続けた。
ベンメリア。花束の池、という意味の言葉がその遺跡に名付けられていた。
ラピュタのモデルよろしく、木と人工物が調和してしまっている。まるで空と雲みたいに、ふたつのものがひとつのものとして存在していた。遺跡は木の成長によって崩され、ガラガラに崩れている。そして、名前の通りに池がある。崩落した遺跡はそこに浮かぶ蓮の花のような感じだ。
神秘的というか、神々しいというか。静かで、厳かな感じがする。
しかし…入り口がどこかも書いてない。すれ違う人からは、ラピュタの…、なんて日本語が聞こえてくる。
やっとそれらしい階段を見つけ、昇っていくと…古くてボロい軍服みたいなものを着た人が待ち受けていた。
ガイドブックには、現地でガイドがつくことがあると書いてあった。たぶん、それだ。案内をしてくれて、代わりにチップくれという輩なんだろう。
まぁいい。不当に金を取る奴らではなさそうだし、そうなら拒否すればよい。
お言葉に甘え、案内してもらうことにした。
これは、結果的に案内してもらって正解だった。とても作りが分からないし、崩れた石の上でも安全にステップできるところを教えてくれる。
マー アクゥン=クメール語でありがとう、という言葉を教えてもらった。
ベンメリアの内部はアスレチックばりの構造で、崩れた石の山を登ったり、回廊のヘリを歩いたりした。
ガイドとは、いわゆる会話はできなかったが、ところどころにある彫刻や図書館だった施設なんかをカタコトの英語で説明してくれた。
僕は、マー アクゥン、と言って数ドルのチップを渡し、ガイドと別れた。
すると…また小学生ぐらいの子が寄ってくる。
さっき見て回った場所以外にも遺跡が続いている。あっちへ行こうと指さしている。
こやつら…連携プレーか。ひとりだとそんなにチップもらえないが、それぞれもらえばまぁそれなりに、という算段なのだろう。
見るほうは、まだ続いてるんなら見ますよ。
案内してくれたのはソウとリン。結局さっきと同じとこに出てきた。なんか、してやられた感だ。
チップを渡し、彼らとも別れた。
ここからラピュタが生まれたと思うと、やっぱり来てよかったと思う。
ここに限らないけど、歴史に触れると、自分も歴史を積み重ねなきゃならんな…と思う。
ラッタのところへ戻り、クルマに乗り込んだ。さぁ、次は市街地へ!
僕は天空の城を後にし、シェムリアップ市街へ向かうことにした。
湿気は高いし、暑い。空には白く、大きな積乱雲がかかっている。日本の夏によく似た気候だ。
積乱雲を見ると、なぜかワクワクする。
僕は9月も後半にもまた夏っぽさを感じて、少し揚々とした気持ちで歩いた。
遺跡へと続く道の入り口で、早速その揚々さは失われた。
地面にゴザみたいなのを敷いて、脚がない子どもがつまらなそうに横たわっている。そして、すぐそばには茶色くて光沢のない小鉢程度の器が置かれていた。
付近は地雷がたくさん埋まっていて、やたらと出歩かないようにとガイドブックに書いてあった。確かに、入るな、と書いてあるであろう看板があちこちに立っている。読めないが…。
もしかすると、彼は地雷で脚を失ったのかもしれない。
顔からは生気が感じられず、ただ来た者を目だけで見るのみだ。
その光景が意味するもの。
可哀相だと思うなら、ここにお金を入れてください。
そういうことなのだった。
しかし、何かおかしい。陽射しはキツいし、湿度も高くて、自分が親ならとても障害を抱えた我が子を置いておかないだろう環境だ。
ましてや、彼の表情を見るにすすんでそこに昼寝してる訳ではなさそうだ。
疑いたくはないが、周りの人が見せもの的に居させて、お金をもらおうとしてると考えるのが、その時点の情報では最も合理的だった。
もしそうだとしたら、僕はお金を入れてはいけない。脚を失った子をダシにするような考えには、断固として反対しなければならない。
すまない。
僕は彼の前を通り、歩き続けた。
