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糸巻き
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渓流ルアー釣り針ウェイト
キャッチ率をあきらめない!シングルバーブレスフック・渓流ミノーイング入門 | つり人オンライン
<はじめまして>
このブログの筆者の自己紹介をします。
1oz4evrと申します。
イチオンスフォーエバーと読みまして琵琶湖で一世を風靡した村上明生プロが編み出した「一爆」こと1オンスのヘビーテキサスでのカナダ藻ドームのシェード撃ちが今までの釣りの中で大好きで「一爆よ永遠に」と言う願いをこめて名付けました。
わたくしは奈良住みでアラフィフのオッサンです。
以下くっそ長いので要約すると
40年ほどヘラブナ・ブラック、磯釣り投げ釣りにオフショアキャスティングにジギング。へてから渓流釣りと節操なく釣り続ける人生のブログです。
お読み続けられる方は以下もどうぞ!
なお、よく読まれている記事は末尾にまとめています。
渓流装備、キハダ遠征、バスボート艤装、釣り場の思い出など、興味のあるところから読んでいただければ幸いです。
ブログは過去にも何度か書いたことがあります。
最初のブログはY2Kの頃にexciteでMMORPGの老舗ウルティマオンラインでの飛鳥サーバーや倭国でのゲームブログ、2010年頃にmixiでの管釣りとバス釣りのブログを書いてました。
今回は三度目となりブログをマメに書き出したのは2020年の暗黒の時代になります。
コロナ禍で世の中が落ち着いていないと成立しない観光業界かつ飲食業に身をおいておりまして2020年の3月から2022年の2月25日までは商いの方は暗黒の時代でした。
この間に会社としても個人としても集客の目的や情報収集のツールとしてSNSやブログ等を最も多く閲覧し、また発信した時代でありました。
ただし釣りバカの私は週のうち2日会議に出て残る5日は休業自宅待機(釣り三昧)となり蓄えを削りながら能天気に釣りをしていたのです。
このブログでは釣りを中心とした忘れやすい事柄を自分の備忘録として書き込んでおります。
・去年の今頃はどうだったろうか。
・三年前の自分は何を課題に取り組んでいたろうか。
・釣り物は時代と共に移り変わるけど何に夢中になってたろうか。
そんな事を忘れやすい本人の為に書き記しています。
また、文字で表現することで論理的思考の構築と他者への共有が出来ると良いなと考えます。
釣りが上手くなるには同一レベルの友達や上手の巧者と一緒に釣りをするのが一番近道と思います。
僕のような友達のいない釣り人は我流が成長の妨げになり気付き改良のスピードが鈍亀となります。
少しでもお読み頂いている方の一助にでもなれば幸いです。
<釣りの腕は微妙です>
色んなセンスを総合的に組み合わせて腕となると思います。
探すのが上手い、掛けるのが上手いとかね。
あえて厳しい目で分野別で自己分析します。
・投擲技術
釣技の方はキャスティング部門は飛距離は普通もしくは平均未満です。
キャストアキュラシー部門は入ったり入らなかったりと微妙です。
ところが可笑しな話でスピニング14000番だけ利き腕の逆手の右投げで普通以上にぶっ飛びます。
それもそのはずキハダキャスティングの為に公園で夜毎キャス練しまくった事があったからです。
(左利きの自分の飛距離より逆手の右投げの方が良く飛び精度も高いという・・・・。)
・掛けること
フッキングセンス部門は日替わりでバチバチに決まることもあれば魂が遠いところに行ってて「今のアタリやったっけ」と体が一切反応出来ない優柔不断に陥っている日もあります。
これは睡眠が大きく関係します。その為前乗りを凄く意識します。
・人的要因
哀しいかな現代では重要な技術?ハイプレッシャー部門は常の事なので精神的には随分撃たれ強い(鈍感)です。
船団で勝ち上がるとか釣り堀や防波堤でメンタルを崩さずにひたすら喰え喰えと我慢大会するのは慣れっこです。
(ロコに両挟みされるとメンタル崩れますが)
・掛けた獲物は逃がさない・・ハズ?