ベンメリア。花束の池、という意味の言葉がその遺跡に名付けられていた。
ラピュタのモデルよろしく、木と人工物が調和してしまっている。まるで空と雲みたいに、ふたつのものがひとつのものとして存在していた。遺跡は木の成長によって崩され、ガラガラに崩れている。そして、名前の通りに池がある。崩落した遺跡はそこに浮かぶ蓮の花のような感じだ。
神秘的というか、神々しいというか。静かで、厳かな感じがする。
しかし…入り口がどこかも書いてない。すれ違う人からは、ラピュタの…、なんて日本語が聞こえてくる。
やっとそれらしい階段を見つけ、昇っていくと…古くてボロい軍服みたいなものを着た人が待ち受けていた。
ガイドブックには、現地でガイドがつくことがあると書いてあった。たぶん、それだ。案内をしてくれて、代わりにチップくれという輩なんだろう。
まぁいい。不当に金を取る奴らではなさそうだし、そうなら拒否すればよい。
お言葉に甘え、案内してもらうことにした。
これは、結果的に案内してもらって正解だった。とても作りが分からないし、崩れた石の上でも安全にステップできるところを教えてくれる。
マー アクゥン=クメール語でありがとう、という言葉を教えてもらった。
ベンメリアの内部はアスレチックばりの構造で、崩れた石の山を登ったり、回廊のヘリを歩いたりした。
ガイドとは、いわゆる会話はできなかったが、ところどころにある彫刻や図書館だった施設なんかをカタコトの英語で説明してくれた。
僕は、マー アクゥン、と言って数ドルのチップを渡し、ガイドと別れた。
すると…また小学生ぐらいの子が寄ってくる。
さっき見て回った場所以外にも遺跡が続いている。あっちへ行こうと指さしている。
こやつら…連携プレーか。ひとりだとそんなにチップもらえないが、それぞれもらえばまぁそれなりに、という算段なのだろう。
見るほうは、まだ続いてるんなら見ますよ。
案内してくれたのはソウとリン。結局さっきと同じとこに出てきた。なんか、してやられた感だ。
チップを渡し、彼らとも別れた。
ここからラピュタが生まれたと思うと、やっぱり来てよかったと思う。
ここに限らないけど、歴史に触れると、自分も歴史を積み重ねなきゃならんな…と思う。
ラッタのところへ戻り、クルマに乗り込んだ。さぁ、次は市街地へ!
僕は天空の城を後にし、シェムリアップ市街へ向かうことにした。
旅の記録6・カンボジア人と日本人
そのドライバーはラッタといった。典型的なカンボジア人っぽい外見をしている。背はあまり高くなく、濃いめの顔の造りだ。観光客相手だからか、英語はちゃんと通じるようだ。
今日はカンボジアのお盆にあたり、パコダ、というお祭りがあるんだそうだ。
ところどころでパーティーのようなものが開催され、みんなが踊るんだそうだ。
さっきから通り過ぎる4人乗りも、みんなおかずを入れたお弁当箱みたいなのを持っている。
中には運転してる人の後ろに豚がまるまる3頭乗っていて、ある意味4人乗りになっているバイクもいた。
世界中で祭があるし、僕は今まで祭の意味を地域の活性化とかコミュニケーションとか名物にするんだろうか、ぐらいの認識しかなかったが、この国に住んでいる人たちを見てるとそうではない気がしてきた。
ラッタは、こう言った。
お前はラッキーだ。
日本に生まれて、こうやって旅することができて。俺たちはカンボジアに生まれて、アンラッキーだよ。旅なんてお金なくてできないし、みんな学校を出たら仕事がない。米を作るぐらいしかやることがないんだ。そう言った。
堪えた。ラッキーなんて、英語で言えばそうなのかもしれないけど、茶柱がたったのとは訳が違う。彼が言っているのは僕の運命自体のことなのだ。
自分は恵まれてるんだ。そう思うようにはしてきたつもりだけど、改めてカンボジアの人に言われれば、それは重く響く。
それを言われて、カンボジアのパコダは、自分たちの運命を少しでもよいものにするためのイベントなんじゃないかと思った。