ランディング部門は結構これでも自信がある方です。
特に人生を賭けた記録級の特大を掛けた際にはキッチリ仕留めている感があります。
豆さんはしょっちゅうバラしていますが、・・・。
・探索力
探索力とは具体的に申しますと釣れるポイントの審美眼と立ち回り、いわゆるアクティブな下手でも釣れる魚を探す能力と捉えます。
経験だけは豊富となりました。
それなりに紐解いているつもりですが未熟者です。
立ち回りの思考や何故そこで釣るのかという根拠をえぐってゆくのが一番楽しいように思います。
嘘八百なマイ理論であったり大事なファクターや分析が抜けてたりしても御愛嬌。
<釣り歴>
結構長くやっています。
おそらく下手だから釣りが未だに趣味として続いているように思えます。
釣りの良いところは時として誰にでもラッキーフィッシュと出会えるチャンスが公平にあることが最大の魅力で中毒性と麻薬性の高いところだと思います。
通いつめさえすれば何とかなるもんです。
・小学校三年生
用水路や池でザリガニ釣りをしましたが網や手掴みの方が得意でしたね。
もちろん昆虫採集も狩り感覚で遊んでました。
・小学校中学年時
とある釣り人から近所の池で遊んでいるとマブナ釣りの手ほどきを受けて道具一式までもらいました。
この人との縁がなければ今の僕はないでしょう。
このおじさんの通う池でコイ・フナ釣りにどっぷりハマりました。
毎週末、その師匠の横で釣糸を垂れていました。
チチワ結びなどのノットに床を取るとかタナを取るとか。
基本的な事をたくさん教わりました。
また、マブナ釣りからおじさん達の狙っているヘラブナに私の本命に変化していきます。
愛読書は小学館のヘラブナ釣りハイテクニック(丸山高廣)
・小学校高学年から中学校一年生時
ヘラブナ釣りに傾倒します。
練りエサもマブナ狙いから小遣いも増えて配合エサを多少揃えて自分に合ったエサ作りをしたりしました。
大鯉だけの練り餌から青ヘラやら赤ヘラにグルテンやマッシュやオカユと色々試しましたが最終形態は麩系バラケと藻ベラかヘラスイミーで落ち着いたような記憶があります。
バラケマッハとかバラケGが寄せでヘラスイミーが食わせだっけか。でもアタリの軽妙が今ひとつ分からず子供なりの釣果でしたよ。十五尺振っていました。
釣りサンデーを毎週定期購入して愛読していました。
行ったことも釣ったこともない釣り情報にワクワクしました。
ポン級アイナメってなんやねんとかね。海無し県なので海の情報は見るだけでも楽しかったです。
小西社長のコラム「釣れ釣れウィークリー」は単なる釣記事だけではなく社会派なコラムの時もあり自然界に産業界に社会に対する時々の自説が勉強になり自身の考え方の素地に繋がっている気がします。
普通の小学生の定期購読はジャンプかコロコロコミックですよね。
あとは月刊誌「釣りトップ」とサッカー少年でもありましたので雑誌「ゴール」も読んでました。
・ルアー釣りにハマって行く中学時代
中学に入学するとクラスメイトがガラッと変わりまして新しい友人とヘラブナ釣りに行きました。
惨敗しました。
自信があっただけにショックでした。(笑
おじさん達に囲まれて優劣を競う訳でもなく単に周りの大人に褒めてもらえたので一匹二匹では実力不足だったのでしょう。
ライバルは答え合わせまでしてくれました。
かっつけ浅ダナの早い寄せの釣りに対して私は片ずらしの床の釣りでした。二人並べば寄せて浮かせてサクサク抜く方が強いですよね。
彼との出会いは素晴らしい出会いとなり共に新しいフィールドへはばたく時代となりました。
彼にに誘われてブラックバス釣りにいったり自転車を1時間以上漕いで山上湖に出かけたり子供にしては遠出が多くなりました。
釣れるらしいと噂を聞けばどこにでも中学生の届く範囲で行きました。
親に車を出してもらって夢の泉佐野へ初の海釣りに出掛けたりもしてアジ・サバにキス、木っ葉グレも釣りました。