仕事はないしお金もないけど、パコダに向けて頑張ろうよ、ってお互いを鼓舞するためのイベントなんじゃないかと思った。
農村部には、牛や犬がたくさんふらついている。ただ、日本とは品種も違うし、ガリガリだ。肋骨が浮き出ている。人だって、メタボに困ってる人なんて誰一人いない。子どもたちも、ろくに服を着ないで何をするともなく立っている。
ここには、ケータイもパソコンもない。ポケモンもいない。国境の差が、人生観の差になるのは、火を見るより明らかだった。
ベンメリアだよ。ラッタは言った。
そうか。もう着いたのか。
ラッタに礼を言い、僕は、ただ自分がラッキーだったなぁ、では絶対に終わらせない。そう誓い、遺跡へ向けて歩きだした。
今日はカンボジアのお盆にあたり、パコダ、というお祭りがあるんだそうだ。
ところどころでパーティーのようなものが開催され、みんなが踊るんだそうだ。
さっきから通り過ぎる4人乗りも、みんなおかずを入れたお弁当箱みたいなのを持っている。
中には運転してる人の後ろに豚がまるまる3頭乗っていて、ある意味4人乗りになっているバイクもいた。
世界中で祭があるし、僕は今まで祭の意味を地域の活性化とかコミュニケーションとか名物にするんだろうか、ぐらいの認識しかなかったが、この国に住んでいる人たちを見てるとそうではない気がしてきた。
ラッタは、こう言った。
お前はラッキーだ。
日本に生まれて、こうやって旅することができて。俺たちはカンボジアに生まれて、アンラッキーだよ。旅なんてお金なくてできないし、みんな学校を出たら仕事がない。米を作るぐらいしかやることがないんだ。そう言った。
堪えた。ラッキーなんて、英語で言えばそうなのかもしれないけど、茶柱がたったのとは訳が違う。彼が言っているのは僕の運命自体のことなのだ。
自分は恵まれてるんだ。そう思うようにはしてきたつもりだけど、改めてカンボジアの人に言われれば、それは重く響く。
それを言われて、カンボジアのパコダは、自分たちの運命を少しでもよいものにするためのイベントなんじゃないかと思った。
仕事はないしお金もないけど、パコダに向けて頑張ろうよ、ってお互いを鼓舞するためのイベントなんじゃないかと思った。
農村部には、牛や犬がたくさんふらついている。ただ、日本とは品種も違うし、ガリガリだ。肋骨が浮き出ている。人だって、メタボに困ってる人なんて誰一人いない。子どもたちも、ろくに服を着ないで何をするともなく立っている。
ここには、ケータイもパソコンもない。ポケモンもいない。国境の差が、人生観の差になるのは、火を見るより明らかだった。
ベンメリアだよ。ラッタは言った。
そうか。もう着いたのか。
ラッタに礼を言い、僕は、ただ自分がラッキーだったなぁ、では絶対に終わらせない。そう誓い、遺跡へ向けて歩きだした。
旅の記録5・ベンメリア行き決定
…75でどうだ?
小柄なカンボジア人ドライバーが口を開く。
僕は行き先も分からないまま、街へ連れて行かれようとしていた。
75ってあんまり変わりないだろー…。だが、待てよ。80ドルはふっかけたということだ。
こいつも7ドルじゃなく、本当はベンメリアへ行って、多少遠くたって多く報酬を得たいはずだ。
高いな…。行きたいけどなぁ…。と日本語でつぶやく。
相場が分からないため、陽動作戦に出ることにした。
彼はクルマを路肩に停め、僕をベンメリアへ連れて行く作戦に出てきた。
…。70でどうだ?
きた。粘れば、もっと安くなるんじゃないのか。
うーん…。行きたいなぁ…。困ったなぁ…。と日本語で感情を込めてつぶやく。タクシー代を負けさせるための迫真の演技だ。
だが、先に彼が下りた。
残念だが、70ドルはファイナルオファーだ。これ以上は無理だ、と言っている。
そうこなきゃ!
じゃあ、指値でいきましょう。
60ドルで頼む!
彼は、やれやれといったふうに横に首を振る。
65で手を打たんか?