バスはかなり夢中になり最終的に中学校三年生時に電車に乗って琵琶湖に繰り出します。
これがえぐいくらいに釣れた。
特にソニー出版から出た村田基さんの「間違いだらけのバスフィッシング」は手垢で茶色くなるくらい読み込みました。
・高校生
部活は運動部に入りましたが高校生になってもスパンは遠くなりますが忘れない程度にはバス釣りは続けていました。
月刊誌Basserが創刊となり高額でしたので関係のある特集の時だけ購入していたと思います。
アメリカ礼賛な時代背景もあり豊かさは何かと社会が問うていた時代でもありました。
雑誌Basserの写真を見ても広告を見てもアメリカンテイストで夢一杯詰まっていました。
アメリカ最高ですよ。
幼くて実体験は薄いですがバブルの弾けた年でもありました。
物の豊かさから心の豊かさへと社会も変化してゆくターニングポイントだったと思います。
・大学生
大学生となりバスプロを夢見て釣り研究会に入部します。
入った釣り研究会はインカレの組織である学生釣魚連盟にも加入しており池・波止・投げ・磯にバス釣りに励みます。
しかしねぇ、部内の人材が厚すぎて選抜では希望の釣り物では代表選手には実力で到底及ばなかったです。
腕・金・時間・機動力の全てにおいて先んじる各部門の釣りウマの部員の方々に比べ僕は努力が不足していました。
打破しようと自身も夏休みに住み込みで琵琶湖のレンタルボート屋さんに修行に行きました。
当時の頂点を走るバスプロにも出会えたり色々と教わったりも出来、アルバイトでお金を稼ぐということも大人になる上で大切な経験をさせて頂きました。
また、がまかつ学年釣り選手権大会があり私もバス釣り部門に出たかったのですが団体優勝を狙う為にスポーツキャスティングに選手として二回出場し団体戦として可もなく不可もないポイントは獲得して団体戦に貢献すべく努力しました。
全国区で色んな学生を見れば、釣りのセンスが他者に比べ劣っていると認識し今すぐプロという夢は現実的ではなくなります。
三回生より学生釣魚連盟の事務方や大会役員等裏方に注力します。
磯釣り部門の大会の応援で松田稔大神様とも一緒の時間を過ごせ一挙一投足を見学させてもらったのも貴重な機会でした。
たくさん大会に出ましたがトロフィーは微妙です。
最高戦績は学生釣魚連盟関西支部磯釣り大会で三位でした。
卒業も控え釣り業界も就活しましたがメーカーとマスコミに絞り最終面接まで行くも落ちました。
大本命の重役面接で緊張して上がりまくったのが恥ずかしい。
まさかアガるとはですよ。
面接は得意分野と思ってたんです。
が、しかーし、(人生大一番の大勝負は初めてで)
いきなりコミュ障になって重役の一人である副社長に大分フォローしてもらいましたがメタメタでした。
助け舟出してもろてる時点でアウトですね。
それも御縁か、・・・。
結局はジャンルを広げて活動し船場の商社に内定します。先の失敗があったのか重役面接も自然体でスラスラ話せれるという。
・新卒から社会人らしくなるまで釣りは忘れた
あきらめて普通に就職すると休日はフラフラで寝てるだけでした。先輩や取引先と毎日飲み屋。そんな明け暮れの中で何度か自分都合の転職を重ねました。
腰が落ち着いたのは三十路前でした。
・2006年
30歳手前で偶々バス釣りの話に飲み屋でなり釣れる場所を教えたところが全くダメと知り、そんな事あるかと再び釣りに行って自分で検証したら釣れなくて悔しい思いをします。
通い込みまして気付けばバス熱が再燃しました。
ここから仕事の絡みからでしょうかデータ収集主義となり記録を残すクセがつきます。
最初は津風呂湖にせっせと通います。エレキ二基掛けとなりバッテリーも三発となります。
気付けば琵琶湖通いとなりまして二馬力レンタルで通います。
いよいよ琵琶湖大橋の某レンタルボート屋さんにそそのかされて合宿免許にて二級船舶免許取得します。
リザーバー用にアルミジョンボートも購入します。