無理だ。70は本当に最終だ。
なかなか意思が固いな。
しかし、このまま交渉が決裂して5ドルのためにベンメリアを逃すのは明らかに無い手だ。
僕は闘うことをやめ、70を呑むことにした。たぶんそれなりに高いんだと思うが、行ってもらうしかない。
こうして、僕はなんとかベンメリアへの道を走り始めたのだった。
結果として、この往復がカンボジアを学ぶのにはとてもよいものになった。
まず、交通ルールらしきものがない。基本的に右側通行のようだから、左側に対向車がくる。でも、右側にも対向車がくる。車線だってない。
バイクには産まれたばかりの赤ちゃんをだっこしたお母さん、小さい子ども、あらゆる人がヘルメットをかぶらずに乗っている。
しかも赤ちゃんだっこして4人乗り!?
日本の交通ルールが著しく過保護に思えてくる。
でも、みんなケガをしたりさせたりしないように懸命に走ってる感じだ。タクシーもバイクを追い越す時には必ずプッ!と鳴らして追い越すからね、と合図をした。
その懸命さのおかげで、無秩序の中にいてもみんなが無事、っていうことなのかもしれない。
シェムリアップ都市部分はまだしも、少し離れればもう歴史の教科書に出てくるような高床式の家に人が住んでいる。水害対策なんだろうか。
ところどころでマーケットがひらかれている。マーケットと言っても、パラソルを開いたところにチョボチョボ何か売ってるだけの簡易なものだ。
ベンメリアまでは70kmだ。かなり長い間、クルマに乗ることになるなぁ…。
走り出してしばらくすると、さっきまで5ドルを巡って闘っていたタクシーのドライバーが、口を開いた。
小柄なカンボジア人ドライバーが口を開く。
僕は行き先も分からないまま、街へ連れて行かれようとしていた。
75ってあんまり変わりないだろー…。だが、待てよ。80ドルはふっかけたということだ。
こいつも7ドルじゃなく、本当はベンメリアへ行って、多少遠くたって多く報酬を得たいはずだ。
高いな…。行きたいけどなぁ…。と日本語でつぶやく。
相場が分からないため、陽動作戦に出ることにした。
彼はクルマを路肩に停め、僕をベンメリアへ連れて行く作戦に出てきた。
…。70でどうだ?
きた。粘れば、もっと安くなるんじゃないのか。
うーん…。行きたいなぁ…。困ったなぁ…。と日本語で感情を込めてつぶやく。タクシー代を負けさせるための迫真の演技だ。
だが、先に彼が下りた。
残念だが、70ドルはファイナルオファーだ。これ以上は無理だ、と言っている。
そうこなきゃ!
じゃあ、指値でいきましょう。
60ドルで頼む!
彼は、やれやれといったふうに横に首を振る。
65で手を打たんか?
無理だ。70は本当に最終だ。
なかなか意思が固いな。
しかし、このまま交渉が決裂して5ドルのためにベンメリアを逃すのは明らかに無い手だ。
僕は闘うことをやめ、70を呑むことにした。たぶんそれなりに高いんだと思うが、行ってもらうしかない。
こうして、僕はなんとかベンメリアへの道を走り始めたのだった。
結果として、この往復がカンボジアを学ぶのにはとてもよいものになった。
まず、交通ルールらしきものがない。基本的に右側通行のようだから、左側に対向車がくる。でも、右側にも対向車がくる。車線だってない。
バイクには産まれたばかりの赤ちゃんをだっこしたお母さん、小さい子ども、あらゆる人がヘルメットをかぶらずに乗っている。
しかも赤ちゃんだっこして4人乗り!?