ますます琵琶湖と布目ダムに通います。
やればやるほど上達するんですよ。
ロクマルも釣れちゃいます。
御縁がありまして結婚もし釣行費用の節約に管釣り通いも新婚の頃はよく通いました。
・遠征も意欲的に行きました。
野尻湖や桧原湖でスモール釣ったり八郎潟でラージ。
ハワイでピーコックバスも釣らせてもらいました。
北海道は支笏湖に石狩水系に八雲水系も冷やかしました。
・2017年
琵琶湖が釣りがたくなり老化も気になり意趣変更して一念発起して大魚釣りを目指します。
一応釣り人生の最後の挑戦と気合い入ってました。バサーからキハダキャスティング転向はまあ大変です。
でも一番燃えました。
真冬の夜の運動公園で夜な夜な60グラムから100グラムのダイペンを投げ倒していると職質したそうな警官が遠目で悩んではったのも懐かしい想い出です。
筋トレにスイミングもよく通いました。
・2019年 念願のキハダマグロ釣れました。
青物三兄弟にターゲットを変更してジギングにも手を出します。
ブリ・ヒラマサ・カンパチ釣らせてもらいました。特にローピッチジギングが好みにハマります。
・2020年 コロナ渦で御縁があってバスボートを譲り受けます。
(前オーナーは親の介護で忙しくなってしまった)
・2022年まで暇でしたのでバスボートいじりとバス釣り三昧
琵琶湖の生態系も転換期となりギルパターンが崩壊します。
これが経験だけのアングラーが付いていけなくなる要因になりました。
ワカサギパターンなんて知らんがな、
そんな私でもアイ字系でイージーにぶっといゴンザレスが釣れたりしまして
新しい琵琶湖に必死で喰らい付いています。
・2022年晩夏 アマゴに関心を持ち禁漁ギリギリに素敵な出会いを果たしてしまう。
・2023年~2026年 バス釣りと渓流釣りの二本立てで通年を楽しんでおります。
と長々と書き散らしました。
やり残したことは磯の底物クチグロにクチジロ、フロリダはマイアミのグルーパーにサウスカロライナの300キロ黒マグロに釣りたい魚はたくさんあります。
夢は尽きないっす。
健康寿命にも陰りが見えてきた中で最終終着駅を考えながら身体が動く限りは釣りとともに暮らせていければ幸せです。
将来予想される親の介護に自身の終活も視野に入れると残された時間が足りなくて日々の釣行が本当にありがたいです。
甲斐性のある奥さんに感謝せなアカン。
ホンマ。
2026年8月現在人気記事
妻が珍しくバス釣りに行きたいと言いましてXdayの天気図を伺っていたのですがはるか南の18号が気になります。
私一人なら出ても問題ないのですが昨年春先に妻と出た際に切り上げ時を妻の延長希望に応えましたら案の定大荒れを東西横切りながら北上することとなり嫁はん全ての波を被ってずぶ濡れにしちゃった苦い経験があります。
今回は軽く南絡みの追い風が予測不能で吹きそうなので大事をとって延期とします。
8月の頭くらいから11月くらいまで南湖では豆さんがイージーに数が釣れるシーズナルパターンがあります。
8月頭に北部を起点に始まりお盆頃には数が釣れるようになり中北部まで南下します。
10月秋めいてくると豆さんも丸々太り少しサイズアップします。その頃には範囲も中部や南部にもスポットが点在します。
基本的にボディウォーターのウイードエッジを伝って南下します。
北湖なら梅雨明けの段階から楽しめる豆の数釣りが南湖で楽しめるようになるのです。
嫁でも釣れる。
接待にも使える。
石橋を叩きすぎに思えますが大事をとって中止としまして普通のデートに変更しました。
デート中に南風2メートルの風がときおり吹き出して中止して正解とします。
翌日も私一人休みです。
その夜、琵琶湖か川上村か悩みましたが一人川上村に行くことにしました。
<概況>
気温25度から29度 役場前は37度
水温19度
無風からの11時冷っこい風からの温い気持ち悪い風がカレントに同期して時折吹く。