日本の交通ルールが著しく過保護に思えてくる。
でも、みんなケガをしたりさせたりしないように懸命に走ってる感じだ。タクシーもバイクを追い越す時には必ずプッ!と鳴らして追い越すからね、と合図をした。
その懸命さのおかげで、無秩序の中にいてもみんなが無事、っていうことなのかもしれない。
シェムリアップ都市部分はまだしも、少し離れればもう歴史の教科書に出てくるような高床式の家に人が住んでいる。水害対策なんだろうか。
ところどころでマーケットがひらかれている。マーケットと言っても、パラソルを開いたところにチョボチョボ何か売ってるだけの簡易なものだ。
ベンメリアまでは70kmだ。かなり長い間、クルマに乗ることになるなぁ…。
走り出してしばらくすると、さっきまで5ドルを巡って闘っていたタクシーのドライバーが、口を開いた。
旅の記録4・シェムリアップ入港
朝方には、体はしっかり疲れていた。背中の背骨の少し外側部分が痛い。
何はともあれ、朝が来たんだ。空港をうろつくと、prayers roomと書いた場所がある。つまり、お祈りのための場所、ということか。
こういうのは一見珍しく感じるけど、世界的にはどうなんだろうか。日本人の信心が薄いだけなのかもしれない。
僕はBangkok Airwaysへたどり着き、チェックインをした。
ほどなく出発コールがあり、派手なペイントの小さな飛行機へ乗り込んだ。飛行機は、世界中で安全な乗り物なはずだ。自分に言い聞かせる。
飛行機もそうだが、CAも派手なユニフォームだ。トロピカルなイメージ。
フライト時間は55分。機内食をもらったり、入国に必要な書類を書いたりしてるうちにすぐに着いた。
窓からは、畑みたいな土地と、若干の建物が見えた。ジャングルを思わせる木がたくさんはえている。熱帯の気候を見た目でいっている。
シェムリアップ国際空港。きれいだが、平屋の小さな空港だ。屋根はオレンジで、ハワイ島のコナ空港を思わせる雰囲気が漂う。しかし、飛行機から見えた景色とのギャップがあって作り物感がかなり強かった。ま、作り物だから当たり前だけど。周りとマッチしてないというか。
ビザは想像以上にあっさり簡単に取れた。ぶっきらぼうなおっちゃんがパスポートを投げて次の係に回している。本当に返ってくるか心配になったが、終わってみればものの10分だ。安心して到着口に向かう。
まずは…身の潔白を証明するために火の中へ身を投じ、神がその身を助けたというシータ姫の話が伝わり、天空の城・ラピュタのモデルとなったとも言われる、ベンメリアへ行こう。ラピュタ好きとしては放っておけない。そして、明日はたぶん時間的にだめだ。空港やアンコールワット周辺からは70kmぐらい離れているようだ。
到着口を出ると、20人くらいで観光客の迎えが来ていた。それぞれが迎えのところへ行き、トゥクトゥクや、タクシーに振り分けられていく。
僕のイメージは他にもベンメリアへ行く人がいて、タクシーをシェアしませんか?的な展開だったんだが…。いつの間にか、周りの観光客は予定のエージェントに振り分けられ、僕は取り残されていった。
誰もベンメリア行かないのか…。いや、構うもんか。ひとりだって計画に狂いはない!!
スタスタと、タクシー手配のカウンターへ歩いていった。
ベンメリアへ行きたいんだが。英語で言ってみる。
…あ?
あ?…じゃねーよ。ベンメリアだよ。知らんとは言わせんぞ!
ガイドブックを広げ、ここだと指差す。
〇&×@※!!
たぶん現地の言葉だ。よかった。分かってくれた。
次の瞬間、そこにいた出迎えの20人が大爆笑。あそこまで行くのかよ!!みたいな雰囲気だ。
うるさい。行くんだ。行くことはできるんだろう??いくらだ??
…80ドルだな。
はちじゅう!?