カレントは1倍速 水位はマイナス15センチ
<レポート>
23時自宅を出ます。
2カ所考えていましたが季節と曜日から厳しい戦いになるであろう覚悟をするのですが魚の目が痛くて歩きたくないのです。
しろめしぐいさんのユーチューブを見ながらテンションを上げて行きます。
01:00車止到着
さっさと寝ます。
05:00起床
05:10寝起きの一服をしていると車が1台やってきます。
アルフさん達としておきます。
挨拶をして色々と彼らとお話しします。
魚釣りに来た。
実家は木曽川。
川上管内は初めて。
区間の棲み分けや川の選択等固有名詞がアルフさんには入ってなさそうなので
振り分けに悩みます。
意を決して「わたし逃げますわ」と撤退宣言します。
色々と話し込みたそうですが一段下った駐車スペースに下って彼らがスタートする車止めまで釣ろうと思いましたので早く車を移動してマイエリアを抑えねば朝から彷徨う事になりかねません。
簡素なアドバイスだけします。
〇〇から入渓出来ます。
ただし土曜日日曜日叩かれてたら無でしょう。
もし、プレッシャーを感じたら5キロとか一気に歩いて入り直して下さい。
そう、これは私がやろうとしていたプランです。
移動します。
スポットは空いていました。
車を停めて支度をします。
二通りの戦略がここで取れるのですが釣り上がってアルフさんのスタート地点を目指すことにします。
6:10スタート
最近思うところがありフックサイズを上げてまして豆のバイトは弾くようにセッティングしています。
にも関わらず口一杯にバイトするので有り難く釣らせてもらいます。
ローライトの中、運悪くフックセットしてしまった豆さんは5匹でした。
下った分渓相は拓けており渇水もあり渡渉しやすいです。
ただ面白みが景色にない。
でも足跡は一つもありません。
ミドルもチェイスしているのですが豆の猛攻が激しかった。
8:30 ニ度目の小休憩を取ります。
川の角度でここまでは全てシェードになっていましたがここからハイライトとなります。
格段に魚影が落ちましてハイテンポでロングキャストしながら打たないポイントも時折交えて小場所大場所まで体力温存したいと思いました。
いつも思うのですが魚の目も五十肩も釣りをすると痛みが去ります。
8:59
見ちゃいました。
ここで抜けるか悩みます。
抜けたとてバックアップが思いつきません。
少し様子を見てから決断しようと釣り続けました。
我慢大会となります。
70分に一匹のベースでミドルを3匹追加しました。
先ず王道を通します。
左右表層を意識してバブルを引きますが出ません。
もとよりスパンが長い状態でしたので期待はできないか。
気を取り直してフォール長めで先のコースを通します。
左コースはヘチの大岩エッジを舐めますがでません。
王道では思いっきり吐き出されます。
左のシェード奥に入れますと良い具合に真空状態となりコツンコツンと底の岩をコンタクト出来ます。
出ねーよと釜底まで来たルアーを見ると何かが付いております。
誘った後に喰いました。
チッという手感を感じるとともにフッキングしましたが一瞬の体重を感じた瞬間フックオフしてしまいました。
今日も今日とてデカばらした。
深さがありますので何とも言えませんが25前後でしょう。
気を取り直して最後までやりきりましたが無で終わりました。
思った以上に水嵩は減っており露出部分は多かったことに気づきました。
13:15退渓
トボトボと林道を下っているとアルフさん達が車で下ってきました。
一匹だったそうで譲った区間はペンペン草も生えなかった様子です。
14:10車に戻り帰ることにしました。
役場前は37度、ダムは水位が大幅減となり渇水状態になっていました。
関西にも秋の訪れを感じた釣行となりました。
四年生となり一つ感じた事があります。
お盆すぎたあたりから9月第1週までマメパラダイスに遭遇した経験から気づいたのですが
マメパラダイスのサイズから当歳魚達と判断します。
お盆までスイミーのように集団生活しておりお盆以降からサイズも整った時点で
個人行動に移り川を上ったり下ったりして散るのではないかと思いました。
食性がプランクトンから虫等に変わる瞬間のように思います。
当歳魚 8~12センチ
一年魚 15~25センチ
二年魚 23~
こんな感じじゃないかな。
マメでも充分幸せなんですが妙に最近ホームランが欲しくて困ります。
黒のレクサスかマイバッハさん、そろそろ釣られてもらえませんかね。
低所得サラリーマンであり二馬力レンタルボートを長年乗っていた平均以下のコストで最大限の釣果を叩き出したい私にとってガーミンライブスコープとウルトレックスの二大高額釣り道具は僕にとっては仮想敵国といって良いでしょう。
ウルトレックスにはフォールディンクアンカーで対抗しライブスコープにはジャングル戦等のチャープが遮られるところを積極的に意識して釣り場とし最後の食わせは自身の釣技を活用して対抗意識を燃やして来ました。
そんなものは無くても釣れます。
そう体現したかった。
にも関わらず老体に楽やでと先輩に勧められてウルトレックスのパチもんのツアープロを導入しました。
確かに身体が楽です。
また、去年はたまたま安くガーミンライブスコープのパチもんであるイーグルアイライブを手に入れて艤装しました。
中途半端ながら環境も手に入れることが出来ました。
今年はスケジュール上釣りに出かける時間が少なくて手っ取り早く湖上の状態とシンクロ出来ているガイドさんにガイドを依頼をしました。
特にライブ系を得意とする方々にガイドしてもらいライブスコーパーの1日の動きや釣り方見切り方を勉強させてもらいました。
出たとこ勝負でしょって思ったのですがキッチリ日々の積み重ねや今日までの経験から紐解いてゆくプロセスは従来の釣りと変わらない事も分かって却って従来積み重ねた自身が全て否定される訳でもなさそうだという感想も得ることが出来ました。
トッププロの7~8年位後進で歩むのがアマチュア低所得サラリーマンアングラーたる私のスタンス。
ぼちぼちライブスコーパーの本格的導入を決意しました。

オフショアのプレジャーボートにコンソール埋込となっていたのがボート譲渡で新オーナーに不要と判断され出品されたようです。
海ならホンデックスやフルノさんが昔から知名度がありますからガーミンの英語表記は要らないと思うのも当然です。
ユニット背面にはコーキングがバリバリ貼り付いています。
ジンバルのみ並行輸入するか自作で金属加工して作るかと思いますが一度手持ちのカーボン9インチのジンバルを代用出来るか試してみます。
並べてみると良く似たサイズです。



惜しい。
後1ミリクリアランスが空いております。

ここはスペーサーを噛ましたら解決出来そうですね。
今日のローランスとガーミンのジンバル互換性の実験は今後並行輸入のバスボートや国内プレジャーボート購入した際にコンソール埋込となっていたオマケの魚探の転売購入検討者には価値あるレポートになるのではないかと思います。
カーボン9ジンバルのローランス内互換は下記ブログに検証結果があります。
しかし海で使用した機器は塩害の影響が避けられないですね。
キレイにしてやりましょう。
コーキングこてこてな93sv君、しっかり働いてもらいますよ。
備忘録
UHD92SV UHD93SV 95SVとかありますがチャートのマップのオプションで9xSVとなります。
安く落とせたのは大雑把な検索ワードで幅広く検索してヒットする多くの出品物からタイトルの誤記や脱字の商品を見つけて出品者の穴を見つけてビットしたからでした。
つまりは出品する時は興味のない品でも型番位は確実に調べて明記しないと良き落札者に会えない可能性があるということですね。
釣具はややこしいから、知らん人からしたらホンマ。