おいおい、いくら往復とはいえ、ずいぶんすんなー。いきなり持ちドルの半分を奪われることになる。他にはあんまりお金を使うシーンは想定してないが、さすがに心配せざるを得ない。
渋ってると、じゃあとりあえず街へ行けよ、と言われ、7ドルの街コースに乗ることになった。
待て待て。街などに用はない。今から街へ行って何をしろというのだ。
1日マーケットをうろつくなんてごめんだ。
僕のカンボジアトリップはまたも出鼻をくじかれるのだった。
何はともあれ、朝が来たんだ。空港をうろつくと、prayers roomと書いた場所がある。つまり、お祈りのための場所、ということか。
こういうのは一見珍しく感じるけど、世界的にはどうなんだろうか。日本人の信心が薄いだけなのかもしれない。
僕はBangkok Airwaysへたどり着き、チェックインをした。
ほどなく出発コールがあり、派手なペイントの小さな飛行機へ乗り込んだ。飛行機は、世界中で安全な乗り物なはずだ。自分に言い聞かせる。
飛行機もそうだが、CAも派手なユニフォームだ。トロピカルなイメージ。
フライト時間は55分。機内食をもらったり、入国に必要な書類を書いたりしてるうちにすぐに着いた。
窓からは、畑みたいな土地と、若干の建物が見えた。ジャングルを思わせる木がたくさんはえている。熱帯の気候を見た目でいっている。
シェムリアップ国際空港。きれいだが、平屋の小さな空港だ。屋根はオレンジで、ハワイ島のコナ空港を思わせる雰囲気が漂う。しかし、飛行機から見えた景色とのギャップがあって作り物感がかなり強かった。ま、作り物だから当たり前だけど。周りとマッチしてないというか。
ビザは想像以上にあっさり簡単に取れた。ぶっきらぼうなおっちゃんがパスポートを投げて次の係に回している。本当に返ってくるか心配になったが、終わってみればものの10分だ。安心して到着口に向かう。
まずは…身の潔白を証明するために火の中へ身を投じ、神がその身を助けたというシータ姫の話が伝わり、天空の城・ラピュタのモデルとなったとも言われる、ベンメリアへ行こう。ラピュタ好きとしては放っておけない。そして、明日はたぶん時間的にだめだ。空港やアンコールワット周辺からは70kmぐらい離れているようだ。
到着口を出ると、20人くらいで観光客の迎えが来ていた。それぞれが迎えのところへ行き、トゥクトゥクや、タクシーに振り分けられていく。
僕のイメージは他にもベンメリアへ行く人がいて、タクシーをシェアしませんか?的な展開だったんだが…。いつの間にか、周りの観光客は予定のエージェントに振り分けられ、僕は取り残されていった。
誰もベンメリア行かないのか…。いや、構うもんか。ひとりだって計画に狂いはない!!
スタスタと、タクシー手配のカウンターへ歩いていった。
ベンメリアへ行きたいんだが。英語で言ってみる。
…あ?
あ?…じゃねーよ。ベンメリアだよ。知らんとは言わせんぞ!
ガイドブックを広げ、ここだと指差す。
〇&×@※!!
たぶん現地の言葉だ。よかった。分かってくれた。
次の瞬間、そこにいた出迎えの20人が大爆笑。あそこまで行くのかよ!!みたいな雰囲気だ。
うるさい。行くんだ。行くことはできるんだろう??いくらだ??
…80ドルだな。
はちじゅう!?
おいおい、いくら往復とはいえ、ずいぶんすんなー。いきなり持ちドルの半分を奪われることになる。他にはあんまりお金を使うシーンは想定してないが、さすがに心配せざるを得ない。
渋ってると、じゃあとりあえず街へ行けよ、と言われ、7ドルの街コースに乗ることになった。
待て待て。街などに用はない。今から街へ行って何をしろというのだ。
1日マーケットをうろつくなんてごめんだ。
僕のカンボジアトリップはまたも出鼻をくじかれるのだった。
旅の記録3・タイ到着
なんか足が震えるな…。気づくと、CAが僕の足をパシパシ叩いている。元に戻れと言っている。
あぁ、到着か。。完全に眠ることに成功した。しかし、あまり気分はよくない。
現地時間で夜中の12時前。
窓からはタイと思われる風景が広がっている。
誘導灯めがけて、韓国から飛んできた飛行機がゆっくりと着陸した。
これがタイかぁ…。楽しみだなぁ。
僕のタイ・カンボジアの旅が、ついに本番を迎えようとしていた。
着陸したのは、バンコク・スワンナプーム国際空港。日本の空港ではあまり見ないような航空会社の飛行機がうろついている。ここはアジアの玄関口なのだ。
僕は入国審査を済ませ、自由になった。お店は夜中でもやっているようだ。
…?
やってるけど、店員さんが寝てて仕事をやってない!!
あぁ、これがアジアの玄関口か…。
周りの人の国籍も不明。したがって、言葉も不明。起きてる店員さんもガム食べてくっちゃべっている。これが商売する人の態度なんだろうか?
日本はなんとスマートな国だったんだろう。きっとあの人は日本なら30秒以内にクビになるだろう。
しかし、僕は日本のお仕着せマナーよりも、この人達の自由さをある意味で見習いたい。瑣末なことに構ってはならない。
明日は8時の飛行機でそのままカンボジアへ飛ぶ。今から街に行って泊まるのは面倒かつ無駄だ。市街まではクルマで1時間ぐらいかかる。さらに寝坊でもしようものなら目も当てられない。このアジアの玄関口で、僕がさっそくしたことは、野宿だった。
僕はまたこの空港でも眠ることにした。インフォメーションでいちおー待つとこはないかと聞いたが、少し肩をすくめながら、Anywhere.と返ってきた。直訳すればどこでもいいよ、だが、意訳すればあるわけねぇだろよ、だろうな。
ま、想定の範囲内ですよ。横になれる3列分のベンチの空きを確保し、バックパックに鍵をかけ、頭を乗せ、置き引きされないように肩かけに腕を通して眠りについた。
…寒い。
空港は冷房が効き過ぎだ。しかし、朝方なら仕方ないか…と空港の時計を見ると、デジタルで02:05と青文字で表示されていた。
鉄製のベンチで寝たから、体が恐ろしくだるい。にも関わらず、まだ2時間…?
とりあえず、寒い。寒すぎる。外はあったかいはずだ。出よう。
外は、あったかかったが排気ガスがひどくてとてもいられない。だめだ。すごすごと寒い空港内に引き返す。
とりあえずあったかいものでも飲もう…。眠い目を擦り、タイバーツを買い、タイバーツであったかいコーヒーを買って飲んだ。
もう、他に何もできない。ヒマすぎる。諦めて、また鉄のベッドに横たわった。
あぁ、到着か。。完全に眠ることに成功した。しかし、あまり気分はよくない。
現地時間で夜中の12時前。
窓からはタイと思われる風景が広がっている。
誘導灯めがけて、韓国から飛んできた飛行機がゆっくりと着陸した。
これがタイかぁ…。楽しみだなぁ。
僕のタイ・カンボジアの旅が、ついに本番を迎えようとしていた。
着陸したのは、バンコク・スワンナプーム国際空港。日本の空港ではあまり見ないような航空会社の飛行機がうろついている。ここはアジアの玄関口なのだ。
僕は入国審査を済ませ、自由になった。お店は夜中でもやっているようだ。
…?
やってるけど、店員さんが寝てて仕事をやってない!!
あぁ、これがアジアの玄関口か…。
周りの人の国籍も不明。したがって、言葉も不明。起きてる店員さんもガム食べてくっちゃべっている。これが商売する人の態度なんだろうか?
日本はなんとスマートな国だったんだろう。きっとあの人は日本なら30秒以内にクビになるだろう。
しかし、僕は日本のお仕着せマナーよりも、この人達の自由さをある意味で見習いたい。瑣末なことに構ってはならない。
明日は8時の飛行機でそのままカンボジアへ飛ぶ。今から街に行って泊まるのは面倒かつ無駄だ。市街まではクルマで1時間ぐらいかかる。さらに寝坊でもしようものなら目も当てられない。このアジアの玄関口で、僕がさっそくしたことは、野宿だった。
僕はまたこの空港でも眠ることにした。インフォメーションでいちおー待つとこはないかと聞いたが、少し肩をすくめながら、Anywhere.と返ってきた。直訳すればどこでもいいよ、だが、意訳すればあるわけねぇだろよ、だろうな。
ま、想定の範囲内ですよ。横になれる3列分のベンチの空きを確保し、バックパックに鍵をかけ、頭を乗せ、置き引きされないように肩かけに腕を通して眠りについた。
…寒い。
空港は冷房が効き過ぎだ。しかし、朝方なら仕方ないか…と空港の時計を見ると、デジタルで02:05と青文字で表示されていた。
鉄製のベンチで寝たから、体が恐ろしくだるい。にも関わらず、まだ2時間…?
とりあえず、寒い。寒すぎる。外はあったかいはずだ。出よう。
外は、あったかかったが排気ガスがひどくてとてもいられない。だめだ。すごすごと寒い空港内に引き返す。
とりあえずあったかいものでも飲もう…。眠い目を擦り、タイバーツを買い、タイバーツであったかいコーヒーを買って飲んだ。
もう、他に何もできない。ヒマすぎる。諦めて、また鉄のベッドに横たわった。

